214話 新兵器
「ニイチがニー、ニニンがシー、ニサンがロク、ニシが……なんだっけ?」
「もきゅ(ハチなの)」
「8だな」
ザカザカと鬱蒼とした森を歩きながら、アリーセが九九を唱えている。
ありがちではあるがこの世界の庶民の教育のレベルはそれ程高くはない、足し算引き算だけならともかく掛け算割り算ともなると途端に出来ない人が増えてくる。
アリーセもそんな中の一人だ。
以前に少し教えたりしていたのだがスッカリ忘れているようだったので、歩きながら出来るということで取り敢えず暗唱してもらっている。
アリーセ的には言語の兼ね合いで語呂合わせや、日本語の九九の音では無いの為ちょっと憶えにくいようだ。
ちなみに、なんで九九の暗記なんかをやっているかと言えば、マル以下はちょっとどうなのか? と思うところがあったようで、何か焦った様子で出来ることは無いかと俺に聞いて来たからだ。
しおらしいアリーセは大変可愛かったので、快く引き受け今出来そうな事ってことで九九復習をしてもらっている。
おとなしくしてれば結構可愛いんだよな、アリーセって……、大人しくしてれば……。
「……クシチロクジュウサン、クハシチジュウニ、ククハチジュウイチ!」
「ハイ良く出来ましたー。 時々ちゃんと憶えているか確認しておいた方が良いぞ」
「……はい」
モンスターが居るかもしれない場所でやることじゃないのだが、脳筋なところがあるアリーセ的には、待ってられなかったようでこの様な自体になっている。
警戒心無さすぎだし、正直どうなのか? とも思わないでもないのだが、九九の暗唱中でもモンスターの気配があると、いつの間にか矢が放たれていて遠くで何かが倒れたり落ちたような音が微かに聞こえたり、断末魔っぽいモノが聞こえたりするので、この場所のレベル的にアリーセには全く問題ないようだ。
ぶっちゃけ、俺の出番はアリーセの矢を補充するだけの係になっていて暇である。
「算数はどうしても口頭だけだと厳しいものがあるし、理科の授業にしようか?」
「う、うーん、どうしようかな……」
「もきゅ(焦っても仕方が無いと思うの、戻ってからでも遅くないから)」
「と、マル様がおっしゃられています」
「うあー、そ、そうよね、今やるような事じゃ無かったわね……」
がっくりと項垂れるアリーセ。
「あと、家事に関しては俺よりマルに教えてもらった方が良い気がするな」
「う、うん。 マルに教わるのかぁ……」
「もきゅ!(良いよ!)」
普段強気なアリーセがしおらしい様子はとても可愛いものがあるが、その雰囲気のまま予備動作無しに矢を放つのは、むしろ怖いからやめて欲しいと思う……。
アリーセを大人しくさせるなら高価な品物で囲むとか身分を振りかざす方が良いなー……、おっと、うっすら殺気を感じるので、この考えはこの辺でやめておこう。
「ところで、方角がわかるなら、時々降りて確認しながら飛んで行くってのは駄目なのか?」
「もきゅ!(駄目なの!)」
「うーん、うまく説明出来ないんだけど、駄目だっていう感覚だけあるのよ。 それに目標地点が動いているみたいなのよね」
よくわからないが、動いているというのなら、尚更飛んで行った方が良さそうな気もするのだが、そういうのなら従っておこう。
モンスターは見えないうちからアリーセが排除しちゃうし、ただ後ろをついて歩くだけなので暇で仕方が無いのだが……。
よし、歩きながらでも出来るからアリーセに以前売ったコンパウンドボウを改造しよう。
歩きスマホ歩き改造コードだな。
とは言え、そのままコードで数値をいじると弦が固くて引けない弓になってしまうから、せっかく持ってる生産系スキルを有効活用して、魔改造しようと思う。
アリーセが先の様子を見るために、マルと一緒に先行して視界から消えたので、今がチャンスとばかりに新しいコンパウンドボウを取り出し攻撃力を3倍程度に上げてみる。
試しに引いてみたが案の定俺のステータスでも引くのが厳しいくらいに弦が固くなったのでコンパウンドボウの滑車部分にゴーレムの部品を仕込み魔導アシスト機能をつけて引く力が何倍にもなる様にし、僅かな力でも引ける仕様にする。
仕組み的には非常に単純でミニゴーレムの足が自転車を漕ぐ様にコンパウンドボウの滑車を回すというだけのものだ。
引く力の感知や放つ瞬間の感知も魔法的な何かでやってくれるという、非常に非科学的なセンサーによって感知させている。
このセンサーは王都のある錬金術師が、女風呂内の映像をこっそり記録する際に誰も居ない時に作動させても魔石魔力が無駄になってしまうという問題点から作り上げた動体感知の魔道具の応用したものだ。
この魔道具を作り上げた日に即効でバレて磔刑様に吊し上げられていたらしいが、愛すべきバカに敬礼だ。
欲を言えば、矢が無くても魔力の矢を飛ばせるようにしたいところだが、アリーセにはアイテムボックスがあるし、俺が用意する矢の方が圧倒的強いので今回はその機能はつけなかった。
追加パーツには無駄にホーリーメタルを使っているだけに、見ためは非常に華奢だが頑丈で摩耗も少なく、動力に魔晶石を使用する事でハイパワー、ロングライドを実現させる。
ホーリーメタルを武器その物にする事はリーラ様との約束上出来ないが、追加パーツはゴーレムのパーツを、ほぼそのまま使ってただ回転をアシストするだけのものなのでセーフだろう、という希望的観測だ。
ぶっちゃけグレーゾーンな使い方だが、作っちゃったモノは仕方が無い。
そう、仕方が無いのだ!
そうやって作った魔導アシスト弓はコードが変わってしまうので、コードを取得しなおし、そこから品質をSにまで上げ、作り甘い部分をチートツールで完璧な出来に仕上げる。
何度か弦を引いてみて、アシスト出来る限界ギリギリまで、さらに攻撃力を上げて調節をしていく。
「ふう、こんなもんか。 作ってみればあっという間に出来てしまったな。 アリーセが帰ってくる前にちょっと試射を……」
「私がどうしたって?」
「うわあ!? ビックリした!」
「もきゅん(ご主人、ただいまー。 こっちの方から行けそうなの)」
音も無く背後から帰ってこないで欲しい……。
「あ、何その弓!? 見せて見せて!」
おおう、いつもなら怒られそうなところなのに物凄い変わりようだ。
もっと早く弓を作っていれば良かったかもしれない。
「ま、まだ試作品だからな?」
「うんうん、じゃあ私が試射してあげようか!?」
「あ、あー、うん……じゃあお願いしようかなー」
「任せといて!」
「もきゅ!(わーご主人スゴイの!)」
マルのスゴイには複数のことに対して言っていそうだが、ココはアリーセへの賄賂……じゃなかった、弓の出来がスゴイって言ったことにしておこう。
身の安全的に。
アリーセがいつもと違いゆっくりと魔導アシスト弓を引く。
真剣な顔で何かを狙っているようだが、俺にはヤブしか見えない。
お手本の様な綺麗なフォームで矢を放つと、弓にあるまじき破裂音がした。
アリーセのことなので、標的まではヤブや木々を縫うように矢を放ったと思うが、矢が通ったと思われる軌道上のヤブや木に生えている葉などが、ほぼ円型に穴が空いた。
ほぼ同時くらいにアリーセ的にしたであろう遠方の少し大きな木が一瞬ズンと少し低くなりそのまま手前に倒れ、土埃やら葉や草等が舞い散っている。
標的にした木後ろの直線上に生えていた不運な木々も道を空けるかのようにバタバタと倒れていった。
「……はい?」
アリーセの頭がギギギと後ろに居る俺の方を向く。
つい今しがたまでの楽しそうな表情のまま固まっているので、ちょっと怖い。
「私使う矢を間違えたかしら?」
「いや、普通の矢よりは遥かに高耐久で高品質だとは思うが、今まで散々使ってる特に能力の無い矢だったぞ」
ゲームで使ってた普通の矢だな。 この世界の矢と比べれば、歪みの全く無い完全に同じ矢が幾つもあるという点は非常に優れていると思うが、逆に言えばそれだけの矢である。
「……ちょっと私が持ってる、ごくごく普通の矢を使ってみるわ」
「どうぞー」
いつもなら、強過ぎるでしょ! とかツッコミが来ているはずなのだが、妙に冷静だな。
「もきゅー!(つよすぎるでしょー!)」
いや、マルよ、そう言われたいってわけじゃないからな?
ああそういえば、いきなり折檻をかますのを反省したとか、そんなことを言っていたな。
つまりあの程度なら寛大な気持ちで許してくれたのだろう。
アリーセが再度魔導アシスト弓を引く。
今度は標的を狙う事を止めたのか、随分と上の方に矢を向けている。
アリーセが矢を放つと、先程と同じ弓にあるまじき破裂音が響き、放たれた矢が一筋の光の軌跡を描き、まるで弓からレーザー光線でもぶっ放したかようになった。
昼間の明るい空でも視認出来るほどの明るいレーザー光線は目算100m位の長さで消えている。
「なるほど、プラズマ化してあそこで燃え尽きたか……」
先程と寸分違わず、アリーセがギギギと俺の方に顔を向ける。
「つ……」
「つ?」
「作り直しなさーい!」
パール「駄目に決まっておろう!」