幕間 ある領主の子女の回顧録 下
フェルスホルストの街に次々とモンスターが押し寄せるスタンピードという現象を、イオリ先生が強力な魔道具で解決して、さらに、お父様と一緒にスタンピードの原因だというダンジョンまで発見するという大活躍までして、この街では知らない人は居ないのではないかというほど有名になった頃。
私は、王都にある魔法学園に行く事になりました。
私が魔法を使えなかった事は、近隣の貴族の諸侯達の間では有名で、将来その事で私が何かしらの不評を受けないように、この国の最高峰である魔法学院に行くことで、それを払拭するというお父様の配慮です。
私は、イオリ先生とエーリカ先生の授業だけで十分だと思っているのですが、貴族としては体裁を気にしないと大変苦労するので、領主一族の長女として、お父様の為にも頑張ります。
王都の魔法学園へは、船で向かう事になっています。
魔法学園では、様々な制約があるそうで、いつものような人員配置が出来ないという事で、お父様がイオリ先生のパーティを私の護衛に付けて下さいました。
王都でも一緒に居れる事が嬉しくて、思わずお父様に抱き付いてお礼を言いました。
「こらこら、もう赤ちゃんじゃないんだから、レディがはしたないぞ?」
「あ、ご、ごめんなさいお父様。だって、嬉しかったんですもの……」
「ジークフリード様、失礼ながら少々お顔がだらしない事になっておりますので説得力にかけております」
「そんなありませんよヴァルター。 お父様はいつも凛々しくてカッコ良いです」
「そうでございますな、申し訳ありませんコリンナ様。 ジークフリード様、嬉しいのはわかりますが、もう少し表情を引き締めて下さいませ」
船での移動は何度かした事がありましたが、今回ほど楽しいと思える船旅はありませんでした。
途中帝国の私掠船と遭遇するという事件もありましたが、イオリ先生が誰にも思いつかないであろう方法でいとも簡単に船を沈めてしまいました。
後でどの様にやったか教えてもらった時に、魔法ではなく、アイテムボックスのスキルだけで船を沈めたのだと知り、私もアイテムボックスが使えたら良いのにな、と思いました。
その船旅の最中に、イオリ先生とエーリカ先生が私に素敵な魔法の発動体をプレゼントして頂きました。
ライヒトリーリエと名付けたその発動体は、イオリ先生の教えに添って魔法を発動すると、驚くほど少ない魔力で魔法を使うことが出来ました。
このライヒトリーリエは普通の杖の形をした発動体とは真反対から魔法が発動するので、イオリ先生が使う魔道具と同じような扱い方をします。 それがなんだか嬉しくて、その日は暗くなるまでずっと魔法を使ってしまいました。
弓の名手であるアリーセさんがずっと付き添ってくれて、的に上手く当てるコツ等を教えてくれたので、方向を調整する為の魔力の制御が必要なくなり、その分の消費が抑えられたおかげで、私の魔力量でもそれだけの時間使い続けることが出来たわけです。
「何度も反復で練習することで、イメージもつきやすくなり、発動も早くなりますわ。 普通コリンナ様くらいの歳ですと、ほんの数回使っただけで魔力が枯渇してしまいますから、今日だけで1年分、いえ、ここまでみっちりと練習することはありませんから数年分の練習をしたようなものですわね。 うかうかしているとあっという間に追い抜かれてしまいそうですわ」
エーリカ先生がそう言ってくださいましたが、100個程の火の玉を同時に出して、アリーセさんが恐ろしい勢いで無数に放つ矢に必中という、正確無比な操作と制御をされるエーリカ先生に追いつけるとは、とても思えませんでした。
「同じようにやろうと思う必要はないわ。 最初はじっくり狙っていくところから始めて行けば良いと思うわ。 それに要は全部叩き落とせば良いわけだから、おおきな火の玉を使っても良いし、連射するという手もあるわ。 あと、散弾とかイオリが言ってたかしら? 確か小さな粒を沢山飛ばして狙いが甘くても当たるように工夫する方法だってあるわ」
アリーセさんが、そのようにアドバイスをくださいました。
そのアドバイスのお陰で、船旅が終わるころには、なんとか1本の矢ならば上手く撃ち落とせるようになりました。
「なあ、水平に飛ぶ勢いの矢に、後から発動させた魔法を命中させる女の子が居るって話を帝国に帰ってからしたとして信じて貰えると思うか?」
「嘘つき野郎扱いされるのがオチだな。 一日中やってるし、あんなの宮廷魔術師でも無理だろ」
「この船襲わなくて本当に良かったな」
イオリ先生が沈めた船から救助した船員さん達が何か私の魔法について言っていたようですが、なんと言っていたのかはよく聞こえませんでした。
きっと、私の魔法はまだまだ未熟だなーとか言われていたのだと思います。
楽しかった船旅も終わり、王都について交流のある諸侯の方々に挨拶に回ったあと、いよいよ魔法学園の試験が始まりました。
筆記の試験はほぼ文字が読み書きできればわかるという程度のものだったので、貴族の子であれば、まず問題は無いというものでした。
実技の試験になり、順番に魔法を披露する他の生徒達を見ていて、エーリカ先生が言ったことがよくわかりました。
発動する魔法に対して、随分と沢山の魔力を使っているようで、たった一回の魔法で疲れてしまう人が続出していました。制御に関しては平民の生徒の方が、まだ上手く出来ているという印象でした。
いよいよ私の番が来たので、少し緊張します。
動かない的に攻撃魔法を当てるだけの簡単な作業ですが、それだけに失敗が許されないように思えてしまうのです。
イオリ先生やエーリカ先生が教えてくれたことを思い出し、ながらゆっくりと呪文を口にします。
あの的に当てるだけでいいのだから、イオリ先生の魔道具を参考にして、ギリギリの調整はしなくても構わないわけですから、失敗しないように少し強めに……。
「瞬間発火可燃物質を10g、前方に金属片3g、前方以外を密閉、後方より着火……。メタルバレット!」
ずどんという大きな音とともに、的が木っ端微塵になりました。
試験官の方たちがぽかんとして表情で私と跡形も無くなった的を見ています。
「あれ? やらかしちゃったみたいです」
後でイオリ先生に確認したところ、瞬間発火可燃物質10gは多すぎだったようです。
金属片の発射はライヒトリーリエの能力に任せてしまえば良かったと反省です。
少し騒ぎになってしまいましたが、学園長のおかげでもう1つ魔法を披露しただけで済みました。
魔法の解説をするように求められたので、私が説明をすると、試験官の皆さんにもイオリ先生の流派の素晴らしさが伝わったようで、是非ともイオリ先生とお話がしたいと言ってくれ、イオリ先生も他流派の方とお話がしたかったようで、私に紹介するように目配せを下さったので、私から紹介をしました。
その後、そのようなお話をされたのかはわかりませんが、イオリ先生が臨時講師として講義を行うことになったのは、まるで私が認められてみたいで嬉しかったです。
それから、入学の後で気がついたのですが、私のジョブがノービスになっていました。
イオリ先生と同じジョブになれて良かったです。
「歩く錬金術師ギルドというのは、イオリ先生一人でギルド丸ごとに匹敵するくらい博識で凄いって意味ですよね?」
「そうですよ?」
「何時爆発するかわからない、取り扱い注意って意味だと思うなー」
「そこの筆頭錬金術師はちょっと黙っててくれないか!?」
学園生活も触れたかったのですが、個人的に幕間や主人公不在時間が長い事があまり好きではないので、明日は本編を再開します。