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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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本当の目的

「どうして、分かったのですか?」

 波布さんは、まるで我が子がテストで満点を取ったのを喜ぶ母親のような表情で僕を見ている。

「最初におかしいと思ったのは、波布さんの説明だった」

 夢にやってきた波布さんは僕に色々と教えてくれた。


 僕が夢の中にいること、現実の僕が意識不明でいたこと、胡蝶さんが僕を自分の夢の中に引きずり込んだこと、現実の胡蝶さんが死んだこと、胡蝶さんが『奇妙な生物』と混じり合って一体化してしまったこと。

 そして、胡蝶さんが僕を自分の夢の中に引きずり込んだ理由。


 波布さんは一つ、一つ僕に説明してくれた。

「説明に、何かおかしな所がありましたか?」

「いや、説明自体におかしな所はなかったよ」

 波布さんの説明におかしいな所はなかった。僕がおかしかったと思ったのは、波布さんの『説明の仕方』だ。


「波布さんの説明はどれも『断定的』だったんだ」


 波布さんは僕に対して何かを説明してくれる時、それが自分の推測であったなら、断定的な言葉を使わない。

 言葉の最初に「おそらく」とか、そういう言葉を付ける。

 または、言葉の最後に「~だと思います」とか「~でしょう」とか、そういう言葉を付ける。


 だけど、夢の中で波布さんは、そんな言葉を一度も使わなかった。


 言葉の最初に「たぶん」とか「おそらく」とかいう言葉を使わず、

 言葉の最後に「~です」とか「~でした」とか断定的なものを使っていた。


『彼女は最早、『人間』ではありません。『奇妙な生物』そのものです』

『彼女は思いました“もっと雨牛君と一緒にいたい”と。普通の人間なら、叶わない願いです。しかし、彼女は、その願いを叶えることが出来た。彼女の中にいた『奇妙な生物』が夢を操る力を持っていたからです』

 どの言葉も断定的だ。


 例えば、現実世界で胡蝶さんが死んだことや、僕が意識不明なことは実際に波布さんの目で見ることができる。だから、説明が断定的になってもおかしくはない。

「でも、胡蝶さんが『奇妙な生物』と混じり合ってしまったことや、胡蝶さんが僕を自分の夢の中に引きずり込んだ理由なんかは、推測するしかないんだ」


 波布さんは僕なんかより、ずっと頭がいい。

 それでも、見てもいないことや、他人の心情を断定することは波布さんでも、無理だろう。


 他にも三つ疑問に思ったことがある。


 一つ目。

 さっき、波布さんに聞いた『どうして、波布さんは僕が夢の中にいることが分かったのか?』


 胡蝶さんが僕を自分の夢の中に引きずり込んだことを、波布さんはどうやって知ったのか?

 原因が分らず、意識不明になっている僕を見て、

『雨牛君は今、彼女の夢の中に囚われている!』とは普通考えない。

 いくら波布さんでも、そこまで発想を飛躍させることは無理だろう。


 二つ目。

 どうして、胡蝶さんは波布さんを夢の中から追い出さなかったのか?


 胡蝶さんは最終的に、もう一人の『僕』と夢の中に残ることを選び、僕と波布さんを夢の外に出した。

 でも考えてみれば、僕と波布さんだけを夢の外に出すことが出来たのであれば、波布さんが夢の中にやって来た時、どうして、胡蝶さんは波布さんを夢の外に追い出さなかったのだろう?

 わざわざ、波布さんと不毛な争いをしなくとも、ただ単に波布さんを夢の中から、追い出せば良かったのではないだろうか?


 三つ目。

 どうして、波布さんは夢の中でイメージしたものを造りだせることを知っていたのか?


 波布さんは『ここは夢の中。イメージすることさえ出来れば、どんなものでも造り出すことが出来るのです』と言っていた。でも、一体いつそのことを知ったのだろう?


 考えれば考える程、疑問が次々と湧き上がってくる。


「それで思ったんだ『波布さんは胡蝶さんから、色々なことを直接聞たんじゃないか?』って」


 僕が夢の中にいることも、胡蝶さんの精神が『奇妙な生物』と一体化したことを知っていたのも、胡蝶さんが僕を夢の中に引きずり込んだ理由も、夢の中では、イメージさえ出来れば、どんなものでも造りだせることを知っていたのも……。

 胡蝶さんがあらかじめ、波布さんにそのことを教えていたのだと考えるれば、腑に落ちる。

 波布さんの説明が断定的だったのも、これで説明がつく。


 僕がそこで言葉を区切ると、波布さんは「なるほど」と言って頷いた。

「雨牛君はこう思っているわけですね?『彼女は、私に様々な情報を与えた上で、自分の夢の中に招いた』と」

「うん、違う?」

「いいえ、その通りです」

 波布さんは、ほほ笑みを崩すことなく、淡々と言った。

「私は夢の中で、彼女に会いました。そして、雨牛君がおっしゃったように、彼女は雨牛君を自分の夢の中に引きずり込んだことや、私が夢の中に入る方法、夢の中では、イメージ出来たものを造りだせるということを私に教えました」

「どうして?どうして、胡蝶さんは、そんなことを?」

「雨牛君は何故だと思いますか?」 

 僕はしばらく沈黙した後、口を開いた。


「僕は、『胡蝶さんは波布さんと争うために、波布さんを夢の中に招いた』と思ってる」


 胡蝶さんがあらかじめ、色々な情報を波布さんに与え、自分の夢の中に招いたのだとしたら、何らかの理由があるはずだ。

 夢の中で波布さんと胡蝶さんは、会話をすることなく争い始めた。

 にも拘らず、胡蝶さんは波布さんと話そうとはしなかったし、自分に危害を加えてくる波布さんを夢の中から追い出すこともしなかった。


 ということは、胡蝶さんが波布さんを夢に招いた理由は、波布さんと争うためだったのではないだろうか?

 だから、胡蝶さんは自分に危害を加えてくる波布さんを夢の中から追い出すことをしなかった。争うことが目的だったのだから。


「では、何故、彼女は私と争う必要があったのでしょうか?」

「それは……」

 僕は頭を左右に振った。

「分からない」

 仮に胡蝶さんが、波布さんを倒すために夢の中に招いたのだとする。

『夢を操る奇妙な生物』と一体化している胡蝶さんにとって、夢の中は独壇場だ。事実、波布さんの中にいる『シロちゃん』もあっさり胡蝶さんに倒された。

 でも、波布さんを倒すために夢の中に招いたのだとすると、色々な情報を波布さんに教えた理由が分からない。

 自分の心情や『夢の中では、イメージしたものを自由に造りだせる』なんてことを教える理由はない。僕を夢の中に引きずり込んだことと、夢の中に入る方法だけを教えればよかったはずだ。

 余計なこと教えてしまったら、自分が不利になってしまう。そんなこと、僕にだって分かる。どうして、胡蝶さんは自分が不利になる情報までも波布さんに教えたのか?それだけが分からなかった。


「雨牛君」

「何?」

「覚えていますか?何故、彼女が雨牛君を夢の中に引きずり込んだのか」

「うん、もちろん」

 胡蝶さんは僕を愛していた。だから、もっと僕と一緒にいたくて、僕を夢の中に引きずり込んだ。そう波布さんは言っていた。

「実は……正確には違うのです」

「違う?」

「はい、彼女には本当の目的がありました」

「本当の……目的?」

「雨牛君が先程おっしゃったことは概ね正しいです。彼女は私と争うために、私を夢の中に招きました。しかし、それは手段に過ぎません。彼女は私と争うことで、本当の目的を達成しようとしていたのです」

「何?本当の目的って?」

 困惑する僕を気遣うように、波布さんはゆっくりと言った。


「彼女の本当の目的は、雨牛君にもう一人の『雨牛君』を造ってもらうことでした。彼女は、雨牛君本人ではなく、雨牛君が造ったもう一人の『雨牛君』と夢の中でずっと一緒になることを望んでいたのです」

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