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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
新種
60/73

 菅二の両親は、共にとても裕福な家系に生まれたという以外は、ごく普通の人間だった。


 両親が娘は普通の人間ではないと知ったのは、娘が生まれてすぐのことだった。

 娘の体の中の血球は、未知の物質で構成されており、筋肉を構成するタンパク質は人間のものとはかけ離れた構造をしていた。

 そして、DNAを調べてみると、娘の遺伝子は最早人間とは「別種」と言えるレベルで異なっていた。


 学会にも発表できるほどの大発見だったが、両親は娘が好機の目に晒される事を危惧し、医者に大金を積んで、この事実をもみ消した。


 その後も菅二の両親は、娘の異常を隠し続けた。

 学校で行われる健康検査では、毎年異常な数値が検出されたが、それも病院や教師に金を積むことで誤魔化した。


 菅二の両親は、娘を普通の『人間』として育てようとした。


 しかし、その願いは叶わなかった。


 ある日、菅二の両親は子供の教育のためにと、小鳥を買ってきた。人とは違う体を持つ娘だが、心は人間と変わらないと両親は信じていた。

 両親は、生き物を育てることで、菅二に人を思いやる心を育てようとしたのだ。


 だが、初めて小鳥を見た菅二は、小鳥を掴み鳥籠から出すとそのまま喰らいついた。


 菅二は、小鳥の羽をむしり、バリバリと骨ごと食べた。菅二の両親は、そんな娘の行動を見て心底怯えた。


 管二の筋肉を構成するタンパク質は、人間のものよりも遥かに複雑な構造をしていた。この筋肉によって、管二は通常の人間ではあり得ない程の力を出すことができる。


 ただし、この筋肉を維持するためには、莫大なタンパク質を必要とした。


 管二は焼いた肉を好まず、生肉を好んで食べた。それも、生きている生肉だ。

 菅二は両親に玩具やゲームをねだらず、大量の生き物の肉を求めた。娘に怯える両親は、彼女の言うがまま「活き餌」を彼女に与え続けた。

 小鳥、ハムスター、猫……。成長するにしたがって次第に求める生き物も大きくなっていった。


 菅二が初めて人間を食べたのは十歳の時だ。


 初めて食べたのは同じクラスの男子。誰もいない場所に彼を呼び出し、片手で首の骨をへし折って、その肉を喰らった。

 管二に喰われた男子は、行方不明扱いとなり、家族は今もその行方を探している。


 その後も、菅二は定期的に人の肉を喰らい続けた。


 菅二がテレビ関係の仕事に入ったのは、十七の時だ。


 街を歩いていた彼女を芸能事務所の人間がスカウトしたのだ。

 菅二の両親は、当然反対したが、菅二が強く言うと、両親は逆らうことができず、黙って認めた。

 両親は、管二に大きな家を買い与え、彼女はそこで一人暮らしを始める。家には、隠し部屋を作り、そこに『食料』を連れ込んだ。


 菅二はテレビの仕事を続けながらも、人間を攫っては食べ続けた。


 人間という上質の肉を喰らうようになった事で、管二の体はさらに変化した。外見上は全く変わらないにも拘わらず、出せる力がさらに数倍にも跳ね上がったのだ。


 それと時を同じくして、菅二の体に今まで感じた事のない、ある欲求が生まれ始めていた。それは、食欲とは全く別の欲求。


 今まで、食欲と微かな睡眠欲しかなかった管二に生まれた新たな欲求。

 それは、あらゆる生き物が持つ、三大欲求の内の一つだった。


 それから二年後の現在、菅二の知名度は上がり、人々が菅二の姿をテレビで見ることも多くなっていった。


 しかし、それに比例するように菅二の食欲も大きくなっていった。

 今では、ただの人間では満足できなくなり、鍛えられた筋肉を持つ格闘家、特に優秀な成績を残した格闘家を好むようになっていった。


 管二は優秀な成績を残した格闘家を片っ端から攫った。


 その数は、この数か月で二十二人にも及ぶ。


 菅二の食欲は、優秀な格闘家を捕食することで満たされていた。しかし、もう一つの欲求は、いつまでも満たされることはなかった。

 その欲求を満たす相手は、自分にふさわしい『遺伝子』を持つ者でなければならなかったからだ。


 食欲ではない欲を満たせずに、欲求不満となっていた菅二。しかし、彼女の不満は、雨牛に出会ったことで満たされた。


 食欲も満たし、新たに生まれた欲も満たすことができた管二。

 彼女の今の願い。それは、雨牛との子供を産むことだ。そうすれば管二の心は完全に満たされる。


                ***


「私が雨牛さんに……ですか?」

「はい」

 菅二はキョトンとした表情になる。

「もしかして、波布さん……私を疑っているのですか?」

「はい、そうです」

 波布はきっぱりと宣言する。

「もし、貴方が雨牛君を誘拐したのだとすれば……」

 波布は家の中をグルリと見渡す。


「雨牛君はこの家の中のどこかにいると考えています」


「……」

「……」

 波布と菅二は黙ったまま互いを見つめている。あまりの静かさに、リビングの外に置かれている人の背丈ほどもある巨大な古時計の短針が動く音すら耳に入ってくる。

「……フッ」

 菅二は自分の口元に手を当て、微かに笑った。

「誤解ですよ、波布さん。私が雨牛さんに恋をしていたなんて、ましてや雨牛さんを誘拐しただなんて……」

 口元から手をどけた菅二の表情は、柔らかいものに変わっていた。

「私と雨牛さんはあの時、初めて会ったのですよ?それなのに、私が彼に恋をするなんてことが……」


「一目惚れです」


 波布の言葉に、管二は動きを止めた。


「貴方は雨牛君と初めて会った時、彼に一目惚れしたのです」

 そう、波布は静かに言った。


「……どうして、そんなことが分かるのですか?」

「目です」

「目?」

「初めて雨牛君を見た時の貴方の目、あれは恋に堕ちた人間の目でした」

 波布は口の端をほんの少しだけ上げる。


「鏡を見ると、私も貴方と同じ目をしています。だから、分かったのです。貴方があの時、雨牛君に恋をしたのだということが」


 リビングが再び静寂に包まれた。その静寂を管二が破る。

「仮に……そう、仮にですが、波布さんの言うことが正しかったとしましょう。私は雨牛さんに一目惚れをしていたとします。しかし、だからと言って私は誘拐なんてししませんよ?」

「確かに大部分の人間は相手を好きになったらといって、その人を誘拐することはありません」

「なら……」

「しかし、何事にも例外は存在します。先ほども言いましたが、恋をした相手を自分だけの物にしたい。相手を独占したい。そんな想いが行き過ぎた結果、相手を誘拐し、監禁する人間は確かに存在します。貴方がそんな人間ではないという可能性はゼロではありません」

「……」

「管二さん」

 波布は、管二の目をまっすぐに見る。まるで心の中を覗くように。


「貴方は、雨牛君に告白をしたのではありませんか?」


 一瞬、菅二の肩がピクリと動いた。その動きを波布は見逃さない。


 獲物が見せる隙を、蛇は見逃さない。


「何故、好きになった相手を誘拐するのか?その理由は多々ありますが、多くの場合、それは好きになった相手が手に入らないから……という動機が多いです。私が結城さんに告白されたのと同じ日に、貴方は雨牛君に告白し、そして振られた。そうではありませんか?」

「……何故、そんなことを……雨牛さんが何か言いましたか?」

「いいえ、雨牛君は何も言っていませんよ。しかし、なるほど。その様子からすると、やはり、雨牛君に口止めしていましたか」

「―――ッ!」

 菅二は、貝のように口を閉じた。反対に、波布は口を動かし続ける。


「雨牛君は何も言っていません。私が何故、そう思ったのかというと、貴方と結城さんにお会いした次の日、雨牛君の様子がどこか、おかしかったのです。雨牛は、ただ風邪気味だと言っていましたが、熱もなかったため、少々、違和感を覚えていました」

「……」

「その後、直ぐに貴方が頭に浮かびました。もしかしたら雨牛君は、彼に恋をした貴方に告白されたのではないか?……と」


 波布は遠い昔のことを思い出すかのように、上を見る。


「貴方は雨牛君に告白した。しかし、あの時の雨牛君の様子から考えると、貴方が雨牛君にしたのは告白だけではないでしょう。恐らく、それ以上のことを雨牛君にしたのではありませんか?」

「……」

「雨牛君は、何とか貴方から逃げることが出来ましたが、その時、貴方に『誰にも言わない方がいい』とでも言われたのでしょう。だから、雨牛君は私に貴方にされたことを言わなかった。まぁ、雨牛君なら貴方に言われずとも、私を心配させないように、何も言わなかったでしょうけどね」

 波布は、ふっと短く息を吐く。

「雨牛君は、貴方の告白を断りましたし、きっと、その事に触れて欲しくはなかったでしょうから、何も言いませんでしたが……失敗でした。まさか、貴方が雨牛君を誘拐するとまでは思っていませんでしたから」


 波布の口調はいつの間にか、管二が犯人であると断定したものに変わっている。


「雨牛君が行方不明になった時、私は二人の人間を疑いました。貴方と……結城さんです」

 波布は、人差し指と中指を立てる。

「私は雨牛君に危害を加えるなら、結城さんの方だと思ってしまいました。私に振られた彼が私を自分の物にするために、雨牛君を襲ったのではないかと考えたのです。しかし、それは間違いでした。最初に疑うべきは貴方でした」

 波布の目に冷たい火が灯る。それは、自分に対する怒りだ。


「最初に貴方を疑っていれば、もっと早く雨牛君を助けられたのに……」


 波布がそこまで言うと、今まで閉じられていた管二の口が開いた。

「波布さん」

「はい」

「もう一度聞きますが、貴方は私が犯人だと思っているのですよね?」

「はい」

「証拠は、何もないのですよね?」

「はい」

 波布はゆっくりと首を縦に振る。

「管二さん」

「はい」

 波布は静かに、だが熱い声で言った。

 

「私は、いかなる手段を用いても雨牛君を助けます」


「それは、つまり、無理矢理にでもこの家の中に雨牛さんがいないか、探す……という意味でしょうか?」

「はい、その通りです。徹底的に隅から隅まで調べます。もちろん、隠し部屋などがないかも徹底的に調べます」

 波布の言葉を聞いて、菅二の目が少しだけ動く。

「貴方がしようとしている行為は、犯罪ですよ?」

「はい」

「警察に通報すると言ったら?」

「どうぞ、ご自由に」

「……」

「……」

 しばらく見つめ合った後、菅二はうんと頷く。

「分かりました……」

 菅二は、椅子から静かに立ち上がった。

「波布さんが、そこまでおっしゃるのなら、どうぞ疑いが晴れるまで、家の中を徹底的に調べてください」

「いいのですか?」

「もちろんです。私は何もやましいことはしていないのですから」

「……では、そうさせていただきます」

 波布もゆっくり立ち上がり、歩き出す。管二は波布の背後にスッと回った。


 そして……。


 ガッ!


 管二は波布に手を伸ばすと、波布の首を掴み、壁に押し付けた。波布は一瞬、苦しそうに「カハッ」と息を吐き出す。

 管二は壁に押し付けた波布の耳元にそっと、口を寄せた。

「声を出すな。ポケットに入っている物を全て出せ」

 今までとは打って変わった冷たい声で、管二は囁く。波布は無言でポケットに入っていたスマートフォンを取り出した。スマートフォンは通話状態になっている。

「なるほど、誰かと通話していたわけか……」

 管二は波布の手からスマートフォンを取り上げると、グッと手に力を込めた。

 スマートフォンが管二の手の中で潰れる。中の部品が飛び出し、波布のスマートフォンはガラクタと化した。

 波布を壁に押し付けながら、管二は波布に囁く。

「お前の身に何かが起きたら、通話先にいる相手が警察に連絡する……そんな所か?」

「……」

 波布は何も答えない。波布の沈黙を管二は、自分の言っていることが当たっていると解釈した。

「そうか」

 通話の向こうにいた相手が、警察に連絡したとしたら、おそらく後、三十分もしない内に警察が此処に来る。部屋の中に入れて欲しいと言われたら、断ることはできない。

「だけど、甘いな!」

 管二は波布を引きずるようにして歩き出す。管二はリビングの外に出ると、人の背丈ほどもある古時計の針を操作する。すると、古時計が動きだし、横にずれた。


 巨大な古時計が横にずれると、そこに赤い扉が現れる。


 管二はドアの鍵穴に鍵を差し込み、赤い扉を開ける。扉の奥には長い廊下が続いていた。管二は波布を引きずり、扉を潜ると廊下を歩く。

 すると、今度は黒い扉が見えた。管二は、その黒い扉の前で止まると、黒い扉の鍵穴に鍵を差し込み、黒い扉を開ける。


 そして、波布をその中に放り込んだ。


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