36話 魔法がしょぼい
「はっ!? ここは誰? 私はどこ?」
「ここはイオリで、あなたはロットラント王国の端っこ……あれ?」
すぐ近くに心配そうに俺の顔を覗き込んでいるアリーセの顔があった。
何やら頭が柔らかい物に乗せられているようで、視線を巡らせると視界の端に太ももが見える。
こ、こいつはまさかの膝枕か!?
うっかり、アリーセを解析してしまい恥ずかしがった彼女に技術によるアッパーカットをくらい一瞬で意識を刈り取られたのだったが、これは思わぬご褒美だ。
「ごめん、思わず手が出ちゃったわ」
「あーいや、あれは俺が悪かった」
アリーセには悪い事をしてしまったが、おかげで重要な事に気がついた。
もちろんアリーセのスリーサイズまで分かるということでは無く……。 いやそれはそれで重要だが、アリーセに食らったアッパーカットで気がついたことがある。
アッパーカットは、拳を真上に振り上げるだけのパンチだと思われがちだが、実際は体を傾け角度を変えたフックなのだ。
腕だけでなく軸足をしっかりと踏ん張り、腰と肩の回転に合わせて顎を打ち抜くのである。
打撃や力による直接的なダメージではなく、顎を狙う事で、脳が揺さぶり立っていられなくする技術によるパンチだ。
綺麗に入れば意識を奪う事ができるのである。
もちろん、パンチそのものの威力が高ければ直接的なダメージが無いと言う事ではないが。
さて、なぜこんなどうでも良いウンチクを語っているのかと言うと、今までこの世界の住人であるアリーセと俺のステータスの数値は、基準等が違って、自分のレベルやステータスは数字よりも非常に弱いと思い込んでいた。
しかし、アリーセのアッパーカットを食らって、スキルでも無いのに意識を刈り取られた事から、もしかしたら俺のステータスの数値は正しいのでは無いかと思い直したのだ。
全力疾走しようとして、足が滑ったりり木にぶつかりそうになったりといったことが起こっているということは、足が滑らず木もちゃんと避けられれば早く走ることが出来るということでもある。
普通免許をもっているからとF1のレースカーを運転したらまともに操作出来ないのと一緒なのだ。
つまり、俺が体のスペックにまったく着いて行けていないので、使いこなせればまさに最強になれるはずだ。
「って、それって結局地道な努力をしないとイカンのではないか? それこそ何年も……」
「イオリ、気が付いたんなら、そのままで考え事しないで欲しいんだけど……」
「あ、いやもう少し……あ、何でもありませんすぐ起きます。その拳は下ろしてください死んでしまいますありがとうございました」
気を取り直して、近接スキルが駄目なら遠距離スキルや魔法ならどうだろう?
存在が物理法則を無視しているのだから、なんとかなるのでは無いだろうか?
おお何か行ける気がしてきた。
「ひとまず、俺持ってるスキルはこの世界だと上手く使えないみたいだから、使うとどうなるのか一通り試してみたいんだけど、どうだろう?」
「それじゃあ、横で見てるからやってみたら?」
「見ててもらえるのはありがたいけど、危ないかも知れないから、離れてた方が良いかと思うぞ」
俺はゲームの頃から登録のしてあるチートコードから、魔法のスキル一式と遠距離攻撃系のスキルを有効にしていく。
本来ノービスでは使えないスキルばかりだ。
「う、頭痛が……」
「どうしたの? 大丈夫?」
「な、なんとか大丈夫」
すべてLV1ではあるが魔法スキルを有効にしたところで、結構な頭痛に襲われた。
それと同時に魔法の使い方がどんどん頭に入ってくる。
なにかを無理やり押し込まれて来るような、内側から膨らむような吐き気を伴う頭痛に襲われているが、もとの世界であったストレスと寝不足からくる慢性的な片頭痛に比べれば耐えられるレベルだ。
ちょっと、1個ずつ有効にしていけば良かったと思わないでもなかったが……。
頭痛が引いてくると、すっかり忘れていた事を思い出した時の様なスッキリした感覚で魔法の使い方が分かるようになった。
「順番に行こう、えーとまずは自分の中にある魔力を感じて、それを行使したい現象を起こしたい場所に集中、手のひらで良いかな?」
すぐにでもパッと行えそうな気はしたが、慎重に1つずつ口に出して確認しながら魔法を発動させていく。
「集中させたら、現象を指定……。魔力はすべての物質に代替え出来る不思議物質みたいだから、とりあえずは魔力を火に変化させていって。魔力が現実化して来たら、動作を指定……って、あっちい!!」
手のひらの上で小さな火が燃え出したのだが、魔法が使えた感動を感じる間もなく熱くて慌てて魔力を霧散させて火を消す。
火を手のひらに発生させれば、当然熱い。
ロウソク程度の火でも至近距離まで近づいたら火傷をするのだから、考えてみたら当然であった。
しかし、魔法が使える様になった自分の感覚を信じるなら、魔力を体の何処かに集中させねば魔法の現象を起こす事が出来ない様だった。
これ、熱いの我慢しないと火の魔法使えないのか?
「イオリは魔法も使えるのね」
「全然使えてないけどな」
「どうやって、最後まで発動させれば良いんだ? アリーセはどうやってるんだ?」
「んー私は身体強化しか魔法は使えないから、他の魔法と同じか分からないけど、魔力を全身にグッと溜めて、グーッと発動するのよ、でも発動よりも維持する方が難しくて、グググって維持してるわ」
これあかんやつや……。 擬音もグしか無いし……。
「なるほど、参考になるよ」
「そう? それなら良かったわ グググってする所が大事なのよ」
「うん ググるのは大事だよな」
さて、魔法に関してはアリーセは役に立ちそうにないので、自力でやるしか無いっぽいな。
体の何処かで維持できれば良いんだから、火じゃなければ出来るか。
んじゃ、定番の風とかやってみよう。魔力集中させて……。
「見えねえ……。 手のひらの上でそよそよしている気もするけど……」
風は気圧差で起こる空気の移動だから、空気が見えない以上、見えないのは道理だった。感覚ではちゃんと発動出来ているはずなので、これに方向性を与えてやって飛ばしてみる。
「見えねえから、ちゃんと維持できてたのかとか、どこに飛んでいったかもわからないじゃねーか……」
多分ちゃんと発動して空気の塊が飛んでいったんだと思うが、全く見えないのでどこにどこまで飛んで行ったのかが不明だった。
「練習には不向きだな、風もやめよう。 水ならどうだろう?」
今度こそと、魔力を集中させて水を生み出す。
「急に水を取り出してどうしたの?」
「いや、アイテムボックスじゃなくて一応水魔法なんだけどな」
発生した水がその場にとどまること無くチョロチョロと手からこぼれていってしまう。
飛ばしてみたら、手のひらに残ったほんのちょっとの水がホースから出した水のように放物線を描いて飛んだだけだった。
勢いを強くしてみたら、水量が少ないのか霧吹きのようになってしまった。
ある程度貯めないと、水量が少なすぎてただ水を出すだけの魔法になってしまうようで、貯めておく方法にコツなり別の方法がするのかもしれない。
「つ、土ならきっとやってくれる筈だ」
しかし、水ほどでは無いにしろ少しづつ出てくる土は柔らかく水ほどではないにしろ手の上からポロポロと落ちてしまう。
飛ばしても、手で砂をなげたのと同じように、すぐに広がって周りに土を撒いただけに終わる。
「やり方が悪いのか、レベル1がこの程度なのか判断がつかないな……」
アリーセに聞いてみたが、よくわからないということだった。
レベルを上げて試すべきか迷ってしまう。
使い方が悪いだけだった場合、下手にレベルだけ上げると失敗して爆発とかする可能性もあるからだ。
「そうだ、身体強化だったらどうだろう?」
ゲームには無かった魔法だが、アリーセのステータスを見た時にコードが表示されていたので、それを参照すれば自分にも使えるはずだ。
そこで、ふと気がついてしまった。
それはアリーセのコードが表示されたと言うことだ。
コードが表示されたという事は……。
俺は他人のステータスも変更する事が出来る。
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