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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
トウカの沼
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好奇心は――を殺す

「おお、結構大きいな!」


 男子の一人(同じ学校の山本という生徒だ)が叫んだ。

 私もそう思う。想像していたよりもかなり大きい沼だ。本当に何かいるのかもしれないと思わせる程に。


「でも、どうやって入る?」

 沼の周りはフェンスで囲まれている。フェンスの上は有刺鉄線となっているため登ることもできない。

 すると、美弥が得意げに声を上げた。

「ふっ、ふっ、ふっ。大丈夫。こっちに来て!」

 ゾロゾロと皆が美弥に続く。

「此処見て」

「あっ!」

 フェンスの下に穴が開いていた。ちょうど人一人分が潜れる大きさだ。

 きっと、誰かがペンチか何かを使って穴を開けたのだろう。

「おっ、いいね!」

「ええっ、大丈夫なの?」

「平気、平気」

「ちょっと、男が先に入りなさいよ!」

「分かった。分かった」

 最初は男が、次に女がフェンスに開けられた穴を潜る。全員がフェンスの向こうに行くことができた。

「いやぁ、凄いな」

「近くで見ると本当に大きい」

「思ったよりも汚れてないね」

 近くで見る『トウカの沼』は、かなりの透明度だった。沼というのはイメージ的にもっと濁っているものだと思っていたから意外だ。


「よし、じゃあ始めようか!」


 美弥は紙とペンを皆に渡した。

「お前、何書くの?」

「ちょっと、見ないでよ!」 

 皆がそれぞれ願い事を書く。私も紙に自分の願いを書いた。

 とても単純な願いを。

「はい、願い事を書いた人はこの袋の中に入れてね!」

 美弥は願い事が書かれた紙を回収すると、袋に入れた。


「じゃあ、いくよ!せーの。ほい!」


 美弥が袋を沼に投げ入れる。重石の入った袋はあっという間に沼に沈み、見えなくなった。

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか」

 誰かが冗談交じりに言った。他の皆もワクワクしながら沼を見ている。


 三十秒経ち、一分経つ。


 何も起きない。


「……どうする?」

「もう少し待ってみよう」

 それから、もうしばらく待ってみた。だけど、何も起きない。

「何だよ。何も起きないじゃん」

「つまんないの」

「あーあ」

「しょせん、噂は噂か……」

 皆が口々に文句を言い始める。

「もう、帰ろうよ」

「そうだ。帰ろう」

「解散、解散!」

 皆が美弥に「帰ろう」と言い出した。美弥は「ウーン」と考える。

「そうだね……今日は帰ろうか」

 美弥の一言で皆が、沼に背を向け始める。

「ちぇ、せっかく此処まで来たのに」

「まぁ、夜の森を歩くのもそれなりに楽しかったよ」

「この後どうする?」

「カラオケにでも行かない?」

「いいね。行こうぜ!」

 皆の頭の中は既に次の娯楽の事に移っている。私も帰ろうと踵を返す。

 すると、目の端に波布さんの姿が映った。

「あれ?波布さん?」

 波布さんは、動こうとしなかった。じっと沼を見つめている。その姿は真剣そのものだった。

 私は心臓がドクンと高鳴るのを感じた。

「波布さ……」


 バシャ。


 その時、沼の方から何かが跳ねる音がした。ビックリして沼に目を向ける。


 沼がブクブクと泡立っていた。


「えっ!?」

 驚いた私は大声を上げる。その声に何人かが反応した。

「えっ?」

「嘘!?」

 反応は連鎖し、沼の異変に全員が気付く。帰ろうとしていたメンバーも慌てて戻って来た。

「何?何?」

「嘘だろ……」

「マジかよ……」

 沼の異変に皆が絶句する。


 ブクブクブクブクブク。


 沼はまるでマグマでも入れられたかのように、さらに泡立っていく。これは、逃げた方がいいのではないのだろうか?

 怖くなった私は、思わず一歩下がった。


 バシャアアアアン!


 沼の水が先程とは比べ物大きく跳ねた。

 それはまるで、沼から何かが飛び出してきたかのようだった。


「きゃあ」

「うあああ!」

 跳ねた水を被り皆の服や靴がビショビショに濡れる。


 その中で唯一人。波布さんだけが動じることなく、沼を見つめていた。


『ね……が………』


「えっ?」

「誰?」

「誰か何か言った?」

 突然、皆の頭の中に声が聞こえた。皆慌てて周囲を見る。

  

 何もいない。いや、何かがいる気配は感じる。

 でも、“何も見えない”。


『ねがいきいた』


 もう一度声が聞こえた。今度は、はっきりと。


「うわあああ」

「なんだよ。これ!」

「いや、何?何?」

 メンバーの半数以上がパニックになりかけている。あの美弥ですら頭を抱え、涙ぐんでいた。


 混乱する私達の頭に謎の声がさらに響く。


『ぬしらのねがいたしかにきいたにえになりしものきゅうのうちのとらのこくしょこくにくらうとおののちねがいかなえしものきまる』


「えっ?」

「なんだって?」

 声ははっきりと聞こえるようになったが、何かを言っているのか意味がよく分からない。


 するとまた、沼の水が大きく跳ねた。

 今度は何かが、沼に飛び込んだかのような跳ね方だった。


 気が付くと辺りは静けさを取り戻していた。


 濡れていた服も靴もまるで最初か濡れてなどいなかったかのように乾いている。

 私は沼を見た。


 沼は何事もなかったかのように、空に浮かぶ満月を映していた。


               ***

 

「ねぇ、昨日凄かったよね!」

 

 翌日、美弥が興奮したように私に話しかけてきた。傍には、あの時一緒にいた山本武雄と氷川彩音がいる。

「あれ、なんだったんだろうね」

「凄かったよな!」

「うん、凄かった!」

 興奮する美弥たちに、私も同意する。

「実はあの時、館川がとっさに動画を取ってたんだよね」

「えっ、ホント?」

「マジ、マジ」

 館川というのもうちの生徒だ。

 成績優秀で、試験では必ず三番内に入るほど成績がよい。しかも片方の親が病院を経営しており、もう片方が大学教授をしているとのこと。まさに、サラブレットだ。

「でも、何も映ってなかったんだとよ」

「あの声は?」

「全く」

 山本は館川からその時の動画を送ってもらったのだという。私達もその動画を見せてもらったが、奇妙なことに何も映っていない。

 映っているのは“濡れてもいないのに濡れたと騒ぎ、何も聞こえないのに、何かの声が聞こえると騒ぐ”私達の姿だった。

「な、怖いだろ?」

 山本は興奮したように叫ぶ。

「これだけ見ると、私達かなりヤバイ奴らだよね」

「そうだね」

 どう見ても集団で幻覚を見ている頭のおかしい若者達だ。これを他人が見たら、きっと私達は犯罪者扱いされるだろう。

「この動画は人には見せない方がいいね」

「ああ、俺もそう思う」

 山本はポケットの中にスマートフォンをしまった。


「ねぇ、ところであの声って何て言ってたの?」


 氷川が問う。しかし、誰も答えられない。

「『主ら』とか『願い』って言ってるのはなんとか聞こえたけど……」

「その後が、よく分からなかったよね」

 思い出そうとしても、何を言っていたのか思い出せない。

「まぁ、でも」

 美弥が笑顔で口を開いた。

「『願い』って言ってたのは分かってるんだから、それでいいんじゃない?きっとあの声は『主らの願いを叶える』って言ってたんだよ!」

 美弥は誇らしそうに胸を張る。その意見に私は思わず突っ込んだ。


「でも、あの怪物が願いを叶えてくれるのって一人だけじゃなかった?」


「あっ……」

 美弥はバツが悪そうに固まる。しかし、直ぐに復活した。

「だったら『主らの内の一人の願いを叶える』って言ってたんだよ!」

 美弥がまたしても胸を張る。本当にそうだろうか?

 だけど、私もあの声が何と言っていたのか分からない以上、反論はできない。

「ああ、楽しみだな。私の願いが叶わないかな」

「いや、俺だな。きっとあの怪物は俺の願いを叶えてくれるに決まってる」

「ううん、私よ。私の願いをきっと叶えてくれるわ!」

 三人は楽しそうに話す。


「違うよ。私の願いを叶えてくれるに決まってるよ!」

 

 私は特に何も考えずに、その会話に乗った。


               ***


「あ、波布さんからだ」

 夜。ベッドで寝転びスマートフォンを見ていると、波布さんからメッセージが来た。

 あの後、私は波布さんと連絡先を交換していたのだ。


『夜分失礼します。その後、どうですか?』

 波布さん、文章でも敬語なんだな。私はクスリと笑い、メッセージを返す。

『うん、大丈夫』

『そうですか、それなら良かったです』

『波布さんは?』

『私も大丈夫です』

『それなら良かった』

 その後、直接波布さんと話したくなった私は、彼女に電話を掛けた。

 会話は弾み、あっという間に時間が過ぎる。

「ああ、もうこんな時間だ」

「そうですね。そろそろ寝ますか?」

「うん、そうだね」

「では、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 私は通話を切ると部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。

 部屋の隅にはペットのミケが眠っている。私は、ミケにおやすみなさいと言って瞼を閉じた。


               ***


「う、ううん……」

 数時間後、なんだか息苦しさを感じた私は目を覚ました。スマートフォンの電源を入れ、時間を見る。


 時間は……午前三時ちょうど。


「ああ……まいったな」

 明日も学校があるのに、真夜中に目が覚めてしまった。

 私は、もう一度布団を被り眠ようとする。


 ピチャ、ピチャ、ピチャ。


 水の音が聞こえた。まるで閉め忘れた蛇口から水が垂れるようなそんな音だ。


 ボリ、ボリ、ボリ。


 何かが砕ける音が聞こえた。まるで骨を噛み砕いているような……。


 私はベッドから上半身を起こした。部屋の隅で何かが動いている。

「ミケ?」

 私は、ミケの名前を呼んだ。部屋の隅で動いていたものの動きがピタリと止まる。


 それは、ゆっくりと振り向き、私を見た。


「ひっ!」

 私は短い悲鳴を上げた。


 それは、まさしく怪物だった。グチャグチャで形容する言葉が見付からないまさに怪物。

 その怪物の足元にあるものを見て私はさらに恐怖した。

「ミ……ケ?」


 怪物の足元には変わり果てた姿のミケがいた。


『……』

 怪物は一歩ずつ私に近づいて来る。

「い、嫌!」

 私は後ずさり、壁にぶつかる。ドアは怪物の向こうだ。とても行くことは出来ない。

「だっ、誰か!お、お父さん。お母さん!」

 私は大声で両親を呼ぶ。しかし、両親は現れない。

「な、波布さん!」

 私の頭に波布さんの姿がよぎった。スマートフォンを取り出し、画面を押す。

 しかし、何も起きない。何度画面を押してもスマートフォンは全く反応しない。

「どうして!?」

 その時、私は気付いた。


 スマートフォンの画面が午前三時から一秒も動いていないことに。


 ギシッと、ベッドが軋む音がした。振り返る。

 怪物が目と鼻の先にいた。

「あ……あっ」

 恐怖のあまり、私は言葉を発することが出来なかった。

 怪物は、その顔を私の耳に近づける。


『にえはぬしじゃ』


 その言葉を最後に私の意識は途切れた。


               ***


「本日は悲しいお知らせがあります」


 教室に入るなり、担任はそう言った。その雰囲気に普段は騒がしい教室の空気がピタリと静まる。


 そして、担任の口からクラスの女子生徒が亡くなったことが告げられた。


 彼女の友人である赤町美弥は担任の言葉に絶句した。

 彼女は友人の死を悲しむよりも早く『トウカの沼』に行ったメンバー全員に短いメッセージを飛ばした。


『ヤスが死んだ』






              ―残り十人―


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