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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第一章
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過去

 奏人の性別を一目で判断することは難しい。

 顔は中性的で一見すると男性の様にも女性のようにも見える。声は男性にしては高く、女性にしては低い。背は男性にしては少し低く、女性としては少し高い。外見と声だけでは、奏人の性別を判断することは難しい。


 結論を言えば、奏人は『女性』だ。でも、もし奏人の性別が『男』か『女』のどちらかと聞かれたら、僕は『男』だと答える。


 二年前のある日のこと、教室で昼食をとっていた僕は偶然、屋上に一人の少女がいるのを見付けた。屋上にいた少女はフェンスを乗り越えようとしている。

「くっ!」

 僕は急いで屋上に向かった。屋上のドアに手を掛ける。普段は鍵が掛かっている屋上だったが、その日は何故か開いていた。おそらく少女が職員室からカギを盗み、開けたのだろう。

 ドアを開けると僕は、少女の元へと走った。

「何してるんだ、危ないだろ!?」

 僕はフェンスの向こう側にいる少女に向かって叫んだ。少女の体がビクッとなったのが分かった。僕は一歩、少女に近づく。

「来るな!」

 僕が近づくと、少女は大きく叫んだ。僕はその場に止まる。刺激しない方がいいと判断したからだ。僕はなるべく、優しい声で少女に話し掛けた。

「そこは、危ないよ。さぁ、こっちに……」

「嫌だ!」

 少女は首を激しく左右に振り、拒んだ。僕は自分のミスを後悔する。とにかく、少女の自殺を止めなければと屋上まで来たが、まずは教師に報告するべきだった。

 初対面の僕よりも、彼女を知っている担任に説得してもらうべきだった。だけどもう遅い。もし、今ここで僕がいなくなってしまえば、彼女はその隙に飛び降りてしまうかもしれない。

 もう、僕が少女を説得するしかなかった。

「一体、どうしたの?」

 僕は彼女を刺激しないように、ゆっくりと話す。

「何か……悩みがあるんなら聞かせて?」

 少女はキッと僕を睨んだ。

「……お前、お前なんかに……私の気持ちが分かるもんか!」

 少女は叫んだ。大粒の涙を流しながら。

「誰も、私を理解してくれない。誰も、誰も、誰も……」

 少女の嗚咽が耳に届く。

「どうして?」

 僕はニコリと彼女に微笑みかけた。

「どうして、そう思うの?」

「……」

「良かったら聞かせて?」

「……」

 少女は暫く黙っていたが、やがて、ポツポツと話し始めた。

「わた……私は……ひ、人とは違う……私は……私は……」

 少女の目から、さらに大粒の涙が零れ落ちる。

「人と違う?何が?」

「……」

 僕の質問に少女は何も答えなかった。よっぽど言いたくないことなのだろう。ならば、無理に聞く必要はない。

「ごめん、言いたくないなら、言わなくていいよ」

 彼女は顔を上げた。そして、じっと僕を見る。

「僕は君に何があったのかは分からない。でも、君が辛い目に遭ってきたことだけは分かるよ」

 死ぬのは誰だって嫌だ。死ぬことが怖くない人間など、ほとんどいないだろう。でも、彼女は死のうとしている。それは『死んだ方がマシ』と思える程、辛い目に遭ったということだ。

 一歩だけ、僕は彼女に近づいた。今度は「来るな」とは言われなかった。


「僕の名前は『雨牛梅雨』……君の名前は?」

「……『奏人』……『奏人明美』」

 奏人明美は、弱々しい声で呟く様に自分の名前を言った。

「奏人さん、君の辛さは僕には分からない。だから……」

 僕はニコリと笑う。


「僕と友達になろう」


「え?」

 僕の提案が意外だったのだろう。奏人は、大きく目を見開いた。

「もしかしたら、僕には君の悩みが一生分からないかもしれない。もしかしたら、僕は君の悩みを一生解決することは出来ないかもしれない。でも……」

 僕はさらに奏人に近づく。

「でも、君の悩みを軽くすることは出来るかもしれない。『死んだ方がマシ』じゃなくて、『死ぬよりはマシ』と思わせられるかもしれない」

 奏人はすぐそこだ。フェンスがなければ手が届く距離に奏人はいる。

「だから、僕と友達になってください」

 僕はフェンスを掴む。奏人は暫く迷った後、フェンスの向こうから僕の手にそっと触れた。そして、とても小さな声で「はい」と言った。


 こうして、僕と奏人は友達になった。


 奏人は陸上部に所属しており、短距離走の県大会では準優勝する程の俊足の持ち主だった。そして、奏人はよくモテた。中性的な外見も相まって男女両方に人気があった。ラブレターやバレンタインデーのチョコレートなどはいくつ貰ったのか分からないと言っていたのをよく覚えている。


 奏人は自殺する程何を悩んでいたのか?

 友人となった後も、教えてはくれなかったが、僕はそれでいいと思っていた。でも一年経った頃、奏人は僕に自分の悩みを打ち明けてくれた。


 奏人は自分の『体』と自分の感じる『性別』がズレていると言った。


 奏人は幼い時から、そのことを悩んでいた。

「親や友達には言ったの?」と聞くと、奏人は「言った。でも友人は誰も分かってくれなかったし、親は『そんなこと二度と言うな!』って怒鳴った」と答えた。

 奏人の告白に多少驚いた。でも性別が何だろうと、そんなことは関係ない。奏人は奏人だ。


「君はキミだよ」


 僕は自分の考えをそのまま奏人に伝えた。奏人はとても驚いた後、泣き出してしまった。

「どうしたの?大丈夫?」

 奏人を傷付けることを言ってしまったのかと僕は思いっきり、狼狽する。

「いや……」

 奏人は涙を拭うと、顔を上げた。

「ありがとう」

 そう言って、奏人はニコリと微笑んだ。


 その日以来、僕は奏人のことを『男』だと思うようにした。男友達と接するように奏人と接し、男友達とするような会話を奏人とした。奏人がそれを望んでいると思ったからだ。


「だから、奏人が僕のことを好きになるはずはないんだ」


 体は『女性』でも、奏人は『男』だ。だから、波布さんが言う様に奏人が僕のことを好きになるはずがない。


「……雨牛君」

 波布さんは、どこか申し訳なさそうな口調で僕の名前を呼んだ。

「雨牛君は、勘違いをしています」



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