表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
トウカの沼
72/73

五日目

「今日は皆さんに悲しいお知らせがあります」


 ついこの間、聞いたばかりの言葉を担任が口にした。

「昨日、A組の森本智子さんが電車に轢かれ亡くなりました」

 クラス中がざわめき出す。

「また?」

「だって、この間……」

「嘘だろ……」

 皆の声はどんどん大きくなる。

「静かに!」

 普段は温和な担任が叫んだ。一瞬でクラスメイト全員が黙る。

 数秒の沈黙の後、担任は再び口を開いた。


「昨日、B組の氷川彩音さんもご自宅で……亡くなりました」


 自殺のようです。

 担任は死んだ目でそう呟いた。


 これで、残りはあと六人。


                ***


 全校集会が行われた後、生徒は全員速やかに帰宅するようにと言われた。

 だが『トウカの沼』に行ったメンバーは、誰一人としてまっすぐ家に帰らなかった。メンバーはある場所に集合する。

 それは恐怖から逃れるために、集団でいたいという本能からの行動だった。

「……」

 集まりはしたものの、誰も何も話そうとしない。皆、ショックで話すことすらできなくなっていた。

 長い沈黙の後、ようやく赤町美弥が口を開いた。

「……波布さんは?」

 唯一、波布光だけがこの場にはいない。

「さぁ」

「知らない……」

 山本武彦と堂本英俊が答える。二人とも普段はお調子者で元気だけが取り柄だったが、今は見る影もなくなっている。

「波布さんは、まだ授業中じゃないのかな?」

 館川も答える。彼は他の二人の男子と違って、若干余裕がありそうだった。

「ああ……そっか、そうだよね」

 赤町は納得したように頷く。

 波布は別の学校に在籍している。

 こちらは午前で終わったが、事件とは何も関係ない波布の学校では、普通に授業が行われているのだろう。

「こんな時でも授業を受けられるなんて、波布さんは凄いな」

「波布さんにも連絡したの?」

「うん、もちろん」

「なんて?」

「『分かりました』ってだけ、返信が来た」

「そっか」

 館川は軽く頷いた。

「なぁ、今は波布さんの事よりも……」

「ああ、これからどうするか考えようぜ」

 山本と堂本が同時に口を開く。覇気は失っているが、二人とも完全に生きるのを諦めたわけではないらしい。

「うん、そうだね。そうだ……ね」

 赤町は気丈に振る舞おうとした。だが……。

「う……ううう」

 赤町の目から涙が流れ出す。その粒は次第に大きくなっていく。

「うわああああああああああ!」

 赤町は大声で泣き始める。友人を失った悲しみが一気に押し寄せてきたのだ。

「うわああ……ううう……うわあああ!」

 泣きじゃくる赤町を皆黙って見ていた。どうしていいのか分からず、手が出せない。

 そんな彼女に手を差し伸べたのは意外な人物だった。


「大丈夫だよ……美弥」


「亜里沙……」

「大丈夫だよ」

 川本は赤町を抱きしめる。そして優しく頭を撫でた。

「大丈夫だよ。大丈夫」

「う……う……うわああああああ!」

 川本の胸で赤町は泣き続けた。その涙が止まるまで川本は優しく赤町を抱きしめ続けた。


「もう、平気?」

「うん」

 涙が止まると、赤町はそっと川本から離れた。

「ごめんね。ありがとう、亜里沙」

「ううん。謝るのは私のほう」

 川本はゆっくりと首を左右に振る。

「私、貴方に酷いことをたくさん言った。『アンタが皆を誘わなければ、こんなことにはならなかった』とか色々……他にも髪を引っ張ったりだとか、酷いこともたくさんした……ごめんなさい」

「亜里沙……」

「怖かった。凄く怖かった。だから、誰かのせいにせずにはいられなかった。本当にごめんなさい」

「ううん。もういいよ。気にしてないから」

「本当?」

「うん」

「ありがとう」

 赤町と川本はもう一度抱きしめ合う。真っ暗だった空気が少しだけ明るくなった。

「あ、そうだ」

 川本は自分の鞄から水筒を出した。蓋を外し、中の液体をそそぐ。

「これ、飲んでみて」

「何、これ?」

「ハーブティー。飲んでみて。おいしいし、気持ちがとても落ち着くから」

「ありがとう」

 赤町は川本から水筒の蓋を受け取ると、その中身を飲んだ。

 川本の言う通り、気分が落ち着いてくる。

「おいしい」

「そう、良かった」

 川本はニコリと笑う。

「皆も飲んでみて」

 川本は男子三人にもハーブティーを勧める。

「じゃあ……」

「ありがとう」

「いただきます」

 男子三人もそれぞれ、川本のハーブティーを飲んだ。

 最後に飲んだ館川が川本に中身がなくなった水筒の蓋を返す。

「おいしかった。ありがとう」

「そう。嬉しいわ」

 川本は蓋を水筒に戻すと、ポツリと呟いた。


「本当に嬉しいわ」


「げえ」

 突然、赤町が喉を押さえて苦しみだした。

「ぐええ、げえええ」

 赤町は喉を押さえながら崩れるように膝を付くと、そのまま横に倒れた。

「お、おい」

「どうした?」

「大丈夫?」

 山本と堂本、そして館川が赤町に駆け寄ろうとする。しかし……。

「うっ!」

「ぐええ」

「がっ」

 三人も喉を押さえて苦しみだし、倒れた。


「ふふふ」


 倒れた四人を見て、川本は小さく笑い始めた。その笑い声は次第に大きくなっていく。

「ふふっ、ふふ、はは、あははははははは!」

 川本は腹を抱えながら笑い続ける。倒れた四人を見下しながら。

「ぐっ、あり……がはっ」

 赤町の顔は青く変色している。その赤町に川本はそっと口を寄せた。

「そうだよ、美弥。あのハーブティーには、毒が入ってたの」

「……!」

「えっ?『何で、こんなことするの』ですって?決まってるじゃない」

 川本の顔が醜く歪む。


「私だけが生き残るためだよ」


 川本は両手を高く上げ、笑う。

「私、必死になって考えたの。『トウカの怪物』は最後の一人になるまで殺し続ける。その中で、私が生き残るためにはどうすればいいか?って。そしたら、一つだけ思いついたの。私だけが生き残れる方法を」

「ぐっ、がはっ、ゲエエ」

「そう、私以外の人間を全員殺せばいい。そうすれば、自動的に私が最後の一人になる!私は生き残れる上に、願い事も叶えてもらえる!」

「うっ……ぐううう」

「そう睨まないでよ。美弥。私だって、人殺しなんかしたくなかった。『トウカの怪物』に『もう誰も殺さないでほしい』って願いが届いたのなら、私は貴方達を殺さないつもりだった」

「がっ……うっ……」

「でも、森本さんは電車に轢かれて死ぬし、彩音は自殺した。『トウカの怪物』に『もう誰も殺さないでほしい』って願いは届かなかった。だったら、もうやるしかないじゃない」

「……」

「そう、仕方がなかった。仕方なかった。仕方なかったのよ」

「……」

「ねぇ、美弥、分かってくれるでしょ?私が確実に生き残るためにはこれしかなかったの。これは“緊急避難”よ。自分の命を守るために止むおえない行動なの。だから、私は悪くない。私に罪はない。美弥。分かってくれるよね?美弥。美弥……美弥?」

「……」

 返事はない。赤町美弥は既に事切れていた。

 川本は男子三人にも目を向ける。倒れている彼らも、全く動かない。

「ふふふふふっ」

 川本は動かなくなった四人を見て、満足そうに笑った。


「これで、後一人」


 川本は、今この場にいない、波布光の姿を想像する。

「運のいい人ね。此処に来なかったおかげで死ぬのを免れたのだもの」

 でも、それも今日一日の事だ。明日、必ず殺す。

 方法は簡単だ。『死なない方法が分かった。直ぐに来てほしい』とメッセージを送る。人目に付かない場所に呼び出した後、不意を突いて殺せばいい。

 それで、全てが終わる。

「そうだ。念のため、美弥のスマートフォンからメッセージを送ろう」

 川本は波布と殆ど口をきいていない。自分のスマートフォンからメッセージを送るよりも、赤町のスマートフォンからメッセージを送った方が警戒されないだろうと考えたのだ。


「ああ、願いが叶ったら何をしよう」


『もう誰も殺さないでほしい』という願いは聞き届けられなかった。だが、それは悪いことばかりではない。

 何故なら『もう誰も殺さないでほしい』という願いが聞き届けられていないということは、『願いを叶えなくていい』という願いもまた聞き届けられていないということだからだ。

 つまり、最後の一人になれば願いは叶えてもらえる。


 川本が『トウカの怪物』に願った願いは『大金持ちになり、幸せに生きる』だった。


「願いが叶ったら、まず服を買おう。今まで来たこともないような高価な服を。それから、広い高層マンションに住む。あと、宝石でしょ。ああ、高級な食べ物やワインなんかも飲んでみたいな」

 大金持ちになった自分を想像しながら、川本はあらん限りの贅沢を想像する。

 それは、幸福な時間だった。


 しかし、その幸せな時間は、突然終わる。


「えっ?」

 背中に何かがドンとぶつかった。川本はキョトンとした表情で振り返る。


 振り返ると怪物がいた。

 先程の川本と同じように、口元を醜く歪ませた怪物が。


「はっ?えっ、えっ?」

 川本には、何が起きているのか分からなかった。怪物がゆっくりと川本から離れる。怪物は手に何かを握っていた。それは真っ赤に染まっている。

 川本は、自分の背中を手で触った。そして目を見開く。


 川本の手は自分の血で真っ赤に染まっていた。

 次の瞬間、猛烈な痛みが川本を襲う。


「あああ!」

 次の瞬間、川本は足元から崩れ落ちた。

「い、痛い!痛い!痛い!」

 あまりの痛みに川本は叫び声を上げる。

「ど、どうして?どうして……なんで!?」

 混乱する川本に怪物はゆっくりと近づいて行く。

「ひっ、ひいい!」

 川本は地面を這いずりながら怪物から逃げようとする。

「だ、誰か。誰か……助けて!」

 川本は必死に叫ぶ。しかし、此処にはもう、川本と怪物しかいない。

「ひっ、や、やめて、来ないで!お願い、やめて!まっ、待って!」

 川本は必死になって怪物に懇願する。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。私……私、許して。お願い。私が悪かった。ごめんなさい。許して、許して!」

 そんな川本の懇願を聞いた怪物は……。

 

 ニヤァアア。


 口元をさらに醜く歪ませた。

 川本は悟る。この怪物は自分の願いを聞く気は全くないと。

「い、いや、やめて!やめてえええええ!」

 怪物は手に持っていたものを川本に向かって、無情に振り下ろした。

 川本は短く「ガハッ!」と息を吐く。

 そして、恐怖の表情で固まったまま、その命を終えた。


 後には川本の命を狩り、満足そうに笑う怪物だけが残った。


 これで残るは後―――。





             ―残り?人―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ