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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
新種
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「はぁ、はぁ」

 暗い山道を管二は走る。菅二の目は人間には知覚できない光を感じることができるため、ほんの僅かでも月が出ていれば、それで十分夜の山道を走ることができる。

(此処まで来れば……)

 菅二は、その場に座り込む。

 あの『化け物』に切り裂かれた腕と背中の肉は既に塞がり掛けている。だが、少々血を流し過ぎた。しばらくの間、休息が必要だ。

「絶対、取り返す」

“彼”はもう、あの女に攫われてしまっただろう。だが、諦めるものか。

(“彼”は私のものだ。絶対に誰にも渡さない!)

 管二は夜空を見上げる。空に半月がポツンと寂しそうに浮かんでいた。


『お前は、特別な子なんだ』


 どこからか声が聞こえた気がした。

 菅二は思い出す。それは昔、両親が自分に言った言葉だ。


                 ***


 自分は、人とは違う。


 そのこと気付いたのは、子供の頃だった。

 運動も勉強も、自分が出来て当たりのことが同じ年の子供達には出来ない。反対に、同じ年の子に出来ない事が、自分には簡単にできた。

 周りの子供は、そんな管二を天才だと褒めた。

 しかし、他の子ができないことでも、自分にとっては、出来て当たり前のことだ。


 出来て当たり前のことを褒められても嬉しくもなんともない。


『なんで、そんなこともできないの?』

 菅二はよくそう言って、他の子供を蔑んだ。


 当然、そんなことを繰り返せば、周囲との間に溝が生まれる。管二は周囲から無視され、孤立した。

 

 両親にそのことを話すと、両親は優しい声でこう言った。

『お前は、特別な子なんだ。だから、他の皆が出来ないことが、お前には出来るんだよ』

『特別?』

『そうだ。お前は……お前の体は普通の人間とは違うんだ』

 それから、管二の両親は、娘に彼女自身の体の事を話した。

『私は病気なの?』

『違う。お前はちょっと普通の人間と体の作りが違うだけなんだ』

『そうなの?』

『そうだ。でも、その事でお前が落ち込む事はないんだよ』


 管二の両親は彼女をしっかり抱きしめた。


 父親は言う。

『お前は確かに、他の人間とは違う体をしている。でも、お前は普通の人間と同じ綺麗な心を持っている』


 母親は言う。

『いつかきっと、お父さんやお母さん以外にも、春のことを理解してくれる人が現れる。だから、それまで耐えるのよ。そうすればきっと、春は幸せになれるから』


『……うん!』

 管二は、笑顔で両親を抱きしめ返す。とても優しい香りがした。


 管二の口から、ダラリと涎が垂れる。


 それは、両親が管二に小鳥を買い与える数日前のことだった。


 周囲から無視されていた管二。だが、そんな管二にも唯一、話し掛けてくれる人間がいた。

 同じクラスの男の子。何故か彼だけはいつも周囲の目を気にすることなく管二に話し掛けてきた。

『いつかきっと、お父さんやお母さん以外にも、春のことを理解してくれる人が現れる』

 母の言葉を思い出した管二は、不意に試してみたくなった。

 果たして、この子は自分が普通の人間とは違うと知っても、自分の傍にいるのか?

 管二は、その男の子を誰もいない場所に呼び出し、少し脅した。普通の人間には、とても不可能の方法で。

『ば……バケモノ!』

 男の子は、そう言って管二から逃げ出そうとした。管二は、反射的に逃げようとする男の子の首を掴んだ。


 ボキッと鈍い音がしたかと思うと、その男の子は、糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。


 罪悪感はなかった。後悔もなかった。

 ただ、少しだけ胸がモヤモヤとしただけだ。管二は倒れた男の子に噛みつき、その肉を喰らった。


『私は、一体何なんだろう?』


 男の子を殺し、喰らったその日から、時折そのようなことを考えるようになった。


 誰も、自分の事を理解しない。

 あんなに優しかった両親も、今ではすっかり彼女に怯えてしまっており、いつも娘の顔色を窺っている。


『私は、何のために生きてるんだろう?』


 そんなことを考えても、教えてくれる人間はいなかった。


 だが、ある日、菅二は“答え”を見付けた。


 その日、菅二はあるテレビ番組を見ていた。

『~生命の設計図~遺伝子とは何か?進化とは何か?』

 番組の内容は、その名の通り、遺伝子や進化について様々な学説を紹介するものだった。

 あまり興味はなかったが、他に面白い番組もやっていなかったので、管二は、なんとなくその番組を見いていた。


 しかし、次第に菅二は、その番組に釘づけになった。


 特に菅二が惹かれたのは『人類の進化の歴史』だった。


 森から出てきた人類が草原に適応し、やがて世界中に広まっていく。

 その過程で、人類は何種類にも枝分かれしたが、誕生した人類のほとんどは、その後、現代の人間に繋がることもなく絶滅した。


 絶滅した人類の中でも、有名なものがネアンデルタール人だ。


 彼らは、現代の人間とよく似た姿形をしていたため、最初は、現代人の直系の祖先だと思われていた。


 しかし、調査の結果、彼らは現代人の直系の祖先ではないことが明らかになっている。現代人の直系の祖先は、彼らと同時期に存在していたクロマニヨン人という人類だ。


 ネアンデルタール人は何故、絶滅したのか?


 様々な仮説があるが、はっきりとした理由は分かっていない。

 だが、こんな仮説がある。


 ネアンデルタール人はクロマニヨン人との交雑により絶滅した。


 ネアンデルタール人は絶滅したが、その血は完全に途絶えたわけではない。

 研究の結果、現代人のDNAの中に僅かながら、ネアンデルタール人のDNAが混じっていることが分かっている。


 ネアンデルタール人とクロマニヨン人は別種の生物だ。


 これまで、ネアンデルタール人とクロマニヨン人は、交配していないと考えられてきた。

 しかし、現代人の中にネアンデルタール人のDNAが僅かに混じっていることから、二つの異なる種の間で交配が行われていたことが判明している。


 クロマニヨン人との交配を重ねる内に、ネアンデルタール人のDNAはクロマニヨン人のDNAに吸収され、次第にネアンデルタール人という『種』は絶滅した。


 というのが、この仮説だ。


 番組では、VTRを見ながら、専門家がネアンデルタール人とクロマニヨン人について解説をし、司会者やゲストがその話を聞いて進行していく。


 そして、番組はナレーションの言葉と共に締められた。


『進化というのは、何も遠い昔の話や遠い未来の話ではない』

『進化は、現在進行形で今も起きている現象なのだ』


                 ***


『そうだったんだ』


 その番組を見終えた管二は、こう思った。


『私は……人間じゃなかったんだ』


 私は人間ではない。だから、人間には出来ないことが私には出来る。

 私は人間ではない。だから、皆私に怯える。

 私は人間ではない。だから、人間を殺したり食べたりしても罪悪感がない。

 私は人間ではない。だから、私は―――。


『そうだったのか……』

 管二には歓喜に包まれた。

『自分』という存在が何なのか、ようやく分かったから。


 私は、人間ではない。

 私は『新種』。人間を超えた存在。


 自分が何なのかは理解した。

 では、生物として次にとるべき行動は何か?


『自分の子孫を残す』


 管二は、口元をニヤァと歪ませる。

 私は、人間よりも遥かに優れた遺伝子って生まれてきた。だが、今の所、『私』という種は『私』しかいない。


 だから『私』という種の遺伝子を後世に残すには、仕方がないが『私』よりも劣っている『人間』との間に子供を残さなければならない。

 

 私は『新種』だが『旧い種』とも交配できるはずだ。


 クロマニヨン人がネアンデルタール人と交わることができたように。


 だが、当然、人間であれば誰でも良いと言うわけではない。


 私と子供を作ることが出来る人間は、私にふさわしい優秀な遺伝子を持つ人間でなくてはならない。


                 ***


(そうだ。私は決めたんだ。私に相応しい『遺伝子』を持つ相手を探そうと……)

 そして、管二は見付けた。『運命』の相手を。

(もし“彼”との子供を産むことができれば……)


 私は、もう―――。


 ピクリ。


(え?)

 菅二は自分の腹に違和感を覚えた。何かが当たったかのような妙な感覚。


 ピクッ。


 まただ。また感じた。気のせいではない。


 ピクリ。


 三度目の違和感。そこで、菅二は気付いた。


 自分の『腹の中』で何かが動いている。

 自分の『腹の中』に何かがいる。


(まさか!)

 菅二は自分の腹部にそっと手を添えた。


 ピクリ、ピクリ、ピクリ。


 まるで喜んでいるかのように『腹の中にいるもの』は何度も動いた。

 菅二は驚きのあまり、目を見開く。そして……。


「あはっ!」

 まるで、花のような満面の笑みを浮かべた。


                  ***


 ザシュ。


「ガハァ!」

 喜びの絶頂にいた菅二を鋭い痛みが襲った。痛みと衝撃で管二は、その場に倒れる。

(な、何が!?)

 菅二が顔を上げると、目の前にあの『化け物』が立っていた。

(いつの間に……!?)

 音も匂いも何もしなかった。管二はとっさ立ち上がり、『化け物』から距離を取ろうとする。

 だが、『化け物』は逃がさない。鋭い爪でさらに追撃を掛けた。


 背中の肉がザクリと抉れた。


「ギャアア!」

 管二は、再び倒れる。『化け物』は抉り取った管二の肉を口の中に放り込み、ゴクリと飲み込んだ。

『化け物』は爪を掲げ、倒れている管二に迫る。

(う……ぐっ)

 逃げなければ。そう思った管二だったが、あまりに血を流し過ぎたため、体に力が入らず、立ち上がることができない。

(う……うっ……うっ)

 管二は腕の力だけで、地面を這いずり、逃げようとする。


 不格好な姿だった。

『そこまでして助かりたいか?』と聞きたくなるような情けない姿だった。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 どんなに不格好でも、どんなに情けない姿でも、今の菅二には、何が何でも生きねばならない理由があった。


「わた……しは……ぜっ……この……う……だ」

『化け物』が目前に迫る。管二は声の限り叫んだ。

「私は、絶対に……」


 この子を―――!


 ザシュ。

『化け物』の鋭い爪が管二の背中に深々と突き刺さった。


                  ***


「○□……××■■」


『蛇の頭をした生き物』は人間には理解できない言語で何やら呟くと、うつ伏せに倒れている管二を仰向けにした。


「……」


 管二は、目を見開いたまま死んでいた。


「×××▲▲××□△△○○□○○○□△□……○□△○○」

『蛇の頭をした生き物』は爪でポリポリと頬を掻く。

「○□、△□□」

 だが、直ぐに涎を垂らし始めた。

「×××■■×□□○□△△△○○○。○□○○○○○△○×○□□○○」

『蛇の頭をした生き物』は管二の死体を喰おうと、大きく口を開ける。


 その時だ。


 ビクンッ!


 突然、死んだはずの管二の体が大きく跳ねた。

 驚いた『蛇の頭をした生き物』は思わず飛び退く。


「×××?」


『蛇の頭をした生き物』が突き刺した鋭い爪は、心臓を的確に貫いており、管二は、ほぼ即死の状態だった。

 それなのに、管二の体はまるで陸に打ち上げられた魚のようにビクン、ビクンと跳ねている。

「……」

『蛇の頭をした生き物』は注意深く観察する。


 ビクン、ビクン、ビクン、ビク……ン、ビク………ン、ビ…ク……ン、ビ……ク……ン、ビ………ク………ン、…………………………………………………………。


 やがて、管二の死体は動きを止めた。『蛇の頭をした生き物』は遠巻きに様子を伺う。


 ブグウウウウウ。


 すると今度は、死んだ管二の腹部が急速に膨らみ始めた。


 腹はまるで、空気を入れられた風船のように、どんどん膨らんでいく。膨張は留まることを知らず、さらに膨らみ続ける。そして……。


 パン。


 限界を超えた管二の腹部は内側から弾けた。辺りの木々に鮮血が飛び散る。弾けた管二の腹の中からは、小さな何かが飛び出している。


 頭だ。


 とても小さな頭が、弾け飛んだ管二の腹の中から外に飛び出している。

 頭は次第に、ズルリ、ズルリと腹の外に出てくる。


 次に出てきたのは小さな手、続いて胴体。最後に足が外に出てきた。


 管二の腹から這い出してきた『それ』は、ボトリと地面に落ちる。


 それは、まるで人間の赤ん坊のような姿をしていた。

 

「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 赤ん坊は、まるで産声を上げるかのように大きく吠えた。口の中にはサメのような鋭い歯が何本も並んでいる。

 耳を劈く様な声を上げた後、赤ん坊は自分の腹を見る。赤ん坊の腹からは一本の『へその緒』が伸びてた。『へその緒』は管二の死体へと繋がっている。赤ん坊は、自分と管二とを繋ぐ『へその緒』を咥えると、ブチッと噛み切った

「……」

 赤ん坊は管二の死体を一瞥するが、直ぐに別のものに視線を向ける。


 自分の『母親』を殺した相手へと。


「×××?×××?」

『蛇の頭をした生き物』は混乱した様子で、産まれたばかりの赤ん坊を見ている。


「アギャアアアアアアアアアアアアア!」

 赤ん坊は、奇声を上げると『蛇の頭をした生き物』に飛び掛かった。


                ***


 午後二時頃、林檎山にて、ハイキングをしていた老夫婦が、奇妙な『二体の動物の死体』を発見した。


 二体の動物の死体は、両方とも人間の衣服を身に纏っており、人間に似た姿をしていた(一体は、女性物の服を身に着けており、もう一体はフード付きの服を身に着けていた)ため、最初は殺人事件かと思われた。

 だが、鑑識の調査の結果、二つの死体は人間ではないと断定された。DNAが人間のものではなかったからだ。


 警察は、二体の動物の死体のDNAをさらに詳しく調べてみたが、どちらも現在地球上で発見されているどの動物のDNAとも一致せず、何の動物の死体なのか突き止めることができなかった(しかも、二体の動物の死体は、それぞれ違うDNAを持っていたため、別種であることが分かった)


 さらに、警察を混乱させたのが、その場で発見された『人間のものではないDNA』が二体の動物の死体の他にもう一種類検出されたことだ。


 三つ目の正体不明のDNAは、二つの死体についていた唾液から検出された。


 発見された時、二体の動物の死体は激しく損壊していた。

 両方の死体には歯型の跡がくっきりと残されており、何らかの動物が死体を食べたのは明らかだった。

 熊か、猪、あるいは野犬の仕業が疑われたが、残された唾液のDNAを調べてみると、こちらも地球上に存在するどの動物のDNAとも一致しなかった。


 現場には、赤ん坊のような小さな足跡が残されていたが、足跡は途中で途切れており追跡するのは不可能だった。


 その後、現場近くにある若手女優『管二春』の家から、大きな物音がしたという情報を得た警察は『管二春』の家を調査。


 結果、『管二春』の家の隠し部屋から大量の死体を発見した。


 大量の死体は全てグチャグチャにされており、遺体の身元調査は困難を極めた。

 だが、その内の一体は、歯の治療跡から、若手俳優の『結城明』であると判明した。


 警察は行方不明の『管二春』を重要参考人として捜索していたが、家の中から発見された髪の毛のDNAが林檎山にあった死体の一つと一致。

 正体不明の『動物の死体』の一つは『管二春』であると断定された。


 警察は管二春の両親を事情聴取したが、両親は完全に黙秘。その後、二人とも自殺した。

 有力な証人を失ってしまったため、事件の迷宮入りは、ほぼ確実となっている。


 同じ頃、数日に渡り行方不明になっていた男子高校生が発見された。


 行方不明になっていた男子生徒の高校に『管二春』が訪問していたこともあり、両者の関係を疑う者も少なからずいた。

 しかし『管二春』の家からは男子生徒に関係するものは何も発見されなかったため、結局、男子生徒は事件に関係ないとされた。


 男子生徒は、今現在、精神的にかなり衰弱しており、病院での治療を受けている。

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