123話 船上教室
何事も無く……というか船舶事故の救助以外何事も無かったと言うことにして、定期航路を進んでいく。
ステータス上は何でもないが、非常に疲れた俺は船のラウンジにあるソファーの背もたれに全体重を預けてだらしなく座っている。
特にすることがない船では、ワトスンを除いた皆は、さらにやることのない船室ではなく、このラウンジになんとなく集まってくるのだ。
「帝国の船がこの近くまで出張って来ている事をどっかに報告しなくて良いのだろうか?」
「心配しなくても、その辺はちゃんと報告が上がりますよ。 外交の建前上何も無かったと言っているだけですからね」
ダラダラしながら呟いた俺の疑問にグレイさんが答えてくれた。
「魔の海域に無謀にも突っ込んで行った冒険心溢れる帝国籍の船が居たようだが、一報入れてくれれば送迎の船を出して魔の海域を避けて案内をして差し上げる。 …とでも言ってやれば、良い感じにやり返せるんじゃないですかね」
何か帝国が突っ込めば、帝国の船乗りは知りもしない海域に突っ込んで沈没するアホだという事に出来るし、帝国が海から攻めて来ようとした場合、有りもしない魔の海域を無駄に警戒する羽目になるだろうとのことだった。
それじゃあって事で、バミューダトライアングルのお話や、船の墓場とかの話をこの世界風にアレンジして適当に海の怪談の話をでっち上げて話してみたら、予想以上に好評を頂いてしまった。
事情を知っているこちらの船乗り達が持ちネタの一つとして陸に上がったときに使わせて貰うと言っていたくらいだ。
「よく、そういう話をポンポンと思いつくわよね。 話の旨い人が助けた帝国の船乗り達にその話を聞かせたら、完全に信じて震え上がってたみたいよ?」
「情報戦ってやつだな!」
「それ絶対違うと思うなー」
「そ、その話、本当にイオリ先生の作り話なんですよね? 実は本当の話だとか言いませんよね?」
コリンナ様も俺がでっち上げた怪談話を聞いたようで、結構本気で怖がっているようだ。
ふむ、ここは安心させる為にも科学的は話をしてあげようじゃないか!
「もちろん作り話ですよ。 今回は人為的に起こしましたが、本来の現象としては……」
臨時講義開催し、船が浮かぶ仕組みや、それにより魔法に頼る事なく金属の船を建造可能な事などをとくとくと語った。
気がついた時には、ラウンジにコリンナ様とワトスンしか居なかったが、実に有意義な時間であったと思う。
というか、護衛のはずのグレイさんまでどこに行ったんだ?
「あ、もう終わりましたか? お茶をお持ちしたのですが」
やって来たのはコリンナ様のお付きのメイドのヘンリエッテさんだ。
赤味がかった薄い茶色の髪をお団子にしている。 フリルやレースの多めな少し豪華な感じのメイド服に見を包んでいる。 おそらく他の貴族達に馬鹿にされないように、実用性よりも見栄え重視になっているのだろう。
絶賛彼氏募集中の花も恥じらう19歳の乙女である。
しかし、ただのメイドと侮ると痛い目を見るであろう。 彼女はコリンナ様の護衛も兼ねており、ヴァルターさん仕込の格闘術と小剣を使いこなすという戦うメイドさんなのである。
まぁ、強すぎるせいで男が気後れしてしまって全然彼氏が出来ないらしく、優良物件グレイさんを狙っているらしい……。
「なにかおっしゃいましたか?」
いえ、スミマセン、何でもありません、そのショートソードはしまって下さいお願いします。
ちなみに、ジークフリード様を始めグレイさんや兵士の人達も、ヴァルターさんに戦闘から礼儀作法まで指導を受けているのだそうだ。
……ヴァルターさんて一体何者なのだろう?
気になって、聞いてみたが爽やかな笑顔で「秘密です」とか言われたらしく、謎は深まるばかりだった。
他にも数名護衛とメイドが船に乗っては居るが、彼らがついてくるのは移動の間のみで、王都の学園まで着いて行くのは俺達と彼女とグレイさんだけなのである。
継承順位が低いとはいえ、曲がりなりにも王族の護衛やお付きにしては人数が随分と少ない気がするのだが、王族だからこそ法や決まりごとを率先して守らねばならないのだと、ジークフリード様からは聞いている。
「お勉強が一息つかれたのでしたら、甲板に出て少し外の空気を吸ってはいかがでしょうか?」
「そうですね、折角ですから外に出てみますね。 ああ、でも外に出るなら、またエーリカ先生に教わりながら魔法の練習もしたいですね、入学試験の前に少しでも練習しておきたいですから」
コリンナ様が入学試験と言っているのは、入学するための試験ではなく、入学の時に実施される実力試験の事だ。
試験内容は簡単な筆記試験と実技によって行われ、その実力試験の結果で実力に応じたクラスわけを行うのだそうだ。
コリンナ様が通うのは、この学園の初等部なのでそこまで難しい事を要求されたりはしないし、実力もドングリの背比べであるらしいのだが、やるからには良い結果を出したいのだと、練習や予習に余念がない。
俺が同じくらいの歳のときは、遊ぶことばかり考えていたものだが、頑張っていい結果を出したいとか、コリンナ様は優等生タイプだと思う。
甲板に出ると、ちょうどエーリカが寄ってきたモンスターに魔法をぶち込むところだった。
「ヒュージヴォルカニックブラスト!」
エーリカが振り上げた杖から放った真っ赤に光る灼熱の炎の塊は、ニョロリとした細長いモンスターに向かって一直線に飛んでいき着弾と同時に派手に爆発が起きた。
着弾地点からは随分と距離があるにも関わらず、ビリビリとした空気に振動を肌に感じた。
海に向かって火の系統の魔法を使うのはいかがなものかと思ったが、あれだけ威力があれば十分ダメージを与えられるだろう。
寄ってきたモンスターは、シーサーペントという下位の海竜の一種だったらしいが、エーリカが跡形もなくぶっ飛ばしてしまったので、本当にシーサーペントだったのかどうかも不明だ。
というか完全にオーバーキルである。
一部始終を見ていた帝国の船乗りたちは、青い顔で戦闘にならなくて良かったなぁと感想を洩らしていた。
攻撃を受けることも仕事のうちだったとは言え、自殺願望者じゃない限りアレをまともに食らいたいとは思わないだろうな。
俺がうまく船を沈められなかったら、アレが打ち込まれたのかと思うと他人事では無かったと背筋が少し寒くなった。
「わぁ、エーリカ先生流石です!」
コリンナ様がパチパチと手を叩いて、エーリカを讃える。
「あら、ありがとうございますわ、コリンナ様」
「どうやったらあんなに遠くまで正確に魔法を飛ばすことが出来るのですか?」
コリンナ様がこてりと首を傾げてエーリカに質問を投げる。
まだ、初歩中の初歩の魔法しか教えていないのだが、魔法が使えるようになったことが嬉しくて、いろいろ使いまくっていたらしい。
その時に魔法を飛ばすと、どうしても明後日の方向に飛んでいってしまうのだそうだ。
「そうですね、魔法を命中させる方法には大雑把に2つの方法がありますわ」
ヘンリエッテさんが、すかさずテーブルと椅子を用意してくれ、早速エーリカ先生の魔法講座が始まった。
一応俺の席も用意してくれたようなので、コリンナ様と一緒に席に着く。
「これについては、以前説明をしたことがあるかと思いますわ」
「はい、自動的に目標に向かって行くように魔法を構築する方法と、飛ぶ方向だけ決め弓矢のような遠距離武器と同じように狙いを付けて魔法を飛ばす方法ですよね? 前者は非常に便利ではありますが制御が難しく魔力の消費も大きくなって。 後者はまっすぐ飛ばすだけなので制御も難しくなく魔力の消費も抑えられ、発動も早くなりますが狙う技術が必用になるんですよね?」
コリンナ様は、理屈は分かっているようだったが、魔力の制御が上手く行かないということのようだ。
手でボールを投げるのだって、狙ったところに正確に投げれるようになるまでには相当時間がかかるのだから、最近魔法が使えるようになったばかりのコリンナ様が上手く飛ばせないというのは仕方がないことのように思える。
「本当はきちんと慣れてから発動体を使用して欲しい所なのですが、発動体によって魔法が飛ぶ方向が固定され、さらに魔力の消費を抑えられ発動も早くなり、狙いも付けやすくなりますから、感覚を掴む為に発動体を使ってみると良いかと思いますわ」
「発動体を使って良いんですね?」
「アンドレアさんも居ますし、折角ですからコリンナ様専用の発動体を作るのも良いかもしれませんわね」
コリンナ様の顔がパッと明るくなった。