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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
新種
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 黒い扉の中は生臭く、床がヌルヌルと滑る。そして、暗く何も見えない。管二が部屋のスイッチを押すと、パッと明かりが点いた。


 明かりがついた瞬間、波布の目に飛び込んできたものは一面赤い血で覆われた部屋の壁や床だった。周囲には、新鮮な死体や腐りかけの死体が転がっている。既に白骨化しているものもあった。


 此処は「食堂」。

 管二は攫ってきた人間を此処で喰っていた。頑丈な黒い扉と普段は巨大な古時計で隠された赤い扉によって、死体の匂いが外に漏れることはない。


「残念だったな」


 管二は、冷たい視線を波布に向ける。

「最初から、警察を介入させるつもりだったんだろうが、そうはさせない」

 管二は波布の顎を手で掴む。

「お前を殺して、死体を此処に隠す。お前の死体さえ隠してしまえば、例えお前の仲間が警察を呼んだとしても、何とでも言い逃れできる」

 しょせん警察は、証拠がなければ動かない。波布の死体、そして雨牛さえ見つからなければいくらでも誤魔化すことはできる。通報者に対しても、ただのイタズラだと思うだろう。

 そう主張する管二に、波布はポツリと呟いた。

「先程の会話、録音していたと言ったらどうします?」

 死が間近に迫っているというのに、波布の声はいつも通り平坦だった。


「録音?」

 管二は一瞬、黙る。

 もし、先程までの波布との会話を、本当に録音されているのだとしたら、話は変わってくる。管二と波布が一緒にいたという証拠になるからだ。

 警察に「波布は此処には来ていない」と言って、誤魔化すことができなくなる。

 さらに、録音されている内容を警察が聞けば、いくら証拠がないといっても警察は、管二を疑うだろう。

 捜査令状を取れば、警察はいくらでもこの家を徹底的に調べることができる。そして、徹底的に調べられれば、隠し通路が発見される危険が非常に高くなる。

 もし、この『黒い部屋』を警察に見付けられたら、言い逃れはできない。


 状況は、とても危うい。だが、それにも関わらず、管二は「ニヤァ」と不気味に笑った。


「それなら、それで別にいい。その時は、彼と一緒に此処から逃げるだけだ」


 今までの身分は捨てることになる。有名女優という地位も、家も財産も全て失うことになる。さらに一生、追われる身だ。


 だが、彼がいる。彼さえいれば、地位も家も財産も惜しくはない。一生追われることなど、なんともない。


 普通の人間ならば、警察から逃走し続けることなど不可能に近い。しかし、管二の力があれば、それも可能となる。


「やはり、雨牛君は此処にいるのですね」

「ああ、そうだ。彼は此処にいる」

「無事ですか?怪我や病気などは?」

「しているわけないだろ?私の大事な夫なのだから」

「……そうですか」

 よかった。そう言って波布は、ニコリと優しく笑った。


「では、後は貴方を排除するだけですね」


「!!」

 波布の言葉を聞いた管二の背中に電流のようなものが走った。思わず波布から飛び退く。

(なんだ!?)

 混乱しながら、管二は波布を見る。波布の目はどこまでも澄んでいた。

 虚勢や、はったりをついている人間の目とはとても思えない。


 管二は、ゴクリと唾を飲みこんだ。


 リビングでのことを思い出す。リビングで管二が波布に出したお茶。あの中には毒が入っていた。

 飲めば、体の自由を奪い、最終的には呼吸もできなくなり死に至る毒。

 しかし、波布はあのお茶を一口も飲まなかった。毒を警戒していたのか、それとも最初から毒が入っているのを知っていたのか……いずれにせよ、波布は毒入りのお茶を一滴も飲むことはなかった。


 それ程、用心深い女が自分の身に危険が迫った時の対策を何も用意していないものだろうか?

(何かあるのか?今の状況で、私を殺すことができる手段が……)

 そこで管二は「ハッ」となる。


 頭の中に、玄関で波布に渡されたUSBメモリのことがよぎった。


 波布は、USBメモリの中に書かれているものは、本の新作で、一日で書いたと言っていた。しかし、本になるような量の文章を一日で書けるわけがない。

 管二はポケットの中からUSBメモリを取り出す。

(これか?これが此奴の切り札か?)


 管二は「ニヤァ」と不気味に笑い、USBメモリを握り潰した。


 これにどういう仕掛けがあったのかは、分からない。だが、どんな仕掛けがあろうと、こうやって潰してしまえば、唯のゴミ。何もできなくなるはずだ。

 これで、此奴の切り札はなくなった。管二は喜びながら波布を見る。

 だが、波布の顔を見た瞬間、管二の不気味な笑みは霧のように消えてしまった。


 波布は笑っていたのだ。口の端をほんの僅かに釣り上げて。


 その瞬間、管二は自分が何らかの罠に掛かったことを悟った。巨大な蛇に捕まったかのような錯覚を覚える。


(此奴……殺す!!)

 管二の目に鋭い殺意が浮かぶ。


 元より、菅二は波布に対して、強い殺意を抱いていた。その殺意は、嫉妬が源泉となっているものだった。


 しかし、今は、違う。

 波布が家を訪ねてきた時から感じていた危機感は、今、最上級の警報を鳴らしていた。この女は危険だ。あまりに危険だ。警察なんかよりもずっと。


 波布の仕掛けた罠が何なのかは分からない。だが、この女は今、この場で確実に排除しなくてはならない。

 本能が、全力でそう言っている。


 管二は右手の指を揃えて、手刀の形を作ると、腕を高く振り上げた。そして、そのまま、波布の首に狙いを定める。

 管二の力なら、波布の細い首など、一撃で簡単にへし折ることができる。


「死ね」


 管二は、そう言って波布に手刀を振り下ろそうとした。


 ピンポーン。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。

(チッ、もう警察が来たのか……)

 管二はチラリと波布を見る。波布も無表情で管二を見返していた。

(くっ……)

 管二は黒い扉から外に出ると、そのまま鍵を閉めた。これで、波布は黒い部屋の中に閉じ込められることになる。殺したかったが、警察が来た以上、それは後回しだ。早く玄関を開けないと、不審に思われる。

 管二は、廊下を走り赤い扉を潜る。横にずれていた古時計の針を再び操作すると、古時計が動き出し、赤い扉の姿を隠した。


(よし!)

 赤い扉の姿が隠れたのを確認すると、管二は急いで玄関に向かう。


 最終的に彼と逃亡することになるとしても、今はまだ、誤魔化すことに専念するべきだ。

 もしかしたら、波布の『会話を録音していた』というのは嘘かもしれないのだから。もし、そうなら、あらゆるものを捨て、逃亡する必要はなくなるかもしれない。

 

 管二は、ニコリと笑顔になる。客を迎える用の顔だ。どこからどう見ても、今の管二は何も知らない一般人だ。


 管二は玄関の鍵を開け、扉を開けた。


「はい。どちらさ……」


 管二は思わず、動きを止めた。玄関前にいたのが警察ではなかったからだ。


 玄関前にいた『それ』は、頭からフードをスッポリと被っていた。


 フードから見える相手の口が「ニヤァ」と醜く歪む。


(えっ?)


 管二が呆けていると『それ』は突然、管二にブンと手を振るった。

 咄嗟に後ろに飛び跳ねた管二が地面に着地すると、腕から真っ赤な血が噴水のように噴き出した。

(なっ!?)

 管二は驚いて自分の腕を見た。人間よりも遥かに頑丈な管二の腕の肉は、服ごとパックリ引き裂かれていた。そこから血がドクドクと流れている。

(なんだ!?)

 管二が相手に視線を戻す。相手はゆっくりと家の中に入ると、バタンと扉を閉じ、鍵を掛けた。


 フードを深くかぶった『それ』は、両手に手袋をしていた。しかし、指先からは、手袋を貫き、鋭く長い爪が伸びていた。


(なんなんだ!?一体!?)

 考えるをまとめる間もなく『それ』は管二に向かって来た。

(くっ!)

 管二は手を揃えると手刀の形を作る。そして、向かってくる『それ』に手刀を振り下ろした。

 管二が振り下ろした手刀は『それ』の首筋に正確に命中する。


 ボキッ。という音と共に、管二の手の骨にヒビが入った。


「がっ!」


 鋭い痛みが管二の手に走る。

 管二が繰り出した手刀は、『それ』にダメージを与えるどころか、逆に、管二に大きなダメージを与えてしまった。


 管二からの攻撃を受けても、『それ』は止まることはなかった。『それ』は管二の腕を掴むと、管二の体を強引に壁に押し付けた。

「ぐううう!」

 管二は何とか、振りほどこうと暴れるが、拘束は少しも緩まない。

(そんな!この私が力負けをするなんて……)

 管二は今まで、人間相手に力負けをしたことがない。優秀な成績を残している格闘家を捕まえる時も、簡単に力で相手を攫うことができた。

(一体此奴は、何なんだ?)

 相手は、深いフードを被っている。そのせいで、顔が全く見えない。

(顔を……)

 管二は、腕の関節を自分の意志で外した。ヌルリと拘束から逃れた管二は、相手のフードを掴む。

(見せろ!)

 管二が勢いよく、フードを外すと『それ』の素顔が明らかになった。


「なっ!?」


 管二は絶句する。フードの下にあったのは、人間の顔ではなかった。


 耳や髪はなく、肌は鱗に覆われていた。口は頬まで避けており、目はとても大きく瞼がない。口からは先端が二つに分かれた舌が何度も出入りしている。


 その頭は、まるで蛇のようだった。


『それ』は、ゆっくりと口を開くと、管二に対して、こう言った。


「○△×△△?」


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