後編
「何かお探しですか?」
女性店員はニコリとほほ笑む。
「い、いえ。僕は客じゃなくて……」
少年は慌てて両手を振る。
「実は、この辺りで蛇を見かけまして……もしかしたらこの店から逃げ出したものかもしれないと……」
「わざわざ、知らせに来てくれたんですか?ありがとうございます」
「で、でも、この店の蛇じゃないかも……」
「少々お待ちください」
そういうと、女性定員は店の奥に引っ込んだ。
「貴方が見た蛇は、この子ですか?」
戻ってきた女性定員の手に一匹の蛇がいた。
その蛇は間違いなく、少年が見た蛇だった。
「はい、その子です!」
「そうですか。実はこの子、一度逃げてしまったのですが、つい先程、戻ってきたんですよ」
「そうなんですか。帰ってきて良かったです」
少年は、ほっと一安心する。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで」
少年はペコリと頭を下げて、店から出ようとする。
すると、その背後から女性定員が少年に声を掛けた。
「よかったら……」
「え?」
「よかったら、店の中の爬虫類を見ていきませんか?」
女性定員は少年に優しく微笑む。
「え、い、いいんですか?」
「はい、この子の事を知らせに来てくださったお礼です」
「あ、ありがとうございます」
「では、こちらへどうぞ」
そう言うと、女性定員は店の中を案内し始めた。
***
「わぁ、凄い!」
展示されている多くの爬虫類を見て、少年は興奮する。
「爬虫類、お好きなんですか?」
「はい、好きです!」
「そうですか。それは良かった」
女性定員は嬉しそうに笑う。そして、丁寧に店の中の爬虫類を紹介し始めた。
「この子は、ハナトカゲ。花に擬態し、やって来た蝶や蛾などを捕食します。姿形だけでなく実際に花の香りも出すことができるんですよ」
「この子は、ハリヤモリ。普段は普通のヤモリと同じ姿をしていますが、身に危険を感じると全身から鋭い針を突き出します」
「この子は、コウモリダマシ。蝙蝠を専門に食べる蛇です。蝙蝠は超音波を出し、周囲の状況を把握していますが、コウモリダマシは、蝙蝠が出す超音波を狂わせる音波を放ちます。超音波を狂わされた蝙蝠は障害物に激突し、動けなくなります。コウモリダマシは障害物に激突し、死んだり、動けなくなった蝙蝠を食べます」
「この子はアリトカゲ。蟻や蜂のように女王を中心とした群れで生活しています。それぞれ役割が決まっており、エサを運んできたり、巣を拡張する働きトカゲや外敵と戦う兵隊トカゲがいます」
「この子はミズカメレオン。水中の中で生活できるように進化したカメレオンで、主にヤゴ等の水生昆虫や小魚を食べて暮らしています」
「この子はミズクサガメ。カメミズクサという水草と共生しており、カメミズクサが光合成によって作り出した栄養を分けてもらっています。代わりにミズクサガメはカメミズクサが光合成しやすい日光の当たる場所に移動します」
「この子はウミワニ。イリエワニが進化したもので深海の奥深くに生息しています。この子はまだ子供で小さいですが、成長すれば五メートルを超えます」
次々と紹介されている爬虫類の数々に少年は目を丸くする。
「凄い。聞いたこともない爬虫類ばかりだ!」
「はい、そうでしょうね」
女性店員は、首を縦に振る。
「当店は、未確認爬虫類を専門に扱っていますから」
「未確認……爬虫類?」
「はい、まだ発見されていない爬虫類のことです」
「発見されていない?」
少年は首を傾げる。
「発見されていないのに、どうして此処にいるんですか?」
少年のもっともな質問に、女性店員はクスリと笑った。
「独自のルートがあるんですよ」
「そうなんですか……」
半信半疑といった表情で少年は頷く。
「どうです?お気に召しました子はいますか?」
「あっ、いや……」
少年は苦笑いをする。何故なら、此処にいる爬虫類の値段は、少年のお小遣い程度では、とても手が届かないからだ。
「せっ、せっかくですが」
「そうですか……ああ、そうだ。少しお待ちください」
女性店員は、また店の奥に引っ込む。
それから、一匹の蛇が入った飼育ケースを持ってきた。
「じゃあ、この子はどうですか?」
「えっと……」
少年は飼育ケースを覗く。やはり、見たこともない蛇だ。
「この子なら百円でいいですよ」
女性店員の言葉に、少年は飛び上る程驚いた。
「百円……ですか!?」
「はい」
女性店員は笑顔で首を縦に振る。
「当店にいる子達の値段はピンからキリまであります。当店で一番安いのがこの子なんです」
「何ていう名前の種類なんですか?」
少年の質問に、女性店員は唇の端を少し上げた。
「『コープス・メイク・スネーク』といいます」
***
「コープス・メイク・スネーク……」
少年は記憶を辿るが、やはり初めて聞く名だ。
「でも、なんでこの子はそんなに安いんですか?」
「買いにくい、というのが一番の理由でしょうか」
女性定員は飼育ケースの中の蛇に目を向ける。
「この子は虫しか食べません」
「虫しか……蛇なのに珍しいですね」
「はい。しかも、毎日エサをやらないといけないのです」
「毎日……ですか。それも珍しいですね」
「しかも、この子には毒があります」
「毒!!」
少年は、思わず飼育ケースに顔を近づける。
「……以上の事から、あまり買いたがるお客様がいらっしゃいません。何度か、買われたこともあるのですが、飼い切れないお客様ばかりでした」
「そんなに、飼うのが難しいんですか」
「はい。ですが、お客様なら、この子を飼育することができるかもしれません」
「えっ?」
「お客様は、とてもお優しく、責任感があるように見受けられます。きっとこの子を飼うことができると思いますよ」
女性店員は優しく笑う。
「いかがですか?この子を飼ってみたいと思いませんか?」
少年は、悩む。
飼うのがとても難しく、危険な蛇だということは十分に理解した。しかし……。
飼育ケースの中で蛇が鎌首を上げた。
その目が少年の目と合う。
「うわぁ……」
コープス・メイク・スネークの目は、毒蛇とは思えない程、とても澄んでいた。
少年は、その澄んだ目に魅せられた。
生き物を飼おうと思った時、どのような理由でその個体を選ぶのかは人によって様々だ。
値段であったり、健康状態であったり、色であったりする。
そして、目が合ったという理由で、その個体を選ぶ人間もいる。
「買うか、買われないか。お決めになられましたか?」
「はい」
少年は女性店員の目を見ると、はっきりした声で言った。
「やめておきます」
少年は残念そうに頬を掻く。
「やっぱり、僕には飼い切れないと思いますので……」
「そうですか」
女性店員は気を悪くする様子もなく頷く。
「生き物を飼うのには責任が伴います。自分が飼い切れないと判断したのなら、買うのをやめるのは、とても正しいことです」
貴方はとても優しい人間ですね。
そう言って、女性店員はニコリとほほ笑んだ。
「では、代わりに当店の取っておきの子を見て行かれませんか?」
「とっておき?」
「はい、未確認爬虫類の中でも、とても珍しい『蛇』です。どうです?見て行かれませんか?」
「……はい、見たいです!」
「では、こちらへ」
女性店員は、コープス・メイク・スネークの入っている飼育ケースを机の上に置くと、少年を店の奥へと案内した。
鍵の掛けてあるドアを抜けると、また鍵の掛かってあるドアが現れた。そのドアを開けると、また鍵の掛かってあるドアが現れた。
ドアの鍵はそれぞれ違うらしく、女性店員は毎回違う鍵を使ってドアを開けている。
(随分、厳重だな……)
少年は、子供心にそう思う。
「では、こちらです」
女性店員が最後のドアを開けると、部屋が現れた。その部屋の壁はガラスケースとなっており、その中に『蛇』がいた。
ガラスケースの中には『五匹』の蛇がいる。
(いや、違う!)
少年は飛び上る程驚いた。ガラスケースの中にいた蛇は五匹ではない。
『一匹』だ。
ガラスケースの中にいる蛇は『一匹』。
その蛇は胴体が途中で『五つ』に分かれているのだ。
五つの首は、それぞれが別の方向を向き、辺りを見ている。
「どうです。凄いでしょ?」
女性店員が話し掛ける。
「こ、この子って……」
「もちろん、突然変異でこうなったわけではありません。この子はこういう『種』なのです」
女性店員はガラスケースの中の蛇を、宝物を自慢するように語る。
「この子は、『ヒドラ』と言います」
***
女性店員によると、『ヒドラ』の五つの頭は一つが本物で、残りは敵を欺くための偽物の頭……というわけではないらしい。
なんと『ヒドラ』の頭は全てが本物ということだ。
五つの頭それぞれに脳があり、それぞれの頭が物を見て、匂いを嗅ぐことが出来る。さらに、五つの口のどれからでも食べることができる。
「ただし、それとは別にもう一つ脳があります。その脳は、枝分かれしている胴体部分にあります」
それぞれの頭から得られる情報。それをさらに『六つ目の脳』が処理する。そうして、『ヒドラ』は、五つの頭をそれぞれ操っている。と、女性店員は少年に説明をした。
「頭が五つあれば、獲物を発見しやすくなりますし、敵をいち早く見付け、隠れることも出来ます」
ただし、その分、脳に多くの栄養を送らなければならないため、『ヒドラ』が繁殖に回せるエネルギー少ない。ゆえに、『ヒドラ』の数は他の蛇に比べ、圧倒的に少ないのだという。
「こんな蛇がいるなんて……」
少年は目を丸くする。
「貴方が普段見ている世界や誰かに教えられた世界が、この世界の全てではありません。世界は狭いようでいて、とても広いのですよ」
女性店員はこの日一番の笑顔を少年に見せた。
「今日は、ありがとうございました。色々と見せてくださって……」
少年はペコリと頭を下がる
「いいえ、私も楽しかったですよ」
「あ、あの良かったら、お名前を教えていただいてもいいですか?」
「私のですか?」
「はい」
「分かりました」
女性店員は、ゆっくりとした口調で自分の名前を少年に告げた。
「私は、鳥飼西子と言います」
「鳥飼さん……ですね。ありがとうございます」
「はい。よろしければ、お客様のお名前も教えていただけますでしょうか?」
「分かりました」
少年は、はっきりとした口調で自分の名を鳥飼に告げた。
「僕は、雨牛。雨牛梅雨と言います」
「雨牛様ですね。記憶しました」
「僕も鳥飼さんの名前。覚えました」
「ありがとうございます。ああ、雨牛様。一つよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「実は、私は趣味で占いもやっています。失礼ながら先程、雨牛様を占ったのですが……その結果を言ってもいいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「では……」
鳥飼は一拍の間を置き、占いの結果を話し始めた。
「将来、貴方の前に一匹の『蛇』が現れます。それは、とても強い毒を持っている『毒蛇』です」
「毒蛇……ですか?」
雨牛は不思議そうに首を傾げる。
「ご安心を、その『毒蛇』は決して、雨牛様を傷付けることはありません。ですが、お気を付け下さい」
鳥飼の顔から笑顔が消えた。
「もしかしたら『毒蛇』は貴方の大事なものを食べてしまうかもしてません」
雨牛は鳥飼が何を言っているのか分からなかった。だが、何かとても大切な事を教えられた気がした。
「分かりました。覚えておきます」
「是非」
鳥飼の顔に笑顔が戻る。
「では、また」
「はい、またいつか」
雨牛は頭を下げ、店を後にする。その背後を見送りながら鳥飼はポツリと漏らした。
「貴方が覚えていたら」
***
「あれ?」
歩道の真ん中で、雨牛は首を傾げた。さっきまで明るかったはずなのに、いつの間にか、日が落ちかけている。
「僕、何してたんだっけ?」
確か、蛇を見付けて、その蛇を追いかけていたら、どこかの裏路地に迷い込んだような……。
「でも、この辺りに裏路地なんてないしな……」
周囲を見渡しても、店や家はピッタリとくっついており、裏路地なんてどこにもない。
「おかしいな?」
まるで、夢でも見ていたみたいだ。
「あ、まずい。早く帰らないと!」
遅くなったら、母親に怒られる。雨牛は家まので道を走って帰る。
珍しい爬虫類の事も、店員である鳥飼の助言も全て忘れて。
***
『未確認爬虫類専門店 槌の子』
営業時間:夕暮れ時
営業日:気まぐれ
場所:日本のどこかの裏路地
取扱い:未確認の爬虫類
*取扱いの危険な爬虫類も多数取り扱っております。危険な種類については説明いたしますが、最終的にお客様の自己責任となります。十分ご注意ください。
*飼い主の方が亡くなられた場合、または飼い主の方が死ぬと確定した際には、販売しました個体は全てこちらで引き取らせていただきます。




