220話 もう一人の保護者
「では早速、絶賛死蔵中の64cm拡散メガ魔導砲の試射を……」
こっそり作ったは良いが、使い所がなく、発射テストも出来なかった魔導砲を後方に向けて甲板に設置し、薬室魔晶石を10個放り込んだ。
以前魔晶石1個でもダンジョンをぶち抜いたので、10個なら短順に10倍とは行かずとも相当な破壊力が見込めるだろう。
一応安全性を考慮して、広く拡散させることで負荷を軽減するようにしている。
問題なく発射出来たら徐々に集束させていくつもりだ。
内径64cm、全長10mの無骨なアダマンタイトの砲身が俺の中二心を刺激する一品だ。
目標ラインとしては、邪神にも効いたらイイなあというくらいだが、軽くリーラ様あたりがビビる程度の威力が欲しいと思っている。
神に届く一撃が、地上で発射可能かどうかはわからないが、重課金者がガチャを引く位の気軽さで魔晶石を消費するスペシャルな武器を作りたい。
「よーし、では試射を始め……」
「もきゅー(ご主人、お電話ー)」
頭の上に黒電話を乗せたマルが、魔導砲の発射を止める。
なんだよ良いところだったのに、間の悪いパールだな。
甲板にウンコ座りをして受話器を持ち上げた。
「ぴ、ぴ、ぴ、
ぽぉ~ん。 16時18分40秒をお知らせします。 ぴ、ぴ、ぴ、ぽぉ~ん」
『貴様の人生終了の知らせをしてやろうかの!?』
「なんだパール怒りっぽいな、カルシウム足りてないんじゃないか?」
『飲まず食わずで界渡りの魔法を調整しておるからの、カルシウムも睡眠時間も堪忍袋の耐久度も足りておらぬ感じかの!』
「いやそれはサーセンした……。 いつもお世話になっております」
まさか不眠不休で対応してくれているとは思わなかった。
無事戻れたら肩でも揉ませて頂こうか……。
『まあ良い、イラッとはするが今更だからの。 ひとまず当面の食料を送っておいたぞ』
「ああ、さっき食ったところだ。 ありがとう助かるよ。 多少遅くなっても構わんからパールも休んでくれよ」
『別に1年や2年休まなかったくらいで、どうこうなる事もない、貴様の「ぽぉ~ん」が妙にイライラする程度だの』
年単位で不眠不休が問題無いとか生き物としておかしくね?
パールに今の状況を説明して、このままジャンプポイント的な場所に向かって良いのかとか、この場所がどういうところなのかを聞いてみる。
『そこは恐らく海と小さな島が幾つかあるだけの世界であろう。 まっすぐ進んで行けば問題無いの。 そこはまだ意思疎通が出来るような生命体はまだ居らぬはずだから、寄り道するでないぞ?』
「まだ……か。 これから百万年とか経つと現れるんか?」
『流石にその程度では無理であろうな、5億年程度はかかるであろうの』
「カンブリア紀かよ……」
まさかの恐竜時代よりも遥か前の世界だとは……。
アノマロカリスとかオバピニアとかハルキゲニアとかそういうのが居るんだろうか?
普通に襲われたら、見た目だけでオシッコチビリそうなキモイのが結構居たような気がするので、そういうモンスターに襲われないようにしたい。
よし、結界の魔力は切らさないように注意しよう。
そして、実験も前倒しでやって、武器の実用化も急がねばなるまいな。
オーバーキル? いやいや大は小を兼ねるってやつだ。
魔法なんてものがある世界だからな、備えて悪い事はないだろう。
『……ほぉ。 なんの実験を前倒しでやるというのかの? 大人しくしていろと、我が何度も言うたのは憶えておるかの?』
「あ、いかん、声に出ていたか……」
電話越しに新手のスタンド使いが出てきた時のようなサウンドエフェクトが聞こえてくるような気がした。
「我が貴様の身を案じておると言うのに、何故邪魔をするのかのぅ?」
おや、今のは何だか電話じゃなくて、すぐ後ろから声が聞こえたような?
受話器越しに聞こえてた大地を揺らすような恐ろしげな音も背後から聞こえてきているように思える。
あれ、マルがくるりと後ろを向いてソっと手で耳を塞いだな。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、表情を無くしたようなパールが黙って俺を見下ろしていた。
「いや、きっと幻覚だな。 ここにパールが居るわけがない。 まして、なんか禍々しい光と耳障りな低音を発する魔法を俺に向けて発動させてるなんてことあるわけがな……」
「幻覚でも、幻聴でも、拡張現実でもないぞ」
「げぇ、パール!? なんでここに!?」
あ、いかん腰が抜けた。
「貴様を戻す為の魔法構築と調整を優先していただけで、我だけならば簡単なものだ。 界渡りなど神の使徒の通常業務の一つでのぅ」
この異世界の神々が管理する世界間の移動について淡々と語る最強生物から放たれる威圧感に、本能的な圧迫感を感じて抜けた腰で後ずさる。
しかし簡単に逃してくれるはずもなく、俺が下がった分だけ当然のことながらパールも近づいてくる。
「そ、その魔法は人類が受けちゃいけないやつな気がする! 色合い的に!」
「貴様は人から大分外れておるから、問題あるまい?」
パールが一歩、歩くごとに甲板はミシリとおとをたてる。
アリーセの即物的な恐怖とは全く違う次元の精神的な恐怖と言うものを味わう。
例えるならば、アメリケンなホラー映画を見たあとに「戸締まりしっかりしなきゃなー」と思う感覚の恐怖がアリーセで、ジャパンなホラー映画を見たあとに「お祓いしとこうかな?」と考えてしまう感覚恐怖がパールだと思う。
邪神も感情を抑制するなら、恐怖を感じる部分を抑制してくれたら良かったのに、とか真剣に考えてしまった。
「ふう、冗談はさておき、勢いでこちらに来てしまったが、結果的に来て良かったかもしれぬの」
プシュ~っと発動仕掛けていた魔法と圧迫感が霧散した。
パールは、試射前の魔導砲を見ながらため息をついた。
「おおう、助かった……のか? あとちょっとでチビるとこだった……」
「神にその手を届かせる事が出来る貴様が、その気になったら我でも無事では済まぬであろうに、今、甘んじて我の魔法を受ける気であったろう?」
「はい?」
いや、甘んじて受けたいとか全く思っては無いんだけど……。
よくわからないが折檻は免れたようだ。
微妙に腑に落ちないという顔パールがもう一度ため息を吐く。
「まあ良い。 この魔道具とその中の魔晶石は我が貰うぞ。 没収ってやつだの」
「え? あ、はい」
言われたわけでは無いが自然と正座になってしまう。
パールは魔導砲の魔晶石が詰めてある薬室を開け、中の魔晶石を取り出すと、パクりと食べてしまった。
ドラゴンともなると鉱物も食うのか。
「むぐっ!? つ、詰まった……。 み、水……」
「おおう、大丈夫か? ほら水」
アイテムボックスに大量にストックされている水をジョッキに入れて、目を白黒させて胸をドンドンと叩いているパールに渡してやる。
「ごっごっご。 ぷはぁ! 長い事生きておるが、今まで一番死ぬかと思うたわ……」
「いや、500円玉よりデカイもんを丸のみなんかしたらそーなるだろ」
あんなに慌てたパールを見るのは確かに初めてだったが、最強生物がソレってどうなんだろう?
「ひとまず界渡りで使った魔力は補充出来たが、人の喉は小さくていかんの。 口も大きく開かぬし顎もかように細く弱いとは……。 ただサイズが違うだけならば比率で何となく解るが、形態まで違うとなるとなかなか慣れぬものだのぅ」
パールはしばし顎をしゃくったり、口を広げたりとぐにぐにと顔をいじっている。
「で、そういえばさっき、結果的にこっちに来て良かったとか言ってたようだが、何が良かったんだ?」
「おお、言うたな。 言いたいことは山ほどあるが、とりあえずなんじゃこの船は? 潤沢に魔力を使いすぎではないか! この船の周りの魔素の濃度が異常なほど濃くなっておるわ。 まったく、構築した術式の再調整が必要だの、コレは……。 他に何をしたか言うてみよ」
パールは俺がここへ来てから何をしたのかを細かく聞き、そしてコレから何をしよとしていたのかと、その意図などを事細かに聞いてきた。
お陰で正座のまま、小一時間ほどその話しに、付き合うことになった。
「良いか、イオリよ。 何でもかんでも魔晶石で賄おうとするでない! 扱いを間違えれば軽く人の国ぐらいは滅ぶのだ。 それだけ危険なものであると認識を持て」
大人しくお説教を聞いていたら、とりあえず、貴様呼びから名前呼びにまでは格上げされたようだ。
終始子供を諭すような口調だったのが気になる所だがココ最近で一番の危機は脱したようなので、安楽椅子にパールを座らせて肩を揉んで労っておいた。
「日頃の感謝を込めて、この今作った10枚綴りの肩叩き券をプレゼントしよう」
「……やはり童子か?」
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