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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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争いを止めるもの

「シャー!」

「ウガアアアアア!」


 八つの頭と尾を持つ大蛇と人間のような蝶の争いは、この世のものとは思えないものだった。


 蝶が大蛇の頭の一つを潰す。

 大蛇が蝶の羽をむしる。

 蝶が大蛇の首を刎ねる。

 大蛇が蝶に毒液を掛ける。

 蝶が大蛇の尾を切り飛ばす。

 大蛇が蝶に牙を突き立てる。

 蝶が竜巻を起こし、大蛇を吹き飛ばす。

 大蛇が火を吐き、蝶を燃やす。


 此処は夢の中、だからイメージさえすることが出来れば、なんでも出来る。火を吐くこともできるし、竜巻だって起こせる。

 そして、どんなに傷付いてもすぐに元に戻る。

 頭を切られようが、羽をむしられようが、毒液を吐きかけられようが、竜巻で飛ばされようが、火で焼かれようが、次の瞬間には元に戻る。

『シロちゃん』と違って、あの大蛇は波布さんがイメージして作ったものだ。だから、どんなに傷付いても死ぬことはない。

 それは、胡蝶さんも同じだ。『夢を操る奇妙な生物』と一体化した胡蝶さんも夢の中で死ぬことはない。


 いつ、決着がつくのかも分からない争いが続く。


 二人が傷付け合う光景に耐えられず、僕は何度も叫んだ。

「波布さん、胡蝶さん、やめて!」

 だけど、二人は争うことをやめない。二人とも僕を傷付けることがないようにしている。それでも、争いそのものをやめようとはしない。

 僕は波布さんに詰め寄る。

「波布さん、もう、やめ……」

「それは、できません」

 波布さんはきっぱりと拒否した。

「雨牛君の体は三日間も意識不明の状態です。これ以上、長く夢の中にいれば、現実の雨牛君の体がどうなるか分かりません」

 大蛇の八つの頭が胡蝶さんに噛み付いた。大蛇は頭をそれぞれ、別の方向に胡蝶さんの体を引っ張る。胡蝶さんの体が、八つに引き裂かれた。

 それでも、胡蝶さんの体はたちまち元に戻る。そして、すぐに争いが再開される。

「彼女を排除すれば、雨牛君が悲しむことも、苦しむことも分かっています。しかし……」

 大蛇が鎌首を上げた。大蛇の八つの頭が同時に口を開く。

「私は雨牛君の命を優先します」

 八つの口の中から、炎、雷、氷、毒、岩、蟲、剣、光が飛び出す。大蛇の口から放たれたものに巻かれ、胡蝶さんの体はバラバラになるが、あっという間に元に戻る。

「雨牛君が悲しむとしても、苦しむとしても、私は貴方の命を優先します」

「……波布さん」

 波布さんの意思は固い。僕が何を言っても意見を変えることはないだろう。それを悟った僕は今度は胡蝶さんに呼び掛ける。

「胡蝶さん、やめ……」

「ダイジョウブダヨ」

 胡蝶さんが羽を動かす。数センチの小さな玉が無数に舞った。小さな玉は全て大蛇の体に付く。

 やがて、小さな玉の中から、無数の芋虫が生まれた。

「ワタシハ……マケナイ……ダカラ、マッテテ!」

 小さな芋虫達が、大蛇の体を凄まじい勢いで喰っていく。

 すると、大蛇の体が赤く燃え上がった。大蛇の体を喰っていた無数の芋虫も炎に巻かれ、ボトボトと落ちる。

 芋虫が全て地面に落ちると大蛇を包んでいた炎が消えた。喰い荒らされていた大蛇の体はすっかり元に戻っている。

「ガアアアアアア!」

 胡蝶さんは再び大蛇に襲い掛かり、大蛇もそれを迎え撃つ。

「……胡蝶さん」

 僕は胡蝶さんからも強い意志を感じた。波布さんにも負けない強い意志を。

「……波布さん……胡蝶さん」

 蛇と蝶は争い続ける。その原因は、僕にある。

 僕が此処にいる限り、二人は争い続ける。

(どうすればいい?)

 この不毛な争いを止めるにはどうすればいい?


 僕も波布さんのように、何かを生み出すことができないだろうか?二人を止められる何かを……。

 いや、無理だ。僕に波布さんのような想像力はない。せいぜい思い浮かべることが出来るのは、現実にあるもので、僕が実際に見たことがあるものだろう。

 それじゃあ、あの二人の争いを止められない。


 それなら……僕がいなくなるというのはどうだろうか?僕がいなくなれば二人が争う理由もなくなるのではないか?

(夢の中で死ねば……)

 夢の中の僕が死ねば、現実の僕が目覚める……そんなことはないだろうか?

 死ぬための道具を用意するのは簡単だ。ナイフであれば、僕もイメージすることができる。そして、造りだしたナイフで喉を突けばいい。

 でも、もし違ったら?

 夢の中で死ねば、現実の自分も死ぬ。その可能性だってある。

(いや……ダメだ!)

 夢の中で僕が死に、その結果、現実の僕が目を覚ますとしても、そのまま死んでしまうとしても、それで二人の争いが止まる保証はない。

 現実で僕が目を覚ませば、胡蝶さんは再び僕を夢の中に引きずり込もうとするだろう。そして、波布さんがまた夢の中にやって来て、僕を取り戻そうとする。

 現実の僕が死んでしまえば、その後、波布さんがどんな行動に出るか分からないない。胡蝶さんに復讐しようとするかもしれないし、僕の後を追って最悪、自ら命を絶ってしまうことだってありえる。

(そんなのは……絶対ダメだ!)


 なら、どうすればいい?どうすれば、二人の争いを止められる?


 二人が争う原因は僕だ。僕がいるから、二人は争う。それは間違いない。

 でも、僕がいなくなっても、二人が争いを止める保証はない。

(どうすれば……一体どうすれば)

 僕が原因で二人は争う。僕が原因で二人は争う……僕が原因で?

 そうだ、僕が原因で二人は争うんだ。それなら!


 僕の頭に一つの答えが浮かんだ。


 でも、そんなことが出来るのだろうか?いや、出来るはずだ。

 波布さんは言っていた。「ここは夢の中。イメージすることさえ出来れば、どんなものでも造り出すことが出来るのです」と。

 なら、正しくイメージすることさえ出来れば……造り出すことが出来るはずだ。


 僕はイメージする。波布さんと胡蝶さんの争いを止めるためのものを。


 そして、それは意外な程、あっさり造り出すことが出来た。

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