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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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おはよう

 大蛇の首の一つが胡蝶さんに噛み付き、地面に叩きつけた。

 普通の人間がそんなことをされれば、全身の骨が折れ、内臓や脳が潰れて、即死するだろう。しかし、地面に叩きつけられた胡蝶さんは何事かったかのように、平然と立ち上がり、再び飛び立とうとする。


「胡蝶さん!」


『僕』は、飛び立とうとする胡蝶さんを強く抱きしめた。

「アマウシ……クン?」

「胡蝶さん、もうやめよう」

 胡蝶さんの耳元で『僕』は囁いた。出来るだけ優しく、出来るだけ、ゆっくりと落ち着いた声で。

『僕』の腕の中で胡蝶さんは、首を左右に振る。

「……イヤ」

「どうして?」

「ダッテ……ヤメタラ、アマウシクン、イッチャウ」

 胡蝶さんの声は、今にも泣きだしそうだった。

「アマウシクン……ムコウニ、イッチャウ……ソシタラ、ワタシ……マタ、ヒトリニ……」

「大丈夫」

『僕』はさらに強く、胡蝶さんを抱きしめた。

「『僕』はどこにも行かない」

 腕の力を緩め、そっと胡蝶さんを離す。そして、正面から胡蝶さんと向かい合った。


「『僕』はずっと此処にいるよ」


『僕』は胡蝶さんの手をそっと握った。

「『僕』は、ずっと此処にいる。胡蝶さんを一人になんかさせない」

 胡蝶さんが息を飲むのが分かった。それは、『僕』の言葉を聞いたからだけではないだろう。

 きっと、胡蝶さんは『僕』の背後の光景を見ている。

 

『僕』の背後では、僕が波布さんを抱きしめているはずだ。


 その光景を見て、『僕』が何をしたのか、何をしようとしているのか、胡蝶さんなら、すぐに分かっただろう。

 胡蝶さんがポツリと漏らす。

「ホントウ?」

「うん」

「本当に?」

「うん」

「本当に……いいの?」

「うん」

 いつの間にか、胡蝶さんは人間の姿に戻っていた。その目から涙がポロポロと零れ落ちる。

「『僕』も胡蝶さんと一緒にいたいから」

『僕』がそう言うと、胡蝶さんは僕を抱きしめた。力強く、しっかりと。

「ありがとう」

 胡蝶さんが耳元で囁く。僕も胡蝶さんを抱きしめ返した。力強く、でも、彼女が痛がらない強さで。


 辺りが光り始める。光はやがて、周囲を覆い始めた。きっと『現実』の僕が目を覚まそうとしているのだろう。

『僕』は後ろを振り返ろうとして……やめた。

 あちらの僕のことは、もう『僕』には関係ない。これから『僕』は此処で胡蝶さんとずっと一緒に生きていくのだから。


                 ***


 大蛇の首の一つが胡蝶さんに噛み付き、地面に叩きつけた。

 普通の人間がそんなことをされれば、全身の骨が折れ、内臓や脳が潰れて、即死するだろう。しかし、地面に叩きつけられた胡蝶さんは何事かったかのように、平然と立ち上がり、再び飛び立とうとする。

 飛び立とうとする胡蝶さんを、大蛇が頭で押し潰そうとしている。


「波布さん!」


 僕は、大蛇を操っている波布さんを抱きしめた。

「雨牛君?」

「波布さん、もうやめよう」

 波布さんの耳元で、僕は囁いた、出来るだけ優しく、出来るだけ、ゆっくりと落ち着いた声で。

 僕の腕の中で波布さんは首を左右に振る。

「……ダメです」

「どうして?」

「先ほども言いましたが、雨牛君の体は三日間も意識不明の状態です。これ以上、長く夢の中にいれば、現実の雨牛君の体がどうなるか……」

「大丈夫」

 僕はさらに強く、波布さんを抱きしめた。

「僕は、帰るよ」

 腕の力を緩め、波布さんをそっと離す。そして、正面から波布さんと向かい合った。

 僕は波布さんの手をそっと握る。

「僕は、帰るよ。波布さんがいる『現実』に」

 波布さんが息を飲むのが分かった。それは、僕の言葉を聞いたからだけではないだろう。

 きっと、波布さんは僕の背後の光景を見ている。

 

 きっと、僕の背後では、『僕』が胡蝶さんを抱きしめているはずだ。


 その光景を見て、僕が何をしたのか、何をしようとしているのか、波布さんなら、すぐに分かっただろう。

「雨牛君、貴方は……」

「うん」

「……そうですか」

「僕は『現実』に帰えるよ……波布さんとも一緒にいたいし」

 僕がそう言うと、波布さんが僕を抱きしめた。とても力強く。

「では、帰りましょう……『現実』へ」

 波布さんが耳元で囁く。僕も波布さんを抱きしめ返した。力強く、でも、彼女が痛がらない強さで。

「うん、帰ろう」


 辺りが光り始める。光はやがて、周囲を覆い始めた。きっと『現実』の僕が目を覚まそうとしているのだろう。

 僕は後ろを振り返ろうとして……やめた。

 あちらの『僕』のことは、もう僕には関係ない。これから僕は波布さんと一緒に『現実』に帰るのだから。


                  ***


 ゆっくりと瞼を開ける。最初に見えたのは天井だった。蛍光灯の光が目に入りまぶしい。

 しばらくすると、体に感触が戻ってきた。それと同時に、自分がどうなっているのか理解した。どうやら僕は病室のベッドで寝ているらしい。

 ふと、手に温かいものを感じた。体は思うように動かなかったけど、何とか首だけを動かす。


 ベッドの傍の椅子に座って眠る波布さんが見えた。

 波布さんは、両手で包むように僕の手を握っている。


「う……ん」

 波布さんはゆっくり目を開けると、僕を見た。目と目が合う。僕は笑って、波布さんに挨拶をした。

「おは……よう……波布……さん」

 うまく口が動かず、言葉が途切れ途切れとなってしまった。それでも、波布さんはニコリと微笑んでくれた。


「おはようございます。雨牛君」


 いつも朝に聞く温かな声で、波布さんは僕に挨拶を返した。

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