192話 世界結界なるものと邪神対策
現在の状況を確認した俺は、考えていた内容を皆に告げた。
「俺は勇者では無いが、リーラ様から直に神刀を頂いた事で、邪神が俺の事を狙って来ているというのは知っていると思う……」
「わかりましたわ。 お好きなようにすれば良いと思いますわ」
「巻き込む危険があるから……って、返答早!?」
俺が今後の腹積もりを話終わらないうちから許可が下りてしまった。
建前とは言え、護衛という立場なのに、危険を呼び込むというのは如何なものか? と考え、パーティから抜ける旨を告げようと思っていたが、あっさり了承である。
いや、なんというか、もっと引き止められたりとか、心配の言葉とかそういう台詞を期待し……。 いやなんでもない、ここは空気を読んでクールに去らねば。
「イオリさんだけの問題と言うわけではありませんわ。 その邪神というのが、どのような目的でイオリさんを狙って来ているのかが、まず不明ですわ。 ですので、手分けをして情報収集を致しましょう。 排除が目的だとしたらアプローチが非常に消極的だと言わざるをえませんし」
あ、なるほど「手分け」ね。
てっきり、さっさとパーティから出てって欲しいって言われてるのかと思って涙目になるところだった。
あ、いや、もしそうだったとしても、もとからそのつもりだったのだから悲しくなんかは無いが。
本当だぞ?
「あれだけ迷惑ばかりかけておいて、慕われていると思う方がどうかしていると、我は思うのだがの」
「心を読まないでもらえるかな!?」
「心配されているうちが華であるぞご主人様よ?」
「ぐう」
ぐうの音も出ないとはこの事か。
出たけど。
「普通に考えたら、コイツが神刀を授けられたからって考えちまうが、簀巻にして溺死を狙うなんてことをせずに、一斉に襲いかかった方が早いし確実なはずだろ? それに転移なんて事が出来るなら簀巻のまま有利な場所に拐う事だって出来たはずだよな?」
マックスが右手で顎をしゃくりながら考えを述べる。
俺もその辺は疑問に思っている。
「難しく考えないなら、単に何か制約とかがあるか、神様が何かしてくれてるんじゃなないかなーって思うよー?」
まあ、ワトスンの言うように、邪神とは言え神だから、この世界に干渉するのに、何かしらのルールに縛られるとかは、有りがちと言えば有りがちな話ではある。
リーラ様とかが世界規模で結界みたいなものを張っている可能性もあるしな。
「その辺、何か思い当たることは無いかパール?」
一番その辺の事情に詳しそうなパールに聞いてみる。
もしパールも知らないというのならば、魔晶石ガン積みガチャでリーラ様召喚をして直接聞いてみよう。
「ふむ……。 禁則事項に抵触する内容なので、我の口から言うのはちと憚られるが、言わんとご主人様が、またやらかしそうな顔をしておるの。 まあ、大まかにならば良かろう……」
バレてる……。
メイド姿なクセに、ソファーに踏ん反り返り、偉そうな態度で語りだすパール。
いや、パールは一応エンシェントドラゴンだから、生物的に最上位と言って良いので、偉いっちゃ偉いんだが……。
「ヌシ達の想像の通り、この世界には神々によって護られておる。 が、これはすべての厄災から護るような都合のよいものではない。 そもそも……」
パールの話は、世界結界の成り立ちから始まり、存在する意味、結界の構成、神々の思惑等、数時間にわたり「禁則事項」とか「大まかに」とは何だったのか? と言うくらい話が続いた。
「……しかるに、稀に起こる次元振動によって引き起こされる、世界の揺らぎは一定の……」
「あいや、よく解った! パールありがとう。 もう大丈夫だから!」
「む? そうか? まだ世界結界に関する内容の1割も話しておらんのだがの……」
「その話は人類にはまだ早いようなので、ワープ技術が確立されるまで接触は控えといてくれ」
難解で脱線の多いパールの話に俺とエーリカ以外全員、スヤスヤと夢の世界へ旅立ってしまっている。
壷を持ってぷるぷるしていたアリーセですら、壷を抱きかかえて寝落ちしているあたり、なにか精神に及ぼす魔法でも使ったのでは? と疑いたくなるレベルだ。
話をまとめてみると、まず邪神が何故神々と敵対しているのかということと、何がしたいのかはパールは知らない。
この世界は神々が作った結界で覆われている。
この結界は、他の次元からの影響や神々の力等、世界を破壊しうるものからこの世界を護るものである。
しかし、この結界は目の荒い網のようなもので、力の小さなものは素通りしてしまう。
邪神が直接この世界に力をふるうことも覗く事も出来ないが、この世界の生物を使徒のような存在にし、入り込ませたり間接的に干渉することは可能である。
世界結界は規模はまったく違うものであるが、結界を生み出す魔道具の……、えーと、なんとかラートアーの設定と共通点も多いようだった。
パールの話で全体の8割以上を占めていた、浮動マナがどうのこうのとか、結界の構造を数式化して魔力の消費箇所がどうのといった、神ならぬ身でこの結界を認識する為の修行方法とか、人類には実行も再現も不可能なものの講義や、うっかり躓いて世界を壊しかけたリーラ様に関する恥ずかしいトリビアや、自分の武勇伝とかの話は、必要だったのだろうか?
うん、何度も考えてみたが、要らない話だな。
必要な話だけなら数分で終わる。
パールにこの手の質問をする時は気を付け
よう……。
「大変興味深いお話でしたわ。 とにかく、邪神からのアプローチが弱い理由が、リーラ様が護ってくれているお陰ってことは解りましたわ」
「だいたいあっておる」
「それじゃあ、あんまり警戒しなくても大丈夫なのか?」
「そうとも言えん、目の荒い網の中には入る事が出来なくとも指を突っ込んで掻き回す事くらいは出来てしまうからの。 指先だけでも神の力は侮れぬ」
小さな虫を、網や虫籠の隙間から指でプチっと潰すシーンを想像して、なるほどと納得した。
「あ、じゃあ、その指先を噛み付いたり刺したりすれば、迂闊に指を突っ込んで来ないんじゃないか? 俺等だってスズメバチやセアカコケグモとかヒアリが居るとこに指なんか突っ込みたくないぞ?」
「その生き物はこの世界には居らぬが、確かに有効そうだの。 しかし、何処かから来るかわからぬのに、その対処をするのは難しいであろう」
「いや、別に本当にやらなくても良いんだよ、邪神は結界の中を覗けないし、この世界の神様は全知全能ってわけじゃないんだろ? じゃあ、指突っ込んだら蜂が居るかもしれないって思わせるだけで良いんだ」
俺は、思いつくまま、対邪神対策の概要を説明してみた。
「……なんと言いますか、嫌がらせに関しては、イオリさんは邪神よりもよっぽど意地が悪いと思いますわ」
「うむ、しかも自分の身を危険に晒すというのに、なぜそうも楽しそうなのだ?」
あれ? おかしいな、誰でも考えつきそうだし良いアイディアだと思ったんだけど、エーリカやパールの俺を見る目がなんだか冷たい。
癖になったらどうしてくれる。