五日目
「今日は皆さんに悲しいお知らせがあります」
ついこの間、聞いたばかりの言葉を担任が口にした。
「昨日、A組の森本智子さんが電車に轢かれ亡くなりました」
クラス中がざわめき出す。
「また?」
「だって、この間……」
「嘘だろ……」
皆の声はどんどん大きくなる。
「静かに!」
普段は温和な担任が叫んだ。一瞬でクラスメイト全員が黙る。
数秒の沈黙の後、担任は再び口を開いた。
「昨日、B組の氷川彩音さんもご自宅で……亡くなりました」
自殺のようです。
担任は死んだ目でそう呟いた。
これで、残りはあと六人。
***
全校集会が行われた後、生徒は全員速やかに帰宅するようにと言われた。
だが『トウカの沼』に行ったメンバーは、誰一人としてまっすぐ家に帰らなかった。メンバーはある場所に集合する。
それは恐怖から逃れるために、集団でいたいという本能からの行動だった。
「……」
集まりはしたものの、誰も何も話そうとしない。皆、ショックで話すことすらできなくなっていた。
長い沈黙の後、ようやく赤町美弥が口を開いた。
「……波布さんは?」
唯一、波布光だけがこの場にはいない。
「さぁ」
「知らない……」
山本武彦と堂本英俊が答える。二人とも普段はお調子者で元気だけが取り柄だったが、今は見る影もなくなっている。
「波布さんは、まだ授業中じゃないのかな?」
館川も答える。彼は他の二人の男子と違って、若干余裕がありそうだった。
「ああ……そっか、そうだよね」
赤町は納得したように頷く。
波布は別の学校に在籍している。
こちらは午前で終わったが、事件とは何も関係ない波布の学校では、普通に授業が行われているのだろう。
「こんな時でも授業を受けられるなんて、波布さんは凄いな」
「波布さんにも連絡したの?」
「うん、もちろん」
「なんて?」
「『分かりました』ってだけ、返信が来た」
「そっか」
館川は軽く頷いた。
「なぁ、今は波布さんの事よりも……」
「ああ、これからどうするか考えようぜ」
山本と堂本が同時に口を開く。覇気は失っているが、二人とも完全に生きるのを諦めたわけではないらしい。
「うん、そうだね。そうだ……ね」
赤町は気丈に振る舞おうとした。だが……。
「う……ううう」
赤町の目から涙が流れ出す。その粒は次第に大きくなっていく。
「うわああああああああああ!」
赤町は大声で泣き始める。友人を失った悲しみが一気に押し寄せてきたのだ。
「うわああ……ううう……うわあああ!」
泣きじゃくる赤町を皆黙って見ていた。どうしていいのか分からず、手が出せない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは意外な人物だった。
「大丈夫だよ……美弥」
「亜里沙……」
「大丈夫だよ」
川本は赤町を抱きしめる。そして優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
「う……う……うわああああああ!」
川本の胸で赤町は泣き続けた。その涙が止まるまで川本は優しく赤町を抱きしめ続けた。
「もう、平気?」
「うん」
涙が止まると、赤町はそっと川本から離れた。
「ごめんね。ありがとう、亜里沙」
「ううん。謝るのは私のほう」
川本はゆっくりと首を左右に振る。
「私、貴方に酷いことをたくさん言った。『アンタが皆を誘わなければ、こんなことにはならなかった』とか色々……他にも髪を引っ張ったりだとか、酷いこともたくさんした……ごめんなさい」
「亜里沙……」
「怖かった。凄く怖かった。だから、誰かのせいにせずにはいられなかった。本当にごめんなさい」
「ううん。もういいよ。気にしてないから」
「本当?」
「うん」
「ありがとう」
赤町と川本はもう一度抱きしめ合う。真っ暗だった空気が少しだけ明るくなった。
「あ、そうだ」
川本は自分の鞄から水筒を出した。蓋を外し、中の液体をそそぐ。
「これ、飲んでみて」
「何、これ?」
「ハーブティー。飲んでみて。おいしいし、気持ちがとても落ち着くから」
「ありがとう」
赤町は川本から水筒の蓋を受け取ると、その中身を飲んだ。
川本の言う通り、気分が落ち着いてくる。
「おいしい」
「そう、良かった」
川本はニコリと笑う。
「皆も飲んでみて」
川本は男子三人にもハーブティーを勧める。
「じゃあ……」
「ありがとう」
「いただきます」
男子三人もそれぞれ、川本のハーブティーを飲んだ。
最後に飲んだ館川が川本に中身がなくなった水筒の蓋を返す。
「おいしかった。ありがとう」
「そう。嬉しいわ」
川本は蓋を水筒に戻すと、ポツリと呟いた。
「本当に嬉しいわ」
「げえ」
突然、赤町が喉を押さえて苦しみだした。
「ぐええ、げえええ」
赤町は喉を押さえながら崩れるように膝を付くと、そのまま横に倒れた。
「お、おい」
「どうした?」
「大丈夫?」
山本と堂本、そして館川が赤町に駆け寄ろうとする。しかし……。
「うっ!」
「ぐええ」
「がっ」
三人も喉を押さえて苦しみだし、倒れた。
「ふふふ」
倒れた四人を見て、川本は小さく笑い始めた。その笑い声は次第に大きくなっていく。
「ふふっ、ふふ、はは、あははははははは!」
川本は腹を抱えながら笑い続ける。倒れた四人を見下しながら。
「ぐっ、あり……がはっ」
赤町の顔は青く変色している。その赤町に川本はそっと口を寄せた。
「そうだよ、美弥。あのハーブティーには、毒が入ってたの」
「……!」
「えっ?『何で、こんなことするの』ですって?決まってるじゃない」
川本の顔が醜く歪む。
「私だけが生き残るためだよ」
川本は両手を高く上げ、笑う。
「私、必死になって考えたの。『トウカの怪物』は最後の一人になるまで殺し続ける。その中で、私が生き残るためにはどうすればいいか?って。そしたら、一つだけ思いついたの。私だけが生き残れる方法を」
「ぐっ、がはっ、ゲエエ」
「そう、私以外の人間を全員殺せばいい。そうすれば、自動的に私が最後の一人になる!私は生き残れる上に、願い事も叶えてもらえる!」
「うっ……ぐううう」
「そう睨まないでよ。美弥。私だって、人殺しなんかしたくなかった。『トウカの怪物』に『もう誰も殺さないでほしい』って願いが届いたのなら、私は貴方達を殺さないつもりだった」
「がっ……うっ……」
「でも、森本さんは電車に轢かれて死ぬし、彩音は自殺した。『トウカの怪物』に『もう誰も殺さないでほしい』って願いは届かなかった。だったら、もうやるしかないじゃない」
「……」
「そう、仕方がなかった。仕方なかった。仕方なかったのよ」
「……」
「ねぇ、美弥、分かってくれるでしょ?私が確実に生き残るためにはこれしかなかったの。これは“緊急避難”よ。自分の命を守るために止むおえない行動なの。だから、私は悪くない。私に罪はない。美弥。分かってくれるよね?美弥。美弥……美弥?」
「……」
返事はない。赤町美弥は既に事切れていた。
川本は男子三人にも目を向ける。倒れている彼らも、全く動かない。
「ふふふふふっ」
川本は動かなくなった四人を見て、満足そうに笑った。
「これで、後一人」
川本は、今この場にいない、波布光の姿を想像する。
「運のいい人ね。此処に来なかったおかげで死ぬのを免れたのだもの」
でも、それも今日一日の事だ。明日、必ず殺す。
方法は簡単だ。『死なない方法が分かった。直ぐに来てほしい』とメッセージを送る。人目に付かない場所に呼び出した後、不意を突いて殺せばいい。
それで、全てが終わる。
「そうだ。念のため、美弥のスマートフォンからメッセージを送ろう」
川本は波布と殆ど口をきいていない。自分のスマートフォンからメッセージを送るよりも、赤町のスマートフォンからメッセージを送った方が警戒されないだろうと考えたのだ。
「ああ、願いが叶ったら何をしよう」
『もう誰も殺さないでほしい』という願いは聞き届けられなかった。だが、それは悪いことばかりではない。
何故なら『もう誰も殺さないでほしい』という願いが聞き届けられていないということは、『願いを叶えなくていい』という願いもまた聞き届けられていないということだからだ。
つまり、最後の一人になれば願いは叶えてもらえる。
川本が『トウカの怪物』に願った願いは『大金持ちになり、幸せに生きる』だった。
「願いが叶ったら、まず服を買おう。今まで来たこともないような高価な服を。それから、広い高層マンションに住む。あと、宝石でしょ。ああ、高級な食べ物やワインなんかも飲んでみたいな」
大金持ちになった自分を想像しながら、川本はあらん限りの贅沢を想像する。
それは、幸福な時間だった。
しかし、その幸せな時間は、突然終わる。
「えっ?」
背中に何かがドンとぶつかった。川本はキョトンとした表情で振り返る。
振り返ると怪物がいた。
先程の川本と同じように、口元を醜く歪ませた怪物が。
「はっ?えっ、えっ?」
川本には、何が起きているのか分からなかった。怪物がゆっくりと川本から離れる。怪物は手に何かを握っていた。それは真っ赤に染まっている。
川本は、自分の背中を手で触った。そして目を見開く。
川本の手は自分の血で真っ赤に染まっていた。
次の瞬間、猛烈な痛みが川本を襲う。
「あああ!」
次の瞬間、川本は足元から崩れ落ちた。
「い、痛い!痛い!痛い!」
あまりの痛みに川本は叫び声を上げる。
「ど、どうして?どうして……なんで!?」
混乱する川本に怪物はゆっくりと近づいて行く。
「ひっ、ひいい!」
川本は地面を這いずりながら怪物から逃げようとする。
「だ、誰か。誰か……助けて!」
川本は必死に叫ぶ。しかし、此処にはもう、川本と怪物しかいない。
「ひっ、や、やめて、来ないで!お願い、やめて!まっ、待って!」
川本は必死になって怪物に懇願する。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。私……私、許して。お願い。私が悪かった。ごめんなさい。許して、許して!」
そんな川本の懇願を聞いた怪物は……。
ニヤァアア。
口元をさらに醜く歪ませた。
川本は悟る。この怪物は自分の願いを聞く気は全くないと。
「い、いや、やめて!やめてえええええ!」
怪物は手に持っていたものを川本に向かって、無情に振り下ろした。
川本は短く「ガハッ!」と息を吐く。
そして、恐怖の表情で固まったまま、その命を終えた。
後には川本の命を狩り、満足そうに笑う怪物だけが残った。
これで残るは後―――。
―残り?人―




