128話 エーリカにも何か渡そう
言い方は大人しめだが、鼻息の荒いエーリカをなだめ、ライフルロッドの再調整作業をワトスンに任せる。
「わかったー。このアンドレア・ワトスン・ブラック・スミスにおまかせだよー」
「それじゃあ、鍛冶屋じゃねーか!」
はっ、ついツッコんでしまった。
ひとまず追い立てるようにワトスンを船室帰す。
「それで、いつ作って貰えますの? 明日くらいにはこの船旅も終わりますし、上陸したらその辺りで試作をお願いしますわ。 あ、形状は普通の杖で構いませんし追加のパーツは無くても大丈夫ですわ!」
なだめられてなかった……。
エーリカってこんなにグイグイ来るような性格だったっけ?
「冒険者にとって装備品は何よりも重要だからね。 良い装備が手に入るってわかってたら何よりも優先させたくなるわよ」
確かにアリーセも弓と矢を渡した時目の色変わってたな……。
森の一部も更地にしてたしな。
エーリカはもともと強いから、強化は必要ないかと思ってたのだが、色々と世話になっているし杖くらい構わないか。
「オーダーメイドじゃなくてすまんが、これじゃダメか?」
アイテムボックスから、ゲームで使っていた杖を取り出して渡す。
「以前見た杖では無いのですわね? 随分と立派な杖ですが、流石にあれほどのモノではありません……わよ………ね?」
俺が取り出した杖を見て「コレジャナイ」感をあからさまに出していたエーリカだったが、杖を手にしてみると表情が1店した。
「ちょ、ちょっと試しても!?」
「どーぞー」
エーリカが足早に先程ライフルロッドをテストしていた甲板の端っこに行って、早速とばかりに杖を振り上げた。
杖からはライフルロッドのテストの時と同じように火の玉が上に向かって飛び、その軌道を途中で海の方へと曲げて高速で飛んでいく。
先程と違うことがあるとすれば、火の玉の数だろう。
実に倍の数の火の玉が次々に海へと放たれ、遠くで水柱が立つのがはっきりと見えた。
「なんなんですのこれは!? まさかアーティファクトですの!?」
俺が渡したのは「ケリュケイオン」という2匹の蛇が巻きつたデザインの杖だ。
ゲームでありがちな神話に出てくる武具の名前が付いた杖だが、一応課金しないと手に入らない激レア品で、武器としての能力も高く人気があった杖である。
レアな素材で作ったライフルロッドが国宝級なら、激レアのこれは名前からしても神器級、アーティファクトと言われても、差支えはないかもしれない。
いくらでもあるわけだが……。
剣や槍等の実際に持って振り回すような武器は、強ければ強いほどデザイン重視で実用性が皆無な形状になってるので、まともに使えたものではないのだが、杖であれば魔法が撃てれば良いので持てさえすれば使るし、コイツはまだ全然マシな部類だ。
「すみませんアリーセさん、命中精度を確かめたいので、できるだけ遠くに的として矢を放ってほしいですわ」
「じゃあ私の練習にも付き合って欲しいわ、魔法が撃ち落とせるか試してみたいと思ってたのよ」
「ええ、構いませんわ」
エーリカとアリーセは交互に、海に放ったおたがいの魔法や矢を撃ち落とすという、曲芸じみたことをやり始めた。
着弾がわかりやすいということで、アリーセが爆轟の矢を使用しているため、海上に様々な水柱が立つ。
あれ環境破壊とか大丈夫だろうか?
「俺達この船襲わなくて良かったな」
「あれ一発でも食らったら、船が沈むよな?」
「さっきあれを日が暮れるまで出来るとか聞こえたぞ」
「俺、国に帰ったら別の職に着くわ」
帝国の船乗りたちが、ヒソヒソと話している内容が聞こえてきた。 良かったな、船が沈むだけで済んで……。
夕方頃になり、調整を終えたライフルロッドを持って、コリンナ様にテストをしてもらうことになった。
大枠は完成しているが、使うのはあくまでもコリンナ様なので、最終調整をするためにはどうしてもコリンナ様に手伝って貰う必要があるからだ。
「手間を掛けてすみませんが、よろしくお願いします。」
「エーリカ先生が欲しがるほどの出来だと聞いていますし、ドレスの仮縫いや合わせだと、もっと大変ですから全然気になりませんよ」
屈託なく笑うコリンナ様だが、お貴族様ってのは子供の頃からやる事多そうで大変だな。
使用時の注意点などをエーリカから聞いてコリンナ様がライフルロッドを海に向けて構える。
サイズだけで言えば50cm程度しかないが、体の小さいコリンナ様が持つと結構大きく見えるな。
何か的があった方がやりやすいだろうということで、25mごとに150m程度の距離まで縄で縛ったカラの樽に旗を建てて海に流してある。
船の上で揺れる上に、立射という呼んで字のごとく立って行こなう射撃というのは結構難しいので、二脚を使って台の上に乗せるか甲板に置いて撃ってもらう方が良いのだが、コリンナ様は普段用のものとはいえドレスを着ているし、非常時などならともかく平時で人の目の多い場所で淑女が甲板に寝転がるなどとんでもないとのことで、立った状態でのテストとなったわけだ。
「あくまで調整のための試射なので、好きなように魔法を発動してみてください」
「わかりました。 ちょっと緊張しますね」
そう言ってから、呪文のような物の詠唱を始める。
非常に大雑把なイメージでも魔法は発動するので、本来このような呪文詠唱がなくとも魔法は発動する。
しかし、まだ魔法に慣れないうちは魔法の工程を呪文として口にするとイメージを固めやすく発動が安定するそうだ。
「質量のある可燃性の物質5gと、それの発火温度までの熱を魔力より生成、大気中に酸素を加算……」
うむ、イメージがしやすそうな良い呪文だ。 発射するプロセスはライフルロッドの特性により行われるので、呪文にそれは含まなくてもよいし、爆発しないように魔力で生成する物質の量を決めているのも素晴らしい。
「いつ聞いても摩訶不思議な呪文ですわ……」
発動時にあるていど勝手に補完される具体的な物質名など曖昧で良いところは曖昧に、分量など正確な方が良いところは正確になっている非常に良い呪文だと思うのだが、エーリカには不思議に感じるようだ。
コリンナ様が呪文詠唱を終えるとライフルロッドから、一筋の炎が高速に打ち出される。
打ち出された炎は夕暮れの海に一筋の軌跡を残し、中ほどにある樽の手前に数十センチのところに着弾した。
エーリカの魔法ほどではないが、けっして小さくない水柱が立つ。
「ああ、あたりませんでした」
「初めての発動体を使って、方向制御もなく、この揺れる不安定な足場であそこまで近くにあてられれば上出来すぎますわ」
残念そうにするコリンナ様似エーリカがそういって褒める。
日が沈んでしまうまでの時間ではあったが、何度も試射を繰り返し一番手前の樽にならばなんとか命中させることが出来るようになった。
「俺達この船襲わなくて良かったな」
「あんな小さな女の子が攻撃魔法を撃ちまくってるぞ」
「あれうちのマジックユーザーが使う攻撃魔法とあんまり差が無いきがするんだが……」
「俺も国に帰ったら別の職に着くわ」
帝国の船乗りたちが、ヒソヒソと話している内容が聞こえてきた。 良かったな、船が沈むだけで済んで……。
試射を終え、ラウンジで感想や要望などをコリンナ様に聞いていたら、命中させるコツなど逆に質問攻めにされる羽目になった。
オプションパーツとして、何種類かの照準器を付けられることを教えると非常に嬉しそうだった。
本体の最終調整と、お貴族様仕様の装飾をする作業に少し時間がかかるということで、ライフルロッドをワトスンに託す。
装飾となると、俺にはどうしようもないので、そこはワトスンにすべておまかせだ。
店で売っていた魔道具や、最初に買った魔導銃などを見る限り、デザインのセンスは問題が無いと思う。
装飾ついでに安定性をさらに高めるように宝石代わりに魔石を使うというので、全属性分の最高品質の魔石を渡しておいた。
「君は、こんな非常識な物をいくつ持ってるのかなー?」
「俺が誰かにあげたいと思う数だけかな」
「じゃあ、僕にもなにか頂戴ー」
「残念ながら品切れみたいだ」
「なんでだよー」
まさかいくらでもあると答えるわけにもいかず、適当にはぐらかした。
なんか、コイツは際限なくせびって来るような気がするんだよな……。
そんな何事もなくすすんだ平和な船の旅も、そろそろ終わりを迎えようとしていた。