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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
化石の中に眠るもの
48/73

前篇

 通常、生物が死ぬとその死体は動物や虫、微生物に分解される。残った骨も長い年月と共に風化し、跡形もなく消えてしまう。

 しかし、通常なら消えてしまう生物の死体の痕跡が残ることがある。

 生物の死体が何らかの理由で急速に土や砂、泥に埋まり、空気に触れない状態となった場合だ。

 死体の肉は、微生物によって分解されるが、骨は残る。残った骨にさらに堆積物が降り積もると、その圧力によって骨の成分に周りの堆積物の成分がしみ込んでいき、徐々に骨の成分と堆積物の成分が入れ替わる置換作用起きる。

 やがて、骨の成分は堆積物の成分と完全入れ替わり、骨の形をした石に変わる。


 これが『化石』だ。


 生物の死体が『化石』となるには、気の遠くなるような膨大な時間が掛かる。


                 ***


「ちっ、また再生回数が減ってやがる」

 用唾は、自分が投稿している動画を見ながら溜息を吐く。

 彼は、インターネットの動画共有サービスに、自分で作成した動画を投稿し、その広告収入で生活している。月に六十万近い大金を広告収入によって稼いだこともあった。

 

 しかし、最近は再生回数が伸び悩んでおり、広告収入が激減している。主な原因は動画のマンネリ化。

 動画のコメント欄を見ると、


『最近つまんね』

『やってることがいつも一緒』

『もう投稿しなくていいよ』


 といったコメントであふれている。

「くそ!好き勝手言いやがって」

 用唾は机をドンと叩く。

「動画を投稿し続けるのは、大変なんだぞ。いつも、いつも面白い動画を投稿し続けられるわけではないだろ!」

 彼は、何度も何度も机を叩く。

「畜生、俺より面白くない奴なんて、いっぱいいるだろ!」

 用唾は自分が投稿した以外の動画を見る。自分より再生回数が少ない動画を見れば、優越感を得られるからだ。イラつくと、用唾はいつもそうしていた。

「ハッ、何だこいつ。再生数少なすぎだろ」

「けっ、ゴミが」

 自分より再生回数の少ない動画を見て、用唾は悪態をつく。多少は憂さ晴らしも出来き、機嫌もよくなった。だが、ある動画を見て、用唾の手が止まる。

「こいつ……!」

 それは『davinci』という人間が投稿した動画だった。用唾は『davinci』が投稿したばかりの動画の再生回数を見る。

「再生回数七十万!?昨日、投稿したばかりのやつが!?」

 動画の内容は、『davinci』がボードに何やら小難しい数式を書いており、その数式が正しいかどうか証明しているというものだった。

 式を証明している『davinci』は若い。おそらく、高校生ぐらいだ。

 用唾は、その動画のコメント欄を見る。絶賛の嵐だった。


「すげえ!」

「こんな証明の仕方があるのか?」

「これ、学会で発表できるレベルだろ」


  用唾は頭を掻き毟る。

「こんなガキのこんなくそつまらん動画が……なんで、この再生回数なんだ?絶対、俺の動画の方が面白いだろ!」

 用唾は椅子から立ち上がると、部屋をグルグルと回り始めた。

「くそっ、このままじゃ不味い!何かないか?何かインパクトのある。一気に再生回数が増えるネタを……」


『恐竜が来る!』


 テレビから、そんな声が聞こえてきた。

『恐竜展、開幕!大型肉食恐竜、世界最大の草食恐竜たちがやって来る!是非、皆で恐竜を見に来よう!』

「ああ、なんだ。博物館のCMか……」

 この博物館には子供の頃、何度か足を運んだことがある。

「つっても、博物館の中は撮影禁止だろうしな」

 もし、勝手に中を撮影した動画を投稿して、特定されたらアウトだ。きっと、警察沙汰になる。用唾でも、それくらいは分かる。

「動画には使えそうにないな」

 用唾はチャンネルを変えようとテレビにリモコンを向ける。

『なお、初日に来場してくれた方にビッグチャンス!なんと、本物の化石を手に入れられるかも?』

 用唾はリモコンのボタンを押そうとしていた指をピタリと止めた。テレビにかじりつき、大声で叫ぶ。


「これだ!」


 博物館にやって来た用唾はチケットを購入し、中に入る。博物館の中には、大勢の親子連れやカップルが来ていた。

「チッ」

 用唾は思わず舌打ちをする。幸せそうな人間を見るとイライラする。動画のためじゃなかったら、誰がこんな所……。


 ドンと用唾の肩に誰かがぶつかった。

「あっ、すみません」

 ぶつかった相手は、ペコリと頭を下げる。相手は若い男だった。歳は十代ぐらい。おそらく、高校生だろう。

 用唾は昨日の『davinci』を思い出した。胸の中がムカムカする。

「おい、コラ!なにぶつかってんだよ!」

 用唾は、相手の胸ぐらを掴む。

「てめぇ、俺が誰だか分かってんのか?ああん!?」

 自分より若い相手に用唾は凄んでみせた。相手の男は何度も「すみません」と誤っている。だが、用唾の怒りは収まらない。

 さらに、文句を言おうとした時、胸ぐらを掴む腕に誰かが。そっと手を置いた。

「彼を離してください」

 女の声だ。用唾は「あっ?」と相手を威嚇する声を上げ、女を見た。

「なんか、文句……ある……の……か」

 女の顔を見た瞬間、用唾は息を飲んだ。


 美しい。


 あまりの美しさに、用唾は何も言えなくなった。綺麗な顔に抜群のスタイル。女の歳は、用唾が胸ぐらを掴んでいる男と同じぐらいだろう。

 用唾は自分より若い相手に何も言えなくなった。指が勝手に開く。用唾は、いつの間にか若い男の胸ぐらから手を離していた。

 用唾が手を離すと、美女は若い男に声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 心配する美女に若い男は笑って見せる。

(こんな美女が、なんでこんな男に!)

 いったんは収まった怒りが再燃し掛ける。その時、騒ぎを聞きつけた警備員がやって来た。

「どうかしましたか?」

(やべっ!)

 用唾はとっさに視線を逸らす。ここで、追い出されたら動画が……。

「なんでもありません」

 そう言ったのは用唾が因縁をつけた若い男だった。

「僕がこの人にぶつかってしまって……すみませんでした」

 若い男は用唾に頭を下げる。

「あっ……いや、まぁ」

「本当ですか?」

 警備員は、不審な目で用唾を見る。

「……いいのですか」

「うん、僕は大丈夫だから」

 若い男と美女が何やら小さな声でボソボソと話している。すると、美女が警備員に近づいた。

「本当に何でもありません。お騒がせして、申し訳ありませんでした」

 美女が警備員に深々と頭を下げる。

「まぁ……何もないのならいいのですが」

 あまり騒がないでくださいね。そう言って、警備員は戻っていった。

「チッ」

 バツが悪くなった用唾は二人に礼を言うこともなく、足早にその場を去った。


「危ない。危ない」

 用唾はフゥと息を吐く。目的を果たす前に、つまみ出されるところだった。

「さて、そろそろのはずだが……」

 用唾が時計を確認すると、アナウンスの声が館内に響いた。


『ご来館の皆様にお知らせします。十二時より、抽選を開催しますので、参加されたい方は、二階にお集まりください』


「来た!」

 用唾は、グッと拳を握ると急いで二階に駆け上がった。


「皆様、本日は、ようこそお集まりくださいました。これより抽選を始めさせていただきます」

 二階の部屋に集まった人間達が拍手を送る。部屋の中は広いが、人でいっぱいとなっていた。

「では、まずお手元にチケットをご用意ください。チケットの裏には番号が書かれています。今から番号を読み上げますので、チケットに書かれた番号と同じ番号を呼ばれた方はどうぞ、前へ。本物の化石をお渡しします。」

 用唾は、自分のチケットに書かれている番号を見る。チケットには『736』と書いてあった。

「では、始めます。まずは『325』の番号のチケットをお持ちの方」

「はい!」

 女の子が嬉しそうに、勢いよく手を上げ、前に出る。

「おめでとうございます。では、こちらをどうぞ。『木の葉』の化石です」

「ありがとうございます!」

 少女に手のひらに乗る程の小さな化石が手渡される。会場から拍手が巻き起こつた。

(そんなのは、どうでもいいんだよ。次だ。早く次を読め!)

「では、次の番号を読み上げます。次の番号は『556』……」


「さて、それでは次が最後となります」

(くそっ)

 用唾は自分の足を叩く。まだ、用唾のチケットの番号は読まれていない。

(こうなったら、最後の化石に賭けるしかない!)

 用唾は自分のチケットをギュッと握りしめた。


「こちらが最後の化石となります」

 布を掛けられた台車がガラガラと音を立て、運ばれてくる。台車に掛けられた布を司会者が芝居がかった仕草で取った。

 布の下から現れたのは、まぎれもなく『化石』だった。

 五十センチ程の石に『魚』の形がくっくりと刻まれている。

「これは、およそ一億年前のジュラ紀に生息していた古代魚の化石です。貴重な化石ですので、当たった方はぜひ、大切に保管して下さい。それでは、番号を読み上げます。番号73……」

(やった!)

 用唾はグッと手を握った。

「5!番号は『735』です」

「そんな!」

 自分の持っているチケットの番号と『1』違い。用唾はガックリと肩を落とす。

「番号『735』のチケットをお持ちの方、前へどうぞ!」

「は、はい!」

 一人の男が立ち上がる。「あっ!」と用唾は思わず声を上げた。

「あいつ!」

 それは、さっき用唾にぶつかった若い男だった。隣には、あの美女がいる。

 若い男は照れ臭そうに前に出た。

「おめでとうございます」

「は、はい。どうも……」

 若い男は緊張した様子で『化石』を受け取る。化石は重いらしく、若い男は少しよろけていた。

 司会者が若い男にマイクを向ける。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

「今のお気持ちは?」

「とても、嬉しいです」

「今日は、お一人で?」

「いえ、あの……もう一人と一緒に」

 司会者が会場を見る。あの美女が嬉しそうに手を振っていた。司会者とその場にいた人間が思わず息を飲む。

「いやぁ、驚きました。綺麗な女性ですね」

「あっ、はい」

「彼女ですか?」

「えっ!……いや、まぁ……その」

「はい、そうです」

「ちょっ、ちょっと。波布さん!」

 狼狽する男に、美女はニコリとほほ笑んだ。司会者と周りの客はそんな二人に暖かな視線を送る。

「その化石は、どうされますか?」

「は、はい。実は、僕は生物部に入っているんですけど……その部室。えっと、部室と言っても理科室なんですけど、そこに飾ろうと思っています」

「おお!それはいいですね」

「はい、大勢の人に見てもらいたいので」

「素晴らしいと思います」

 司会者と周りの人間がパチパチと拍手を送る。化石を受け取った若い男は恥ずかしそうに俯いた。

 だが、たった一人だけギシリと歯ぎしりとしている人間がいた。

(くっそ!)

 用唾は、親指の爪を噛む。

(このまま、諦めてたまるか!)



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