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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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計画

 胡蝶は幼い時から病気を患っており、入院しては退院するということを何度も繰り返していた。学校に通っても、すぐに病院に逆戻り。そんな生活を続けていれば、当然友人などできるはずもない。胡蝶は自分が何故生まれてきたのか分からなくなった。 

 しかし、ある時、胡蝶の世界は一変する。

 その日、胡蝶はまたしても病が原因で倒れた。それ自体は珍しいことではない。違っていたのは、目を覚ますと『妙な生物』が見えるようになっていたことだった。胡蝶は、その妙な生物が自分の中にも入っていることに気付く。

 胡蝶の中に入った生物は蝶のような姿をしており、『夢を操る』力を持っていた。胡蝶は自分の中にいる生物の力を使い、夢の中に自分だけの楽園を造りだした。

 健康な肉体で自由に走り回り、好きなだけ友達と遊んだ。当然、目を覚ませば、また元の入院生活に戻る。しかし、平気だった。眠ればまた楽園が待っているのだから。


 胡蝶は夢の世界を謳歌した。夢の中はあまりにも完璧だった。夢の世界に不自由はない。どんなことでも、願えば叶った。


 しかし、楽園であるはずの夢の世界も次第に胡蝶を苦しめることになっていく。

 なんでも願いが叶う夢の世界は最初こそ楽園だった。だが、あまりに願いが叶い過ぎたことで、胡蝶は願いが叶った時の幸福感を得られなくなってしまった。

 現実では願いが叶うことよりも、叶わないことの方が多い。だからこそ、人は自分の願いが叶うと幸福を感ることが出来るのだ。

 しかし、なんでも願いが叶い、不幸のない世界では幸福を感じることが出来なくなってしまう。


 例えば、人間関係。

 夢の中の人々が胡蝶に向ける笑顔は、胡蝶がそう操っているだけに過ぎない。

 自分のことを褒めてくれる親も遊んでくれる友達も、胡蝶が願っている通りに動いているだけだ。決して、胡蝶を愛しているからではない。

 感情がなく、自分の願い通りに動くもの。それはロボットと何も変わらない。

 

 苦い毒しかないような世界では人は生きていけない。しかし、甘い砂糖しかないような世界でも、人は生きていくことができない。

 せっかく手に入れた理想の世界。その世界すらも胡蝶を苦しめた。


 現実の世界も夢の世界も自分を苦しめる。

「私の居場所はどこにもない」胡蝶は全てに絶望し掛ける。


 そんな時、胡蝶は雨牛と出会う。

 自分を苦しめるだけの存在だったはずの『現実』で。


                 ***


「彼女が私の夢の中に現れたのは、雨牛君が意識不明になってから三日後のことでした」

 波布は淡々と胡蝶が夢の中に来た時のこと話す。

「彼女は、まず雨牛君の意識を自分の夢の中に引きずり込んだことを話しました。それから、彼女自身が歩んだこれまでの人生や彼女の中に入った『奇妙な生物』のことを語った後、私に『雨牛君を返して欲しかったら、言うことを聞いて欲しい』と頼んできたのです。私が『何をすればいいですか?』と聞くと、彼女は、夢の中に来て自分と争うようにと要求しました。『何故ですか?』と尋ねると、彼女は答えました。『雨牛君に“もう一人の雨牛君”を造り出してもらうため』だと」


                 ***


『もう一人の雨牛君?』

『うん。私の夢の世界ではイメージしたものを自由に造り出すことが出来るんだ。自動車でも、電車でも、飛行機でも、ビルでも、怪獣でも、漫画やアニメのキャラクターでも思いのまま』

『それで?』

『私は、雨牛君に“もう一人の雨牛君”を造ってもらいたいんだ。外見も記憶も感情も性格も全部本物と同じ“もう一人の雨牛君”を』

『……いくつか聞きたいことがあります』

『だろうね。何?』

『雨牛君の意識が、貴方の夢の中にいるのなら何故、わざわざ“もう一人の雨牛君”を造る必要があるのですか?』

『雨牛君の肉体を殺したくないからだよ』

 胡蝶はニコリと笑う。

『私は、ある程度、こちらの世界の時間を操作することが出来る。けど、そちらの世界の時間の流れまでは止められない。あまり長い時間、こちらの世界に雨牛君の意識を入れておくと、そちらの世界にある雨牛君の肉体が死んじゃうの。それは嫌だ。私は雨牛君の肉体を死なせたくない」

 胡蝶は、静かに首を左右に振る。

「でも、私は雨牛君とずっと一緒にいたい。雨牛君が好き。大好き。愛してる。だから、私は“もう一人の雨牛君”が欲しいの。雨牛君が二人いれば、一人がそちらの世界に帰っても、“もう一人の雨牛君”は私の傍にいてくれるでしょ?』

『……なるほど、では、二つ目の質問です。貴方は先程言いましたね?夢の中ではイメージしたものを自由に造り出すことが出来ると』

『うん』

『で、あるのなら、何故本物の雨牛君に“もう一人の雨牛君”を造って貰らう必要があるのですか?貴方自身が“もう一人の雨牛君”を造ればいいのは?』

 胡蝶の顔から笑みが消え、少し悲しそうな表情になる。

『もうやったよ。だけど意味がなかった』

『意味がなかった?』

『うん、いくら雨牛君の記憶を読んで本物そっくりの雨牛君を造りだしても、それは私が造りだしたもの。どうしたって私の理想が入る。本物の雨牛君とズレる。それはもう“雨牛君”じゃない』

『だから、雨牛君自身に“もう一人の雨牛君”を造ってもらおうと?』

『そう。雨牛君本人が造ったものなら、私の理想は入らない“もう一人の雨牛君”ができる』

 それに……と、胡蝶は付け加える。

『雨牛君が造りだしたものを私は操ることが出来ない。私が操ることが出来るのは、あくまで私が造りだしたものだけ。だから、雨牛君が造りだした“もう一人の雨牛君”が私の世界でどう行動するのかは私にも分からない』


 胡蝶が造りだした人間とは違い、雨牛によって造られた“もう一人の雨牛”は意思を持っている。胡蝶に笑い掛ければ、それは“もう一人の雨牛”自身の意思だ。


『しかし、雨牛君本人が造ったとはいえ“もう一人の雨牛君”が完全に本人と同じとは限らないのでは?いくら、雨牛君本人がイメージしたとしても、貴方と同じく自分の理想が入らないとは限りません』

 自分が思い描いている“自分”と他人から見た“自分”が同じとは限らない。むしろ、大きく違っていることの方が普通だろう。

『また、造られた“もう一人の雨牛君”が貴方の意に沿う行動ばかりを取るとも限りません』

“もう一人の雨牛君”に意思があるのだとすれば、当然、胡蝶にとって嫌に思う行動をする可能性もある。

 だが、胡蝶は波布の問いに『それでもいいよ』と答えた。

『たとえ、本人とは少し違ったとしても雨牛君が造った“雨牛君”なら、私は受け入れられる。私の理想じゃなくて、彼自身の理想が入った“雨牛君”なら、私は愛することが出来る』

 胡蝶は自分の胸に触れる。その動作は自信にあふれていた。

『“雨牛君”が私の意思とは違う行動を取るのなら、それはむしろ喜ばしいことだよ。私にとって、良いことだけじゃない。嫌なこともしてくれた方がむしろ嬉しい』

『……』

 波布は顎に手を軽く添え、しばらく考えた後、静かに口を開く。

『雨牛君と貴方がいる夢の中、そちらの世界では、今どれくらいの時間が経過しているのですか?』

『五年だよ』

『なるほど』

 波布は、納得したように首を縦に振る。

『三日も経ったこのタイミングで私の夢に現れたのは、私から選択肢を奪うためと、雨牛君との絆を深めるためですか?』

『そうだよ。流石、波布さん。雨牛君の意識を私の世界に入れて、直ぐに貴方に会いに来ても、貴方が私の言うことを聞いてくれる可能性は低かった。私の言葉を疑い、別の方法で雨牛君を助けようとする。でも、三日経ったこのタイミングだったら、雨牛君の体を心配した貴方は、私の言葉を疑いながらも、言うことを聞いてくれる可能性が高くなる』

『……』

『その間、私は雨牛君と恋人になって、数年間こちらの世界で一緒に過ごす。そうすれば、雨牛君との絆はより深まり、私を一層愛してくれる。それは、雨牛君と同じ記憶と感情を持つ“もう一人の雨牛君”に、きっと受け継がれる』

『……』

 波布は、あえてしなかった質問がある。

『私と貴方が夢の中で争ったとして、雨牛君が“もう一人の雨牛君”を造るとは限らないのではないですか?』という質問だ。

 この質問をしなかった理由は簡単だ。波布には答えが分かるからだ。


 夢の中で波布と胡蝶が終わりの見えない争いをしたら、雨牛はどうするか?

 きっと、雨牛は自分を二つに分けることを選ぶだろう。


“自分が二人いれば、波布と胡蝶は争うのをやめるはずだ”そう考えるに違いない。そして、夢の中に残る“もう一人の自分”には、夢の中で胡蝶と共に過ごすことで育った“胡蝶を愛する感情”を渡すはずだ。

 波布にも、その光景が目に浮かぶ。

『……それが、貴方の計画ですか』

『そう、協力してくれる?』

『……』

 考える波布に、胡蝶はそっと囁く。

『私の肉体は、もう死んでる』

 表情を変えずに胡蝶は淡々と言う。波布の表情も変わらない。

 それからしばらく、波布と胡蝶は言葉を交わした。波布はゆっくり頷くと、答えを口にする。

『分かりました。協力しましょう』

 波布の答えを聞いた胡蝶は、笑顔で彼女の手を握る。それから『ありがとう』と呟いた。


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