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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
トウカの沼
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三日目

 その日の朝。ネットニュースにある記事が載った。


 その記事は火事に関するもので、とある家が全焼し、三人の遺体が見付かったという内容だった。

 大勢の者にとって、そのニュースは三十分後には忘れてしまっているだろう極々ありふれたものだった。


 しかし、ある者達にとっては違った。


 死んだ者の中に、知っている人間の名前があったからだ。


『重道さんが死んだ』


 そのメッセージは『トウカの沼』に行ったメンバー全員に届けられた。


                ***

「お待たせ」


 遅れてきた館川が皆に謝罪する。この場にいるのは全部で八人。

「あれ、丘諸さんは?」

「もう集まる意味がないから来ないってさ」

「あの根暗クソ野郎……」

 堂本が「チッ」と舌打ちを鳴らす。

「もっと、ぶん殴っとけばよかった」

「仕方ないよ。別に強制ってわけじゃないんだし……彩音、大丈夫?」

 赤町の視線の先には、肩をガクガクと震わせている氷川がいた。

「やっぱり、そうだったんだよ」

 氷川はさらに体を震わせる


「私達……『トウカの怪物』に殺されるんだ!」


 氷川の目からポロポロと涙が流れ出す。

「彩音。落ち着いて!」

 赤町が氷川の背中をさすり、落ち着かせる。

「……」

 全員が押し黙り、重苦しい雰囲気が流れる。

 重道が死んだのはショックだが、その以上にショックなのは、これでほぼ確定したと、ほとんどの者が思っているからだ。


『トウカの怪物』は最後の一人になるまで、自分達を殺し続けると。


 ようやく、山本武彦が口を開く。

「なぁ、これからどうする?」

「どうするったって……」

「警察に……言った方がいいのかな?」

 恐る恐るといった様子で尋ねる森本に対し、館川が首を振る。

「やめておいた方がいいだろうね。イタズラか頭のおかしい奴と思われるのがオチさ」

 議論はそれで終わり、再び沈黙が流れる。

 そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、川本が口を開く。


「美弥。元はといえば、アンタのせいだからね!」


「え?」

 川本の口から出てきた非難の言葉に赤町は目を丸くする。

「アンタが、アンタが皆を誘わなければ、こんなことにはならなかったのよ!」

 川本は激しく赤町を攻め立てる。皆の視線が一斉に赤町に集中した。

「ちょ、ちょっと待ってよ!皆だって、楽しんでたじゃない!」

「こんなことになるなんて知ってたら、あんな場所に行かなかったわよ!」

「わ、私は悪くない!私のせいじゃない!」

「ふざけるな!責任取りなさいよ!」

 川本は赤町の髪を掴み、赤町も川本の髪を掴み、引っ張る。取っ組み合いの喧嘩が始まった。

「私は、悪くない。私はそもそも……」

「やめなよ」

 それを見ていた館川が間に割って入る。

「こんなことしてる場合じゃない。なんとかして、皆が生き残る方法を考えないと……」

「方法ったって……一体どうすれば」

「あの……」

 森本が怯えながら手を上げた。先程の川本と赤町の喧嘩にショックを受けているのだろう。

「ね、ねぇ。ちょっと考えたんだけど……」

「何?」

 森本は少し躊躇する素振りを見せた後、自らの考えを口にする。


「もう一度、『トウカの沼』に行ってみない?」


 森本の考えに皆がギョッとする。

「何言ってるの!?絶対、嫌よ!」

 川本が猛烈に反対する。

「なんで、またあそこに行かなくちゃならないのよ!」

 川本の強い口調に、森本は怯えながらも答える。

「と、取り消してもらうためだよ!」

「取り消してもらう?」

 森本はコクンと頷く。


「『トウカの怪物』にお願いするの!“もう願いは叶えなくていい。だから、これ以上誰も殺さないで”って!」


 皆がハッとする。

「た、確かに……」

「それは良い考えかも……」

 二人の男子。山本と堂本が、森本の考えに同意する。

「『トウカの怪物』が生贄を殺すのは、願いを叶えるためだ。その願いがなくなれば『トウカの怪物』が生贄を殺す理由はなくなる」

「う、うん」

「そうかも……」

 喧嘩をしていた赤町。さらに、先程まで泣いており、ようやく立ち直った氷川も森本の考えに同調し始める。

「ね。そうでしょ!?」

 森本は笑顔で両手を広げた。

「皆でまた、あの沼に行こうよ!そして『トウカの怪物』にお願いするの“もう願いは叶えなくていい”って!その代わり“私達を殺さないで”って!」

 皆はお互いの顔を見合わせ、頷く。『トウカの沼』にもう一度行って願いを取り消してもらう。その意見で場がまとまりかける。


「私は、嫌!」


 だがその時、川本が叫んだ。

「絶対に行かないわ!」

「ど、どうして?」

「当り前じゃない!そんな所に行って、殺されでもしたらどうするの?」

 川本の言葉を森本は両手を振って否定する。

「ち、違うよ。殺されないために行くんだよ。“もう願いは叶えなくていいから殺さないで”ってお願いするために……」

「それで殺されなくなるって保証はあるの?『トウカの怪物』が私達を殺さなくなるっていう保証は!」

「そ、それは……ないけど」

「ほら見なさいよ!」

 川本は、そら見た事か。という表情で森本を睨む。

「私は、絶対行かないからね!」

「……」

 何も言い返すことが出来ず、森本は押し黙る。

「しょうがない。川本以外は残ってもらって俺達だけで……」

「いや、それはやめておいた方がいいと思う」

 堂本の言葉を制したのは、館川だった。

 堂本は驚いて「なんで?」と館川に問う。


「『トウカの怪物』に願い事の放棄の申し出をするなら、全員で行かなければ危険だ」


「危険?なんで?」

 首を傾げる堂本に館川はさらに続ける。

「仮に『トウカの怪物』に願いの放棄を上手く伝えられ、それが聞き入れられたとする」

「ああ」

「でも、全員が願いを放棄しなければ、“願いを放棄しなかった者”の願いを叶えるために『トウカの怪物』は人を殺し続けることになる。そうすれば、生贄に選ばれるのは自動的に“願いを放棄した人間”になる」


 例えば九人の内、八人が願いを放棄したとする。

 しかし、一人が願いを放棄しなければ『トウカの怪物』はその一人の願いを叶えるために残り八人を生贄とし、命を奪う危険がある。


「あ、そうか」

 堂本は納得したように頷く。すると、川本がまくし立て始めた。

「何よそれ!それじゃあ、まるで私が人が死んでも自分の願いを叶えよとしてるみたいじゃない!」

「そうは言ってない。でも、結果は同じだ。沼に行かない人間は、願いを放棄していないのと同じだ」

「………」

 川本はギシリと歯ぎしりをして、館川を睨む。

 空気が再び張りつめた。

「じゃ、じゃあさ。こういうのはどうかな?」

 その空気を変えようと森本が口を開く。


「川本さんには、此処に残ってもらう。その代り一筆書いてもらうの“私の願いを放棄するって”。もしくは電話で直接言ってもらう。そうすれば……」


「なるほど。確かにそれなら、沼に行かなくても願いを放棄することが出来るな……」

 堂本が頷き納得する。

「待ってよ。仮にそれで認められたとして、もし、他の人間が願いを放棄しなかったらどうなるの?私が生贄になるじゃない!」

「そ、そんなことないよ。私達ちゃんと願いを放棄して……」

「信じられないわね」

 川本はフンと鼻を鳴らす。

「あいつはどうなのよ」

「あいつ?」

「丘諸よ」

 森本は「あっ」と短く言って、自分の口を押えた。

「丘諸は『トウカの怪物』に殺されることを苦に思っていない。それどころかむしろ、殺されることを望んでいる。自分の願い事を放棄するとは思えない」

「そ、それは……」

 川本の意見は、もっともだ。森本は何も言えなくなる。


「結局『トウカの怪物』に願い事を放棄する代わりに、これ以上の殺しを止めてもらうっていう案は無理みたいだね」


 館川の発言に森本は項垂れる。それから、チラリと波布を見た。

「ね、ねえ。波布さんは何か良い考えない?」

「私ですか?」

「うん。波布さんって頭いいし。前みたいに何か思いついていないのかなって……」

「そうですね……」

 波布は僅かに視線を逸らす。

「いいえ、特に何も思いつきませんね」

「そう」

 森本は再び、シュンとなる。そんな森本の様子を見て、赤町が明るく言った。

「とりあえず私、丘諸さんに今の話伝えてみるよ。もしかしたら、気が変わって協力してくれる気になるかも……」

「期待はできないけどな」

 堂本が溜息混じりに言う。


 ピリリリリイリリリリリリ。


 その時、赤町のスマートフォンが鳴った。

「丘諸さんからだ」

「噂をすれば……ってやつだな」

「はい」

 赤町はスマートフォンを押し、電話に出る。

「丘諸さん。どうしたの何か……えっ!?」

 赤町は混乱したような声を出す。

「お、落ち着いて、丘諸さん。一体どうしたの?」

「スピーカーに」

 波布の鋭い声が飛ぶ。

「スピーカーにして、皆に聞こえるようにしてください」

「わ、分かった!」

 波布の指示通り、赤町は通話をスピーカーに変えた。


『うわああああ!』


 スピーカーにした途端、丘諸の悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。


『や、やめろ。やめてくれ!助けてくれ!』

「丘諸さん!?」

『嫌だ……ガガ……どうして……ガガ……が』

「丘諸さん、丘諸さん。どうしたの?」

『助けて……ガガ……だ、誰か……ガガ……助けて……』

「丘諸さん?丘諸さん!?」


『嫌だ……ガガ……こんなの……ガガ……こんなの……僕の望んだ……』


 プツン。

 その声を最後に通話は途切れた。


「丘諸さん……」

 皆が押し黙る。その中で波布の冷静な声が響いた。


「三人目、ですか」





             ―残り八人―

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