171話 国境
再開します。 皆様もインフルエンザには十分ご注意ください……。
壁から手と頭を出したおっさん達が並ぶシュールな状況を後に、馬車は再び進んでいく。
壁おっさん達の所には、以前第二王子に仕掛けたウォリクンの声と幻影が見える魔道具と、セントリーガンの照準装置を取り付けた杭発射装置付き給湯器を後方に設置してきた。
幻影を見せる魔道具は少し改造してあり「うほっ、良い男はいねがー」と言う仕様になっている。
杭発射装置付き給湯器は、生暖かくなった杭が緩やかにかつ絶妙な威力でアレな場所を狙って射出される仕様だが詳細な仕様は大人の事情で割愛する。
作ったのはワトスンだが、その絶妙な力加減をどこで知ったのかは謎である。
決して聞くのが怖かったわけではない。
まあ、これから向かう先で通報しとけば二日くらいで捕縛されるだろう。
ワトスンが誰か目覚めたりしないかな?とかエーリカと盛り上がっていたが聞こえないフリをして置いた。
「何に目覚めるって言うのかしら?」
「さあ?」
アリーセとコリンナ様は何の話かわからないようだ。
アリーセは以前男色家がどうのとか言っていたが、今回のコレとは繋がらなかったようだ。 うん、君達はそのまま純粋で居てくれ。
後日、風の噂で聞いた話では、夜間に付近で野宿していた冒険者が「アッーーー!?」とか「新しい世界がーーー!」だとかの不可解な声が聞こえていたらしい。
何があったのかは神のみぞ知るである。
と言うか自分で仕掛けといて難だが、知りたくはない。
気持ちを取り直して、その後は盗賊やモンスターの襲撃等も無く、馬車は無事に進めることができた。
目の前には背の高い木々が壁のように広がっている。
はっきりと境界線が引かれているかの如く、草原と森とで分かれていた。
馬車が通る街道は真っ直ぐに森へと続いており、迂回をするような道は無いようだ。
森の入口に国境の関としてか、木造のそれ程大きくはない建物が見えるが、門や壁といった物は見えない。
「門とか無いんだな」
「魔法的な結界はありますし、正式な手続きを行わずに通り抜けても、森の中で迷うだけですからね」
俺が何気なく口にした言葉に、ギャスランさんが答えてくれた。
「脆弱な結界だの。 我からすれば何も無いのと変わらんぞ?」
「ドラゴン基準で人用の魔道具をディスらないように」
パールから見れば、大抵の所は何も無い草原を歩くのと大差は無いだろうが、人からすれば結界が無くても無事に進めるかどうか……。
「高いんですから壊さないでくださいよ?」
「だそうだ、パール壊さないように注意するんだぞ」
「いえ、私はイオリさんに言ったんですけどね……改造も駄目ですよ?」
俺かい!
改造も駄目とかギャスランさんに念をおされてしまったが、そんなに何でもかんでもイジリ倒しているわけではないはずなのだが、解せぬ。
「知識として記憶の一旦は知っているぞ。 そこなギャスランが心配するのも無理は無い」
「そんな事は無いはずだ! ……多分、きっと、おそらく、めいびー、ぱはっぷす」
「もきゅーん……」
いやっ、違うんだマル。 自信が無いわけじゃないぞ!
「それはさておいてだな、実際問題で我の事は秘密にした方が良いのだろうからな、おとなしくしているとしよう」
「そうして頂けると、コチラとしましても助かります。 確実に大騒ぎになりますので」
「そうだの、表向きは使用人であるからな、呼び捨てだとかお前だとかと呼ぶのはまずかろう、我もマルと同じ様にご主人と呼ぶことにしようか」
「なんだか楽しそうだな!」
気にする所はそこ以外にもあると思うのだが、どうなんだろうか?
「人と言うのは面白い。 同族だと言うのに、身なりや立ち振舞いだけで力も無いのに態度がガラリと変わったりするのだぞ? 使用人という身分はそういった物を見るのにちょうど良い」
使用人、この場合メイドであるが、身分が結構曖昧だ。
平民のメイドはもちろん多いが、王族に仕える使用人ともなると、貴族である事も珍しくないのだ。
普段、身分のある使用人は平民の街などにフラフラと出て来る事はないが、皆無というわけでもないので、うっかり平民のメイドと間違えて大きな態度を取ってしまい、後で酷い目にあうといった事例は多かったりする。
なので、メイドに対して横暴な振る舞いをする者は少ないのである。
パールは本性が見え隠れすると言って、平民というか、身分の低い使用人のフリをして人と接することを面白がっているようだ。
最強生物であるパールが、興味を持って人を理解しようとしてくれていることは、多分良い事なんじゃないだろうか?
とまあ、あれやこれや考えているうちに馬車は国境に到達した。
道の上に一応線が引いてあり、そこから先がエルフの国で、そこに結界があるという意味でもあるようだ。
森にめり込むかのように建っている、年季の入った木造の建物から、ワラワラと人が出て来る。
若い文官っぽい男と警備兵であろう槍を持った軽装のゴツ目のおっさん達に、緑を基調とした不思議な文様の刺繍が入った薄手のチュニックに皮ズボンとブーツ姿の美男美女が数人いる。
美男美女の方は耳が尖っているのでエルフだろう。
俺が思い描くエルフの姿とそう大差は無かった。
ギャスランさんが特殊なのか、たまたまココに美男美女が揃ったのかは不明だ。
面倒くさい出国と入国の手続きなどは、ギャスランさんとヘンリエッテさんがまとめてやってくれるようで、俺らは馬車から下りなくても良いようだ。
馬車や積荷を含めて1人1人厳しくチェックするのかと思ったが、その辺りはお貴族様待遇らしい。
お貴族様が密輸とかはじめたら、やりたい放題って事でもあるから、この待遇は正直どうなのだろう?
「もきゅっもきゅっ、もきゅっもきゅっ」
マルが馬車から出て行って、国境の線が引かれている所で、出国入国出国入国と言いながら反復横飛びをしている。
「コラコラ、国境で遊ぶんじゃない。 使い魔の管理はしっかりしてくれ」
流石に注意を受けた。
ああ、スミマセンと言おうと思ったら、見知った人物がそこに居た。
「なんでマックスがココに居るんだ?」
「もちろん護衛の仕事だ」
マックスがココに居るって事は、もしかしてウィル王子も来ていたりするのだろうか?
周りを見回して見るが、俺らの乗ってきた馬車の以外にそれらしい物は無い。
「王子じゃなくてコリンナ様の護衛だ」
「ん? そんな話聞いてないぞ? それに王子の護衛放り出して良いのか?」
「そのウィル王子の依頼なんだよ、実力はともかくBランクの冒険者パーティじゃ、舐められるだろうから行ってやってくれってさ」
どうやらウィル王子が気を利かせてくれたらしい。
外交等では本人だけでなく周囲に居る者の肩書きも割と大事なのだそうだ。
冒険者もランクが上がると、政治的に影響力をもってしまうんだな。
「まあ、自由に動けない自分の代わりにエーリカを護ってくれって言ってたから、そっちが本音だろうけどな」
ウィル王子……。 エーリカも罪な女だな、王族を誑かすとは……。
今は無理だけど、自分でエーリカを護れる男になるんだ!と言って一生懸命魔法の練習を頑張って居るそうだ。
真面目に俺の講義を受けていたせいか、かなり効率良く魔法が使えるようになってきたそうだ。
魔法だけでなく、剣の練習も始めたらしいのだが、どっちつかずにならない事を祈るばかりだ。
「俺以外の冒険者の護衛は実質的に正規の護衛達だからな、ウィル王子が自由に動かせるとなると俺しか居なかったんだろ。 一応ジークフリード伯は承知済みなようだからしばらく宜しく頼むな」




