90話 天国(有料)
のっす ふにふに むぎゅ むにむに
イーリスがレベルアップ時の違和感解消のための治療を一生懸命施してくれている。
基本的には患部に手をかざすだけなのだが、近づける必要があるようで、壁に寄せられているベッドの壁側の患部に回復魔法を施す際に、その大きさ故にどうしても乗って来たり押し付けられたりするのである。
何がって? 夢とロマンが詰まった部位だよ!
首と肩をやってもらう時は仰向けだったとだけ言っておく。
天国とはここにあったのか……。
夢心地のまま治療が終わり、物足りなさを覚えるが、随分と楽なった気がする。
主に気分的に。
「いかがでしょうか?」
凄く柔らかかったです。
「すごく気持ちよくて楽になりました。依頼を受けているので助かりましたよ」
「それは何よりです。レベルアップ後すぐのお仕事で怪我をされる冒険者の方が非常に多いので、十分お気を付け下さいね」
戦闘や命のやり取りをするような緊張感の中で、体に違和感でもあれば致命的なミスをしてしまうのは道理だな。
滑って転ぶとか……。
「レベルアップ後の違和感や目測を誤るのは慣れるかこうやって回復魔法をかけて頂くしかないとして、走ろうとして足が滑ってしまうとかは、みなさんどうやって対応しているんでしょうか?」
いろんな人の回復をしているなら、その辺の対処法もしっているかもしれないと、尋ねてみる。
「足が滑る……ですか?」
「ええ、レベルアップで足の動きが早くなるせいで、走ろうとしたときに、こうズルっと滑ってしまうんですよ」
こういう感じと、目の前で足が滑る状態を再現してみせる。
「仲間の冒険者に聞いてみた事もあるんですが、どうにも説明下手な奴で要領を得ないんですよ。 多くの人を診てきたイーリスさんなら、わかるかなーと思いまして」
「そうですね、以前聞いたことがあるという程度で申し訳ないのですが、踏込みの時に、この位なら大丈夫だと思うさらにその倍は深く強く踏み込むと良いそうですよ」
コツ的なものか……。 通常の移動であればそれを意識して練習すれば良さそうだが、スキルや魔法で早く動く場合は、それじゃあ全然足りないな。
「うーん、その程度では、まだ滑るんですよねえ」
「そんなに素早く動かれるのですね、私は走るのがあんまり早くないので羨ましいです」
それだけ立派なものをお持ちなら、仕方がないでしょうな!
女神よりこちらを二重の意味で拝みたくなるしな。
「いやいや、いまだ自分の体に振り回されてますから、レベルアップしすぎで強くなるのも良いことばかりでは無いですよ」
「それは興味深いお話ですね。 あ、今思い出しましたが、以前来られた方が、早く走るモンスターの足の皮で靴を作ったと言っておられました」
それはなかなか有力な情報ではないか。
「それは良いことを聞きました。 なんというモンスターの素材なのかはご存知ですか?」
「すみません、足の遅い私にはあまり縁のないことでしたので、忘れてしまいました」
それだけ立派なものをお持ちなら、仕方がないでしょうな!
「いえ、十分です。ありがとうございます」
ドグラスの親父さんあたりに聞けばわかるだろうし、もしかしたらもう完成品があって売ってくれるかもしれないな。
イーリスと別れ幸せな気持ちと、足が滑らないための情報を得た満足感から、調子に乗って金貨数枚と持ってた金貨以下のお金を全部募金場の様な物にジャラジャラと放り込んで、同じような箱を抱えたシスター達に取り囲まれそうになったあたりで、前回のことを思い出したがすでに後の祭りだった。
「「貴殿のご信仰に深く感謝を!」」
取り囲まれて、一斉に感謝の意を示されてしまった。
うわ、すごい注目されてる。
目立つので勘弁してください……。
頭をさげつつも、ずいと募金箱を俺の前に出してくるあたり、商魂たくましい。 それで良いのか聖職者……。
何もしないと囲まれたままなきがしたので、もう金貨しか無いから、それを一枚ずつ各募金箱に入れていって、やっと囲みを突破すると、スコットのおっさんがニヤニヤしてこっちを見ているのを発見した。
「よう、あんちゃん、またお大臣やってんのか?」
「またってなんだよ、またって。 今日が初めてだよ、人聞きの悪い」
「さっきあんちゃんがやってたみたいなやつは、たまにお貴族様とか豪商とかが、自分は教会を大事にして、こんなにも信仰してますよーって、アピールするときにやるやつだぞ。 ほらあそこのお布施箱に高額なお布施をすることが、それをやる合図になってんだよ」
スコットのおっさんが指差したのは、まさに俺が最初にジャラジャラとお金を放り込んだ箱だった。
「それは、やらかしたな!」
「知らないでやってたあたりが、あんちゃんらしいな」
悪かったな。 おかげで酷い目にあったわ。
「それで、おっさんは何しにここへ?」
「俺か? 俺はこの前のスタンピードでちょいと無茶をしちまってな、治療に通ってんだよ」
「まじか、大丈夫なのか?」
「もう治療してもらって帰るとこだし、あんちゃんのお陰で見ての通り大したことはねーよ。 この街を守ってくれてありがとな!」
「なんだよ、急に……」
スコットのおっさんに礼を言われた。
面と向かって言われると、なんというか、むずがゆい。
「他の連中もみんな無事だ。 守衛長としてちゃんと礼を言っておきたかったんだよ」
「おっさん、実は偉かったのか!」
「平民の門番のまとめ役ってだけだ、たいして偉かねぇよ!」
平の門番かと思ってたら、守衛長などと役職があったのか。
「それで、そっちはどの程度の被害があったんだ?」
「軽微も良いところだ。 建物には傷一つついてねぇし、怪我したのも俺含めて20人ってとこだな、酷い怪我のやつは居ないし、他の街のやつらにスタンピードがあったなんて言っても信じてもらえないだろうな!」
そういって、おれの背中をバンバンたたきながら、豪快に笑っている。
そうか、20人くらい怪我したのか。
「良かったら使ってくれ」
「なんじゃこりゃ? 見たことねーポーションだな」
スコットのおっさんに渡したのはゲームでもよく使っていた【マイナーヒーリングポーション】だ。
簡単に作れるし、買っても安い物だったが、自分の最大HPに対して20%回復させるという比率で回復させるポーションだったので、レベルが上っても結構長くお世話になるポーションだ。
「高価なものじゃないし、効果もそれほどでもないんだが、ちょっとした怪我なんかを癒やすポーションだ、30本もあれば怪我した全員分に足りるか?」
「十分過ぎるが、貰っちまって良いのか? 詰め所の予算なんて雀の涙だから買えったって買えねーけどな」
「街を守る門番が万全じゃないと困るだろ? 気にしないで持ってってくれ」
30本のポーションを袋に詰めて押し付ける。
結構な重量だが野郎が持つ分には、問題ないだろう。
「ありがたく貰っとくよ、あと、あの甘い酒もあると、傷の治りがすごく早くなりそうな気がするんだが……」
「チンピラか! しょうがねーな、また門に持ってくよ」
「まじか、あんちゃん愛してる!」
「おっさんの愛などメスオークにでもくれてやれ!」
「おう、俺の愛は与えられるものには等しく与えられるぜ。 しかし残念オークにメスなんざ居ねーから、あんちゃんに全部引き取ってもらわねーとな」
軽口を叩き合うのが、なんだか楽しい。
今度はウォッカ持ってって、驚かしてやるか。