4話 女の子に助けられた
※一番下に自作のイラストがありますのでイメージ等固定されたくない方はご注意ください。
鎧熊との命がけの追いかけっこが始まる。HPが減らなくても痛みは感じてしまう。3mもあるような生き物の攻撃など受けたら、どんな痛みを感じるのか想像も出来ない。
「危ねえ転ぶ! やべぇぶつかる!」
森の中という足場が悪いことに加え、そこまで密集してはいないが、木々が邪魔で思うようにスピードを上げて走ることができない。
急に加速しようとすれば足が滑り、ならばと徐々に加速させていけば、地面の凹凸に躓いてしまったり、木にぶつかりそうになってしまうのだ。
完全に身体能力に振り回されている状態である。
一つずつレベルが上がっていくのであれば、時間経過とともに慣れて行く事が出来るのであろうが、一気に上がったとなるとそうもいかない。
普通の車を運転していたからといって、いきなりF1のレーシングカーに乗せられても、まともに走れないのと一緒である。
というか、出来るかそんなこと!
「ヤバイ、追いつかれる!」
このままでは、元の木阿弥になってしまう。
「そっ、そうだ、なんか素手のスキルか魔法で……」
FADでは、ある程度練習をしたり、特定の行動を繰り返す事で覚えるスキルもあるが、ジョブとレベルアップによって覚えるスキルがある。流石にすべては暗記はしていないが、逃げるのに役に立つスキルがあったはずだと、走りながらステータスブックを呼び出して、横目でスキルを確認していく。
「へぶっ!?」
俺は、結構な勢いで木に激突してしまった。
なんかもう、すごく痛い。
歩きスマホですら、人にぶつかったり、電車のホームから落ちたりするのだから、普通に走るだけでも困難な状態で本に視線を向ければ、ぶつかるか転ぶのは道理である。
歩きスマホ、ダメ!ゼッタイ! である。
おもいっきり木にぶつかって、そのままずり落ちる俺を、追いついてきた鎧熊がまた逃げられないようにと背中を押さえつける。
「ギブギブ! なんか出る、なんか出ちゃうからぁああああっ!」
涙目になる俺。このままでは、鎧熊が飽きるまでガブガブされてしまうと、必死にジタバタともがく
「ガッ!?」
もがいていたら突然、鎧熊がどさりと倒れる。
「え? 何が起こった?」
ジタバタした時に無意識に何か必殺スキルでも放ったのかと、思ったが、鎧熊の眉間に深々と矢が刺さっている事に気がついた。熊の頭蓋骨って銃弾跳ね返すくらい硬かったんじゃなかったっけ? いや熊と同じかわからんけど。
「とりあえず、助かった……のか?」
この矢はどこから飛んで来たのかと、周りを見渡すと、近くの茂みががさりと動いた。
思わず、身構えてしまった俺だが、そこから出てきたのはモンスターではなく、一人の少女だった。
「そこの君、大丈夫だった?怪我はない?」
油断なく鎧熊に矢をつがえた弓を向けた少女は、ツンツンとした白い髪が頭の上で耳のように立っており。整った顔立ちにくりっとしたオレンジ色の目をしている。体の動きを妨げないような、赤いレザーアーマーに小柄な少女には少し大きめなリュックを背負っていた。
「え?あ、ああ、大丈夫みたいだ」
「そう、なら良かったわ」
少女は、鎧熊が死んでいることを確かめると、表情を緩め矢を下ろして、まだ倒れていた俺に手を差し伸べる。
「立てる?」
「ああ、ありがとう……助かったよ」
表面上平静を装っている俺であるが、第一遭遇異世界人が、むさいおっさんとか、いけ好かないイケメン野郎とかではなく、かわいい女の子で良かったと心の底から思っていた。
「私は、アリーセ。アリーセ・ベルガー。Dランクの冒険者よ」
「イオリだ。えーっとイオリ・コスイだ」
なんとなく、つられてエセ外国人のような、名前の発音で名乗ってしまったが、少女、アリーセはそこにはとくに気にした様子はなかった。
俺のことを油断なく観察しているということは、なんとなく窺い知れたが。
俺は、あれほど手も足も出なかった鎧熊を一撃で倒したアリーセが、自分よりも遥かに強いのであろうと推測し、それが、どの程度実力なのかは分からないがAやSではなく、Dランクの冒険者だと聞いて、軽く落ち込む。
FADのレベルは99までだが、データ上はそれ以上上げることも可能であった。いずれアップデートなどでレベルを解放し、より長くプレイしてもらうためそういった事はよくあるのである。しかし、チートツールで一気にレベルを上げて、また先ほどと同じような苦痛を味わうのは、まっぴらごめんなので、70まで上げても雑魚に勝てないこの世界では、俺TUEEEEEをするのは非常に難しいだろうと思わざるを得なかったのだ。
「無事でよかったわ、よろしく、イオリ。それで、見たところ丸腰みたいだけど、こんなところで何をしていたのか聞いても良いかしら?冒険者では無いのよね?」
「まだ冒険者では無いな……。ああ、いや、最初から丸腰だったわけじゃないんだ……。武器さえあればなんとでもなったんだけど、そこで倒れているそいつを斬りつけたら剣がぽっきり折れちゃったんだよ。それで、あんな事になってたんだけど……いやー武器さえあればね~、あはははは」
俺は、かわいい女の子を前に、その女の子が一撃で倒せるようなモンスターから必死に逃げて、さらに涙目で襲われていた、という事実に対して、見栄をはって言い訳をしただけなのであるが、
たぶんアリーセとしては、禁制の品を扱う商人であるとか、密入国者であるとか、逃亡中の犯罪者であるとか、そういう怪しい類の者ではないかと疑っているのだと思う。
それ故、何をしていたのかを尋ねたのであって、丸腰の理由が聞きたかったわけではなかったようだ。
そのため、アリーセには、俺が何をしていたかを意図的にはぐらかしたのではないか?と疑いを深めたようだった。
「丸腰じゃあ危険だね、それなら近くの街まで一緒に行く?」
こちらをさぐるような訝しげな表情のまま、アリーセが聞いてくる。
「よろしくお願いします!」
即答である。なにか面食らっていたが俺にしてみれば命綱のようなものである。断るはずもなかった。
「あ、も、もちろん、タダってわけには行かないわよ? 街まで護衛の依頼ということで良いかしら?」
俺が即答するとは思っていなかったのか、取ってつけたようにタダ働きはしないと告げてきた。
「わかった、それは問題ないけど、ちょっと相場がわからないんだ」
「そうね、街に戻る間だけだし、それじゃ前金で300ってところでどう?」
と言って、指を3本立てて見せる。
「わかった、ちょっとまってくれ」
俺は、そ~いえばちゃんとお金取り出せるが試して無かったなと、ゲームの時と同じように、通貨を取り出そうとする。
FADでは、通貨と魔晶石はアイテムボックスの別カテゴリー扱いで収納されており、そこから取り出すのではあるが、呼び出す範囲や場所をある程度任意で設定できた為、ロールプレイング的に、ポケットや袋、財布っぽいアバターアイテム等から取り出したように見えるようにしていたプレイヤーも多かった。
何もない空間からジャラジャラと取り出すのもまずいかと思った俺は、初期装備の腰に着いていた謎の袋の中に取り出すことにした。ゲーム時はデザイン上の物で特に用途が無かったものだ。
その中にゲーム内の通貨を300枚アイテムボックスから取り出し、そこから1枚だけ袋から取りだして確認をすると、ゲームで見慣れた10円玉程度の大きさの金貨がそこにあった。
ゲームでの通貨はこれしか種類が無いので、金貨なのに何十枚も無いとポーションの1つも買えないというところからメッキ金貨とか真鍮貨とかとプレイヤー達に呼ばれていた物だ。
「あ、これって使える? 今これしか無いんだけど」
ふと、通貨がゲームと同じとは限らないと気が付いた俺はアリーセに金貨を見せて聞いてみた。
「ん?ああ、旧王国金貨なのね、他の所は知らないけど、この辺じゃ一番信用できるやつよそれ。問題なんて無いわ」
旧王国金貨? よくわからないが問題なくつかえるなら良かった。
「そうか、良かった、じゃあこれで、ちょうどあると思う」
持っていた1枚を先程通貨を取り出しておいた袋に戻し、その袋ごとアリーセに渡す。ジャラジャラと300枚も出すのが面倒くさかったからだ。
ゲームでも取り出してジャラジャラと取引き等をする事は出来たが、アイテムボックス同士でトレードしたり、NPCとのやり取りでは勝手に残高が減っていたのでこういった手間は無かったのだ。
小分けの袋どっかで買った方が良いかなと、俺は思案に暮れていた。
「え?」
「ん?」
俺がアリーセに意識を戻すと、袋の中身を見て微妙に引きつった顔で呆然と立ち尽くしているのだった。
あれ?なんかやらかしたかな?
現実のゲームでのチートや不正行為を推奨するものではありません。
読んで頂きありがとうございます。