221話 パールのお説教
パールがやって来たので、一旦アリーセを呼んでダンスホールに集まった。
ダンスホールと言っても、ただ広いだけで壁やら装飾品等は他の部屋と余り代わり映えは無い。
強いて違いを挙げれば、でっかいカーペットが敷いてあったり、無駄にデカイシャンデリアがあるくらいだ。
「パールが来たのはわかったけど、この人数でこんな広い所に集まる必要ってあるの!?」
何だかアリーセが吠えているが、会議室なんてものは無いのだから、多目的ホールと言う事にして集まる場所にしただけである。
ダンスホールというだけあって、ホール中央にはテーブルや椅子等は置かれていなかった。
手頃なテーブルと椅子を他の部屋から持ってきて真ん中にちょこんと置いて、ホワイトボードも用意して、打ち合わせの体裁を取れるようにした。
確かに3人と1匹で集まるには広すぎるが、広いから駄目ってこともないと思う。
「とは言え、この船に窮屈な部屋など無いぞ?」
「窮屈まで行かなくてもいいけど、わざわざこんな広い場所のど真ん中に集まる意味が解らないわ! 天井から下がってるアレとか落ちて来ないの!?」
アリーセが頭上のシャンデリアを指差している。
「明るくて良いだろ? それに破壊不可オブジェクトだったやつだから、そこら辺の城壁なんかより頑丈だから安心しろ」
「ほう、この服と同じか。 それならばドラゴンが体当たりしても平気そうだの」
「破壊不可? ごめん、ちょっと意味が解らないわ……」
コンディションポーションのお陰でアリーセは大分落ち着きがあるが、効果が切れたらどういう反応になるのか非常に気になる所だ。
「もきゅー(はーい、お茶ですよー)」
「おう、すまぬのマルよ」
マルが全員にお茶を用意してくれた。
お茶は熱くもぬるくもなく、丁度良い温度で、渋みや雑味もなくストレートでもほのかに甘みがあって非常に美味かった。
「マル、おかわり!」
「もきゅ(はーい)」
「このカップ、真っ白でどうやって描いたか解らないくらい物凄く細かい絵が描かれてる……ジークフリード様のお屋敷でもこんなの見た事無いわ、一体お幾ら万ナールなのかしら? 取っ手もなんだか繊細な感じだし全体的に凄く薄いなんて、私なんかが持ったら割れちゃったりしないかしら? ティースプーンも金色だし、まさかこれ金なの!? それにテーブルクロスに細かい模様とかふさふさ着いてて、足を何処に入れていいか解らないわ……」
何やら息継ぎもせずにブツブツ言っているアリーセがカップを手に取る事を躊躇している。
カップの模様は商用利用OKなフリーの高解像度テクスチャーでよく見かけるやつだし、流石に持っただけで壊れたりはしないから、アリーセはちょっと落ち着いた方がいいと思う。
「マル、アリーセのはコレに入れてやってくれるか?」
マルに冒険者御用達の携帯用金属カップを渡す。
「もきゅん(いいよー)」
「あ、ありがとう! そーよ、私はこういうので良いのよ。 うん、ついでに椅子なんかも樽とか丸太とかで良いしテーブルも端っこの方に果実箱とかで良いから!」
「いやいや、そこまで卑屈にならんでも……」
いくら何でもそれは見た感じが、苛め状態に見えないか?
コンディションポーション飲んで割と冷静なはずなのにこんな事を言っているという事は、心底その方が良いって思ってるって事か……。
もしくは耐性でも出来て効き目が薄くなってきているのかもしれない。
うん、スルーしよう。
マルがお茶請けにパンを薄切りにして簡単な具材を乗せたカナッペっぽいものまで用意してくれたので、遠慮なくガツガツ食って、アリーセの要求を黙殺する。
「ふぅ、さて落ち着いた所で今後の方針であるが、イオリの魔力容量も然ることながら、この船やらポンポンと気軽に作ってくれる魔道具やらから発せられる魔力によって、想定よりも界渡りの魔法構築に手間取っておっての」
「え、あー、えーと、……それは面目ない?」
「何故疑問形になるのだ!? まったく、その様な事が無いように手足の5、6本もぎ取っても構わんから止めろと、加護まで与えてアリーセをお目付け役として送り込んだのに、止められなかったようだしの」
だから、手足は6本も無いわ!
さらっと、恐ろしい事を言わないで貰いいたい。
「アリーセよ。 お前を何のために送ったと思うておるのだ。 お目付け役が懐柔されて何とする!?」
「えっ、私!? ……懐柔、懐柔? あっ! えーっと、そのぅ、ごめんなさい……」
懐柔っていうと、あの弓のことだろうか?
パールがアリーセを叱るとか初めて見た気がするが、なんか今日のパールさんはご機嫌がすこぶる斜めあられるな。
やはり睡眠不足のせいだろうか?
「もきゅ(ご主人、他人事みたいに聞いてると、また怒られるの)」
マルがこっそりと俺に囁いた。
「そこっ! あまりイオリを甘やかすでない! 碌な子に育たぬぞ!?」
「も、もきゅ!(は、はいっ!)」
聞こえていたようでピシャリとパールにマルも叱られた。
って「子」ってなんだよ、こちとら良い大人だぞ?
「まあまあ、だいたい俺のせいでマルは悪くないんだから怒らないでやってくれ。 とりあえずコレを飲んで落ち着いてだな……」
ドラゴンに効くのか不明だが、パールにもコンディションポーションを差し出す。
もちろん課金アイテムの効果が長い方だ。
「ええい、自分のせいだと解っておって、何故自重出来ぬのかの!?」
パールがひったくる様に俺からポーションを取って、一気に煽った。
「ぶはーっ! なんだこれは!? モヤモヤした気分がスーッと消えおった!?」
「バステ……えーと、毒とか呪いとか麻痺とか病気とかそういう悪い症状を元に戻すポーションだ。 疲れやイライラなんかにも効くんだ。 とは言え精神的な問題は根本を解決しないと一時的なものだけどな」
「よくアリーセが飲んでおったヤツであろう? 依存性や副作用はないのか?」
「その依存性も治るっぽいけど、今のアリーセを見てると耐性はつくっぽい。 多分、耐性自体は防御反応だから悪い効果とはみなされないんだと思う」
初めて使ったときは、マジもん王族と顔を合わせても大丈夫だったし、ドレスも必要な事と割り切って普通に着てたはずだけど、今はさっきみたいな端っこで良いとか丸太の椅子で良いとか言ってるしな。
「まあよい、人が使って大丈夫な程度であれば、我には誤差の範囲だからの。 とは言え、怒る気がすっかり失せたのも確かだのぅ」
パールは腕を組み首をかしげている。
「休んだら良いんじゃないかな? どの道ジャンプポイント的な所には行かないと駄目なんだろう?」
「ジャンプポイントか、言い得て妙だの。 我だけであれば何処からでも界渡りが可能だが、人の身では大分辛かろうからな。 五体満足に界渡りをしたくば世界と世界の境界が薄い負荷の軽い場所から界渡りをする方が良いだろうの」
パールは、界渡りの仕組みや魔力量との関係について、事細かに説明と解説をしてくれた。
「……つまり、以前釣りに例えたと思うが、小魚を釣るのに太い荒縄を使わないのと同様に、その都度で適したセッティングを行わねばならぬわけだの。 よって……」
「せ、先生! 以前きいた話と重複してます! あと随分前からマルとアリーセが夢の世界へ界渡りしてしまいました!」
かれこれ3時間程パール先生の界渡り講座を聞いただろうか?
アリーセは開始10分、マルは1時間程で爆睡している。
一応俺は真面目に聞いていたが、そろそろ俺も限界が近い。 主にお茶飲み過ぎで膀胱あたりが……。
「ふむ……。 ではここ迄にして、我も少し休ませて貰うとするかの、人を死なぬように界渡りさせるのがどれ程骨の折れる作業か僅かでも伝わっていれば良いがの」
ふっと微笑むパールだったが、俺を見る目は笑って無いような気がしないでもない。
「マル!アリーセ! 起きよ! 無事に帰りたくば何もさせるなとは言わぬから、この問題児に大量の魔力を使うような事だけはさせないよう、よく見張っておくのだぞ?」
「うえ、あ、はい!」
「もきゅ!(はい!)」
テーブルクロスに着いたヨダレのシミに気がついて、血の気が滝のように引いているアリーセを尻目に、パールが席を立つ。
ひとまずお説教タイムとパール先生講座は終了なようなので、好きな部屋を使って良い旨を伝えて解散となった。
別れ際、パールが俺に近付いて来てポンと肩に手を置いたかと思ったら、顔を寄せて耳元で囁いた。
「後で話がある、一人で我の部屋へ来い」
次回更新は年明け1月9日の予定です。