176話 意外な戦闘力
キリキリとロープが軋む音だけを響かせながらゴンドラは上へ上へと登ってゆく。
既にちょっとしたビルの高さくらい迄登ってきているがまだ頂上には着かない。
「おーコイツはすげえな、塔なんかに登るよりも遥かに高いんじゃないかこれ?」
マックスが眼下に広がる緑のカーペットを見てはしゃいでいる。
「そーいや、マックスもココに来るの初めてなんだな」
「ん? ああそうだな。 こっち方面の依頼なんて珍しいからな、情勢も安定してるし交易も決まった商人だけしか入れないから他国に居る冒険者が来る機会なんてほぼ無いんだよ」
仕事が無いから来なかったってわけか。
「我々エルフは基本的に森で起こった事はモンスター対策を含めて自分たちで対処してしまいますからね、冒険者への依頼となると森の外に関する内容になって来るんですよ。 そうなると、依頼を出す内容が殆ど無くなってしまうんです」
ギャスランさんが補足で説明をしてくれた。
「へえ、モンスターも対処してしまうんですね。 そうするとエルフの国って冒険者があんまり居ないんですか?」
エルフといえば魔法が強いとか、長生きな分技術の熟練度が凄いとか、そういうイメージがあるが、平均戦闘力も高いのだろうか?
「そんなには居ませんね。 まあ、森の外での依頼が多いようですから、所属している冒険者は居ても、森の中で活動している冒険者が非常に少ないんですよ。 他種族の方はともかくエルフで冒険者をやろうというのは私や私の家族みたいな変わり者だけですな」
「ギャスランさんも冒険者登録をされてるんですか?」
「私はしておりませんが、娘がEランクの冒険者をしておりますね。 主に移動に便利なので登録しているだけですので、あまり積極的には活動しておりませんがね」
まだまだ娘にはスネをかじられてますよーと笑うギャスランさんだったが、うっすらと親バカオーラを感じる……。
気にはなるが、娘さんのこととか聞いたら、どう転んでも面倒くさそうなので「パパは大変ですねー」と適当に流しておいた。
流したはずのギャスランさんの話が、娘さんの幼少期の頃の話まで遡りそうになったところで、甲高く長い笛の音が聞こえてきた。
なんの音かと首をかしげていると、ゴンドラの操作をしているエルフの青年が説明をしてくれた。
「世界樹を好んで食おうとするモンスターが現れたという合図です」
「そんなのが居るんですね」
巨大すぎて樹皮が分厚く岩のような質感を放っているが、コレを好んで食うとは物好きなモンスターもいたものだ。
あ、葉の方かもしれないな、名前的に死者蘇生しそうだし。
「見えました! ドリルビートルのようですね」
なんだその浪漫半分持ってるモンスターは?
距離感はよくわからないが、人差し指の先位の大きさに円錐状の螺旋を描いた角を持つ、カブトムシの様な昆虫型のモンスターが10体ほど見えた。
「数体こちらに来ます! ああ、我々が間違いなく仕留めますのでご安心を」
臨戦体制を取る俺らに、ゴンドラを操作するエルフが籠に括り付けてあった弓を鮮やかな手つきで構え、自信満々にそう言った。
うーん、ゴンドラが止まってしまっているし、戦闘はこっちに任せてもらって良いから、さっさと上に登ってくれないかな?
「引き付けて確実に落とすぞ!」
エルフ達がキリキリと弓を引き絞り、狙いを定めていると、俺らの少し上のゴンドラから、矢が放たれたのが見えた。
「まだ遠いぞ! 上の連中は何をやっている!?」
そう、こっちのゴンドラのエルフが言うが、あの矢の軌跡はよく知っている物だったし問題無いと思う。
「大丈夫、アリーセの矢なら確実に仕留めるぞ」
「何を馬鹿な……」
とまあ、こんな悠長な会話が出来るほど遠くを飛んでいたようだが、間もなく先頭の1体がぐらりと揺れて失速し、森に落ちていった。
それを合図にしたかのように、上のゴンドラから、無数の魔法の光弾と矢が放たれ次々とドリルビートルが落とされていく。
多分、アリーセとエーリカが自重なくやってるんだろう。
「あの硬い頭部をこの距離から撃ち抜いただと!?」
エルフ達が驚愕の声をあげる。
あーなんというか、うちのメンバーがスミマセン。
「はっはっは、相変わらず攻撃力がおかしいですな。 しかし、エルフとして道中はともかく森の中で遅れをとっては居られませんね」
どっこいしょと、ゴンドラの中で座っていたギャスランさんが弓を持って立ち上がった。
そう言えば、ギャスランさんが戦うところはまだ見た事がない。
ぶっちゃけメタボなおっさんなので、戦えると思っていなかったというのが本音であるが……。
ギャスランさんは素早く弓を引くと、引き絞りもせずにすぐに矢を放った。
放たれた矢は、10mほど飛んだ先で急加速し不自然なほど直線的にドリルビートルまで飛んで行き、周りを飛んでいたドリルビートルを巻き込んでドカンと爆発した。
「学園で私が教えている戦術の一つ『クイックトリプルエンチャント』です。 その場の状況に合わせて同時に3つのエンチャントをかけています。 今のは『風避け』『加速』と、イオリさんの講義を参考にさせて頂いた『爆轟』ですね」
「一瞬で3つのエンチャントをかけるとか、学生には難しいんじゃ?」
「飛んでいく矢に3つのエンチャントをするのは、少々難しいかもしれませんが、剣や槍等の手に持って使用する武器になら、組合せの相性さえ押さえておけば子供達にも十分対応可能ですよ」
臨機応変に対応出来るというのがポイントなようだ。
エンチャントもイロイロ出来て面白そうだな。
電流1Aのエンチャントとか、高速回転のエンチャントとか、圧縮や膨張のエンチャントとか。
「1Aが何かわかりませんが、それはエンチャントと言うより魔道具作成になってませんか?」
おっと声が漏れてたか。
「よしソードマスターマックスも何か披露してくれよ!」
「お前、俺が近接戦闘しか出来ないと思って言ったろ?」
「イヤイヤきっと斬撃を飛ばす位の芸当は出来ると思ってるよ?」
「ニヤニヤすんなこの野郎。 よししかとその目で見とけよ!?」
マックスはベルトに括り付けてあった20cm位のナイフを取り出した。
「なんだよ、ソードマスターが投げナイフなのかよ」
「これだって剣のカテゴリーなんだよ!」
「短剣も剣ってことかー、地味だけど便利だな」
「地味言うな、実戦で派手さとか優雅さとか意味ネーだろーが」
マックスが半分くらい怒りながら、まだ普通の矢の射程範囲外のドリルビートルにナイフを投げた。
投げたと時のモーションは、必要最小限と言った非常に洗練されていて、不覚にもこれはこれでカッコイイと思ってしまった。
何かのスキルだったのか、コンパクトな動きだった割には大きな力が掛かっていたのか、マックスがナイフを投げた瞬間にゴンドラが大きく揺れた。
ナイフは緩い放物線を描き、見後に命中。
失速したドリルビートルが墜落して行った。
「チッ、マックスのクセにカッコイイじゃないか。 よし次は俺の番だな!」
「あの、スミマセンが、ゴンドラが揺れて連携が取れなくなるので、
手出しをしないで頂けますか!?」
引き付けろって言っていた方のエルフに厳重注意を受けてしまい、俺の出番が無くなってしまった。
試作の魔導銃の実戦テストが出来ると思ったのに無念である。
いい笑顔を俺に向けてくるマックスのイケメンフェイスが無性にムカつく……。




