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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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既に

「胡蝶……さん」

 足から力が抜け、僕は思わず膝をついた。

 目の前で起きたことが信じられなかった。でも、目の前で起きたことは紛れもない事実だった。


 胡蝶さんは……喰われた。


 胡蝶さんを喰った白い大蛇、『シロちゃん』は満足そうに欠伸をしている。

「雨牛君」

 膝をつく僕に波布さんが声を掛ける。僕は生気のない目で波布さんを見た。

「大丈夫ですか?」

「……ッ!」

 その言葉に、僕は激高した。波布さんの胸ぐらを掴み、引き寄せる。

 怒りが全身を支配する。おそらく、この怒りは『胡蝶さんと過ごした記憶』から生まれている。

 胡蝶さんと五年間過ごした記憶が、決して、波布さんを許すなと叫んでいる。

 僕は拳を振り上げた。この拳を彼女の顔に叩きつけたい衝動に駆られる。

「……」

 胸ぐらを掴まれた波布さんは、僕が拳を振り上げても、一切抵抗する様子を見せない。ただ静かに僕を見つめている。その目はまるで宝石のように綺麗だった。

「……くっ!」

 僕は静かに拳を下ろし、波布さんを離した。それから、自分の胸を押さえ、乱れた呼吸を無理やり落ち着かせる。

「……波布さん」

「はい」

「詳しく……話してくれる?」

「はい、もちろんです。ですが……」

 突然、波布さんは僕の手を引き、自分の後ろに回らせた。まるで僕を守るかのように。

「波布さん!?」

「……」

 僕を背後にかばい、波布さんはじっと一点を見つめている。その視線の先には、胡蝶さんを喰った『シロちゃん』がいた。


「グッ、グウウウウ!」


『シロちゃん』の様子が明らかにおかしい。

 さっきまでは満足そうに欠伸なんかをしていたのに、今は、なんだか苦しそうに首を左右に振っている。

 そんな『シロちゃん』を見て、波布さんは呟いた。

「どうやら、まだ終わっていないようです」


「グッグガアアアア!」

『シロちゃん』は口を大きく開ける。そして……。

「オゲエエエエエエエ!」

 何かを勢いよく吐き出した。

 『シロちゃん』に吐き出されたそれは“それ”は地面に叩きつけられると、数回バウンドして止まった。唾液か、胃液か……“それ”は液体にまみれている。

 地面に転がった“それ”は、ゆっくりとした動作で立ち上がった。


“それ”の姿は、まるで蝶と人間を混ぜたような形をしていた。


 手足が二本ずつあり、人間のように二本の足で直立している。

 しかし、顔は人間とはまるで違っていた。目は巨大な複眼となっており、口はストロー状の管になっている。そして、頭には二本の触覚が生えていた。

 さらに、背中には巨大な羽が生えている。


 バサッと“それ”は巨大な羽を広げた。

 広げられた羽は、まさに蝶の羽だった。羽には綺麗な模様が全体に描かれており、美しく輝いている。

 そして、綺麗な模様の中には、目を閉じた人の顔も描かれていた。


「胡蝶さん」

 羽に描かれた人の顔を見て、僕は思わず呟いた。蝶の羽に描かれた人の顔。それは、まさに胡蝶さんの顔だった。

 羽に描かれた胡蝶さんの顔は閉じていた目を見開いた。目がギョロリと動き、僕を見る。

『アマウシクン』

 羽に描かれた胡蝶さんの顔は、確かに彼女の声で僕の名を呼んだ。

「胡蝶……さん」

 僕は無意識に“それ”に近づこうとした。フラリとした足取りで、一歩前に出る。

 そんな僕を波布さんが制した。

「行ってはダメです」

 胡蝶さんは前を向いたまま、はっきりした口調で僕を止めた。


「シャー!」


『シロちゃん』が大きく口を開け、“それ”に襲い掛かった。だけど、“それ”は空中に舞いあがり、『シロちゃん』の攻撃をヒラリと躱した。

 上空に舞い上がった“それ”は羽を大きく動かす。すると、無数の針が羽から飛び出した。飛び出した針が『シロちゃん』の鱗に何本も突き刺さる。

「シャガアアア!」

 無数の針を撃ち込まれた『シロちゃん』は悲鳴を上げながら、地面を転がる。しかし、突き刺さった無数の針は抜けない。

「グッガ……ガッ」

 やがて『シロちゃん』は、そのまま動かなくなった。


『蝶のような生物』を相手に『シロちゃん』はあっさりと負けた。


「波布さん……『シロちゃん』が!」

「……」

 混乱する僕とは対照的に、波布さんは極めて冷静に動かなくなった『シロちゃん』に近寄ると、その体にそっと触れた。すると、まるで波布さんの手の中に吸い込まれるかのようにして、『シロちゃん』は消えた。

 突き刺さっていた無数の針は地面に落ちた後、霧のように消えた。

「なるほど、やはり『夢の中』では貴方の方が有利……ということですか」

 波布さんは納得するように頷く。僕は波布さんに、小声で話し掛けた。

「な、波布さん。アレは一体……何?」

「アレは、彼女の中にいた『奇妙な生物』です。いえ、正確には『彼女と彼女の中にいた奇妙な生物が混じり合ったもの』です」

 波布さんの言葉に、僕は目を大きく見開いた。

「ど、どういうこと?それなら、胡蝶さんは……?」

「彼女は最早、『人間』ではありません。『奇妙な生物』そのものです」

 あまりのことに頭が追い付かない。混乱しながら、僕は再び波布さんに尋ねる。

「なんで?どうして、そんなことに……?」

 僕の問いに、波布さんはあっさりと答えた。


「『現実』の彼女が死んだからです」


「……死んだ?」

「はい」

『奇妙な生物』と混じり合ったという胡蝶さんから視線を逸らすことなく、波布さんは、はっきりと言った。

「『現実』の彼女は、既に死んでいます」

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