107話 やっぱりそれなのか
銃といいジェットパックといい、この世界の錬金術は随分と未来に生きている感じがするな。
ワトスンのオリジナルだというので「錬金術に関しては」天才的だな。
ジェットパックの使用については、頑丈さに定評のある俺がひとまず試してみると言う事になった。
他に誰もやりたがらなかったと言うだけだが……。
まあ、この世界に来たしょっぱなから盛大に飛び上がって落下しているが、死んではいないので最悪自由落下してもHPを上げているので死ぬ事はないだろう。
穴の深さが相当深いので受けるダメージは比べものにならなさそうだが、終端速度といって落下速度は空気の抵抗によって、ある程度以上の速度には上がらなくなるのである。
そのため一定以上の落下ダメージを受けることはないはずだ。
普通ならもちろん死ぬし非常に怖い思いはするだろうが……。
ひとまず穴から離れて、ジェットパックの練習をさせてもらう。
詳しい仕組みは分からないが、チューブが幾つかついたランドセルのような箱に、タンクのようなものが3本くっついているもので、テレビやネットで見た事のある物よりは大分小さく頼りなさそうな感じだ。
「この握り部分で飛ぶ時の強弱がつけられるよ、一気に握り込むと吹っ飛ぶから気をつけてー」
「この左右の握りのちから加減で左右に曲がるんだな?」
「そうそう、よくわかるねー」
自転車のブレーキのような形をしたアクセルが2つあり、握った分だけジェット噴射が強くなるようだ。
単身で飛ぶと言うのは人類の夢であり浪漫だと思う。
俺は、こみ上げるわくわくを止められず、ワトスンの説明もそこそこにアクセルのトリガーを握り込んだ。
ジェットパックは、空気の噴射音を響かせ、俺の体を徐々に持ち上げていく。
背後からは、何か水のようなものが勢い良く噴射されている。
「おお、浮いたぞー……へぶしっ!!」
浮いたと思った瞬間、コントの様に前にくるりと回転し顔面から地面に突っ込んだ。
背中に噴射する場所があるので、重心がジェットパックから見て前方の下の方、俺の腹辺りに来てしまう関係で、前方に回転してしまったのであろう。
「あはははは、大丈夫ー? バランス取るの難しいから気をつけてねー」
「先に言え! ってかこれバランス取るの全部自力なんかい! 魔法がなんちゃらの不思議バランサーかジャイロくらいつけとけよ!!」
「ジャイロ?」
「簡単に言えばある程度重量のある回転する円盤だよ。 円盤が回転するとその姿勢を維持しようって力が働くんだ」
ジャイロと言っても色々とあるが、ここで言っているのは、コマの様なシンプルな物の事だ。
円盤を回転させると遠心力によって円の回転に対し水平に外向きに力が発生する。
円盤を糸か何かで円盤に沿って均等な力で引っ張っているとイメージすると分かりやすいかもしれない。
この引っ張る力が働くので、姿勢が保たれるので、倒れにくくなるのである。
「そんな方法で姿勢が保たれるなんて知らなかったよ。 でもその仕組なら少し時間くれれば追加出来ると思うよー」
「マジか、言っただけで再現できるとか天才か!?」
「そこはこのアンドレア・ワトスン・グレイトフル・ワンダーにおまかせあれだよ」
名前にはもう突っ込まないからな?
ワトスンは持っていた大きめのバッグから、幾つかの工具と金属の板を取り出すと、何かのスキルなのだろう惚れ惚れするような速度でジェットパックのパーツを組み替え、また単純な工具しか無いにも関わらず、正確にパーツを作成していく。
魔法的に物体を変形させるのとは違い、物理的に作成されていく様は見ていて楽しくもある。
「よし出来た、飛翔型給湯器改ってとこかなー」
「ちょっとまて、これ給湯器なんかい!?」
「?」
「いや、不思議そうな顔すんなし」
「だってこれ前に貰った品質の良い魔石を使った給湯器が爆発したときに屋根を突き破って飛んでいったから、応用したら人ぐらい簡単に飛ばせるんじゃないかと思って作ったやつなんだよー」
「爆発事故からの発想かよ!? よく無事だったな!?」
「錬金術師はみんな爆発には慣れてるからねー」
慣れの問題でどうこうなるようなものではないと思うが……。
とにかく、このジェットパックは空気と燃料を燃焼したガスではなく、水と水蒸気を噴射して飛ぶってことで、それは大袈裟にしたペットボトルロケットということである。
もしくは、沖縄や琵琶湖とかでやってる水を吹き出して飛ぶアクティビティみたいなものが近いかもしれないが。
コイツはそのうち、給湯器でロケット兵器とかまで作ってしまいそうだな。
「ともあれ、飛ぶ仕組みはよくわかったから、もう一度テストするぞ」
大抵俺のように頭から地面に突っ込むパターンが多いようだが、ペットボトルロケットでも人が飛べるというのは知っているし、ウォータースポーツの方のやつはジャイロとかはついていなかったはずだから、もうちょっと楽に飛べるはずだ。
10分ほど練習したら、わりと自由に飛べる様になった。
流石にこの状態で戦闘を行うというのは難しそうだが、魔法攻撃だったらある程度使えそうな気がする。
欠点として周りが水浸しになってしまうということがあるが、非常に楽しい。
俺が、楽しそうに飛んでいると、だんだん羨ましくなってきたのか、アリーセが変われと言い出した。
まあ、飛べない鳥の獣人としては自由に飛べるということに憧れが強いのかもしれないな。
「ん? そーいやこれ1個しかないのに、どうやって全員で下に降りるつもりだったんだ?」
「抱えて運べば良いと思うよー」
「無いわー」
「えー」
まあ、今飛んでいる時点で安全性は皆無なのであるが、誰かをぶら下げて数百メートルも昇り降りするとか勘弁して欲しい。
それが出来るほど飛行に自信がもてるぐらいまで練習する時間は、流石にないだろうからな。
「この程度の魔道具であれば、魔晶石を使用せずとも増やすことが出来るのではないのか?」
シークさんに、以前話した設定を持ち出された。
「不可能じゃないんですけど、1個が限界と言いますかそのう……」
咄嗟だったので、設定の甘さから、少ししどろもどろになってしまう。
「分かっている、冒険者たるもの依頼料よりもコストをかけてしまうべきではないというのであろう?
魔晶石の代わりに魔石を使うとしても、それなりにコストがかかってしまうという懸念は理解できるが、調査結果で十分追加報酬を見込めると思われるので、その分を加味してイオリのスキルでその魔道具を増やしてくれないだろうか?」
なんだか、勝手に勘違いしてくれたようなので、それにのることにしよう。
少し考える素振りをしてから、了承した旨を伝える。
というか、追加報酬を加味って、今言っている本人が出すわけだから、思われるも何も、追加報酬を出すからヤレってことだよな?
「それじゃあ、人数分複製すれば良いですかね?」
「私は自前の魔法で行けますから、必要ありませんわ、自分にしか効果がないのが申し訳ないですけど」
飛翔魔法が術者限定ではあるが一応あるようだ、後でどういう概念で飛ぶのか教えてもらおうかな。
それから、数十分程、皆で楽しく飛行の練習を行って、ダンジョンに空けた大穴の最深部に向かうのだった。




