239話 ちょっと行ってきます
パールがさらに俺の足に牙を突き立てるが、パール自身も吸い込まれそうになっている。
「このままだとパールも吸い込まれるぞ!」
「何を急にしおらしくなっておる! 貴様も足掻かんか!」
足掻けと言われても、この状態でどうすりゃいいのか……。
巻き込まれ覚悟でアイテムボックスから魔晶石爆弾をバラバラとぶち撒けるが、爆風が虚空へと消えていってしまう。
足を咥えられているのでジェットパックをなんとか逆さまにして最大出力にしてみても、吸引力は変わらない。
その他、慌てたときのドラ○もんのごとく、ありとあらゆるガラクタを放り込んでみたり、大量の空気を一気に放出してみたりしたが
焼け石に水のようだ。
これアカンやつかな?
「ブレス……は俺を咥えてるから無理か……。 よく普通にしゃべれるな」
「いま気にする事ではなかろう!?」
こんなやり取りの間にも、パールが幾つも魔法を放っているようだが、なにやら妨害されているようで思ったように魔法が使えないようなーとか、考えている余裕がある。
どこか他人事の様に感じてしまって、妙に冷静なのだ。
「仕方がない、ここは覚悟を決めるか……」
「何を……弱気な事を……」
「あ、いやいや、諦めるわけじゃなくて、最後の手段を使う覚悟をだな」
悲痛な感じのパールに慌ててフォローをする。
「ええい、手段があるならさっさとやらんか!」
「それじゃあ、合図をしたら、俺を放せ。 それ迄は悪いが少しそのまま落とさないように耐えててくれ」
「何かする気なのだな!? 自爆系の覚悟の感覚が我に流れてきておるが、信じるからな!?」
パールが、使い魔としての繋がりから何かを感じたようだ。
まあ、だいたい合ってるな。
俺はチートツールを起動して、コードを順番に実行していく。
あんまりやりたくないが、気絶耐性や苦痛耐性のスキルをMAXにして自分のステータスを変更していく。
とにかく保険でHPはカンストさせて、それに伴う苦痛はスキルと気合で耐える。
「ぐふっ……。既に挫折しそうだ………」
「なるほど身体能力を上げて脱出しようというのだな!? 我の加護を最大に与えて苦痛を軽減してやるからの! 気合を入れるのだ!」
無理やり押し込まれるのではなく、体の中から温かい何かが湧き上がり、ステータスを大きく変えた時の苦痛が和らいでいく。
「すげえ、嘘のように楽になったぞ。 もっと早くこの加護をくれれば良かったのに」
「ただでさえ予想の斜め上を行くような輩に、そんな事をしたら何をするかわかったもんじゃなかろうが!」
そいつは至極ごもっともで……。
「うまく行かなかった時のことを考えて先に言っておく。 こんなどうしようもないやつに付き合ってくれてありがとうな。他のみんなにもありがとうって言っておいてくれ」
「そんな話は聞く耳を持たぬ、言っている暇があったら、さっさと脱出せぬか!」
「良いんだよ、こういうのは生存フラグなんだから、やらせとけよ。 それじゃあやるかー。 あー、あと先に謝っとくわ。 皆、ごめんな」
「何を……、ぐあ!? 貴様何を……ぬ!? 我のレベルを一気に上げおったのか!?」
「よし、キャストおふ!」
俺がパールのレベルアップのコードを実行すると、パールがビクンと震えたのでそのタイミングで着ていた鎧を全部アイテムボックスに収納する。
レベルアップしたときの苦痛や感覚が伴わない感じは、不公平な事に俺と比べてずいぶんと軽いようだが、急に大幅に上がれば流石にくるものがあるようで、鎧が無くなった分細くなった俺の足を再び捕まえる事ができず、俺は意図した通りに極彩色空間に放り出された。
「もし次に遭ったとき、俺が邪神の使途だったらパールが始末してくれよー、不意打ちしたみたいで悪かったなー!」
あ然と遠ざかる俺を見ているパールに、バチコーンとウインクしながら言った。
他にもっと良い方法があったかも知れないが、あの場では思いつかなかったし、ゆっくり考える時間も無かった。
パールまで道連れになったら、またはぐれた俺を、誰が見つけてくれるというのか。
レベルもガッツリ上げておいたし、こっちの世界の神が関わっている所限定とはいえ異世界へ自由に行き来出来るパールなら、きっと見つけてくれるだろう。
「断るし許さぬ! 良いか、必ず見つけ出して説教してやるからのー!!」
「一晩でも二晩でも大人しく聞いてやるよー!」
極彩色空間吸い込まれながら、あっという間に小さくなっていくパールを眺めながら、邪神対策のために今まで自分には使ったことの無いチートコードを実行した。
魔晶石を0固定にして、レベルを下げ、HP以外のステータスもこの世界来た当初の俺の一桁ステータス、これらも固定。
アイテムボックスを念の為空っぽにしてから使えるアイテムボックスの拡張分をデフォルトまで減らす。
そして、最後の仕上げに、俺のステータス欄からチートツールと、解析ツールを消した。
自分を死なないだけの「究極の役立たず」にする為にだ。
「痛い思いをして苦労して手に入れた物がゴミになるってどんな気持ち? ねえどんな気持ちー?」
その言葉を最後に俺の意識は極彩色な空間に飲み込まれて沈んでいった。
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私はコリンナ・ローデンヴァルトと申します。
イオリ先生がエルフの国で行方不明になってから、6年が経とうとしています。
あれからいろいろな事がありましたが、大きな厄災や大きな戦争等も無く世界は概ね平和と言えると思います。
イオリ先生を探しに行った、アリーセさんとパールさんがマルちゃんとしばらくして戻って来たときに、邪神に連れ攫われたと伺った時はびっくりしました。
でも、不思議と悲観した気分にはならなかったのは、私も含め皆さんに起こった変化? のせいと、パールさんが死んではいないと教えてくれたからだと思います。
変化というのは、あの日に突然、使えるスキルが増えたり、スキルのレベルが上がったりした事です。
アリーセさんのアイテムボックスに大量の魔晶石と国家予算を超える量の旧王国金貨が現れて、お父様が管理すると申し出るまでずっと挙動不審だったり、エーリカ先生の魔力が数日に渡り魔法を使っても枯渇しなくなって、Aランクの冒険者へと昇級を果たしたり、アンドレアさんがアイテムボックスを使えるようになり、その中に大量の希少な鉱物と、おそらくイオリ先生が作ったと思われる大量の魔道具が入っていたり、マックスさんの持っていた剣が全て神剣に変わっていて、教会と王国に勇者だと祭り上げられたりしました。
マルちゃんは、女性のようなシルエットの頭の無い操縦型のゴーレムスーツというゴーレムをいつの間にか使っていて、今は私のメイド兼護衛としてそばに居てくれています。 事情を知らない方はマルちゃんを私の使い魔だと思われているようですね。
パールさんはレベルが聞いたことのない程の高レベルになっていましたが、もともとドラゴンさんですから、どう反応したら良いかわかりませんでしたが、マルちゃんが私と一緒に居るので、メイドとして一緒に居てくれています。
たまに他国の諜報員や暗殺者なんかを魔法でぶっ飛ばしてくれているようですが、何故か世間では、それらを私がやったように思われているようで、なんだか手柄を横取りしているようで申し訳ないです。
そして私、コリンナ・ローデンヴァルトは、あの日突然2つのスキルが使えるようになりました。
そのスキルは「チートツール」と「解析ツール」といいます。
「解析ツール」というスキルが鑑定スキルの上位版だろうということはわかりましたが「チートツール」のスキルの使い方は、よくわかりませんでした。
何しろ、知らない文字目の前に浮かぶのですから。
イオリ先生が計算などでよく使っていた「アラビア数字」という数字だけは読む事が出来たので、この文字がイオリ先生の国の文字なのだと気が付いて、この文字何とか読めないかと翻訳の手掛かりを探していたら、なんとマルちゃんが文字の対応表のようなものをいくつか作ってくれました。
マルちゃん、字が書けたのですね……。 しかも私よりもきれいな字でした。
それによると「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「アルファベット」という文字の組み合わせのようでした。
パールさんいわく、このスキルが使えるようになったのはイオリ先生のせいらしいのですが、ある程度読み進めても「チートツール」の使い方は、よくわかりませんでした。
書かれている単語の意味はわかりませんでしたが、読み上げればパールさんが翻訳してくれたので、この言語を教えてもらうことになりました。
ただ「漢字」という文字は表意文字であるらしく、一字一字が意味と複数の読み方を持っている特殊な文字で、中々読むことができずに時間がかかってしまいました。
書き出してみたりもしたのですが、パールさんでも全部は読めなかったからです。
そこから数年が経ち、イオリ先生の流派のおかげで史上最年少で宮廷魔術師となった私は、仕事の傍ら、このスキルで表示される文字を少しづつ解読していったところ「チートツール」で表示される文字の中に、イオリ先生からのメッセージのような物があることを発見しました。
そこにはこう書いてありました。
『ジークサマ ノ イエノニワ チュウオウデ コレヲ Y ニスル イオリ キカン キット オソラク』
ソレを見つけたときに、深く考えもせずに、庭に飛び出て書かれている通りに、「N」と表示のある場所を「Y」へと変更をしました。
「特に何も起きませんね?」
「もきゅ!」
「え、上かくる?」
付いてきてくれたマルちゃんが上を指さして教えてくれたので、上を見ようとしたら、目の前になにかが降ってきて、鈍い音と共に庭に突き刺さりました。
人の型をしたそれは、頭から
肩口くらいまで庭に杭のように突き刺さっていて、ピクリと動きません。
私が驚いて固まっていると、ゴーレムスーツに乗り込んだマルちゃんが、ズポっと愉快な音を立てながら引っこ抜いて、その人を私のところに持って来てくれると、すぐに意識を取り戻して、こう言ったのです。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
了
ちょっと強引ですが
これにて完結とさせていただきます。
ご愛読ありがとうございました。