164話 指名手配
結論から言えば、王都全域で教会に向って土下座してしまう現象が起きていたようだ。
気絶する程だったのは信心深い人だけだったとはいえ、今日神が降臨したという事を、王都に住まう全ての生き物が理解した。
後で何人かに聞いてみたところ、頭や心ではなく、魂で感じて膝を折らずには居られなかったとか。
結界石が壊れ、リーラ様がパールに呼びかけた時に神気が漏れて広範囲に拡散した結果、この様な珍事に発展してしまったようだった。
てっきり結界石でリーラ様の神気も抑えられて居るのかと思いきや、リーラ様本人が問題無い程度に抑えていただけで、結界石にそこまでの力は無いそうだ。
この神の存在に気が付くと、土下座したくなる現象は、健康的な被害等は一切無く、むしろ僅かにでも神気に触れたことで寝たきりのお祖父ちゃんが歩きだしたり、怪我の後遺症が改善したり、犯罪組織に所属していた者がぞくぞくと自首してきたりしたようだ。
後にこの事は「ロットラントの奇跡」として語り継がれ、リーラ様を信仰する者の聖地として教会の権威が鰻登りに増し、宗教国家の様な発展を遂げるのだが、それはまた別のお話ってやつだ。
「と、言うわけで、王都にも居られなくなりました」
「何がと、言うわけで、なのかわからないけど、女神様が降臨したのがイオリのせいだって言う事はわかったわ」
そう、魂でリーラ様の降臨を感じ取ってしまったという事は、教会の関係者ならば魔晶石の奉納部屋(VIPルーム)にリーラ様が降臨して、さらに誰がそこに居たのかを知っているということになる。
奉納部屋だったわけだから、当然アーティファクトが、その部屋に居た者に授けられたのだと考えるのは、この世界の住人ならば自然な流れと言えるだろう。
そんな訳で『アーティファクトを授けられた勇者を探せ!』と、俺は現在絶賛指名手配中なのである。
このまま誰にも知られずにソっと消えようかと思ったりもしたが、アリーセの追跡から逃れる方法を思いつかなかったので、トボトボと寮に戻り、皆には素直に全てを話したのだった。
流石にパールが神の使徒だと言う部分と俺と一生ともにいる等とまるで嫁に来たとでも言うような発言したところでは、驚きを通り越して、どういう反応をしたら良いのかわからないといった様子が見て取れた。
しかし、リーラ様の命令で俺のお目付け役だということ説明したら、じゃあ仕方がないなと、皆が妙に納得をしていたのが解せない。
「それでそんな格好をしているワケなのですわね」
「もきゅ」
ちなみに今の声はマルではなく俺だ。
今の俺の姿は、大きなクレバーファーラットなのである。
そう、ウォリクンスーツ試作5号、マルスタイルだ。
「そんなでかいクレバーファーラットなんか居ないわよ!?」
「もきゅーん?」
「もきゅーんじゃないわよ! 普通に喋りなさいよ!」
スパンとアリーセのハリセンが炸裂する。
「自首した方がいいんじゃないのー? とういうか自首してきなー」
ワトスンがこてりと首を傾げて笑顔を向けてくる。
「いやいや、別に犯罪を犯したわけじゃあ無いんだから、自首って言うのは……なんかこう悪いことをしたみたいじゃないか?」
スポンとスーツの背中から頭を出して講義する。
「じゃあ、隠れて無いで女神様にアーティファクトを貰ったのは自分です! って名乗り出て来なさいよ」
「断る! 名乗り出たらまず王様や教皇様と謁見しろって話になって、皆にお披露目だなんだとあっちこっち引っ張りまわされて、終いにゃ位を与えるとか領地を与えるとかそういう面倒くさい事態が待っている未来しか見えない!」
「ぐ、具体的ね」
「もきゅ」
こっちは本物のマル。 アリーセと一緒に俺の話を聞いて、なんだか知ったふうな様子で頷いている。
「謁見とかって事態になったら、この人が保護者なんでって言ってアリーセにも来てもらうからな!」
「うん、もうずっとそれ着てて良いわ! よく見るとかわいいじゃない」
「痛い痛い、無理やり押し込むなよ!」
アリーセが俺の頭を鷲掴みにしてスーツにグリグリと押し込んでくる。
「しかし、困りましたね。 私は一応ジークフリード様に報告の義務があるので、聞いてしまった以上、黙っているわけにはいきません」
グレイさんが、ため息をつきながら言ってきた。
まぁ、ジークフリード様ならきっと大丈夫だと思う。
「たぶんお父様なら、イオリ先生を悪いようには扱わないと思いますよ。 もしイオリ先生が嫌がることをするようだったら、私嫌いになっちゃいますし」
「え? そ、そうなんですか? 報告しない方が宜しいでしょうか?」
グレイさん、コリンナ様には甘いな……。 一瞬ロリコンなのでは? という疑惑が浮かんだりもしたが、どうも過保護な父親とか兄っぽい雰囲気なんだよな……。
「グレイさんが義務を怠っては、それこそコリンナ様の教育上よろしくありませんよ? あ、パール様、ティーカップを出す時はなるべく音を立てず、持ち手がお出しする人の右を向くように、利き腕が分かる場合は利き手の方を向くようにお出ししてください」
「そうか分かった。 なるほど、不快な音をたてぬようにということと、茶を飲む時にカップが持ちやすいようにするというわけか」
ヘンリエッテさんがグレイさんにツッコミを入れ、パールにメイドの嗜みを教えている。
神の使徒にそんなことをさせるなんてとんでもない! と皆はじめは断ったのだが、この服装で人の社会に混乱なく溶け込むのには必要な知識だから教えろと、パール自身がヘンリエッテさんに教えを強制しているのである。
力を抑えているとはいえ、ふとした拍子に人の力を凌駕した力が出てしまう為、普通の服だとすぐに破ってしまうので、今のところアバター装備のメイド服しか選択肢がないのだ。
普通の服を着せたら、あっちこっち破れて非常にきわどい姿になっているのに、平気でウロウロするもんだから、たまたまエーリカに逢いに来ていたウィル王子が目撃してしまい、痴女がいる! と騒ぎになったので、二度と普通の服は着せないと心に誓ったのだ。
「とはいえ、このままでは護衛の仕事もままなりませんし、人相書きも出回っているみたいですから、特定されるのも時間の問題だと思いますわ。 イオリさんの講義には王国所属のマジックユーザーが居りましたし」
「臨時講師なんて引き受けなければよかった!」
「いや、そこは魔晶石の奉納なんてしなければ良かったーじゃないのー?」
「それは困るな。 それにリーラ様のお考えは使徒たる我にもわからぬが、この世界が安定して存在するために魔晶石は非常に有要だ。 遅かれ早かれ使徒のうちの誰かが気がついた筈だ」
パールの言葉に、俺とアリーセが思わずそっと目をそらす。
この異世界に来てすぐに発見されてましたーとは流石に言えず、話題を変えることにした。




