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122話 無かったことに

 水中で出力の上がったジェットパックをフルスロットルで加速させたために、猛烈な水の抵抗が俺にかかる。

 水中メガネはずり下がり、頭から肩にかけてはまるで押し付けられたような水流が襲ってくる。

 地上では何度もぶっ飛んでいるが、正直水中を完全に舐めていた。 ステータス上は随分と上がっているはずだが、すでに意識が遠くなりそうだ。

 流石にもう平気だろうと、ジェットパックの勢いを緩めようとしたところで、水面に到達してしまい、勢い良く水上に打ち上げられた時にはすでにもともと乗っていた船の船体が迫っていた。


「ぶべらっ!」


 俺は水上飛び出た勢いで船体に顔面から激突した。

 遠くなる意識の中で海水って目に沁みないんだなーとか、木造の船でもこの勢いでぶつかっても突き破れないなんて意外と頑丈なんだなーとか、比較的どうでも良い事が頭に浮かんでいた。




「はっ、ここは誰? 俺はドコ?」


「ここはイオリで、あなたは王都へ向かう船の上……ってアレ?」


 気がつくと、俺は船の甲板の上で寝かされていた。


「あー助かったのか……」


「なんでイオリは単独行動させると、いつも気絶してるのかしらね?」


 アリーセがジト目で聞いてくるので、そっと目を逸らした。


「最高品質の魔石を使って速度を上げたうえに船に激突とか随分無茶したねー、これ僕が居なかったらもうちょっとで爆発してたところだったよー」


 近くにいたらしいワトスンが、内圧が上がったことで内側から押し広げられたように変形したジェットパックを俺に見せながらそういった。

 あやうく、俺が原因でこの船が爆破されるところだったようだが、ギリギリのところでワトスンが爆発を回避してくれたみたいだ。


「そうか、こっちを無意味に危険にさらしてすまなかった……」


「いや、ダメそうならイオリごと海に捨てれば良いだけだったから、こっちはそこまで危険だったわけじゃないよー」


「俺だけ命の危機だった!?」


 まあ、助けられたってことで無理やり納得しておくことにする。


「給湯器に限界を超えた魔石を使うと爆発するのは良く知られている事実だからね、耐久実験とか危なくてなかなか出来ないけど、おかげで良いデータがとれたよー。 お父さんが寝込んでいるうちにこっちに着いてきて本当に良かったよー」


 と、屈託なく笑うワトスン。

 よく見れば、変形したジェットパックの所々に接合不良だとか強度不足だとかのメモがびっしりと書き込まれている。

 こいつ、店があるのにやけにフットワーク軽く着いてくるとか言ったと思ったら、そういう魂胆があったのかよ……。 


「そ、それは良いとして、どうなった? 上手く行ったのか?」


 寝た姿勢のまま、首をぐるりと巡らせて周りを見てみるが、端っこの方に寝かされて居たようであんまり状況はよく分からない。


「成功しましたわよ。 向こうの船はゆっくりと後ろに傾いて、そのまま縦になって沈んで行きましたわ」


 俺の意識が戻った事に気がついたエーリカがやって来て、状況を説明してくれた。

 しかし、どうしてこうエーリカは無防備に近付いてくるのだろうか?

 何が無防備かって? 今日は白だということが判明したということと、ワトスンに対してのモヤッとした気持ちが霧散したということだ! 


「今は、沈没した船から逃げ出した人達を捕縛、というか実質救助している最中ですわ」


 俺の視線に全く気がついた様子もなく、エーリカが話を続ける。


「救助?」


「海で溺れている人が居たら、誰であろうと助けるのが海の男達の暗黙のルールなのだそうですわ」


 なるほど。 敵国の人間であろうと海に投げ出されたらただの救助対象になるんだな。 思ったより、海の男たちは高尚な精神の持ち主のようだ。


「一応、こちらに対する勧告を無かった事にするなら、面倒事は背負いたくないから、ただの船舶事故として救助するがどうするか? って、向こうのドレークとかいう船長に確認をとったそうですわね」


 捕虜として捕まえ、情報を吐かせるとかやるのかと思ったのだが、そうではないらしい。

 帝国がこちらの国にちょっかいを掛けていきてるのは事実のようなので、捕虜として扱えば帝国の国民を勝手に捕縛したとか、こちらが攻撃を仕掛けたとか言いがかりをつけてくるきっかけになってしまうだろうということらしい。

 向こうの船に乗っていた船乗りたちは船乗りたちで、私掠船であることを告げた上で、攻撃をしたわけでも受けたわけでも無く、なんの成果も上げずに船を失い、さらに情報だけ取られたとなれば処罰は免れないだろう。

 ということから、お互いの利益の為にも「何もなかった」ということにしたいらしい。


 まあ、船は沈んでしまったので、沈没事故を起こした船がたまたま帝国籍で、たまたま通りがかったこの船が救助を行っただけ、という事で話がまとまったようだ。

 攻撃を受けたわけでも、暗礁にぶつかったわけでもないのに、突然船が沈んだ理由がわからない、と言う向こうの船乗り達に、この辺の海域では稀にだがあーいう事故が起こるから、この辺に来るならうちの国の船乗りに支援を求めると良いぞ、と機転を効かせたこちらの船長が度量の広さを示しつつ説明をしたらしい。

 ドレーク船長だけは、新兵器による未知の攻撃を受けたのではないか? と鋭い指摘をしてきたが、軍船でもなんでもない普通の交易船にそんなものがあるわけないだろう、疑うなら好きなだけ船内を調べて構わんぞ、と言うと黙ってしまったようだ。


 それと案の定といえばそれまでだが、魔道具によって遠方からこちらの方を記録している船も居たらしい。

 まあ、そちらから見ても、突然船が傾いて沈没したようにしか見えなかったことだろうし、もし元の世界のカメラも真っ青というくらい解像度が高かったとしても、横から見ていたのなら海面が泡立った部分までは捉えられていないだろう。

 こちらは、その観察している船には全く気が付かなかったということにして、船は定期の航路に戻ったのだった。


 後にロットラント王国の西の海には魔の海域があり、突然船が海に引きずり込まれてしまい、引きずり込まれた船はその船の船乗りとともに呪われて永遠に海の中を彷徨うのだ。

 なんていう尾ヒレのついた噂が広まって、夏の怪談話の定番になっていくのだが、それはまた別のお話。

 一応、船の浮力とメタンハイドレートによるブロウアウトについて小一時間ほど説明もしたのだが、力及ばす信心深い船乗りたちには、魔の海域という方が圧倒的に受け入れられやすかったようである。 無念。

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