2話 理想と現実
自分のステータスを確認して、ツッコミを入れていた俺は、とりあえず気を取り直して現状の確認をして行く。
「この世界の平均がどのくらいか分からないが、今のステータスが弱いのは確かだろうな、一桁とかだし」
所持金と魔晶石、アイテムボックスの容量は凄い事になっていたが、ステータスはクリアフラグ(仮)の確認をする際にチートコードを切っていたので初期値に戻っていた。
「まぁ、死にたくは無いし、ここは早速ステータスを上げておくべきだな、ちゃんとチートツールが使えるかも確認しないといけないし」
早速とばかりに出っぱなしになっているチートツールから、ひとまず登録済みのコードからHP上昇とHPが減らないチートコードを選ぶ。
試し方はいろいろとあるが、HPからやっていくというのは俺のスタイルだ。変化がわかりやすいからだ。
「心なしか、身体が軽くなったような、疲れが無くなったような気がする。なんか不思議な感じだな」
ステータスブックを確認してHPが問題なく増えている事を確認する。
「良かった、ちゃんと使えるっぽいな、ステータスが上がってる実感薄いけど……本当に上がってるのかよく分からんな」
現実問題で病気も怪我もしていなければ疲れてもいない状態で、HPが増えましたとなってもよく分からないというのは道理である。ゲームでは数字を見ればよかっただけなのでその差が早くも出ている。
「一個一個確認してみるか……」
HPを上げてみて、あまりに実感が薄かったので、数字だけ上がって見えるが、実際の本人に適用されてないのでは?と疑った俺は、慎重に動作の確認を始めた。
「ちょっと走ったりしたら差が実感出来そうだから敏捷からやってみるか」
じゃあ、あっちの辺りまで、と少し離れた木に向かって走る。
「整備されてない地面って、こんなに走りにくいもんなんだなぁ、取り合えず初期値でここまで来るのに20秒ってとこか」
大雑把に到達までの時間を計り、もとの場所に戻った俺は、倍数にするか固定値にするか少し考え固定値で数字を変更する方を選んだ。レベル1の元の数値が低いので2倍や4倍にしたところでたかが知れていると思ったからだ。
なぜカンスト以外のチートコードがあるかといえば、他のプレイヤーにバレにくくする事と、強くしすぎると流石にゲームが面白くないという、そんなわがままなニーズに応える為だ。
他人や運営の目を気にしないで済む今の状況であれば問題ないし、極端な方が結果も分かりやすいだろうという判断だ。
「おお、よくわからんが身体が羽根のようだ。これは期待がもてる!」
俺の頭の中では、残像を残す勢いで格好良く高速戦闘したり、いつの間にか敵の背後に回って不敵に笑っていると言った場面が浮かんでいた。
「それじゃあ、よーいドン!へぶっ!?」
最初の一歩を踏み出した瞬間に、その場で派手にすっ転び、結構な勢いで顔面から地面に強打した。
一体俺の身に何が起こったのかといえば、脚が速く動きすぎたために地面と靴との間の摩擦が足りなかったのである。
車や蒸気機関車などが走りだそうとするとき、車輪が空転してしまってちっとも進まないといった場面を見たことがあるだろうか?それと同じ事が起こったのである。
F1のレーシングカー等はその速さで走るために、触るとベタベタするほどのタイヤと走行中に車体にかかる空気力で、それこそ逆さまになっても走れるほど地面との摩擦を高めている。そこまでやったとしても、スリップして操作不能になることがあるのである。
結果として、濡れた氷の上で滑って転ぶのと同じ……、いや、それ以上の勢いで脚が滑り、派手に転んだのである。
「いてて、いったい何が起こって、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
慌てて反射的に立ち上がろうとした俺は、今度は凄い勢いで空高く射出された。近くに居た名も知らぬ鳥達が驚いて一斉に飛び立つのが見えた。
「……ぁぁぁあああああっおぶっ!」
束の間のフライトを楽しんだ俺は、鈍い音と共に地面に頭から突き刺さり、そのまま気絶した。
辺りに静寂が戻る。
自身の敏捷性が上がっているにもかかわらず、元の、この場合はこちらに来る前の俺自身ではあるが、その感覚のまま慌てて起き上がろうとしたため、人間を大きく上回る速度で起き上がり、勢い良く跳ね上がってしまったようだ。
しばしの時が流れ、俺の意識がもどった。
意識が戻った俺は地面から慎重に頭を抜き、敏捷を元の数値に戻した。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
無傷であることに気がついた俺は、HPを先にカンストさせた自分を心のなかで褒め称えていた。
とは言えHPを上げていたり、減らないようにしても、受けるダメージ自体を0にしているわけではない。きっちりとダメージは受けるがHPが減らないというだけである。ゲームの仕様によっては、コレと同じようなチートコードを使用しても、元のHP超えるダメージを受けると、そのまま死亡判定をされることもありえるし、即死魔法やトラップ等でHPに関係なく死亡判定をされる場合もあるので注意が必要だ。
幸いHPの総量も上げていた事と、慌てたとはいえ起き上がるときに全力で起き上がった訳ではなかったためこの程度で済んだわけだ。
しかし、HPが減らないために傷を負わないとはいえ、気絶したことからわかるようにダメージは受ける。
つまり「痛い」のである。
「くっそう、ひどい目にあった。これじゃあ話が違う、お手軽チートで俺TUEEEが出来ないじゃないか!」
なんの話と違うのかは分からないが、悪態をつくくらいは許してほしい。しかし、その辺は懲りずに他のパラメーターもいじってみることにした。
「さっきの感じだと、筋力ってこれアップしたらものすごいマッチョになったりするんかな? いきなりカンストはやめておこう……」
死ぬこともなければ怪我もしなかったわけだが、気絶するほど痛かったのも事実だ。ショック死も有り得そうなので、慎重に行うことにする。脳内では、巨大な武器をブンブンと振り回す自分を思い描いていたりもしたが……。
筋力2倍、3倍と少しずつ10倍程度まで試してみたが、見た目もとくに変化もなかった。
「筋力だし、なんか持ち上げてみればわかるかと思ったんだけど岩とかないかな? そこらへんの木でも押して倒してみるか?」
と、力を込めて一抱えほどの太さの木を押すが自分が後ろに下がってしまうだけで、木はびくともしない。純粋に重量の差が大きすぎることで、ここでも靴と地面の摩擦が足りないため押した分だけ後ろにズルリと滑ってしまうのである。
それでは、と、幹をがっちり掴んで引っこ抜こうと頑張ってみるが、腕の圧迫感はあるが筋力10倍程度では抜けるようなことは無かった。直径10センチ程度の木であっても、トラクターで引っこ抜こうとしても抜けなかったりする。木も伊達や酔狂で根を張ってるわけではないのだ。
「ふー、ちょっと警戒しすぎたか、この分ならもうちょっと上げても問題なさそうだな」
あまり筋力アップの実感がわかなかったことと、そこまで大したことが無かったので、俺は一気に100倍まで筋力を上げた。
「おお、なんだか力がみなぎっている……気がする、というか、見た目変わってないのはなんでだ?もっとゴリマッチョになるかと思ったんだが……?」
筋力が大幅に上がっているということは、普通に考えれば筋力は筋肉の断面積に比例して強くなるので、100倍ともなれば相当なマッチョになるはずだが、見た目が変わらないという不思議仕様な体である。そもそも敏捷であっても体を動かすのは筋肉なのだから、敏捷を上げた時点で見た目が変わらなかった時点で気がつくべきだったかもしれない。
今の体が人間、いや普通の生物のそれとは全く違う何かであるということを。
※決して実在のゲームにおけるチート、改造行為を推奨するものではありません。(これ超重要)
読んでくださってありがとうございます。