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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第一章
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どうして

「雨牛君」

「……何?波布さん」

「呼んでみただけです」

「そ、そう」


 交際宣言をしてからというもの、僕と波布さんは堂々とイチャつくようになった。

 毎日腕を組みながら登校し、下校時も待ち合わせて一緒に帰る。授業と授業の合間の時間でさえ、出来る限り会う様にしていた。

 そして、昼休みには当然、一緒に弁当を食べる。

「今日はハンバーグを作ってきました」

 波布さんは弁当箱の蓋を開けると、美味しそうなハンバーグを見せてきた。

「雨牛君、ハンバーグ好きですよね?」

「うん……まぁね」

「では、一口どうぞ」

 波布さんは箸でハンバーグを一口サイズに切ると、それを僕に差し出してきた。ちなみに、僕は一度も波布さんにハンバーグが好きだと言った覚えはない。

「はい、あーん」

「あ、う、うん」

 差し出されたハンバーグを僕はパクリと頬張る。濃厚な味が口の中に広がった。

「おいしい」

 ハンバーグを口に入れた瞬間、自然と言葉が漏れていた。それを聞いた波布さんは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」

「えっ?どうして波布さんが礼を言うの?礼を言うのは僕の方……」

「雨牛君に『おいしい』と言ってもらえて、私はとても幸せになりました。ですから、お礼を言ったのです」

 微笑む波布さんの顔は赤い。それを見ていると、なんだかこちらまで顔が熱くなってきた。

「じゃ、じゃあこれ、お返し」

 僕は誤魔化す様に、唐揚げを箸でつまむ。そのまま、波布さんの弁当箱に置こうとした……のだが。

「あーん」

「ええっ?」

「あーん」

 波布さんは親鳥に餌をねだる雛鳥のように口を大きく開けたままの状態で静止している。僕が何もしなければきっと、ずっとこのままでいるに違いない。僕は仕方なく波布さんの口の中に唐揚げを入れた。

「モグモグ」

 波布さんは唐揚げを何度か咀嚼して、ゴクンと飲み込んだ。

「おいしいです」

「それは良かった」

「雨牛君のお母様は料理上手ですね」

「……まぁね」

 僕は弁当に入っているニンジンを箸で掴むと口の中に入れた。波布さんがクスリと笑う。

「間接キスですね」

「うぐっ!」

 波布さんの言葉に動揺した僕は思いっきりむせた。波布さんは僕の背中を優しくさする。

「では、私も」

 波布さんは僕にハンバーグを食べさせた箸で、弁当を食べ始めた。


 

 放課後、部活を終えた僕と波布さんは腕を組んで一緒に帰る。

「ところで雨牛君、部活動はどうですか?」

「どうって?」

「鰐淵先輩がいなくなってしまって、何か支障があるのではないかと思いまして」

「ああ……」

 僕は、部活について言うべきかどうか少し迷った。でも、心配そうに僕を見つめる波布さんを見ていたら、自然と口から言葉が漏れていた。

「もしかしたら部活、なくなるかもしれない」

 僕の言葉を聞いた波布さんは少しだけ、目を見開いた。

「そうなのですか?」

「うん」

 元々、生物部は部員の少なさから、廃部の危機に陥ったことが何度もある。その度に先輩が尽力してくれ、なんとか廃部の危機は免れていた。

 でも鰐淵先輩が入院したことによって、生物部の部員は僕一人だけとなった。先輩はいつ戻ってこられるのか分からない。たった一人だけしかいない部活など、部としては認められない……ということを生徒会の人間に言われた。

「なんとか、廃部だけは避けたくて部員を募集しているんだけど……中々入ってくれる人がいなくて……」

 このままでは、生物部の廃部はほぼ確定だろう。でも、それも仕方がないのかもしてない。鰐淵先輩もいない今、僕だけで部活を続けていても意味がないようにも思える。もしかしたら、ここら辺が潮時なのかもしれない。

 そう思っていると波布さんがポツリと呟いた。

「分かりました。私が何とかします」

「……え?何とかって?」

「雨牛君は何もしなくていいです。後は私にお任せください」

 波布さんは力強い言葉を聞いて、僕は少し笑顔になった。

「分かった。ありがとう」

 僕は波布さんに礼を言う。だけど、正直あまり期待はしていなかった。波布さんの能力の高さは当然理解している。でも、こればかりは無理だろうと思ったからだ。


「今日は、此処まででいいです」

 交際宣言をした日から、僕は毎日波布さんを家まで送っていた。でも、この日は彼女の家から少し離れた場所で別れることになった。

「では、また明日」

「うん、お休みなさい」

 歩き出した僕だが、急に動けなくなる。振り返ると波布さんが僕の上着の裾を軽く握っていた。

 波布さんは目を瞑り、軽く顎を突き出している。僕はポリポリと頬を掻くと波布さんに軽くキスをした。ただし、口にではなく頬にだ。

「じゃ、じゃあ、お休み!」

 僕は顔を真っ赤にしながら、その場を離れた。

 


(やった!)

 私は心の中で大きく叫んだ。やっと、あの女が一人になってくれた。私は、あの女に気付かれないように慎重に後を付ける。アマがあの女と交際宣言をしてから私は、毎日あの女を尾行していた。

 でこ、あの女は中々、一人にならなかった。学校では常に誰かと一緒にいて、下校する時はいつもアマと一緒にいた。あの女に手を出せず、もどかしく思っていたがようやくあの女に手を下すことが出来る。

 その女は大通りを抜け、狭い脇道に入った。チャンスだ!此処は人が滅多に通らないし、監視カメラもない。前に、友人に教えてもらった。

 私は頭に覆面を被り、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出すと、あの女に向かって走り出した。

(待っていて、アマ。今、私が解放してあげるからね!)

 走り出した私の足音に気付いたのか、蛇女が振り返る。でも、もう遅い!蛇女との距離はあと少しだ。最初は背中に突き刺してやろうと思ったが、こうなれば腹でも構わない。

(死ね!)

 私はナイフを構えたまま、蛇女に向かって突進した。


「げっはっ!」


 腹に衝撃を受けたのは蛇女ではなく、私の方だった。腹に強い衝撃を受けた私は、ナイフを落として、そのまま後ろに倒れた。息が出来ない。

「がっ、はっ、はっ、はっ」

 必死に呼吸を整えながら私は、蛇女を見る。蛇女は片足で立っていた。もう一方の足は空中で静止している。私はあの女に強烈な蹴りを喰らったのだ。


 失敗した!

 

 私はゆっくりと立ち上がった。腹に激痛が走り、体全体が痺れる。

(どうする?逃げるか?)

 覆面を被っているので、顔は見られていない。今は、逃げてまたチャンスを待てば……いや、出来ない。次、いつチャンスが来るか分からない。その間、この女はアマと付き合い続ける。その手でアマに触れ、その唇をアマの唇に……。


 嫌だ!これ以上、そんな光景を見るのは耐えられない。


 私は、落としたナイフを拾い蛇女に向けた。決意を固めると、不思議なことに腹の痛みが消えた。極度に集中すると、人は痛みを忘れるということを友人に聞いたことがある。きっとそれだろう。

 私はナイフを強く握り、蛇女に向かう。蛇女は、スッと構えた。空手?拳法?ボクシング?詳しくはないが、間違いない。この女は何かの格闘技をしている。そう考えると、さっきの蹴りの威力にも説明が付く。

 でも、だからどうした!この女がどんな格闘技をしていようとも、私のアマへの愛の方が上回っている!私は、ナイフを蛇女に振るった。


 だけど、突然腕が動かなくなった。慌てて動かなくなった腕を見る。私は腕を強く掴まれていた。


(ア……マ)

 私の腕を掴んでいたのは、アマだった。どうして、なんで此処に?帰ったはずじゃ?

「波布さん、大丈夫!?」

「ええ……なんとか、大丈夫です」

 混乱する私を無視して、アマは蛇女を心配する。蛇女はフッと息を吐いた。

「ありがとうございます雨牛君。危ない所でした」

 どこがだ?私は心の中で叫ぶ。蹴りを喰らう直前、確かに私は見た。この女の顔には怯えも混乱もなかった。全く危ないと思っていなかった。

「本当に大丈夫?どこか怪我したんじゃ?」

「いいえ、大丈夫です。ただ……少し」

 蛇女は涙を拭う動作をした。

「怖かっただけです」

「……波布さん」

 アマが蛇女をじっと見る。その目は大きく見開かれていた。『波布さんにもこんな一面があるのか』とでも思っているのだろうか?


 ふざけるな!お前は怖いなんて、これっぽっちも思ってなかっただろ!


(騙されないで、アマ!)

 そう思うが、口にすることは出来ない。声を聞かれてしまう。

(うううっ、くっ)

 私は何とかアマの手から逃れようとする。でも、逃げられない。アマの両腕が私の腕をガッチリとロックしている。

 ビシッと手に衝撃が走った。蛇女がナイフを私の手から払ったのだ。私の手からナイフを落とした蛇女は、ゆっくりと私の顔に手を伸ばした。

 覆面を取る気だ!

(やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!)

 私は顔を左右に振る。しかし、無駄な抵抗だった。


 蛇女は覆面に手を掛けると、勢いよく私の顔からはぎ取った。


「イヤッ!」

 私は顔を背けた。蛇女は私の顔を両手でつかむと、無理やり前に向かせた。私の顔をアマと蛇女が凝視する。

 蛇女の表情は変わらない。相変わらず冷たい眼で私を見ている。アマは目を見開いて驚いた後、哀しい表情となった。

「どうして……」

 アマがポツリと漏らす。哀しい表情がさらに崩れた。

「なんで、こんなことを……」

 そして、アマは私の名前を叫んだ。


「奏人!!」


 アマに名前を言われた私は、ガックリと項垂れた。

「やはり、貴方だったのですね」

 今度は耳障りな声で、蛇女が私の名前を言った。


「奏人明美さん?」


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