168話 馬車での旅は暇
もきゅもきゅと、メイド姿のマルがガタゴトと揺れる馬車の中を一生懸命掃除している。
「きゅっきゅっきゅっきゅっきゅっ、もきゅっ!? もきゅー!?」
マルが日本の伝統、雑巾がけダッシュをして、エプロンが黒く汚れてしまったようで、お洋服が汚れちゃったー!? と騒いでいる。
「まったく、おのれの手足の長さを考えんからそういう事になるのだ」
それを見ていたパールが、ポンポンとマルのエプロンを叩いてやると、新品になったように綺麗になった。
そのままクルクルと指を回すと、ポンっとマルが使いやすいサイズのモップが出て来た。
どうやっているのか不明だが、ある意味でパールの使う魔法はゲームやこの世界で見てきた他のどの魔法よりも、よっぽど魔法っぽいと感じる。
服の作成など、魔法でどうやったのかを聞いてみたが、俺の最大MP分の魔力を、何回も枯渇させないと無理なようなので、パールの魔法を真似する事は早々に諦めている。
俺のMPもHPと同じように減らない仕様になってはいるが、パールとの契約時に起こった魔力と一緒に身体の熱も放出されてしまう現象がこの使う魔法を使っても起こるからだ。
身体の内側から冷えていくという現象は、不安感と本能的な死の恐怖感があるので、出来れば使いたくないのである。
体温維持のコードなんて知らないし……。
竜言語魔法というのは、膨大な魔力を使ってゴリ押しをする魔法なのだと納得するしか無い。
2万トンの海水から金を1g取り出せるといわれているが、この海水が魔力で、得られる効果が金1gに相当するというような効率ガン無視な魔法である。
魔晶石などを探さなくても、その魔力を自然に返せば良いような気がするが、そんな事はとうの昔からやっているそうだ。
「もきゅもきゅ」
マルがごきげんな様子で馬車内をモップがけしている。 モップは乾いているのだが気にした様子はない。
長距離移動用の大きめの馬車とはいえ、荷物も積んでいるのでそんなに掃除する場所があるわけじゃないのだが、マルが楽しそうならまあ良いか……。
「あ、そういえば、大森林に行くまで、どの程度の時間がかかるのでしょう?」
ダラダラと着いてきているので、行程とか何も聞いていたなかったことを思い出して御者をしてくれているギャスランさんの横に移動して質問をする。
周りを見てみれば、起伏のある草原地帯で、少し背の高い緑のススキのような草で一面覆われている。 その中をまっすぐ突き抜けるように街道が走っており、どことなく初夏の北海道を連想してしまう。
ちなみに御者は2時間づつくらいで交代で行っているのだが、パールが御者台に座ると馬が怯えるし、グレイさんは直接馬に乗って周囲を警戒しているので、実質俺とギャスランさんの2人ローテーションである。
御者をケチったわけではなく、単純に信用できる人材不足が原因なのでどうしようもない。
「乗り合い馬車よりは早いペースで進んでおりますからな、このまま順調に街道を進めば10日といったところです」
10日というのはこの世界の感覚だと、大分早いという感覚のようなのだが、スマホも無くただ馬車に乗っているだけというのは暇である。
船と違い人員ごとに乗る馬車がわけられているので、ワトスンと一緒に魔道具の制作をする事も出来ない。
一応、簡単な魔道具ならばスキルがあるので作ることが可能なのだが、新たにパーツを作成したり、新規に設計をするとなるとワトスンがいなければ無理なのだ。
そうなると、ここに居る面子と雑談するしか無いわけだが、そうなると、必然的にギャスランさんと話すことになる。
「そういえば、奥さん達は王都で留守番なんですよね?」
「ええ、3年前に一度里帰りしておりますからね、そんなにしょっちゅう帰らなくても構いませんし、今回私が同行しているのは仕事の一環ですからな」
「俺の感覚だと、3年前なら随分帰ってないように思ってしまいますけどね」
やっぱり寿命の長い人達は感覚が違うのだろうな。
「本音を言えば、あまり娯楽なども無いですし、何百年とあまり変化のない所ですからな、いろいろな物があって、どんどん移り変わっていくロットラントの王都の方が住んでいて楽しいんですよ」
「そう思えるなら、まだまだお若いという事ですよ」
「320歳を越えて、自分もいよいよ身体のアチコチに不調が出ておりますがね、若いと言われると嬉しいものですな」
いい歳に見えたからそこそこ行ってるとは思ったが、300歳を越えてましたか……。
「我も人の街は賑やかで楽しく思っておるぞ!」
パールが話に混ざってきた。
どうやら「若い」と言われたいようだ。
ほら言え、さあ言えという顔が微妙にウザイ。
「パールさんマジ1万歳児ー」
「む? 何故かバカにされたように感じるのだが……」
「そんな事はないぞ、俺との契約で知ってるだろ? 児という文字の意味は非常に若いという意味だって事を」
「そ、そうなのか? 繋がりから意思の疎通に不自由が無い程度には知識を得ているが、あくまでも感覚的なものだからな、細かなニュアンスまでは伝わらんのだ」
「植物で言えば新芽時期だぞ、春の青々しくも力強い若さを表しているんだよ」
「おお、なるほど!! おいマルよ聞いたか、なかなか詩的な言葉だぞ」
パールがご機嫌になって、車内に戻っていく。
良いのかアレで……。
「いやはや、ドラゴンでも女性とあれば若いと言われたいものなのですねぇ。 しかし、さっきの意味って、若いと言うより子供っぽいって意味ですよね?」
ギャスランさんがぽそりと呟いたので、ガッツリ口止めをしておく。
そん感じで取り留めなく、中身の無い会話を続けていたら、前を走っていた馬車が止まった。
「おや? 何かあったんですかね?」
「あ、グレイさんがコッチに来ますね」
少しばかり早足気味に馬を走らせて
グレイさんが俺らの馬車のところまでやってきた。
「この先の道が倒木で塞がれてしまっているようです。 いささか不自然なのですが、撤去しないことには馬車が通れません、少し手を貸して下さい」
街道の周りに生えている背の高い草は見た目より丈夫であるらしく、うっかり馬車で乗り込むと車輪に巻き付いて動けなくなってしまうそうで、ちょっと倒木を迂回してーというわけにはいかないようだ。
「退かせば良いだけなら、良い物がありますよ」
「あ、爆破するなら最小限で構いませんので! 結局馬車が通れなくなると困りますので、くれぐれも大穴とか空けないようにお願いします」
なんかすごく念をおされているが、なんで爆破する前提なのだろうか?
まあ、爆破するんだけども……。
「じゃあ、ちょっと見てくるわ」
俺は、出発前の暇な時間に作った、魔石弾をその場で起爆する装置を取り出して、現場に向かうのだった。