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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
43/73

違和感

「はい、アーン」

 波布さんは綺麗に切り分けたリンゴの一つにフォークを刺し、僕に食べさせようとする。

「いや、自分で食べ……」

「アーン」

「い、いただきます」

 僕は差し出されたリンゴを頬張る。

「おいしいですか?」

「う、うん。おいしいよ」

「それは良かったです」

 波布さんは嬉しそうに、ニコリと笑った。


 僕が目を覚ました後、波布さんはすぐに両親と医者を呼んでくれた。

 医者によると、僕の体に異常は特に見られないそうだ。でも大事を取って、あと数日入院することになった。

 僕が目を覚ましてから、波布さんは毎日見舞いに来てくれる。

「学校はどう?」

「いつも通りです。生物部にいる生き物の世話もきちんとしていますので、心配しなくても大丈夫ですよ」

「そう、ありがとう」

 波布さんになら任せて、大丈夫だろう。

 生き物の世話に僕の見舞い。波布さんには、助けてもらってばかりだ。今度何かお礼をしよう。


 こうして、入院していると、つい胡蝶さんのことを考えてしまう。

 入院している間は一日がとても長い。ほとんどの時間をベッドの上で過ごすため、とても退屈だ。数日の入院ですらかなり辛い。

 胡蝶さんは、何度も入退院を繰り返していた。

 数日でも辛くなる入院生活を胡蝶さんは何年も過ごしていたのだ。体が痛むこともあっただろう。具合が悪くなることもあっただろう。

 そして、“自分は死ぬのではないか?”という恐怖に襲われることもあっただろう。胡蝶さんは長い時間を一人で戦ってきたのだ。

 

 僕は、そんな胡蝶さんを尊敬する。

 彼女は今、もう一人の『僕』と幸せに暮らしているだろうか?

 

 夢の中で僕は、もう一人の『僕』を造りだした。

 波布さんと胡蝶さんが争う理由は、僕だ。僕がいるから、波布さんと胡蝶さんは争う。でも、僕がいなくなっても二人が争いをやめる保証はない。

 なら、僕が二人いればいい。そう思った。

 一人の僕が現実に残り、もう一人の『僕』が夢の中に残る。そうすれば、波布さんと胡蝶さん、二人が争う理由はなくなる。


 もう一人の『僕』と僕に違いはほとんどない。外見は同じだし、記憶や思考も一緒だ。でも、ただ一つだけ違うことがある。

 それは、感情。

 僕は胡蝶さんと夢の中で五年を過ごした。その結果、僕の中に胡蝶さんを愛おしく思う感情が生まれた。

 その感情を僕はもう一人の『僕』に渡した。

 もう一人の『僕』が胡蝶さんと共に残ることを選んだのは、もう一人の『僕』が彼女を愛していたからだ。愛する胡蝶さんの傍にずっといたくて、もう一人の『僕』は進んで夢の中に残った。

 僕の中にも、胡蝶さんと過ごした五年間の記憶はある。でも僕は、もう一人の『僕』に胡蝶さんを愛する感情を渡した。

 だから、此処にいる僕に、彼女を愛する気持ちはない。


 此処にいる僕にとって、胡蝶さんは大切な友人で、尊敬する人間だ。でも、愛すべき存在ではない。

 彼女を愛しているのは、夢の中にいる『僕』のほうだ。


「雨牛君、大丈夫ですか?」

 考え込む僕に、波布さんが心配そうな目を向ける。

「うん、大丈夫だよ」

「リンゴ、もう一つ食べますか?」

「うん」

「はい、アーン」

「……いただきます」

 リンゴを口の中に頬張る。さっきよりも甘い味がした。


              ***


「ねえ、波布さん」

「はい」

「実は、聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょう?」


 目が覚めてから、僕は胡蝶さんのことや夢の中でのことを話題にするのをなんとなく、避けてきた。

 胡蝶さんが死んだことに、僕はまだ上手く気持ちの整理ができていなかった。

 夢の中で彼女の意思は生きている。でも、胡蝶さんの肉体は死んでいる。

 世間的にも胡蝶さんは死んだことになっている。彼女の両親はさぞ、悲しんだことだろう。

 波布さんも僕に気を使ったのか、胡蝶さんのことを話題にすることはなかった。でも、目が覚めてから数日経って、ようやく自分の中の気持ちにも整理がついてきた。

 入院している間、時間はたっぷりとあった。気持ちの整理もついてきたこともあり、僕は今回の出来事を色々と振り返ってみたのだ。


 すると、いくつかの疑問が浮かんできた。


 僕は、浮かんだ疑問を波布さんに聞いてみることにした。

「僕が意識不明になってた時、どうやって夢の中に入ってきたの?」

「ああ、それはですね」

 波布さんは人差し指で自分の唇をなぞった。

「キスです」

「えっ?」

 波布さんの言葉の意味が分からず、僕は首を傾げた。波布さんはクスリと笑う。

「以前、私が言ったことを覚えていますか?どうして、雨牛君にも『奇妙な生物』が見えるのか」

「うん、覚えてるよ」

 前に僕と波布さんは、普通の人間には見えない『奇妙な生物』が、どうして僕達には見えるのかを話したことがある。

 波布さんの推論では、波布さんが『奇妙な生物』が見えるようになった原因はおそらく、事故に遭ったからだと言っていた。

 波布さんに『奇妙な生物』が見えるようになったのは、事故の影響で、体に何らかの変化が起き、普通の人間には認識できない“領域”に足を踏み入れてしまったからだ……と。


 では、僕は?

 僕は、どうして『奇妙な生物』が見えるようになったのだろうか?


 波布さんは、きっとそれは、僕が波布さんとキスしたためではないかと言った。波布さんとキスをした時、波布さんの唾液が、僕の体の中に入った。

 その影響で、波布さんといる時にのみ、僕にも『奇妙な生物』が見えるようになったのではないか……と。


「私と雨牛君は現在、『繋がっている』状態にあると思われます。ですので、体に触れてさえいれば、私は雨牛君の夢の中に入れるようです」

 ああ、そういえば僕が目を覚ました時、波布さんは僕の手を握っていたっけ。

「ということは、僕も波布さんの夢の中に入れるってこと?」

「はい、その通りです。入りたいのであれば、いつでもいいですよ。夢の中ですが喜んで歓迎します」

「う、うん。まぁ、いつか……ね」

 あまり、他人の夢の中に入りたいとは思わない。

 それに、波布さんの夢の中に入るには波布さんの体に触れなければいけないのだという。それは、恥ずかしくてちょっと出来そうもない。


「もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「はい、どうぞ」

 今からする質問が本命だ。今回のことを振り返ってみて、僕はあることに違和感を覚えた。

 そのことを考えている内に、僕は一つの結論に辿り着いた。

 それは、推理や推測というより、ほぼ勘のようなものだった。根拠も何もない。だから、この考えが間違っている可能性は非常に高い。

 僕は、躊躇しながらも波布さんに、ある質問をぶつけてみた。


「波布さんは……どうして、僕が夢の中にいるって分かったの?」


「……」

 波布さんから一瞬、笑顔が消えた。でも、すぐに僕に暖かな視線を向ける。質問の続きを促すように。

 その表情を見た時、僕は自分の考えが間違っていないと直感した。僕は波布さんの暖かな視線に答えるように、自分の考えを述べた。


「もしかして、胡蝶さんに聞いたんじゃないの?僕が夢の中にいるって」


 波布さんは、ほほ笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

「はい、その通りです」


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