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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
トウカの沼
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トロッコ問題

 トロッコ問題というのがある。


 ある線路で作業員が整備をしていると、そこに暴走してきたトロッコが突っ込んで来る。暴走するトロッコの先には、五人の人間がおり、彼らは線路の整備に夢中で誰も暴走するトロッコに気付いていない。声を掛けようにも間に合わない。

 このままではトロッコに轢かれ、五人が死ぬ。 

 貴方はちょうど線路の分岐点にいる。貴方が線路を動かせば、トロッコは別の線路に移り、五人は助かる。


 だが、線路を動かした先にも作業員がいる。動かした線路の先にいる作業員は一人。線路を動かせばその人間はトロッコに巻き込まれて死ぬ。

 その人間は本来、死ぬはずのない人間だ。


『貴方が線路を動かさなければ』


 貴方は、五人を助けるために一人を殺すか?

 それとも一人を生かし、五人を見殺しにするか?


 これがトロッコ問題だ。


 それに対する私の答えは、こうだ。


 六人全員が知らない人間なら、私は恐らく五人を助ける。

 その五人の中に一人でも知り合いがいれば五人を助ける。

 動かした線路の先にいる一人が私の知り合いで、他の五人が知らない人間だったら、私は一人を助ける。


 そして、六人全員が知っている人間だった場合は―――。


              ***


「ねぇ、ねぇ。これ知ってる?」

「うん。知ってるよ」


 休み時間に、友人の美弥がスマートフォンの画面を私に見せてきた。画面に書かれていることは、最近この辺りで噂になっているものだった。


 学校の近くにある森の中には大きな沼がある。その沼には『トウカ』と呼ばれている巨大な怪物がおり、どんな願いでも叶えてくれると言うのだ。

 元々、この地域で伝わっていた伝説らしいが、誰かがSNSで広めて一気に有名になった。


「それでね。今度の放課後、私達この沼に行ってみようと思うんだけど。一緒に行かない?」

「まぁ、いいけど……」

 特に予定のなかった私は、美弥の誘いに同意する。

「でも確か、その怪物に願いを叶えてもらうには、十一人必要なんじゃなかったっけ?そんなに、集まるの?」

 私はSNSに書いてあったことを思い出す。


 まず十一人がそれぞれ願いを書いた紙を沼に投げる。そうすると、沼から怪物が現れ願い事を叶えてくれる。


 ただし、怪物が願いを叶えるのは、十一人の中でたった一人だけなのだそうだ。


「大丈夫。もう、十人集まったから。ヤスでちょうど十一人目」

「ふぅん。他に誰が来るの?」

「私の知り合い。後、別の学校からも何人か来るよ」

「そ、分かった」

「詳しい場所と時間は、後で送るから」

「うん」

 私は軽く頷く。美弥はこういうことが好きで昔はよく付き合った。前は嫌だったけど、今は平気だ。

 私と美弥はそれぞれの席に戻り、授業を受ける。

 美弥から日時と時間が書いてあるメッセージが来たのは、その日の放課後だった。


 当日。


「よーし、じゃあみんな。行くよ!」

「「「「「「おう!」」」」」」


 後日、集まった私達は早速、怪物がいるという沼に向かう。

「ワクワクするね!」

「怖ーい!」

「わっ!」

「ちょっと、驚かさないでよ!もう!」

 森に入ると、皆が騒ぎ出した。

 その様子を見るに、集まった人間のほとんどは願いを叶えてくれる怪物など信じてはいないのだろう。ただ単に遊ぶ口実として集まっているようだ。

 私は、辺りを見渡す。集まった十一人の内、八人は同じ学校の人間だった。

 知っている人間も何人もいる。

 違う学校の人間は三人。一人は髪を染め、耳にピアスをしている男。とても高校生には見えない。もう一人は、メガネをかけた小太りの男。集まったメンバーは陽気な人たちが多いが、その男は一人、集団から離れ後ろを付いてくる。

 明らかに場違いなように思えた。どうして、美弥はこんな男を誘ったんだろう?

 その時、男がこちらを見た。私は咄嗟に視線を外す。

(危ない。危ない)

 私は小太りの男から、別の人間に視線を向けた。他校からきた三人の生徒の最後の一人だ。

 その人を見た瞬間、私は思わず呟いていた。


「綺麗」


 最後の一人は女の子だった。

 ロングヘアの綺麗な髪を持つ美人。背筋もピンと伸びでおり、歩き方も優雅で綺麗。そして、スタイル抜群だった。

 その姿はどこか、高貴さがにじみ出ていた。

「ねぇ、美弥。あの子は?」

「ん?ああ、あの子ね」

 美弥は、その子の名前を教えてくれた。


「波布光さん。家生高校の一年だよ」


「波布光さん……」

 私は自然と、その名前を反復していた。

「彼女、物凄く頭が良いいんだって。書いた本が出版されたりしてるらしいよ」

「えっ、凄い!」

 将来は、物書きになりたいと思っている私私は飛び上りそうなほど驚いた。同い年で、既に本を出している子がいるなんて。

 美人でスタイルもよく、頭もいい。この世はなんて不平等なのだろう。

 私は、羨望の眼差しを彼女に送った。


 その時、波布さんがこちらを見た。私と彼女の目が合う。


 波布さんの後ろに、巨大な白い大蛇が見えた。


「ヒッ!」

 私は短い悲鳴を上げ、思わず後ろに下がった。

「どうしたの?」

 悲鳴を上げた私を美弥が不思議そうな目で見る。

「いや……あの……」

 あれって……まさか。

 私はもう一度、波布さんに視線を向ける。


 白い大蛇の姿は消えていた。


 私は目を凝らして、もう一度波布さんを見る。


 やはり、白い大蛇はいない。


「ホント、どうしたの?」

 美弥が心配そうに私を見る。私は慌てて取り繕った。

「い、いや、な、なんでもないよ」

「あ、彼女。こっちに来るよ」

「えっ!?」

 美弥の言う通り、波布さんがこちらに向かって歩いてきている。

(ど、どうしよう……怒ったかな?)

 不安に駆られ、手が汗でにじむ。


「こんばんは」


 波布さんが挨拶してきた。

「こ、こんばんは……」

 私はぎこちない声で挨拶を返す。

 波布さんは無表情だった。怒っているのか怒っていないのか分からない。

「あ、あの……ごめんなさい!」

 私は頭を下げ、謝った。

「じっと、顔を見てて不愉快だったよね。本当にごめんなさい!」

「いいえ、別に気にしていませんよ」

 波布さんは静かな声でそう言った。

「少し、誰かと話をしてみたかっただけです。こちらこそ、ご迷惑ではありませんか?」

「う、ううん。そんなことないよ!」

 私は、ホッと息を吐いた。どうやら、本当に怒っていないみたいだ。

「この子、貴方があまりに綺麗だったから思わず見惚れてたんだよ」

「み、美弥!」

 美弥がクスクスと笑いながら私をからかう。私の顔はリンゴみたいに真っ赤に染まった。

「ありがとうございます」

 波布さんは軽く頭を下げる。ただそれだけの動作が、この人がやるとても優雅に見えた。

 私と美弥はその姿をポゥとした顔で見つめる。

「私は家生高校一年。波布光です。どうぞ、よろしくお願いします」

「私は、赤町美弥。よろしく、波布さん!」

「はい」

 挨拶を交わす二人を見て、私も慌てて自己紹介をしようと口を開いた。

「私の名前は……」


「おい!着いたぞ!」


 私が自己紹介をする前に、前を歩いていた男子が声を上げた。

『立ち入り禁止』と書かれたフェンスで囲まれた先に、その沼はあった。


 沼の傍にボロボロになった立札がある。

 その立札には、『トウカの沼』とだけ書かれたあった。

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