男だから
「はい、はい……分かりました。では」
波布さんは電話を切るとポケットの中に携帯をしまった。
「警察はすぐに来るそうです」
「分かった」
僕は波布さんを見ずに答える。僕達は、近くの公園に移動すると奏人をベンチに座らせた。捕まえていた時は暴れていた奏人だったが、今は大人しくしている。
「何で……」
俯いていた奏人がボソリと呟いた。
「どうして、アマが此処に……」
「貴方が私達の後を付けていたのは分かっていました」
僕の代わりに波布さんが答える。
「雨牛君にはいったん帰った振りをしてもらい、私の後を付ける貴方を尾行してもらいました」
一時的に、波布さんから離れた後、僕は急いで彼女の元に戻った。すると、波布さんの予想通り、奏人が波布さんの後を付けているのが見えたので、僕は気付かれないように波布さんの後を付ける奏人を尾行した。つまり、二重尾行だ。
話は数日前に遡る。
「鰐淵先輩を襲ったのは、奏人明美さんだと私は思っています」
「そう……波布さんは、あいつを疑っているんだね?」
「はい、雨牛君と同じく」
やはり、波布さんには僕の考えがお見通しの様だ。
「じゃあ、やっぱりあいつが……」
「はい」
波布さんは、真っ直ぐ僕を見る。
「私は、彼女が鰐淵先輩を襲ったのだと考えています」
波布さんはきっぱりと言った。
「どうして鰐淵先輩を襲ったのが奏人だと思ったの?」
答え合わせをするように、僕は波布さんに尋ねる。
「奏人明美さんが波布先輩を襲ったと思う理由は『視線』です」
波布さんが奏人を疑った理由は、僕が奏人を疑った理由と同じものだった。
僕が学校に飛ばされる前、波布さんの体の中から『シロちゃん』が出てきた時のことだ。まず、『シロちゃん』が見える僕と波布さんは突然、出てきた『シロちゃん』を見た。
次に、鰐淵先輩と栗鼠山が『シロちゃん』を見た。見たというか、僕と波布さんの視線を追ったのだけだろうけど。
そして、奏人は最後まで僕達が『何か』を見ていることに気付かなかった。少なくとも、あの時は、そう見えた。何故なら、奏人は僕と波布さんが見ている方に視線を向けなかったからだ。
でもよく考えてみれば、それは少しおかしい。
人間は他の人間が何かを見ていたら、思わず同じ方向を見てしまうものだ。例え『シロちゃん』のことが見えなかったとしても、鰐淵先輩や栗鼠山のように、僕と波布さんが見ている方を見てしまうのではないだろうか?
『シロちゃん』が現れた時、僕達は動きを止め、全員が同じ方向を見ていた。一人や二人ならまだしも四人が動きを止め、同じ方向を見ていのに奏人だけそちらの方を見ないというのは、不自然だ。
「彼女はおそらく『シロちゃん』が見えていました。しかし『シロちゃん』が見えていると私達に気付かれては、まずいと思ったのでしょう。意図的に視線を外していたのです」
でも、その反応は過剰過ぎた。波布さんだけではなく、僕でもおかしいと思う程、奏人の反応は不自然だった。
「でも、どうして奏人が先輩を……」
僕は頭を手で押さえる。奏人が先輩を『白い大蛇』に襲わせた犯人だとした場合、動機は一体何なのだろう?頭を捻らせたが、思いつかなかった。
「動機なら簡単ですよ」
波布さんの思わぬ言葉に僕は目を見開く。
「えっ?波布さん分かるの?」
「はい」
奏人とは二年程の付き合いになる。奏人は優しく善人だ。その奏人が先輩を傷付ける理由が、僕には全く分からない。
それを奏人と全く会話していない波布さんが思いつくなんて。
「なんで、なんで奏人は先輩を?」
「それは……」
波布さんは人差し指を自分の唇に当てた。
「まだ、秘密です」
「罠……だったのか」
奏人がポツリと呟いた。
「そうです」
「じゃ……じゃあ、もしかして、あの交際宣言も……」
「はい、そうです。あれも罠です。貴方が私を狙う様に仕向けました」
「……くそ」
奏人はガックリと項垂れる。
「どうしてだ?奏人」
「何がだ?」
「どうして、鰐淵先輩を襲った?どうして、波布さんを殺そうとした?」
質問する僕を奏人は不思議そうな目で見た。
「どうしてって……気付いてるんじゃないのか?嘘の交際宣言までしたんだから」
奏人は、僕から波布さんに視線を移す。
「雨牛君は貴方が、鰐淵先輩と私を狙った理由を知りません」
波布さんの言葉を聞いた奏人が少し驚いた表情になる。
「どうして?」
「雨牛君は優しいですから、貴方の動機を聞けば動きが鈍る可能性がありました。貴方が雨牛君を傷付ける可能性は極端に低いですが、それでも捕まえる際、貴方が抵抗して雨牛君を傷付ける可能性はゼロではありませんでした。ですから、貴方を捕まえ、貴方が犯人だと確定するまで、雨牛君には貴方の動機を秘密にしていました」
「なるほど……じゃあ、あんたは分かっているんだ?」
「はい」
「そうか……まぁ、考えてみれば、アマがあんたを囮に使う何てこと考える訳ないもんな。嘘の交際宣言も自分を囮に使うことも、あんたが考えたんだろ?」
「はい」
波布さんはコクリと頷く。波布さんが、自分を囮に使うと言い出した時、僕は勿論反対した。でも彼女が『他に奏人さんに罪を償わせる方法はない』と言うので、僕はしぶしぶ賛成したのだ。
「奏人、どうしてだ?なんで、こんなことを?」
僕は奏人の顔をじっと覗き込む。だが、奏人は僕から視線を外すと、黙り込んでしまった。僕は諦め、波布さんに尋ねる。
「波布さん、教えて。どうして、奏人は君や先輩を襲ったの?」
何度聞いても、波布さんは『終わったら話します』と言うだけで、なにも教えてくれなかった。でも、先輩を襲ったのが奏人だと確定した今なら、教えてくれるはずだ。
「分かりました。答えましょう。奏人さんは……」
波布さんはチラリと奏人を見る。奏人は僕達から視線を逸らしたままだ
「奏人さんは雨牛君のことが好きだったのです」
「……」
波布さんの言葉に僕は直ぐに反応することが出来なかった。好き?奏人が僕のことを?そんなはず……ない。僕は奏人を見る。だけど、顔を背けている奏人の表情がどんなものなのか、僕には分からなかった。
「それは違うよ、波布さん。奏人が僕のことを好きになるはずがない」
「どうしてですか?」
波布さんは、不思議そうに首を傾げる。
「だって、奏人は……『男』なんだから」




