203話 プロポーズしてみた
深い暗闇から急速に意識が浮上する。
体は軽いが、気分は重い。
体が軽いと言っても、何処か現実感がなくフワフワとしていて、高熱で辛い状態になって、そこから更に熱が上がって何が何だか分からなくなり、むしろ楽になったと感じてしまっている状態の軽さだ。
「ゔぁー、喉がカラカラだ。 口の中もカッサカサだな」
目は覚めたが、起きる気力が沸かずに、しばしゴロゴロしていたが、余りに口の中が乾いているので、水を求めて起き出す。
「もきゅ? もっきゅー(あ、ご主人起きたー)」
起き上がった俺に気が付いたマルが、もきゅもきゅと俺の元までやってくる。
今までは何となくの気持ちや思考だけしかわからなかった今までと違い、はっきりとマルが言いたい事が解るようになった。
翻訳スキルも言語は翻訳出来ても、鳴き声は翻訳出来なかったからな。
「マル、すまないが水を一杯持ってきてくれないか? 喉どころか口の中もカラカラなんだ」
「もきゅ!(らじゃ!)」
マルが給湯器までダッシュしていき、マグカップに冷水と温水を半々くらいに入れて両手に持ち、桶も一緒に持ってきてくれた。
「もきゅきゅ(うがいしてから飲むの、桶にブクブクぺーとガラガラペーってするとイイの)」
「お、おう、ありがとなマル」
マルの気遣いと、賢さに驚愕しながら、ぬるま湯でうがいをする。
短い鳴き声に随分と意味が込められてたんだな……。
うがいをしている間に、マルがさっきより少し温かいお湯を丼に入れて持ってきてくれた。
「もきゅ(ゆっくり飲んでね)」
「ありがとう、マル」
俺から、うがいをした桶を受け取って、代わりに丼を渡してくれたので、丼からお湯を飲む。
熱くも温くも無い程度のお湯は、乾きすぎた喉にも、非常に飲みやすかった。
一気に飲み干して一息ついたら、マルが出しっぱなしコタツの上で、器用にお茶を煎れてくれた。
「もきゅ(ご主人、ココに座って、フミフミしといたの)」
コタツ備え付けの座布団をペシペシ叩いて呼ぶので、強化されたステータスでぶっ飛ばないように慎重に移動する。
「もきゅ(粗茶ですが)」
「あ、どうも」
熱々のお茶を差し出してくれた。
落ち着いたが、マルの気遣いレベルが高すぎる……。
なんだっけなコレ、一休さんかなんかで似たようなエピソードがあったような気がするぞ。
「もきゅ(これで顔を拭くとサッパリするの)」
温かい濡れタオルまで渡してくれた。
気が利くなマルは。
そーいや洗面所までは作って無かったな……。
ゔぁーっとオヤジ臭い声を出して顔を拭く。
マルが「お腹空いてない? これならすぐ食べれるの」と頬袋の中から差し出された、少し湿っていて、生暖かい高級ペットフードをくれた。
流石に「それはマルの分だから気持ちだけ貰っておくな」と丁重に辞退をさせてもらった。
茶を飲みながら状況を聞く事にする。
「で、マル、俺はどの位寝てた?」
「もきゅーん?(あれの短い棒が、8回回ったくらいだと思うの?)」
マルが時計の文字盤を指して教えてくれた。
短い針8回転ってことは4日くらいで目覚めたようだな。
頭をボリボリ掻いて、体がの状態を確認しないといかんなーと思っていると、髪に何か引っかかっている事に気が付いた。
なんだろうと思って、何本かの長い友を犠牲にして取ってみると、マルに渡したはずのホーリークリスタルを使ったアミュレットであった。
「マル、これは?」
「もきゅ(ご主人寝たから着けたの)」
「えーと、それは俺を護る為か?」
「もきゅー?(そーだよ?)」
何を当たり前なこと聞いてるのー?といった雰囲気で首をかしげるマル。
一応、俺自身も邪神のちょっかい対策に、しっかりアミュレットは身につけているが、マルが自分のアミュレットを追加で俺に貸してくれたらしい。
邪神に狙われたら、自分もヤバイって事は、パールが言い聞かせていたから、賢いマルはよく分かっているはずだが、当然のようにアミュレットを俺をに使う、マルの優しさに全俺が泣きそうである。
「マル! 結婚してくれ!」
「もきゅ!(やっ)」
ぷい、っと顔を背けられ即座に玉砕。
俺のプロポーズは失敗に終わった。
「もきゅ!(生産性がないの、種族が遠すぎるのは、めっ!)」
「え、あ、スミマセン」
なんだか、物凄くクールでまっとうな理由で断られたようだ……。
人とはちょっと違うが、マルなりの倫理観があるのだな。
まあ、マルは雄でも雌でも無いみたいだが……。
「とりあえず、外で体の動きがどうなったか調べてくるわ、障害物が無いから確認しやすそうだし」
「もきゅ(いってらっしゃいご主人ー)」
マルが小さな手をフリフリして見送ってくれる。
ゲームの回復アイテム「携帯食」という名の、どう見てもカロリーの友的な栄養ビスケットをアイテムボックスから取り出して、モソモソと栄養補給しながら、拠点から少し離れる。
軽くストレッチをして、走ってみる所から始める。
「慎重にいこう、せーのっ、ぶへら!!」
ちょっと走ろうとしたら、今までどうしてちゃんと歩けてたのか? と思うくらい足がするっと滑り、顔面で着地をしてしまった。
「イテテ、靴の滑り止めはちゃんと機能してるのにこれか……」
すっ転んだままの姿勢で、靴に異常が無い事を確認した。
地面が固くてスパイクが刺さっていないか、逆に地面が柔らかすぎて機能を果たしていないかのどちらかだろう。
この世界に来たばっかりの頃に、派手に吹っ飛んだ事を思い出して、慎重にゆっくりと体を起こす。
あの時は空に打ち上げられてひどい目にあったからな。
「ゆっくり、慎重に、よし、徐々に加速させていこう……」
徐々に加速させて行くとある程度の速度まで行くと足が滑り始め、靴の滑り止めなど無かったのだとでも言うかのように思ったように加速が出来ない。
「これじゃあステータスの持ち腐れだな……って、しまった、これどうやって止まれば……」
そう思った時に、無意識に曲がろうとしてしまい、グリップ力の無い靴は当然のように横滑りし、足がもつれて派手に転倒。
「おぎゅっ、るっ、ぱっ!」
転倒した勢いは止まらず、バウンドしながら真っ黒で平坦な地面を滑っていき、4回転半くらいしたところで止まる。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
走り方なり、装備なりを見直さなければ、このままでは全力で動く事もままならない。
滑らないぎりぎりの速度を見極めながら拠点の方向に戻っていく。
かなり離れてしまったが、遠くなっても、浮かぶように拠点が見えているので助かる。
かなりの速度で走れているとは思うが、周りが真っ黒空間なので、どの程度の速度で走っているのかは、空気抵抗程度しかなくわかりにくい。
等間隔で何か置いておいたほうが良さそうだな。
「障害物が沢山ある所で走る自身が無いな……。 衝突する未来しか見えない」
続いてジャンプ力を調べる。
こっちは、時間を測れば滞空時間で大体の高さと初速がわかるだろう。
グッとしゃがみ、垂直にジャンプをする。
「うーあーーーーーーーーーー」
体に結構なGがかかり、体が空中に投げ出される。
そこで、初歩的なことに気が付いた。
「姿勢をうまく保てない!」
本当に垂直に跳んだのであれば、そのまま落ちてくるのであろうが、若干垂直からは外れていたようで、徐々に体が回転してしまう。
慌ててジタバタするが、アクションの経験もスカイダイビングの経験もないので、どの様な姿勢を取ればよいのかわからない。
「か゜っ!」
結果、余計に変な姿勢になってしまい、重心の問題か頭から地面に激突する羽目になった。
「HPを上げていなかったら即死だった……」
無駄に頑丈になったせいか気絶する程のダメージは無かったが、痛いものは痛い。 それも物凄くだ!
しばし、痛みに耐えるのに時間を要した。
気を取り直し、他の検証を始めるが、武器を振り回したら武器に振り回され、投擲しようとしたら物凄く重い物を投げた時のように反対方向にバランスを崩してすっ転び、格闘動作では案の定マタサキ状態になって悶た。
アクロバット的な動きは、地面を蹴る時に早すぎて滑るか、飛び跳ねたときの滞空時間が長くなって、変な踊りのようになってしまって、使えないという、散々な結果に終わった。
「あ、そういや身体制御のスキル使ってない!」
早く気が付け! と自分にツッコミを入れ、イヤイヤ、パッシブでずーっと効いてると思ってたんだよと、自分に言い訳をする。
うん、虚しい。
そして、身体制御のスキルを使って、もう一度同じテストを行ってみたが、結論から言えば、焼け石に水と言うところだった。
頭から地面に激突しなくなったくらいだ。
「まあ、俺がどう動こうと、摩擦が足りない部分はどうしようもないよな……。 結局動ける範囲で慣れていくしか無いのか……」
転んでも、うまく転ぶ事が出来るようになったので、魔道具の使用も視野に入れて効率の良い動きを模索することにする。
「ふむ、装備で重量を増やせば、いくらかマシっぽいな」
筋力的に多少重くても問題がないので、しまいっぱなしだったウォリクンスーツを引っ張り出して、それに可能な限り鎧装備を重ねてひたすら重量をあげ、ガッシャガッシャと動いてみたら、意外と動きやすかった。
ウォリクンスーツはキグルミのベースなので、色々と取り付けがしやすく作られているため鎧の各パーツの貼り付けも容易に出来るのである。
重量が増える分、動き出したあと止まりにくくなったとも言えるが、姿勢は変えられるので、ヘッドスライディング等で止まれば何とか止まれるし、吹っ飛びにくくなったので、随分動くのが楽だ。
「拘束具じゃなくて、スタビライザーとかカウンターウェイト的な扱いだなこりゃ」
どっかのヤサイ星人みたいに、重たい服とか着た方が良いかもしれない。
「もっきゅー(ご主人、そろそろご飯食べるのー)」
検証を進めていると、エプロンを着けたマルが俺を呼びに来た。
「え、もしかして料理してたのか?」
「もきゅっ(そーなの、ご飯作ったの。ご主人、一緒にたべるの)」
「そ、そうか、あーじゃあご馳走になろうかな……」
正直不安である。
気持ちはとても嬉しい、しかし、マルは非常に賢く器用で人と同じ物も食べるが、基本的な食性はネズミである。
目覚めたときも頬袋から出した食べ物をくれようとしたわけで、雑食のネズミらしく虫等も美味しく食べてしまうのだ。
どう断ればマルを傷つけないかと考えながら拠点に戻ってコタツに座ると、鍋にシチューの様な物が用意されていた。
しかも、ランチョンマット敷いた上に食器が綺麗に並べてある。
「もきゅ(さあめしあがれー)」
マルが鍋からシチュー深皿に盛り付けて俺の前に置く。
見た目も香りも普通の、いやむしろ美味しそうなシチューである。
こんなものを作れる食材は無かったはずなのだが、いったい何処から手に入れたのか?
「もきゅきゅ(パールが送ってきてくれたの)」
ふむ、なるほど、既に出来ているシチューが届いたというのならば納得だ。
これなら安心して食べられるな。
「いただきます」
「もきゅ(いただきます)」
これはうまい。 ホロホロになる迄ワインで良く煮込まれた肉と、僅かに原型を残すよく味の染みた根菜が、見事に調和している。
そして、どこか懐かしいブラウンのソースが絡み合って、いつまでも食べてしまえそうだ。
食に関する執着の薄れてしまった俺でも、これは素晴らしい、また食べたいと思える一品だ。
「ふうー、ご馳走さま。 一気に食ってしまったー」
「もきゅ(おさまつさまー、腕によりをかけたて作って良かったの)」
ん? やっぱり作ったって言ってるな? 準備したり温め直した事を言っているのか?
ふと、部屋の端に出した憶えのない、魔道具とはみ出すほど食材の入った木箱が置かれている事に気が付いた。
あの魔道具は見たことがあるもので、キッチンに置かれている、グリル付きのコンロだったはずだ。
コンロの脇に剥いた野菜の皮やヘタがバケツにまとめられている。
「え、まじでマルがイチから作ったのか!?」
「もきゅきゅ(そーなのよーマルが作ったの
)」
料理もプロ顔負けな腕前とか、賢いという域を超えている。
気になったので、マルに解析ツールのターゲット向け、ステータスを見てみる。
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名前:マルモア
種族:クレバーファーラット ファミリア
主人:イオリ・コスイ
年齢:3歳
レベル:40
HP:346
MP:574
スタミナ:412
筋力:89
敏捷:78
知力:657
器用:480
体力:97
魔力:178
頑健:76
精神:873
物理攻撃力:53
魔法攻撃力:740
物理防御力:72
魔法防御力:515
称号:脱走名人 献身 セラピスト 古龍の加護(特) 家事万能 頑張り屋さん イオリの悪影響
スキル
パッシブ:人語理解
:異世界知識(小)
アクティブ:初級魔法 LV2
:賢鼠魔法 LV4
:伝心 LV3
:料理 LV5
:洗濯 LV4
:掃除 LV4
:裁縫 LV2
:子守 LV5
:計算 LV3
:遠話 LV2
:射撃 LV2
各種コード
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なんだこのスーパー主婦みたいなステータス……。
賢鼠魔法とかユニークスキルっぽいものまで憶えてるし、そこら辺の人より、大分賢い。
加護は多分パールだろうけど、家事万能とか称号がつくほどか。
思わず、マル顔を見てしまう。
「もきゅーん?(なあに?)」
「マル、結婚してくれ」
「もきゅ!(やっ!)」
マルが「〜の」と言うのはパールの影響です。
マルなりに真似しています。




