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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第二章 胡蝶の夢
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番外編 四月一日

「波布さん」

「何でしょう、雨牛君?」

 世界一素敵な雨牛君が私に話し掛けてくる。おそらく、今、世界中で一番幸せなのは私だろう。

 その雨牛君が私の肩に両手を置き、私の目を真っ直ぐ見つめる。おそらく、今、宇宙で一番幸せなのは私だろう。

「好きだ。付き合って欲しい」

「喜んで」

 私は即答した。悩む理由など全くない。

 もし、多元宇宙論が正しいのだとしたら、今、どの宇宙の、どの生命体の中でも一番幸せなのは私だ。

「私も貴方が大好きです」

「うん、僕もだ」

「愛しています」

「うん、僕も愛しているよ」

 雨牛君と私はしっかりと抱き合った。幸せのエネルギーでビッグバンが起きそうだ。今、新しい宇宙を作れと言われたら出来そうな気がする。

「……波布さん」

「……雨牛君」

 雨牛君が目を閉じて、私に顔を寄せてくる。私も静かに目を閉じた。今なら、宇宙以上の何かを作れそうな気が……。



「姉さん、起きてください」

 体を揺すられ、目を開ける。目を開けて飛び込んできたのは、いとしい雨牛君の顔ではなく、妹の顔だった。

 私は無言で、妹の頭に手刀を叩きこむ。

「理不尽」

 妹はそう言って、額を擦る。

「何をするのですか」

「何故、邪魔をしたのですか?あと少しだったのに」

「珍しく、姉さんが起きなかったので起こしに来たんです」

 妹が指差した目覚まし時計を見る。確かに、いつもなら起きている時間を過ぎていた。

「早く起きないと、学校に遅刻しますよ」

「学校よりも大事な物があります。私はもう一度先程の夢を見るために、寝ることにします。おやすみなさい」

「理解不能。起きてください、姉さん」

 妹が私を揺する。でも、私は何を言われても何をされても起きる気などサラサラない。意識が遠くなり、眠りに入ろうとする。その時、妹が言った。

「学校に行かないと、姉さんの想い人に会えませんよ」

 その瞬間、私は目をカッと開き、ベッドから飛び降りた。そうだ、寝ている場合などではない。

「何故、早く言わないのですか」

 私はもう一度、妹の頭に手刀を叩きこんだ。

「理不尽」

 痛がる妹の目の前で私は着替え始める。


 不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚、不覚。

 

 現実の雨牛君よりも夢の中の虚像の雨牛君を優先してしまうとは、一生の不覚だ。おそらく、今、どの宇宙の、どの生命体の中でも一番愚かなのは、この私だ。

 急いで着替え終わった私は、部屋を出ようとする。でも、その前に妹に言っておかなければならないことがあった。

「そう言えば」

 私は妹の目を見る。

「なんですか?姉さん」

 首を少し傾け、不思議そうにする妹に私は言った。


「貴方は誰ですか?」


「……」

「私に妹はいません。私の家族は父と母だけです。この家には私を含め、三人の人間しか住んでいません」

「……」

「貴方は誰ですか?」

「……」

『妹』は何も言わない。私は、フウと息を吐いた。

「もう朝食を食べましたか?」

「……いいえ、まだ食べていません」

『妹』が答える。

「そうですか、では、一緒に食べましょう」

 私は妹に手を差し出す。妹は私の手をしっかり握った。私が歩き出すと妹は私と一緒に歩き出す。


 この子が誰だろうと、今はどうでも良い。

 それよりも、このままでは、いつもより学校に着くのが遅れてしまう。そうなれば、必然、雨牛君と過ごす時間が数秒も減ってしまうことになる。

 今は、見知らぬ妹よりも、そのことの方が重大だ。


 それに、今日は四月一日。嘘を付いても許される日だ。


 ならば、私も嘘を許そう。

 私は妹と朝食をとるためにリビングへと向かった。


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