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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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二つの記憶

『バタフライ効果』

 最初は小さな出来事が、やがて大きな事象を引き起こす要因となること。


 この世界はあらゆるものが互いに干渉し合っている。全く関係ないと思われていた二つの事柄が、実は鎖のように繋がっていたとことも珍しいことではない。


『蝶一匹の羽ばたきが起こした極々、小さな気流の乱れが、地球の裏側で竜巻を引き起こす要因となっていた』

 という可能性もゼロではないのだ。


 小さな蝶の羽ばたきすらも、後の世界に影響を及ぼす可能性がある。ゆえに、完全なる予測というのは不可能に近い。正確に未来を予測しようとすれば、小さな蝶一匹の羽ばたきすらもデータに入れて計算しなければならないからだ。


 もし、正確に未来を予測することが出来る存在がいるとすれば、それはこの世界にいる蝶、一匹一匹の羽ばたきすらも把握できる『全知者』に他ならない。


                  ***

「あ、あがっ」

 二つの記憶が反発する。

『波布さんといた記憶』と『波布さんがおらず、胡蝶さんといた記憶』が僕の頭の中で反発し合っている。

「ああああああああああ!」

 頭が痛い。頭蓋骨が割れるような痛みが僕を襲う。


 波布さんといた記憶が言う『胡蝶さんといた記憶は偽物だと』

 胡蝶さんといた記憶が言う『波布さんといた記憶は偽物だと』


 二つの記憶が互いを否定し合っている。

「うぐっううう」

 頭を押さえ、倒れた僕は地面をのた打ち回る。頭が破裂しそうだ。

 このままでは、死んでしまう。


「大丈夫です」

 地面をのたうつ僕の体に、暖かな手が触れた。

「大丈夫です、雨牛君。大丈夫」

 慈愛にあふれる声が耳に届く。

「ゆっくり深呼吸してください。ゆっくり、ゆっくり……」

 僕は声の言う通り、深呼吸をした。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。

 頭痛は次第に消えていった。それから、しばらく深呼吸を続けると頭痛はすっかり消えてしまった。

「立てますか?」

 下から見上げると、波布さんが僕に優しく手を差し出していた。僕はその手を取り、立ち上がる。

「……ありがとう」

「いいえ」

 波布さんは聖母のようにニコリとほほ笑み、こう言った。


「こんにちは、雨牛君。『三日』ぶりですね」


 波布さんの言葉に僕は大きく目を見開いた。

「……三日?」

「はい、雨牛君。『私の時間』では貴方と言葉を交わすのは三日ぶりです」

 ズキンとまた頭が痛んだ。


 どうして、僕は波布さんの記憶をなくしていたのか?

 どうして、僕は胡蝶さんと交際しているのか?

 どうして、病気で入院しているはずの胡蝶さんが元気でいるのか?

 どうして、『波布さんと過ごした記憶』と『胡蝶さんと過ごした記憶』という二つの記憶が僕の中にあるのか?

 波布さんはどこまで知っているのだろうか?

 聞きたいことは山ほどある。僕は波布さんに尋ねようと口を開きかけた。


「うぐっ」

 その時、悲痛なうめき声が聞こえた。僕はハッとなる。

「胡蝶さん!」

 胡蝶さんは『白い大蛇』に縛られたままだ。

 知りたいことは山ほどある。でも今は、白い大蛇……『シロちゃん』から胡蝶さんを助けるのが先だ!

「波布さん、『シロちゃん』を……」

 止めて、と言いかけて思い出した。

 波布さんは、『シロちゃん』を操ることはできないのだった。波布さんが言うには、『シロちゃん』は『奇妙な生物』を喰うことしかせず、波布さんの命令を聞くことはしない。

 波布さんが、『シロちゃん』を操れないのなら、波布さんに“『シロちゃん』を止めて!”と言っても無駄だ。波布さんにも『シロちゃん』は止められないのだから。

 胡蝶さんを助けるには、直接『シロちゃん』を胡蝶さんから、引き剥がすしかない。

「待ってて、胡蝶さん。今……」

 僕は胡蝶さんに駆け寄ろうとした。でも、走り出そうとした僕の手を波布さんが掴む。

「波布さん!?」

「行ってはダメです」

 波布さんは、さらに強く僕の手を掴む。

「波布さん、放して!」

「ダメです」

「どうして!?このままじゃ……」

『シロちゃん』に縛られている胡蝶さんは、ぐったりとして動かなくなっていた。呻き声を出す力さえ、もう残っていないようだ。

『シロちゃん』は動かなくなった胡蝶さんの頭に口を寄せる。そして、胡蝶さんを頭から飲み込み始めた。

「やめろ!」

 僕は大声で叫ぶ。だけど、『シロちゃん』は僕の言葉を無視して、胡蝶さんを飲み込み続ける。

「波布さん、放して!胡蝶さんが!胡蝶さんが……」

 僕は波布さんの手を振りほどこうとする。でも、どんなに振りほどこうとしても、波布さんは僕の手を離さない。

「行ってはダメです」 

 どうして、波布さんは僕を行かせてくれないのか?まさか、波布さんは……。


 胡蝶さんを殺そうとしている?


(まさか……そんな)

 背中に冷たいものが走った。波布さんが何を考えているのか分からない。

 そうしている間にも、『シロちゃん』は胡蝶さんを飲み込んでゆく。胡蝶さんの体はもう半分ほど『シロちゃん』に飲み込まれていた。

「波布さん、お願いだから離して!」

「ダメです」

「どうして!?」

「彼女は、此処で排除します」

「は……排除?」

 波布さんの声は普段と変わらない。そのことがとても恐ろしかった。

「なんで……どうして?」

 波布さんとの付き合いは、長いとは言えない。でも、波布さんは決して、進んで人を傷つけようとする人間ではない……はずだ。

 何故、波布さんは胡蝶さんを殺そうとするのか?

「どうして……どうして胡蝶さんを!」

 僕は思わず叫んだ。僕の叫び声を聞いて、波布さんは驚くことも、怖がることも、怒ることもしなかった。ただ、いつも通りの声で、いつも通りに答えた。


「此処で彼女を排除しなければ、雨牛君の命が危ないかもしれないからです」


「えっ?」

 波布さんの言葉に僕は息を飲んだ。波布さんゆっくりとした口調で話を続ける。おそらく、僕を混乱させないために。

「雨牛君、『現実』の貴方は今、意識不明で入院しています」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。現実の……僕?

「はい」

 波布さんは首を縦に振る。

「私たちが今いるこの場所。ここは『現実』ではありません。ここは『夢の中』なのです」

 波布さんは、胡蝶さんを静かに指差した。全身のほとんどを『シロちゃん』に飲まれ、胡蝶さんの体はもう足先しか見えていない。


「ここは彼女の『夢の中』です。彼女は、雨牛君を引きずり込んだのです。『自分の夢の中』に」


 波布さんがそう言い終えるのと、ほぼ同じタイミングで『シロちゃん』は胡蝶さんの全身を丸呑みにした。

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