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蛇はどこまでも追いかけてくる  作者: カエル
第一章
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救い

『君はキミだよ』

 彼はそう言ってくれた。


 私には悩みがある。子供の頃からずっと悩んでいたが、誰にも言い出せずにいた。ある時、私は思い切って自分の悩みを打ち明けることにした。

 でも、友人はまともに取り合ってくれず、両親はゴキブリを見るような目を私に向けると『二度とそんな事を言うな!』と怒鳴った。

 それ以来、私は誰にも自分の悩みを打ち明けることが出来なかった。


『私は普通ではない』

『私は異常なのだろうか?』

『私は何なのだろう?』


 毎日悩んでいた。自殺を考えたこともある。アマと出会ったのは、そんな時だった。


 アマはとても優しく、一緒にいるとなんだかとても安心した。まるで、木漏れ日の中で眠るような温かさを私は彼から感じた。私とアマは直ぐに仲良くなった。でも、私は自分の悩みを中々彼に打ち明けることが出来なかった。

 私が彼に自分の悩みを言うことが出来たのは、出会ってから一年近く経ってからのことだった。

 私の悩みを聞いたアマは流石に驚いたようで、目を丸くしていた。だけど、その後すぐに笑顔になって私に言ってくれた。


『君はキミだよ』


 その瞬間、私は救われたような気がした。私はずっと待っていた。私は誰かにずっと、そう言ってもらいたかった。私はその時、自分が彼に恋をしていることを自覚した。


 でも、恋を自覚した瞬間、私はひどく混乱した。何故なら私が彼に恋をすることなどありえないことだからだ。


 私は彼に救われた。それは間違いない。でも、それは一時のことだったのだ。私は彼に出会う前よりも自分が分からなくなった。アマといればいる程、それは大きくなっていった。

 それでも、私は彼の傍に居た。どんなに自分が分からなくなっても、私は彼の傍に居たかった。だって、私は彼に恋をしていたのだから。私には彼が必要だった。彼から離れることなど、私にはもう考えられなかった。私には彼しかいなかった。


 そして、私の中に一匹の『怪物』が生まれた。



「おはよう、アマ」

「おはよう」

 学校に付くと栗鼠山が話し掛けてきた。僕は、いつものように挨拶を返す。

「……どうかした?」

「何が?」「……そう、ならいいけど」

 不安そうな表情していた栗鼠山の表情がほんの少し和らぐ。

「何かあったら言ってね」

「うん、分かった」

「よう、アマ!」

 栗鼠山と話していると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには笑顔の奏人がいた。

「おはよう、奏人」

「……おい、大丈夫か?」

「なんだかアマ、辛そうに見えたから」

 栗鼠山は不安げな表情となる。僕は無理に笑った。

「ううん、別に?何ともないよ?」


「……何が?」

「いや、なんだか辛そうに見えたから」

「フッ」

 僕は思わず吹き出してしまった。隣にいる栗鼠山もクスリと笑う。

「なんだよ?」

 奏人は不満そうに唇を尖らせる。僕は慌てて「ごめん」と謝った。

「さっき、栗鼠山にも同じこと言われたから、なんだかおかしくてね」

「ああ、そうだったのか」

「栗鼠山にも言ったけど、なんでもないよ。昨日少し夜更かしし過ぎただけ」

 僕は笑顔を奏人に向ける。奏人は、じっと僕を見て「分かった」と言った。

「だけど、何かあったら言えよ?」

「……うん」

 僕は笑顔のまま、首を縦に振った。


 

 午前の授業が終わり、休み時間となる。僕は母が作ってくれた弁当、奏人と栗鼠山はそれぞれ購買部で買ったサンドウィッチとパン食べる。

 何気ない雑談が続く。すると、栗鼠山が不意に聞いてきた。

「そう言えば、アマ。鰐淵先輩の容態はどうなの?」

 僕は口に放り込んだ唐揚げをゴクリと飲み込んで、栗鼠山の質問に答える。

「まだ、意識は戻ってない」

 何度か先輩の見舞いに行ってはいるが、先輩が意識を取り戻す気配はない。機械に繋がれたまま、先輩は眠り続けている。

「そう……」

 栗鼠山は顔を伏せる。よく見ると、その肩は震えていた。

「大丈夫?」

「……うん」

 栗鼠山は顔を上げるとニコリと笑った。あれから暫く経つが、栗鼠山は時々、先輩の容態について聞いて来る。

「私……あの時、止められなかった。先輩のこと……先輩が走り出した時、私も追掛けていたら……」

「いや、無理だったと思うよ。先輩は、元バスケ部のキャプテンで運動神経抜群だ。足の速さは学年でも上位に入る。だから、例え栗鼠山が追掛けていたとしても多分無理だった」

「でも……」

「それを言うなら先輩を追掛けたのに、追い付けなかった僕が一番悪い」

「……あっ」

 栗鼠山は顔を伏せる。

「ごめんね、アマ。無神経だった」

「ううん、いいよ」

「あと、ごめんね。アマばかりお見舞いに行かせて。私もお見舞いに行った方が良いのかもしれないけど、私……その……今の先輩を見る勇気がなくて……」

「別にいいよ。先輩の見舞いは僕がするから」

「ありがとう」

 栗鼠山が小声で礼を言う。僕は「うん」と短く返した。

「……」

「……」

「……」

 三人とも黙ってしまった。重く、シンとした空気が流れる。

「そ、そういえばアマ。俺も聞きたいことがあったんだ!」

 重い空気を消そうとしたのか、奏人も僕に質問をしてくる。

「何?」

「波布さんとは、あれからどうなったんだ?」

「……ああ」

「まだ、付き纏われているのか?」


 僕と波布さんが腕を組んでいる所を見たという話を聞きた上に、僕に抱き付く波布さんを見た栗鼠山と奏人は最初、僕と波布さんが付き合っていると思っていたみたいだ。

 だけど、あの時の先輩と波布さんの会話から、二人とも僕と波布さんが付き合っているのは誤解だと納得してくれた。今では、波布さんが僕に対して、一方的に恋愛感情を向けているということを知っている。


「実は、そのことで二人に言っておかなければいけないことがあるんだ」

「何?」

「何だよ?」

 僕の真剣な様子を見て、栗鼠山も奏人も少し緊張したのだろう。二人とも声が硬い。

「実は……」

 その時、教室の扉が開いた。僕の視線がそこに立つ人物に向かう。栗鼠山も奏人も僕の視線を追う様に、そこに立っている人物を見た。

「え?」

 二人は驚き、軽く息を飲む。その人は違うクラスの人間であるにも関わらず、堂々と教室の中に入ってきた。突然、入ってきた有名人にクラスメイト達も驚いている。

 そんなクラスメイト達の視線を気にする様子もなく、彼女は僕達が座っている場所まで来た。


「雨牛君」


 波布さんは僕の名前を呼び、ニコリと微笑んだ。


「えっ……波布さん? 」

 栗鼠山が恐る恐る波布さんの名前を呼ぶ。いきなり現れた波布さんに困惑しているようだ。無理もない。

「雨牛君」

 だけど波布さんは栗鼠山を無視して僕に近づくと、ゆっくりした動作で僕の体に両手を回す。そして、僕をギュッと抱きしめた。

「「「えっ!?」」」」

 教室にいたクラスメイトのほとんどが驚きの声を上げる。栗鼠山と奏人は、僕に抱き付く波布さんを見るのは二回目だけど、他のクラスメイトと同じ反応をしていた。

「雨牛君」

 波布さんは、僕に頬を摺り寄せて来る。心臓の音がドクンと高鳴った。でも、僕は抱き付いて来る波布さんを引き離そうとはしなかった。

「ふ、二人とも……じ、実はね……」

 高鳴る心臓と上昇し続ける体温に耐えながら、僕は何とか言葉を絞り出す。

「じ、実はね……実は……」

 スベスベした波布さんの頬、押し付けられる大きな胸、そして、さっきから耳に掛かっている吐息……あれ?まずい、気絶しそうだ。いや、駄目だ。しっかりしろ!

 僕は自分に喝を入れると、大声で言った。


「僕達……付き合ってるんだ!」


 大声で叫んでしまった結果、僕の声はクラス中の人間の耳に届いてしまった。栗鼠山と奏人を含めたクラス中の人間達が唖然とした様子で僕を見る。

「雨牛君……雨牛君」

 そんな中、波布さんはクラスメイト達の視線を気にする様子もなく、僕に頬ずりを続けていた。




「なんでだよ!」

 自分の部屋に入るなり、私は鞄を壁に叩き付けた。音に驚いた母親がドア越しに声を掛けてくる。

「ど、どうしたの?」

「うるさい!あっち行ってろ!」

 私が怒鳴ると、母親は黙りこんでしまった。

「な、何かあったら言ってね」

 ギシギシと母親が部屋の前から離れる足音が聞こえる。私はガシガシと頭を掻いた。

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 何本か髪の毛が抜けたが、そんなことは、どうでも良い。苛立ちが収まらない。

「何で、そうなるんだよ!」

『鰐淵美味』。せっかく、邪魔なあの女を排除できたのに!そして、せっかくあの蛇女がやったようにみせたのに!なのにどうして?

「ちょくしょう!くそ!」

 アマが付き合う?あの女と?ありえない!

「きっと、あの女に脅されているんだ!」

 そうでなければ、アマがあの女と付き合う訳がない。だって……。


「アマが好きなのは私なんだ!」


 そう、私だ。アマが好きなのは、私なんだ。彼はもう、私の物なんだ!

「どうすればいい?どうすれば?」

 頭を抱えながらベッドに倒れこむ。どうすればいい?どうすればアマをあの女から解放できる?

「……仕方ない」

『鰐淵美味』を始末する時、あの女がやったかのようにアマに見せた。

 アマは優しい。好きでない相手でも強引に迫られれば、受け入れる可能性がある。でも、幾らなんでも自分の知っている人間を傷付けた相手と付き合うことはないだろう。拒否され続ければ、いずれあの蛇女も諦めるに違いない……そう考えていた。

 だけど、甘かった。敵は徹底的に排除するべきなのだ。これは甘さが招いた結果だ。私はスマートフォンを取り出すとメッセージを送った。


 私の中にいる『怪物』が『あの女を殺せ』と大きく吠えた。


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