前篇
俺は爬虫類が大好きだ。家では何匹もの爬虫類を飼育している。
俺の趣味を気味悪がる人間もいるが、そんなこと知ったことか。俺はこれからも爬虫類を愛し、爬虫類を飼い続ける。
そんな俺が楽しみにしているイベントがある。
『レプタイル・カーニバル』
全国の爬虫類店が一堂に会する年に一度の爬虫類の祭典。
そこでは、トカゲ、ヤモリ、カメレオン、蛇、亀といった様々な爬虫類が販売される。
他にもタランチュラやサソリ、ムカデ等の蟲、フェレット、テグー、ハリネズミ、ラット等の哺乳類、フクロウ等の鳥類、カエルやイモリ等の両生類、カニ等の甲殻類、爬虫類のエサ用のヨーロッパイエコオロギ、フタホシコオロギ、ミルワーム、シルクワーム、ハニーワーム、デュピア、レッドローチ等も販売されている。
前に来た時は、クロオオアリの女王が販売していた。
飼育ケースや保温器等、飼育に必要な機材も此処で買うことも出来るため、爬虫類の飼育をしている人間やこれから飼育をしたいと思っている人間にとっては、とてもよい祭典だ。また、祭典での特別価格になっていることも多いため、普段よりも安く欲しいものを手に入れることも可能となる。
「お、此奴はいいな!」
俺はカップを一つとる。その中には一匹のヒョウモントカゲモドキが入っていた。
祭典では、こうしてカップの中に爬虫類や両生類や蟲や甲殻類を入れ、販売している事が多い。
カップには、その生き物の値段が書いてあるため、カップの中に入っている生き物がいくらするのかは直ぐに分かる(さすがに哺乳類は、カップに入れることが出来ないため、ゲージに入れて販売している。さらに、大きすぎてカップに入りきれない爬虫類等は、別の入れ物に入れて販売されている)。
「ヒョウモントカゲモドキのタンジェリンか。よし、買うか!」
店員に金を渡し、必要書類にサインをしてヒョウモントカゲモドキを受け取る。このつぶらな目と愛嬌のある仕草がヒョウモントカゲモドキの魅力だ。
「さて、次は蛇を見るか……」
俺は、適当に会場をうろつく。
すると、その中に一つ。気になる店舗を見付けた。
その店舗は、会場の隅にポツンとあった。
レプタイル・カーニバルには全国から、爬虫類を販売している店舗がやって来る。
それこそ大手企業から、家族で経営している店舗まで様々だ。親と子供が一緒に来て販売している店舗も珍しくはない。
だから、一人だけしかしない店舗も珍しくはないのだが……その店舗はどこか異様だった。
不思議なことに誰もその店舗の前で止まらないどころか、視線を送ることさえしない。会場は多くの人でごった返している。どの店舗でも数人は立ち止まっているし、立ち止まらないにしてもチラリと見るぐらいはする。
しかし、会場にいる人間達は、まるでその店舗が存在していないかのように素通りしていた。
俺は、会場に入場する時に貰った何処にどの店舗があるのか載ってあるパンフレットを見た。
「あれ?」
俺は首を捻る。あの店舗がどこにも載っていないのだ。
「変だな?」
もしかして、無許可で出店してるのか?いや、だとしたら、とっくに警備員に追い出されるはずだ。
だとすると、パンフレットに載っていないのは、単純に主催者側のミスか?
「うーん」
パンフレットに載っておらず、誰も足を止めないその店舗に興味を惹かれた俺は、そこに足を運ぶことにした。
『未確認爬虫類専門店 槌の子』
それがその店の名前だった。
(未確認爬虫類専門店?)
一体どいう意味だ?
「いらっしゃい」
店舗名の意味を考えていた俺に、若い女の店員がニコリとほほ笑んできた。
年齢はおそらく、二十歳前後といった所だろう。俺は「どうも」と軽く会釈する。
(まぁ、店の名前なんてどうでもいいか。さぁて、此処には、どんな爬虫類がいるんだ?)
ワクワクしながら、店の前に並べられているカップに視線を落とす。
「えっ!?」
俺は驚愕した。
「す、凄い。どれも初めて見るものばかりだ!」
トカゲも蛇もヤモリもカエルも……見たこともない種類のものばかりだ。
「どうです?うちの子達は?」
「いや、どれも素晴らしいです。此処にいる爬虫類は一つも見たことがない!」
店主はフフッと笑う。
「うちは『まだ発見されていない爬虫類』を専門に扱っていますからね」
「まだ、発見されていない爬虫類……ですか?」
「はい」
「そ、そうなんですね……」
店員の冗談に、俺は苦笑いを返した。未確認爬虫類専門店とは、そのままの意味だったのか……。
まぁ、未確認爬虫類専門店とは『とても珍しい爬虫類を扱っている』という比喩だろう。実際、これだけ珍しい爬虫類を揃えているのだ。その名を名乗る資格は十分あると思う。
店員はクスリと笑う。
「どうです?お気に召しました子はいますか?」
「そうですね……」
正直、全部欲しい。もし、俺が大金持ちだったら、此処にいる全ての商品を買っていただろう。だが、残念なことに俺は大金持ちではない。
今日は、既にヒョウモントカゲモドキを一匹買っている。残りの予算を考えると、購入することができるのは、ギリギリあと一匹といった所だろう。
そんな中、一匹の蛇に目が留まった。
「えっ!?」
俺は、またしても驚愕した。
その蛇の入っているカップに『\100』と書かれていたからだ。
「ひゃ、百円!?」
俺は思わず叫んだ。
「こ、この値段って……間違いないんですか?」
「はい、間違いありません」
店主はコクリと首を縦に振る。
「もしかして、この蛇、病気やどこかに怪我を……」
「いいえ、健康体ですよ」
「……」
蛇の値段は種類や成長具合、色、怪我や病気の有無によって違うし、店舗によっても違う。
だが、蛇の値段は平均で数万円程。安くとも一万円前後はする。数十万円する蛇も会場で見かけた。
百円の蛇などあり得ない。
俺は興奮気味に店員に尋ねる。
「こ、この蛇はなんていう名前なんですか?」
「『コープス・メイク・スネーク』と言います」
「『コープス・メイク』……」
やはり、初めて聞く名前の蛇だ。
「この子が気に入りましたか?」
店員はじっと俺の目を見る
「どうされます?買いますか?それともやめておきますか?」
「買います!」
店員の問いに俺は即答した。店員がニヤリと笑う。
「お買い上げ、ありがとうございます」
***
「よし、こんなものか……」
俺は購入したその蛇……『コープス・メイク』を飼育ケースの中に移した。
店員に聞いた話だと『コープス・メイク』は地表性の蛇で、適温は二十五℃~三十五度。そして、驚くべきことに虫を食べるのだと言う。
『虫を食べるんですか?』
『はい“コープス・メイク”は虫しか食べません。哺乳類や爬虫類や両生類、鳥類やその卵、魚は食べません。完全な虫食性です』
虫を食べる蛇は、ラフアオヘビやグランドスネーク等がいるが、蛇全体から見れば、かなり稀だ。
店員は『コープス・メイク』を飼う際の注意をさらに続ける。
『エサはコオロギの成虫などを最低でも毎日一匹以上与えてください』
『毎日……ですか?』
『はい、毎日です』
蛇は飢えにかなり強い。
虫を食べる蛇は、通常の蛇より給餌感覚が狭いと聞いたことがあるが、それでも一度エサ与えれば、数日は何も食べずとも平気だったはずだ。
毎日、エサを与える必要がある蛇なんて聞いたことがない。
『必ず毎日、虫を与えてください。でないと……大変なことになります』
『わ、分かりました』
大変なこと……そんなに飢えに弱い蛇なのか……。
『それと、この蛇を直接触ってはいけません』
『えっ、どうして……まさか!』
『はい、この蛇には毒があります』
『毒!?』
俺は飛び上る程驚いた。この祭典では、毒蛇を販売することは禁止されている。今、此処で販売される蛇は全て“無毒”の蛇だ。
この祭典で販売される爬虫類は、全てチェックされていると聞いていたのに……。
『毒を持ってるって……そんなのダメでしょ!』
『では、お止めになりますか?』
『え?』
店員の思わぬ返しに、俺はたじろいだ。
『お買い上げにならないのでしたら、それでも構いませんよ?』
『うっ!』
言葉に詰まる。こんな珍しい蛇、絶対に他の店で買う事はできない。ましてや、百円なんて値段で買うことなど不可能だろう。
『いかがなされます?』
店員は俺を試すかのようにニコリと笑った。
「結局、買っちまったな……」
俺は「ハァ」と溜息をつく。本来、毒蛇は売るのも買うのも許可が必要となる。
でも、あの店舗はどう考えても毒蛇販売の許可を取っている風には見えなかった。そして、俺も毒蛇を飼育する許可を取っていない。
ダメだとは思ったが、聞いたこともない未知の蛇の魅力にどうしても勝てなかった。
「まぁ、黙っていればバレないだろう」
俺は生きたフタホシコオロギを一匹ケースから出すと『コープス・メイク』の前に差し出した。
バクッ。
グッグッ。
ゴクリ。
「うん、良い食べっぷりだ」
それから俺はあの店員に言われた通り、毎日『コープス・メイク』に餌を与え続けた。
毎日、毎日欠かさず。
しかし、ある日……。
「ああ、疲れた」
その日は仕事で起きたトラブルを解決するために、泊まり込みで仕事をしていた。俺はあまりの激務に心身共に疲れ果て、そのままベッドに倒れた。
ベットに倒れて、ふと気が付く。
(あ、そういえば、エサをやってないな……)
ベッドの上から『コープス・メイク』のいる水槽を見る。水槽の中の『コープス・メイク』は、元気そうに見えた。
(まぁ、いいか……一日……ぐらい……エサをやらなくても……死には……しない……だろ……う)
そのまま、俺は深い眠りについた。
***
「シュウウウウ」
(うん……?なんだ?)
何かの気配を感じ、俺は目を覚ました。
瞼を開くと、目の前に大きく開いた口があった。
「うおお!?」
俺は思わず、ベッドから転がり落ちた。
「な、何だ?」
ベッドの上を見る。だが、真っ暗で何も見えない。
(あ、明かりを!)
俺は這いつくばりながら、明かりのスイッチを押そうとする。
その時、ベッドから何かが飛び掛かってきた。
ガブリ。
「びゃあ!」
首に激痛を感じた。何かが俺の首に噛みついたのだ。俺は咄嗟に首に噛み付いてきたそれを振り払う。
「ひいい!」
恐怖を感じながらも俺はスイッチの元に辿りついた。スイッチを押すと部屋の中が一気に明るくなる。
部屋の中心に、とぐろを巻き、鎌首を持ち上げこちらに視線を向けている『コープス・メイク』がいた。
「な、なんで!?」
慌てて『コープス・メイク』を入れていた水槽を見る。
確かに閉めたはずの蓋が開いていた。
(まさか、此奴自分で蓋を……あれ?」
突然、足に力が入らなくなった。腰が抜け、その場に尻餅をつく。
(な、何だ?)
恐怖のあまり腰が抜けたのかと思った。だが違う。
体中から汗が滝のように噴き出してきた。なのに、全身が寒い。眩暈がして目が霞む。
(これは、まさか!)
毒。
さっき、首を噛まれた時、毒を注入されたのか?
「シュウウウウウ」
俺がその場に倒れると、鎌首を上げていた『コープス・メイク』ゆっくりとこっちに向かって来た。
「ひっ!」
俺はまるで蛇のように腹ばいで逃げる。『コープス・メイク』はどんどん俺の方に向かって来る。
まさか、俺を追いかけて来ている?
(どうして?)
混乱する俺の頭に、あの店員の言葉が蘇る。
『必ず毎日、虫を与えてください。でないと……大変なことになります』
(ま、まさか!)
“大変になる”というのは『コープス・メイク』ではなく……俺の事?
(馬鹿な!)
ありえない。そんなこと!
蛇は獲物を丸呑みにして食べる。蛇の口は、かなり大きく開くため、ある程度自分より大きな獲物を飲み込むことは出来る。
しかし、それにも限界はある。
『コープス・メイク』は、体長五十センチ程の蛇だ。人間を丸呑みにできる大きさではない。人間を捕食対象にすることなどありえない。
蛇は毒を無限に作れるわけではない。毒を作るのにはエネルギーがいるし、毒を作るための材料もいる。
だから毒蛇は、毒を出来るだけ獲物に対して使いたいと考えている。
獲物にもならない相手に対して毒を使うなど無駄以外の何物でもないからだ。
しかも、『コープス・メイク』は虫しか食べない蛇だ。
それなのに『コープス・メイク』は……この蛇は俺をどこまでも追いかけてくる。
「ひっ、ひっ」
俺は床を這いドアに向かう。しかし、途中で腕も動かなくなった。
「だ、だへか……」
助けを呼ぼうとするが、舌が痺れて声が出ない。
「シュウウウウ」
振り替えるとすぐ近に『コープス・メイク』がいた。『コープス・メイク』はじっと俺を見ている。
俺は何匹も蛇を買っている。だから、分かる。
これは、蛇が獲物に飛び掛かる寸前の状態だ。
「や、やへほおおお!」
抵抗しようとするが、手足が動かない。『コープス・メイク』が俺に襲い掛かる!
その前に、玄関のドアがガチャリと開いた。
ドアの方に目を向けると、知っている顔がそこにいた。
「あ、あんは」
「やはり、こうなりましたか……」
俺に『コープス・メイク』を百円で売った女店員は、静かに溜息をついた。
***
「シュウウウウ」
女店員の姿を見た瞬間、『コープス・メイク』は俺を無視して、女店員の方に向かって行った。
蛇とは思えぬ速さ、蛇のなかで最速と言われるブラックマンバ並みだ。
『コープス・メイク』はあっという間に女店員の傍に到達した。
だが、女店員は慌てることもなく持っていた袋から何かを取り出し、それを床にポイと投げた。
「!」
女店員に襲い掛かろうとしていた『コープス・メイク』は、ターゲットを女店員から床に投げられたものに変える。
女店員が投げたのは、フタホシコオロギ。
虫を食べる爬虫類のエサとしてポピュラーな昆虫だ。
『コープス・メイク』はフタホシコオロギを素早く捕まえ、ゴクリと飲み込む。
それを見た女店員は、さらに袋から数匹フタホシコオロギを出し、床に投げた。『コープス・メイク』は床に投げられたフタホシコオロギを片っ端から食べていく。
十匹程食べたところで『コープス・メイク』はフタホシコオロギを食べなくなり、その場でとぐろを巻いた。
女店員は動かなくなった『コープス・メイク』の首筋を掴むと、持っていた飼育ケースに入れる。
「この子は毎日食べることが出来る程、虫が豊富な時はとても大人しい蛇です。しかし、ひとたびエサが不足すると、自分よりも大きな動物を襲い始めます」
女店員は毒にやられて動けない俺を見る。
「動物が死ぬと、その死体の肉目当てに様々虫が大量に集まりますが、その虫を狙って、トカゲやカエル等も動物の死体の周囲に集まることがあります。巨大な動物の死体はトカゲやカエル達にとって、絶好の狩場となるのです」
『コープス・メイク』は、この絶好の狩場を自ら作り出します。
と、女店員は言った。
強力な毒で自分より大きな動物を殺して、死体を作る。そして、死体の上に陣取り、集まってくる虫を食べる。
「だから、私はこの蛇を『コープス・メイク・スネーク(死体を作る蛇)』と名付けました」
蛇の生態を語る女店員に、俺は手を伸ばした。
「たすけ……たすけへ」
「残念ですが、貴方は助かりません」
女店員はあっさりと言った。
「この子を売るときに言いましたが、うちの店で取り扱っている爬虫類は全て『まだ発見されていない』ものを取り扱っています。それは、この子も例外ではありません。この意味が分かりますか?」
俺は蛇を買った時の店員言葉を思い出す。あれは、冗談だったんじゃ……。
いや、待て。もし仮にこの蛇が本当に『まだ発見されていない爬虫類』なのだとしたら……。
「そうです。この子の毒には“血清”がありません。ですから、貴方が助かることはありません」
「そ、そんは……」
「では、失礼します。この子は連れて帰りますね」
女店員はドアを開け、外に出る。
「まっ、まっへ!まっへ!」
俺は女店員に必死に呼びかける。
しかし、女店員は俺に一瞥を送ることなく、バタンとドアを閉めた。
「あっ、ああああ……」
俺は力なく項垂れた。その瞬間、意識が遠くなる。
寒い、体が動かない、気持ち悪い。目が霞む。
暗い、怖い、暗い、怖い、暗い、怖い、暗い、怖い、暗い……。
何も……見えない。
***
「あ、蛇だ!」
小学校の帰り道、少年は見たこともない蛇を見付けた。
(どうして、こんな所に蛇が?)
磁石に引き寄せられる鉄のように、少年はその蛇の元に走る。
しかし、蛇は近づいてくる少年に気付くと、裏路地に逃げた。
「あっ、待って!」
少年は蛇を追って、裏路地に入る。裏路地は薄暗く、ジトッと湿っていた。
「あれ?どこ行った?」
蛇を見失った少年はキョロキョロと辺りを探す。
すると、目の前に店があるのに気が付いた。
『未確認爬虫類専門店 槌の子』
「こんな所に……爬虫類の店が?」
もしかしたら、さっきの蛇は此処から逃げだしたのかもしれない。だとしたら、店の人に知らせた方がいいだろう。少年は店の扉を開き、中に入る。
店の中は蒸し暑く、エサ用のコオロギの鳴き声が響いていた。
「凄い」
店の中に入った少年は思わず、目を見開く。
中には至る所に蛇やトカゲなどの爬虫類がいた。そのどれもが見たこともない種類のものばかりだった。少年はその光景に思わず見惚れた。
「いらっしゃい」
突然、背後から声を掛けられた。驚いた少年が振り向くと、そこには二十歳前後と思われる女性が立っていた。
女性は少年にニコリとほほ笑む。
「何かお探しですか?」