3話 筋力100倍
物理法則は働いているっぽいのに、自分の体はそれに当てはまらない、という不思議現象に気がついた俺だったが、HP減らないの副次効果か、異世界であるので何かの不思議パワーか、もしかしたらこの世界の生き物には普通のことかもしれないと、一先ず体についての考察は置いておく。
そんなことよりも、チートコードの検証の方が死活問題だったからだ。
「筋力100倍がどうなるか……。慎重に行こう慎重に……」
敏捷を上げた際の惨状がトラウマとなっている俺は、先程びくともしなかった木を抱え、徐々に力を入れていった。
ミシミシと音を立てゆっくりと木が抜け始める……事はなかった。
「痛い痛い痛い痛い!」
堅いキャップ等を開ける時に力を入れ過ぎて指が痛くなるという経験をした事はないだろうか? あるいはスーパーのレジ袋が指に食い込んで痛いという経験でも良いが、100倍の筋力で力を入れれば、その力によって、自身の皮膚や肉が押しつぶされてしまう。そして筋肉が出せる力は骨の強度を上回り、力を入れ過ぎて骨折するということもあり得るのである。
つまり、またもや痛いのである。筋力を10倍にして木を引っ張ったときに気がつくべきだった。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
あながち冗談とも言えない。もしHPが元のままだったら全身の骨が砕けるダメージを受けてもおかしくはなかったと思う。
「あ、もしかしてこれ、一個ずつ増やしてるせいか?」
多分正解である。ボディービルダーや重量挙げの選手は確かに力は強いだろうが、本気で何かを殴れば普通の人以上に痛いのである。逆に格闘家は物を持ち上げるという純粋な力では負けるが、何度も打ち据えて鍛えた拳と技術で本気で殴る事が出来るのである。
「そーなると、全部カンストならバランスが取れるか? いやいや、試すのはリスクが大きいな、今度こそ死にかねん」
しばし、思案に暮れる俺であったが、ちょうど良いステータス等わかるはずも無く、現状ではトライアンドエラー、つまり自分自身の体で検証するしか方法が無いのである。
「また痛いの嫌だし、凄く無難だけどもレベルだけ上げるか、でもカンストは止めておこうかな……70……いや、50くらい、まだ高いか……30くらいにしよう」
随分と消極的ではあるが、誰だって痛いのは嫌である。まして生粋のインドア派である俺には、死ぬほど痛いかもしれない検証をするのはごめんである。
流石に各レベルごとのチートコードは無いので、レベル最大のチートコードからレベル30のチートコードを作成する。
一応、予め10、20、40、50、60と、10刻みでチートコードを作って行くことも忘れない。
「そういえば呑気にココでずっと検証というか自爆行為?してるけど、よくあるパターンだとモンスターに襲われたりしてるよな?」
フラグだった。レベル70のチートコードまで作成したその時、俺の背後の繁みが、がさりと音を立てた。
びくりとして、振り返ると、鋭い爪がついた丸太のような腕を振り上げている黒い毛の塊と目があった。
あ、これあかんやつや……。
「どぅわあぁぁぁぁぁぁっ!」
間一髪で飛び込み前転で、振り下ろされた爪から回避する。
「これレベル1で戦うやつじゃない!絶対殺られる!」
そこに居たのは、体長3mほどで真っ黒な毛並みの熊のような生き物だった。しかもその体には鱗のようなものが生えており、まるで鎧を着ているかのようにも見えた。
その目は赤く爛々と輝いており、まともな生き物には見えない。
HPが減らないので攻撃を受けても死ぬことは無いが、やはり痛いのは嫌である。背に腹は代えられないと、レベルアップのチートコードを使う俺だったが、慌てたこともあり今しがた作成したレベル70のチートコードを選んでしまった。
「うっぎゃああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
いきなり筋力を100倍しても筋肉痛にならない不思議な体であったが、本来であれば少しずつ時間をかけて馴染んで行くものなのに、一気にすべてのパラメーターがレベルとともに上昇するという状況では、何ごともなく済むというわけにはいかなかったようだ。
成長痛を何倍にもしたような全身の痛み、最悪の偏頭痛に、二日酔いと船酔いが重なったかのような内臓がひっくり返りそうな気持ちの悪さ、内側から破裂するんじゃないかというくらいの膨張感に同時に襲われた俺は、その場でのたうちまわり、ビクンビクンと痙攣する。攻撃を受けながらでも逃げた方が結果的に受けるダメージは少なかった気がする。
一部始終を見ていた鎧熊も、ビクッとなって、びったんびったんとのたうち回る俺を遠巻きに見ている。心なしかドン引きしているようにも見える。モンスターといえど野生で生きているともなれば、ある程度警戒心というものがあるのであろう。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
汗びっしょりで、死人のような顔色ではあるが、痛みや不快感はすっと引いていく。HPが減らない恩恵なのか意外と復活が早かった。
いや、だからと言ってまたやりたいとは微塵も思わないが……。
少し遠巻きにこちらを観察している鎧熊を見て、状況を思い出した俺は、慌ててショートソードのグリップに手をかけた。
最初から持っていた剣術スキルの補正によって、流れるような動作で危なげなくショートソードを抜き放つ。
「くっそう、よくもやってくれたな、この鎧熊野郎!」
八つ当たりである。鎧熊の方も心外だ、とばかりに臨戦態勢に入る。
先に動いたのは俺であった。滑りそうになる脚を必死に堪えダッシュで一気に間合いを詰めると、それに合わせて鎧熊が応戦とばかりに、爪を袈裟斬りに振るう。その攻撃を間一髪でかわし、脇をすり抜けるように胴体にショートソードを斬りつける。
ぺきっ
「うっそぉぉぉぉん……」
あっさりとショートソードが根本から折れてしまった。鎧熊の防御力とレベル70になった俺の力に初期装備のショートソードが負けてしまったようだ。ゲームの時でもチュートリアルが終わればもう使わないような代物で、そのあと素材にも使えないし売っても最低単価だ。現実となったならば金属かどうかも怪しい、とんだナマクラだったわけである。
唯一の武器であったショートソードを失った俺に、勝機とばかりに鎧熊が襲いかかる。
「なんの!弾き返してくれっぐふぅっ!」
至近距離からタックルを食らった俺は、とっさに身を守り、弾き返すつもりで踏ん張ったが、あっさりと吹き飛ばされ、その勢いで、ゴロゴロと転がる。
どんなに力が強かろうと、下方向と横方向の押し合いでは、その力に関係なく重量が重い方が勝つ。どんなにレベルが高かろうと、重量の単位がトンであろう鎧熊の突撃を止める事はできないのである。
もし止めたければ、鎧熊の下に潜り込み、持ち上げるようにして鎧熊の重量を利用して踏ん張るべきだった。
勝ちを確信した鎧熊は、悠然と俺に近く。
「こ、こんなのに勝てるわけねぇ……、きっと見た目より遥かに強いモンスターなんだな……いや、まあ十分強そうだけども……」
受け止めようとして、なす術もなく軽く吹き飛ばされてしまった時点で現状では勝てそうにない。丸腰であることも不安に拍車をかける。何らかのチートコードを使用するだけの時間を許して貰えるとも思えない。
「こうなったら、奥の手だ」
油断なく構え。鎧熊と退治する。それを見た鎧熊も、やんのかこの野郎、とばかりに身構える。
「あばよぉ、とっつぁ~ん!」
次の瞬間、俺はくるりと鎧熊に背を向け、そのまま逃走を図るのだった。
鎧熊は、怒りの雄叫びを上げ逃げ出した俺を追いかけてくるのであった。
※決して実在のゲームにおけるチート、改造行為を推奨するものではありません。(超重要)
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