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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
新種
59/73

 思わぬ訪問者に、菅二は驚いた。


 波布光。菅二が排除しようとしていた相手が何故か家の前にいた。獲物が自分から捕食者の巣を訪れたのだ。


(どうして、此処に?)

 管二は、雨牛のいる場所に目をやる。

(まさか、彼が此処にいることが分かったのか?)


 いや、ありえない。

 管二は、細心の注意を払って雨牛を攫った。周囲に人影はなかったし、防犯カメラもなかった。目撃者はいないし、物証も残していない。

 気付かれるはずがない。その証拠に警察も来ていない。いくらなんでも、警察より早く気が付くはずがない。


 気が付くはずが……。 


 どうする?ドアを開け、中に招き入れるか?

 それとも居留守を使い、会うのを避けた方がいいのか?


 此処で始末するか、それとも後で始末するか……。

 

 菅二は悩む。


 ピンポーン、ピンポーン。


 菅二が悩んでいる間にも、玄関のチャイムは押され続けた。


 ピンポーン。

『菅二さん、私です。波布光です』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてくれませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてくれませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話ししたいことが』

 ピンポーン。

『菅二さん、お疲れでしたら済みません。お話ししたいことがあります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけると嬉しいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いていただけませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いて下さい』

 ピンポーン。

『菅二さん、話をしたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、少しだけお時間を割いていただくことはできませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話をさせていただくわけにはいきませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてくださると助かります』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、ほんの少しだけお時間を取らせてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話したいことがあります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、少しだけ、お時間をいただけませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いてくださると、とても嬉しいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いてくださるだけでいいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただいてもよろしいですか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お休み中でしたら申し訳ありませんが、出てきて頂きたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、もう寝てしまいましたか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、まだ起きてますよね?』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、少しばかり、お時間をいただけませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけると嬉しいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、話がしたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてくれませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話ししたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけると嬉しいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、話を聞いてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、少しだけで良いのです』

 ピンポーン。

『菅二さん、話がしたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、ほんの少しだけ、お時間をください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話をさせていただくわけにはいきませんか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてくださると助かります』

 ピンポーン。

『菅二さん、話があります』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お話をさせてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、お時間は取らせません』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けていただけると嬉しいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、話がしたいです』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けてください』

 ピンポーン。

『菅二さん、開けて……』


(しつこいな……)

 まるで借金の取り立てのような……いや、それ以上のしつこさだ。

 菅二の動物的な勘が告げる「ドアを開けない方がよい」と。

(でも……)

 ドアを開けなければ、それは、それで困ったことになるかもしれない。

 これだけ、チャイムを押すということは、もしかしたら波布は、菅二が家の中にいることを確信している可能性がある。

 そういえば、先程から波布は『開けてください』、『話があります』とは言ってはいるが、『いないんですか?』とか『留守ですか?』という言葉を使っていない。

 もし、家にいることを確信した上で、これだけチャイムを鳴らしているのだとしたら……。


 ピンポーン。

『菅二さん、もしかして具合でも悪いのですか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、もしかして……倒れていたりしていますか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、救急車呼びましょうか?』

 ピンポーン。

『菅二さん、警察呼びましょうか?』


(やはり、そうくるか……)

 菅二は確信する。

 やはり、波布は菅二が家の中にいると確信している。心配している風を装ってはいるが、あれは間違いなく、菅二に対する脅しだ。


 波布は、言っているのだ『ドアを開けなければ、警察を呼ぶ』と。


 警察を呼ばれるのは少し、まずい。

 勝手に家の中に入って来るとは、考えにくいが、万が一ドアを開けられ、家の中を調べられたら彼が見付かってしまう。それに『あれ』も発見されてしまう。


 警察に、彼と『あれ』が発見されたら、今まで通りの生活を送ることは出来なくなるだろう。


(……仕方がない)

 管二はドアホンについている受話器を取った。

『管二さん、開け……』

「今、開けます。少しお待ちください」

 管二は、玄関のドアを開ける。そこには、直立不動で立つ少女がいた。


「今晩は、管二さん」

「今晩は、波布さん」


 一方は微笑を浮かべて、もう一方は無表情で挨拶を交わした。


‘               ***


「申し訳ありません。すぐに出られなくて」

 菅二は、にこやかに笑う。体の中に渦巻く凄まじい殺意を隠して。

「いえ、構いません」

 波布は首を左右に振る。菅二はじっと波布を観察するが、その表情は全く動かない。完全な無表情。何を考えているのか分からない。

「それで?今日は何のご用で?」

「はい、此処に来た目的は二つありまして……」

 波布はポケットからUSBメモリを取り出し、管二に差し出した。

「一つ目は、これです」

「これは?」

「新作を書いたら、読ませて欲しいと言っていましたよね?ですので、持ってきました」

「えっ?」

「まだ、本にはなっていませんが、この中には、新作の原稿が入っています」

 管二は、波布の手からUSBメモリを受け取る。

「これは、いつ書かれたんですか?」

「昨日です」

「昨日?」

「はい、急いで書き上げました」

(一日で、本になるような量の文章を書いた?)

 菅二は少しだけ眉根を上げるが、直ぐに表情を笑顔に戻す。

「そうですか……ありがとうございます」

 管二は、USBメモリをそっと握りしめた。

「要件は二つあると言いましたよね?それで、もう一つのご用は?」

 菅二の問いに波布は、無表情で答える。


「雨牛君がいなくなりました」


 菅二はキョトンとした顔で、聞き返す。

「雨牛さん?……確か、波布さんの彼氏でしたっけ?」

「はい、そうです。私の大切な人です」

 波布の表情が、揺らいだように菅二には見えた。しかし、それは勘違いかもしれないと思える程、一瞬の事だった。

「そのことについて、話したいので、中に入れてもらってもいいでしょうか?」

「えっ?」

「お願いします」

 菅二の顔をじっと、見てくる波布の目からは、何の感情も読み取れない。

「……分かりました」 

 菅二は、ドアを大きく開けた。

「どうぞ」

 大きく開くドアは、まるで巨大な魔物の口のようだった。ドアを潜れば、魔物の体内に入ることになる。

「ありがとうございます」

 礼を言うと、波布は躊躇することなく、魔物の体内に自ら入った。波布と菅二の姿が中に消える。


 巨大な魔物の口がバタンと閉じられた。


 ‘               ***


 波布を家の中に招いた菅二は、リビングまで彼女を案内すると、テーブルに収めれていた椅子を引いた。テーブルも椅子も新車が買える程、高価なものだ。

「どうぞ、お掛け下さい」

「はい」

 波布は勧められるままに、椅子に座る。

「今、お茶を用意しますね」

「いえ、お構いなく」

「波布さんは、お客様ですから」

 菅二は、数分でお茶を用意すると、波布の前に置いた。お茶も百グラム、数万円は下らない高級な葉を使っている。お茶を入れている湯呑も高価だ

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 波布はお茶に口を付けることなく、礼を言う。菅二は波布の対面の椅子に腰を下ろした。

「お話を聞く前に、こちらからも一つよろしいですか?」

「なんでしょう?」

「どうやって、私の家の場所を知ったのですか?」

「……」

 波布は、お茶の入ったコップを眺める。湯呑の中で、お茶が湯気を立てながらユラユラと揺れている。

「ある方に教えていただきました」

「誰ですか?」

「申し訳ありません。言えません」

「何故?」

「それが、貴方の家の場所を教えていただく条件でしたので……」

「……そうですか。分かりました」

 おそらく、テレビの仕事に関わるの誰かから聞いたのだろう。それしか、考えられない。

 だが、普通知っていたとしても、有名人の家の場所を他人に教えるテレビ関係者はいない。そんなことをすれば、あっという間に問題になり、テレビの世界にいられなくなる。

 どうやったのかは知らないが、波布はテレビの仕事をしている人間から、菅二の家の場所を聞き出したのだ。


 波布を始末した後で、そいつも必ず始末しよう。と心の中で菅二は決めた。


「それで?雨牛さんがいなくなったとのことですが……」

「はい、五日前から行方不明です」

「そうなのですか……それは、心配ですね」

 菅二は波布に、偽りの同情を向ける。

「でも、それでどうして、私の所に?」

 菅二は何も知らず、戸惑う人間を演じる。それは、完璧な演技だった。

 リアクションは大き過ぎず、小さ過ぎず。相手を心配する素振りを見せながら、何故、波布が此処に来たのか分からない。という不安な素振りも見せる。


 普通の人間なら、彼女が雨牛を誘拐した犯人だとは夢にも思わないだろう。


 普通の人間なら……。


「雨牛君がいなくなってから、数日の間に起きた出来事と言えば、貴方と結城さんが学校に来たことです。ですので、何か知っているのでは……と」

「私が?」

 菅二は目を大きくして、驚く……演技をする。

「ええ、貴方が」

「申し訳ありませんが、私は何も知りません」

 菅二は、首を横に振る。

「そうですか……」

 波布は少し視線を下げる。菅二は、いかにも波布を心配しているという顔をして話し掛けた。

「あの、もしかしたら雨牛君は、家出したのでは……」

「雨牛君とご両親の仲はとても良好です。家出をする理由がありません。それに、雨牛君は、とても優しい人です。彼は、ご両親を悲しませることはしません」

「家出ではないとするなら……まさか、誘拐!?」

「私は、そう考えています」

「そんな……」

「しかし、金銭目的ではありません」

「どういうことですか?」

「営利目的の誘拐だとしたら、もっと小さな子供か女性を狙うでしょう。男子高校生の雨牛君を狙うとは考えにくいです。身代金の要求も未だ来ていませんし」

「お金が目的じゃない……だとしたら、どうして雨牛さんは誘拐されたのですか?」

「人間を誘拐する目的はいくつかあります。一つは、金銭目的。二つ目は恨み。相手に何らかの恨みを持ち、それを晴らすための誘拐です。私は、雨牛君を恨んでいる人物に心当たりがあります」

「誰ですか?」

「結城明さんです」

「結城さんが?どうして?」

「実は、私、彼に告白されたのです」

「告白……?」

「貴方と結城さんが学校に来た日、結城さんに『付き合って欲しい』と告白されました。もちろん、断りましたけど」

「そう……なんですか」

「あまり、驚いていませんね?」

「結城さんの女癖の悪さは、有名ですから。私も声を掛けられましたし……」

「そうですか」

 波布は、あまり関心がなさそうな相槌を打つ。

「私は結城さんからの告白を断りましたが、結城さんはどうやら、諦めてくれなかったようです。雨牛君さえ、いなくなれば私を手に入れられると、本気で結城さんは考えていたようなのです」

「まさか……そんな!」

「結城さんが行方不明なのは、ご存知ですか?」

「はい……でも、どうしてそれを?」

「貴方の家の場所を教えてくださった方から聞きました。」

 結城明がいなくなったことは、限られた者しか知らない。波布に菅二の家の場所を教えた人間は、そんなことまで話したのか。

「結城さんが行方不明になったのは五日前、雨牛君がいなくなった時期と一致します」

「ま、待ってください!まさか、波布さんは結城さんが雨牛さんを誘拐したと思っているのですか?」

 菅二の表情に混乱と動揺が浮かぶ。


 しかし、心の中では、菅二は笑っていた。


 波布は、結城を疑っている。最初は、自分のことを疑って、此処に来たのかと思ったが、どうやら杞憂だったよう……。


「いいえ、そうとは限りません」

「えっ?」

 波布の思わぬ言葉に、菅二は驚く。

「先程、私は、人が人を誘拐する理由を二つ挙げました。ですが、実はもう一つ人が人を誘拐する理由があります」

「……なんですか!?」

 波布は一拍置き、ゆっくりと口を開く。


「恋慕による誘拐です」


「……恋慕」

「恋をした相手を自分だけの物にしたい。相手を独占したい。そんな想いが行き過ぎた結果、相手を誘拐し、監禁することがあります」

「……」

「雨牛君は、素敵な人です。彼を自分だけの物にしたいと思う人間は大勢いるしょう。そんな人間に狙われ、誘拐された可能性があります」

 冷たい視線が菅二に向く。

「菅二さん」

「はい」

 波布は、体温を感じさせない声で菅二に言った。


「貴方は、雨牛君に恋をしていますね?」


 静寂が辺りを包む。

 菅二が入れたお茶はすっかり冷めていた。



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