174話 世界樹
カードをエンチャントして実用的な武器として使うという、ファンタジーな世界ならではな使い方で受け入れられたトランプであるが、おれがフラリッシュという、カードマジックなどで使う曲芸を少し披露してみると、それを何に使うのかを考察し始めた。
曲芸と言っても、素人でも出来る程度のものだ。
カードをぐにっと曲げて、ビョロロロっと空中に撒き散らしたり、手の後ろに見えない様に隠し持ってパッと出す手品、それといくつかのシャッフルを見せただけだ。
「すぐに思いつくのは、至近距離での目くらましですかね?」
「何も持っていないと見せかけて、投げつけるのも良さそうだけな」
「この素早くカードを混ぜることの利点は?」
「そうですな、その場でするエンチャントだと、人によってはどんなエンチャントであるか見破って対策を立てられてしまいますから、複数のエンチャントをまんべんなくまぜて対応しにくくするとかでしょうか」
「風で矢を逸らすウインドシールドとかいったか? あれの対策に曲がらずのエンチャントをかけた物まぜてみるというのはどうだ」
「投げる方も何かわからないという難点はありますが、対策は取りにくいですな」
「我が思うに、それならば混ぜた物と単一のエンチャントをかけたもの、何もエンチャントしていないものと3セット持っておけば良いだけでは無いのか?」
俺、置いてきぼりで、ギャスランさん、マックス、パールの3人で何だか盛り上がっている。
「もきゅーん?」
「ん? どうしたマル。 ああ、うまく投げられないのか」
マルが飛ばなーい? と言っているので見てみると、カードを投げようとしているが、うまく投げられずヒラヒラとなってしまうようだ。
「これをうまく投げるにはある程度手の大きさが必要だからな、マルの手だとちょっと小さいかな」
「もきゅぅ……」
カード投げは手首のスナップで投げるので、マルの小さな手ではストロークが足りないのだろう。
「マルよ。 お前のサイズではそれを投げるのは難しかろう」
「もきゅー……」
「皆と一緒に投げたかったのか。 ふむ……」
もきゅっ、もきゅっ、と何度もカードを投げようとするが軽いカードはすぐにヒラヒラと舞ってしまい、上手く投げられていない。
「ご主人様よ。 あーいった物を安定して投げるにはどうすれば良い?」
「そうだな、単純には重量を増やすのが手っ取り早いな、それと投げた時にカードの回転を早くブレなく出来れば良いと思う。 ようはペラペラだから投げにくいんだよ」
「ということは、こんな感じでどうだ? ほれマルよ、これで投げてみるがいい」
パールがパチリと指を鳴らし、マルが投げているカードになにかエンチャントを掛けたようだ。
「もきゅーん? もきゅ!」
今まで片手で投げようと頑張っていたマルだが、今度は両手で挟むように持って投げようとしている。
見た感じ力が入っているように見えるので、もしかしてマルが片手で持てないくらい重くなってるんではなかろうか?
マルが勢い余って、くるっと一回転してからカードを投げた。
とっても頑張ったようだったが、残念ながらカードは勢いなくへロヘロと飛んでいる。
一応投げられたから良かったかな?と思った次の瞬間、カードがブゥンと音を立てて高速回転をしだした。
カードの回転数が徐々に上がっていき、風切り音が高音になったところで、急激に加速しとんだ先にあった太めの木の枝をスカッと切り飛ばした。
「……あーマル。 それ基本的に使用禁止な」
「もきゅっ!?」
なんで!? ってお前、それ絶対俺がお説教くらうパターンだろ。
よくよく考えたら、これエンシェントドラゴンがエンチャントした武器になるんだし……。
「もきゅもきゅっ!!」
え、ご主人だってツムガリキャノンとか作ろうとしているのにズルいって?
「しー、マル、それしーだから!」
「ほお、ご主人様よ、説教がだけでは足りなかったようであるな?」
振り返ると青スジ立てたパールが拳を振り上げていた。
俺に向かって振り下ろされる拳が妙にゆっくり見えた。
「はっ!? ここは誰!? 僕はどこ!?」
「お前、医者行ったほうが良いぞ?」
「目覚め一番に見たのが美少女じゃなくてマックスだとかガッカリだな」
「ヤバイ音がして一瞬首がおかしな方向に回って2日も目を覚まさないから、死んだかと思って心配したのに、その言いぐさはなんだこの野郎」
前後の記憶が曖昧だが、マックスの話ではどうやらパールのドラゴンパンチを食らって意識を失っていたようだ。
「少しは懲りたか、ご主人様よ?」
「HPを上げていなかったら即死だった……」
「なんともないのかよ、お前も大概不死身だな」
「何度でも蘇るさ!」
「起きた途端うるさいなお前は!」
マックスにツッコミを入れれつつ、頭や首の調子を確かめながらのそのそと起き上がる。
2日も意識がなかったようだが、馬車の行程に支障は無かったようである。
「お前のパーティメンバーが、いつものことで何事もなかったかのように起きてくるから問題ないって、揃って言ってたんだが全くその通りだったな」
「少しも心配されてなかった!? おぉ、マックス心の友よ。 心配してくれたのはお前だけだよ」
「もう心配せんわ、寄るな鬱陶しい。 そろそろ目的地に着くから、起きたんなら準備しとけ」
俺のハグを押し返しマックスが、馬車の旅の終わりを告げてきた。
「みなさん世界樹が見えましたよ」
御者をしてくれていたギャスランさんが、馬車の中に声を掛けてくれた。
皆でドヤドヤと御者台の方へ移動して、外を眺めると、屋根のように覆われていた木々の切れ目から、なにか壁のような物が見えてきた。
「あの、もしかして、壁みたいに見えているあれが世界樹ですか?」
「そうです、もう少し進むと全容が見えてきますよ」
ちらっと見えた感じだけで想像していた通り、いやそれ以上に巨大な木のようだ。
馬車が進み、徐々にその全容がはっきりと見えてくる。
「お、見えてきたぞ」
不意に森が開けると、木々で覆われたすり鉢状の地形の端に出たことがわかった。
そのすり鉢状の地形の中央に、世界樹と思われるどでかい木が生えていた。
ただ、大きいと言っても縦方向ではなく横方向に大きく、木を縦に思いっきり潰したような、切り株の上に葉っぱが茂っているというような見た目の木だった。
「なんか、思ってたのと大分違う!?」
「はっはっは、始めて来られた方は皆さんそうおっしゃいますな」
世界樹は、天を貫くような木ではなく、地面に張り付いたような木であった。
っていうか、あれ本当に木なのか?




