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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
トウカの沼
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六日目

『トウカの沼』と呼ばれているその沼は、その水面に月を映していた。


 波布光は、沼に映っている月を眺めている。

 その波布を少し離れた茂みから怪物が狙っていた。


 怪物は舌なめずりをしながらタイミングを計っている。

 波布は水面に映った月から、空に浮かんでいる月に目を移した。


 怪物は音を立てず、茂みから出てた。その手には一本のナイフが握られている。

 波布の背後から怪物は少しずつ忍び寄っていく。その距離が数メートルまで迫った。此処まで来れば、たとえ気付かれたとしても逃げられることはない。

 怪物はナイフを高く振り上げた。


「『トウカの沼』の名前の由来ですが」


 突然、波布が口を開いた。

「―――ッ!」

 怪物は思わず止まる。波布は月を見上げたまま話を続けた。

「丘諸さんは言っていました。『トウカの沼』は、元々『十日の沼』と呼ばれていたと……」

 沼に願った事は十日後に叶う。だが必ず、その願い事が叶う間に他の誰かが死ぬ。だから、『十日の沼』の沼と呼ばれていた。

 それがいつしか、『トウカの沼』と呼ばれるようになった。と丘諸秀川は言っていた。

「しかし、丘諸さんはこうも言っていました。“『トウカの沼』の名前の由来には諸説ある”と」

 怪物はナイフを持ったまま固まっている。動こうとはしているが、なぜか動けない。波布の言葉がまるで蛇のように怪物を縛っていた。

「では、他にどんな説があるのか?調べてみるとこのような説がありました」

 波布はゆっくりと振り返る。そして、ナイフを持った怪物の目を真正面から見た。


『トウカの沼』の名前の由来は……『等価の沼』だと」


「―――ッ!」

 怪物の目が大きく広がった。波布は淡々と話を続ける。

「何故『等価の沼』なのか?それは、沼に住む怪物が『一人の命と引き換えに一人の人間の願いを叶える怪物』と伝えられていたからだそうです」


 一人の命と引き換えに一人の願いを叶える。

 一人の命と『等価』の願いを叶える怪物がいる沼。

 だから『等価の沼』。


「この説が正しいのだとすると『トウカの怪物』が命を奪う人間は“一人”ということになります。しかし、私達は“九人”も死んでいます」

 何故っ!と怪物は思う。波布が死んだことを知っているのは“五人”のはずだ。

 他の“四人”が死んだことは、まだ知らないはず。

「おそらく、丘諸さんもこの説の事は知っていたのでしょう。ですが、“最後の一人以外全員が死ぬ”というよりインパクトの強い説を支持したのです。そして、次々に人が死んでいくことで皆もこの説が正しいと信じた。しかし、もし『トウカの沼』の名前の由来が『等価の沼』だとする説が正しいとすると、おかしなことになります。本来なら死ぬのは一人のはずなのに九人も死んでいるのですから。しかし、こう考えれば筋は通ります」

 波布は、静かな声で話の核心を告げる。


“『トウカの怪物』が殺したのは、最初の一人だけだった。そして、残りの皆は全て人間の手によって殺された”


「そう、最初の一人以外皆殺されたのです。貴方の手によって」

 波布は、ゆっくりと怪物を指さした。


「館川典秀さん」


               ***


「はっ、はははは。何を言っているの。波布さん?」


 館川典秀は、乾いた笑いを出す。

「僕が皆を殺した?そんなことある訳ないじゃない」

 館川は、ゆっくりと波布に近づく。

「その手に持っているナイフはなんですか?」

「あっ、ご、誤解しないでね!このナイフはそこで拾ったんだ。危ないから持っていたんだよ」

 館川は慌てて、ナイフを捨てる。そして、両手を上げた。

「ほら、これで安心だよ!」

 館川はニッコリと笑って見せる。

「……」

「俺は、誰も殺していない。あれは全部『トウカの怪物』が……」

「いいえ、最初の一人以外は全員貴方が殺したのです」

「ぼ、僕はそんなことしていない!」

 館川は抗議の声を上げる。

「それにどうして、最初の一人以外、人間が殺したって分かるの?『トウカの怪物』の仕業かもしれないじゃない!」

「最初におかしいと思ったのは、丘諸さんからの電話でした」

「丘諸さん?」

「彼は、超常的な存在に殺されることを望んでいました」


『超常的な存在の生贄になるなんて光栄の極みさ』丘諸はそう言っていた。


「しかし、赤町さんに掛かってきた電話で、彼はこう言っています。『こんなの……僕の望んだ……』と。あの時、彼は何かに襲われていました。もし、彼が『超常的な存在』に殺され掛けていたとすれば、このような言葉はでないでしょう。つまり、丘諸さんを殺そうとしていたのは『超常的な存在の存在』ではなく、『人間』ということになります」

「……」

「他の殺された人達も、家に火を付けたり、ホームから突き落したりと、ほとんどが人間の手によって犯行が可能なものばかりです」

「で、でもさ!丘諸さんから電話が掛かってきた時、僕は皆と一緒にいた。いや、僕だけじゃない。あの時、丘諸さんと死んだ二人以外の八人は全員揃っていた!全員にアリバイがある。誰にも丘諸さんを殺すことは……」

「録音です」

「録音?」

「まず、丘諸さんの悲鳴や助けを呼び声だけを録音し、彼を殺します。その後、何食わぬかをで皆と合流し、隙を見てあらかじめ盗んでおいた彼のスマートフォンを使って赤町さんに電話を掛けます。後は録音しておいた声をスマートフォンから流せば、あたかも彼本人が助けを求めるために電話を掛けてきたように見せられます」

「い、いや、ちょっと待ってよ!」

 館川は両手を振る。

「その方法を使えば、確かにアリバイは確保できる。でも、それをやったのが、どうして僕だと?その方法なら他の誰でも……」

「丘諸さんの声には不自然なノイズが混じっていました。私は犯人が自分にとって不都合な部分を編集したのだと思い、ノイズ部分を解析してみたのです」

「か、解析?」

「はい。あの時、念のために丘諸さんの声を録音しておいたのです。それを解析しました」

「なっ!?」

「これが、あの時の音声です」

 波布はポケットからスマートフォンを取り出し、音声を再生した。


『や、やめろ。やめてくれ!助けてくれ!』

『嫌だ……ガガ……どうして……ガガ……が』

『助けて……ガガ……だ、誰か……ガガ……助けて……』

『嫌だ……ガガ……こんなの……ガガ……こんなの……僕の望んだ……』


「聞いてもらえれば分かる通り、音声には不自然なノイズが混じっています。このノイズを消すと、こうなります」


『や、やめろ。やめてくれ!助けてくれ!』

『嫌だ。き、君の名前は確か……館川君!どうして、君が』

『助けて、館川君に殺される。だ、誰か……この人殺し!……助けて……』

『嫌だ。人に殺されて死にたくない。こんなの、人に殺されるなんて、こんなの……僕の望んだ……』


 波布は再生を止めた。

「貴方は丘諸さんを殺した後、録音した音声を編集して、それを自身のアリバイに利用した。だから重道さんが亡くなった次の日……『トウカの沼』に行ってから三日目の集まりの時、貴方は一番遅れてやって来た。おそらく、音声の編集に手間取ったのでしょう」

「……」

「貴方が自身の犯行を『トウカの怪物』の仕業に見せかけた理由は、警察の介入を少しでも遅らせるため。人間の犯行でしたら警察に相談されるかもしれませんが『トウカの怪物』のせいだと思わせれば、警察に相談しても無駄だと思わせられます。実際、貴方は『警察に相談するべきか』と悩んでいた森本さんに対して、『やめておいた方がいい』と言って警察に連絡するのを止めています」

「……」

「まだ、否定されますか?」

「……」

 館川は「フゥ」と長く息を吐く。そして、ニコリと微笑んだ。


「そうだよ。僕が殺したんだ」


               ***


「いやぁ、まいったよ。まさか、あの時の音声を録音してたなんてね。しかも、その音声を解析されるだなんて夢にも思ってなかった。一体どうやって解析したの?」

「自作した音声案内ソフトを使って解析しました」

 波布は、何でもないように答える。

「自作?自作したの?本当に?くっくっく。ははっはははは!」

 館川は腹を抱えて笑う。

「いやぁ、凄いよ波布さん。将来は、探偵か警察官になった方がいい」

 館川は愉快そうに笑い続ける。そんな館川に波布は問う。

「館川さん。貴方は最初から『トウカの怪物』がたった一人しか殺さないことを知っていましたね?」

「うん、知ってたよ」

 波布の問いに館川は首を縦に振る。


「今回で二回目だからね」


「二回目ですか」

「そう、僕の片方の親は民俗学の教授していてね。各地に残る色んな伝承や伝説、昔話を研究している。『トウカの怪物』の事も親から聞いて知っていた。そのことを友人に話したら、そいつが『面白そう』って言ってね。一緒に『トウカの沼』に願い事をしにいったんだ」

「それで?」

「今回と同じことをしたら同じことが起こったよ。怪物の声が聞こえて、それから三日後に友人は死んだ。そして、僕の願いが叶った。後悔したよ。本当に後悔した。死ぬほど後悔した」

 館川は頭を抱えた後、ゆっくりと顔を上げた。


「どうして、あんなくだらない願い事をしたんだろうってね」


「……」

「当時、僕も友人も『トウカの怪物』なんて信じていなかった。『トウカの沼』に行ったのも単なる度胸試しのつもりだった。でも、本当に願いが叶うって知っていたら……『今度のテストで百点を取らせてくれ』なんてくだらない願いをしなかったのに……くそっ、くっそ」

 館川は何度も地団太を踏む。

「なるほど。噂では『トウカの怪物』に願い事を叶えてもらうためには、十一人必要とされています。しかし、実際には二人以上でよかった」

「そうさ。十一人必要というのは、後からできた話だ。実際には最低限『生贄になる人間』と『願いを叶えてもらう人間』の二人以上がいればいい」

「そうだしたか」

 波布は納得したように頷く。

「前回、『トウカの怪物』が本当にいることを知った貴方は、改めて自分の願いを叶えてもらうために、計画を立てた。赤町さんを利用して」

 波布の言葉に館川がピクリと反応する。波布はさらに続けた。


「今回、『トウカの沼』に行く計画を立てたのは赤町さんではなく、貴方ですね?」


「そうだよ。最初に『トウカの沼』に行こうと提案したのは、僕だ。よく分かったね」

「『トウカの沼』に行ってから三日目。つまり、重道さんが亡くなられた翌日、川本さんは『貴方のせいでこうなった』と赤町さんを責めました。それに対して、赤町さんはしきりに『私は悪くない』と言っていました。そして、赤町さんは何かを言いかけました。『私は、そもそも……』と。貴方が途中で会話に割り込んだため、その続きを聞くことはできませんでしたが、あの時、彼女は言おうとしていたことは恐らく、こうでしょう」


『私はそもそも、頼まれただけだった』


「ああ、その通りだよ。僕が彼女に指示した」

 館川はあっさりと答える。

「赤松さんとはSNS上で何度がやり取りをしていた。もちろん、別人に成りすましてね。それで、事前に広めていた『トウカの沼』の噂を検証してほしいって彼女に頼んだんだ。前払いとして二万、実際に『トウカの沼』で噂を検証してくれたら、五万払うってね。前払いの二万を彼女の指定した口座に振り込んだら彼女、喜んで引き受けてくれたよ」

 赤町にとっては軽いアルバイト感覚だったのだろう。まさか、自分を含めた大勢の命が失われる事になるとは夢にも思わなかったに違いない。

「なるほど、用心深いですね。死人が何人も出れば、この集まりを企画した人間は、いずれ必ず責任を追及される時が来る。その時を、想定して自分ではなく他の人間に人を集めさせた。身代わりにするために」

「そう。それに彼女に人を集めさせた方が効率よく人を集めてくれそうだったからね。思ったと通り、彼女は簡単に十一人を集めてくれたよ」

「本来なら、二人以上いれば良いにも拘わらず、十一人も集めさせたのは、ご自身が生贄になるリスクを分散させるためですね」

「ああそうさ。最終的に願いを叶えてもらうためには、僕以外の人間を皆殺す必要がある。殺す手間を考えると、本当はできるだけ少ない人数にしたかったのだけど、あんまり少ないと、僕が生贄に選ばれるリスクが上がっちゃうからね。異説の中に『トウカの怪物』を呼び出すには十一人必要ってのがあったから、それを参考にした。十一人なら僕を除けば、残りは十人。十人なら何とか期限内に殺すことができると思ったからね」

 館川は「ハァ」と息を吐く。

「それにしても『トウカの怪物』が直ぐに生贄を選んでくれて良かったよ。もし、何日も経って生贄を殺していたら、期限内に全員殺すのが難しいかっただろうからね」

「貴方は『トウカの怪物』が誰かを殺すまで、待つ必要があった。それよりも前に来誰かを殺してしまっては、自分が『トウカの怪物』の生贄になってしまう確率が上がってしまうから」

「その通りだよ。やっぱり波布さんは凄いね。なんでもお見通しってわけだ。失敗したな。殺しやすい人間から殺していこうと考えていたけれど、君は最初に殺すべきだった。まったく『トウカの怪物』が君を殺してくれたらよかったのに」

 館川はニヤリと笑う。

「その可能性は高かったでしょうね」

 波布はポツリと応えた。

「『トウカの怪物』にとって、きっと私は魅力的な獲物でしたでしょう。しかし『トウカの怪物』は私ではなく彼女を狙った。“彼女が私よりも魅力的な獲物だったから”」

「どういうこと?」



「彼女……『虎川康子』さんの中には『奇妙な生物』がいました。私の中にいる『シロちゃん』よりもずっと強い『奇妙な生物』が。彼女は自分の中にいる『奇妙な生物』を“ミケ”と呼んでいました」

 

 波布はまっすぐに館川を見る。


「彼女の中には『虎』の姿をした『奇妙な生物』がいたのです」

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