第五話:極東を統べる者
::::::::::::::::
国というのは人のように個性でもあるのだろう。同じ世界の中で多数ある国全て方向性、特徴が異なる。同じものなんて存在しないと言ってもいい。その個性を形作っているのはやはり、国をまとめる者と言おうか。その者の思想が他者と違うのなら、もちろんの事、国として成り立たせている政治や経済、商業などもそれぞれ似てるようで違ってくる。
だが、集団で時代を生きていくのはどこも変わりないだろう。
――良くも、悪くもの話だが。
さて――。
極東の中央には、極東を統一する軍隊の作った国がある。
極東統一都市『神ヶ原』
またを八雲帝団総本山。
この国のすべてをまとめる権力を有し、まさに神の威を借る者達が集う屈指の軍事国家の本拠地。典型的な発展途上国のような体系で、都市の外縁は整備が行き届いていないスラム街が立ち並んでいて、中心へ向かう程、建物はより現代的で、高層建造物と化している。特に中心地の《宮廷》と呼ばれる建物は白い長方形を乱雑に高く積み上げた形をしており、その高さは、手を伸ばせば雲を掴めそうなぐらいあった。まさしく、天突く白き尖塔と呼ばれるのに相応しいものだった。
今でもその背を伸ばす無機質の塔の最上階には、頭目の執務室がある。
宮廷に見合った気品ある部屋の作りをしていて赤い絨毯に沢山の本。広い部屋に大きな高級感溢れる執務机が一つ。電気はついていなかった。机の上に置かれた装飾が仄かに青く光り、大きなガラス張りから、月の光が差し込む。
その薄暗い部屋に一つの人影が伸びていた。
「……………」
《大元帥》と呼ばれる女、八塩折は、座り心地がいい椅子に背を預けながら沈黙を保っていた。
純白の軍服は八雲帝団最高幹部の象徴。外見はあどけなさがある少女だった。シルクのように滑らかで綺麗な白銀の長髪は紐で後ろに束ねていた。だが、輝きの少ない山吹色の瞳は地平線の向こう側を見通すような古参兵の眼力を持つ。その華奢な体格から放たれる気丈で厳格な風格は、精鋭の兵さえも震えるぐらいだった。
「……………」
八塩折は次の事の為、仮眠を摂ろうと目を閉じる。
「やあ、予定より遅れてしまったけど起きているかな八塩折君」
そんな煽るような声が聞こえたのは、その直後だった。
「遅い」
すべてを圧倒する声で八塩折は言った。
「あはは、ごめんごめん。今後から善処するよ」
その少女の体は半透明に透けていた。立体投影だ。姿はあどけなさがある華奢な少女。そして、どこかのセールスマンのようなスーツを着て、ネクタイを締めて、スラックスを穿いている。立体投影により、はっきりとは分からないが赤色の瞳に緑色のロングヘア―だろう。
実に知的だが重々しさは全く感じず、ビジネスウーマンの割にはとてもフランクだ。
「じゃあ始めようか。一体、どんなものがご所望かな?」
そんな友人のように気軽に話す彼女が持ちかけた話は仕事の交渉だった。
「前の話でお前が言っていた対空兵器の受注と、局地制圧砲弾『イシュタル』の量産化を頼みたい」
八塩折は眉を一つも動かさずに要望を言う。
「ああ、この前プレゼンしたアレね。…でも、おや?前者はともかく、イシュタルの量産は『大罪企業連合』に頼めばいいじゃないか。一応、僕の所にも量産製造プラントはあるけど、あっちの方が断然と早い。数を増やすのはあちらさんの得意分野だからね」
少女は自身の利益が減る可能性があるのに、わざわざ別の同業者を勧める。だが、八塩折は目を閉じ否定する。
「いや、これは内密に行いたい。他の国の連中に目を付けられたら厄介な事になる。『大罪企業連合』は管理は万全と言うが、それでも情報が洩れる可能性があるからな」
実際、情報が洩れた事例はそう少ない。こうして、機人との戦いが長期化している要因としてそれすべてではないが関わっている事を否めない。
「ほう…。つまり、僕を買っていると?」
「…考えが足りんぞジェーン・ドゥ。一体この付き合い何年やっていると思っているんだ。それぐらいの価値は生まれる」
八塩折は腕を組んでそう言った。八雲帝団と彼女の付き合いは長い。それは、かの有名な天征大戦が始まった当初から、前大元帥のいた頃からこういう取引を続けている。彼女が提供する兵器はどれも他社の製品を二枚三枚上を行く高性能で、それ故に彼女しかその兵器を修理点検する事ができないようになっている。
まさに、特権。この分野に関しては彼女の独壇場のビジネスとなっている。
そんな最高品質の机の前に現れたホログラムの少女はきょとんとして、段々と顔に笑みを浮かばせる。
「ははっそうか!そこまで言うならこっちも僕のプライドが燃えるね!分かった。喜んで引き受けるよ。ここまで我が社の信頼を買ってもらっている上客はあなたが初めてだよ。安心してくれ、情報の秘匿は絶対に保障する!」
「そうか、なら頼む」
交渉する者はとても上機嫌だった。依然として八塩折の態度は変わらない。
「ふう…おっと失礼。では『代金』を頂こうか」
「ああ、用意した」
八塩折はデスクに組み込まれた複数のボタンの内の一つを押す。
しばらく駆動音が続くと、部屋の中心に複数の厳重で大きな六角柱の容器が床から現れた。
その中身は…。
「うーん実に素晴らしい。ここからでも分かる程にね」
「お前たち『アーティアル財団』と『NEWC』の共同開発に必要な検体だ。そちらが提示した基準を大幅に上回っている上物だ」
「感謝するよ大元帥殿」
ケースの中には様々な器具で固定されて眠らされている機人が入っている。体には検査の痕が残っている。彼女はそれを嬉々として見ていた。
「あ、そうだ。今日は気分がいい。八塩折君、あなたはツいてる。サービスとして僕の一押しの兵器をプレゼントするよ。量産型ではなく、オリジナルの超遺物をね」
「一つで国を滅ぼすとされる超遺物がコレクション、か…中々の悪趣味だな」
「え?そうかな?これでも普通の範囲内だと思うけど?僕からするとラグナウイルスから生み出された化物『機屍』の一部を融合させ、無理やり超遺物と適合させるために外道ともいわれる人体改造手術を施した君達の方が中々面白い趣味を持っていると思うよ」
「六種族の中で一番力が足りん人類がヤツらと戦うにはあれが最適だった」
「そうだね。その通りだよ。あの地獄じゃそんな理屈が通ってもおかしくない。いや、八塩折君達のような存在がいなかったら、今人類は絶滅危惧種に指定せれていたはずだから。君達はあの大戦の英雄の一人。この世界を再び動かした。だから、そんな尊敬する君に僕から心からの好意だ。プレゼントとして受け取ってくれたら嬉しいね。それに、いつか役に立つ。貰って損は無い筈だよ」
「……………」
八塩折はしばらく考えて答えを出す。
「いいだろう。頂戴する」
望んだ返事が返ってきて、彼女は笑う。
「ありがとう。君とはいい友達になれそうだ。イシュタルの量産以外、約束の品は一日でそっちに着く筈だよ。プレゼントもね。君の扱い方が、今日を経て分かった気がするよ」
「人間早々簡単に扱えるものではない」
「はは、冗談だよ。そのぐらい分かるさ。僕も人間だからね」
少女は笑う。これからの関わりを期待して。
「では、良き盟友を祝して、これからも『黒血三同盟』との縁を末永くよろしく頼むよ」
少女は深々と八塩折に一礼をする。そして―――。
「八塩折殿」
顔を上げた時に、少女は、あくまでも良心的な笑みを浮かべた。そして通信が切れる。
「…………」
八塩折は、再び椅子に深く腰掛ける。
「友達か…」
八塩折は一つの不満とも言える疑問を呟く。顔色は全く変えずに―――。
「友ならば、いい加減名前を教えてもらいたいものだ」
世界で中立的に兵器製造している三つの巨大な勢力がある。
『大罪企業連合』
『NEWC』
『アーティアル財団』
この三つが、お互いに情報提供、開発、製造に尽力し技術革新の循環サイクルを形成している。
世間は俗に、これを―――『黒血三同盟』と呼んでいる。
この組織の存在が明らかになったのは機人との戦い、つまり、反抗戦争が始まった時だとされる。
対して、不明な点も数多くある。
例えば『アーティアル財団』。先程の交渉に立ち会ったあの少女の本名は八塩折を含め、世界中の誰もが知らない。
故に、皆は彼女をこう呼んでいる。
名無しの女性と。
「…時は近い。急がなければ」
机のパネルモニターにメールが受信されたのはそう言った時だった。
「…八雲帝団第四支部フォートレスからか。…成程」
八塩折は一息鼻から静かに流し、何かを気付いた。ある少女の写真を見ながら。
「これもあの大戦の因果か。いつか、また『我』と会い見えるかもな」
八塩折は薄ら笑みを浮かべた。
トン、トン、トンとノックの音が響く。
「や、八塩折様。お部屋に入って、よよろしいでしょうか?」
「…黄泉か。入れ」
「はい。し、失礼します!」
大きな木製の扉から一人の女の子が現れる。
年は十代後半程度。ぱっつん前髪なツインテールの茶髪で眼鏡を掛け、リクルートスーツを着ている。その手には様々な情報が載った板状の電子端末。常におどおどしていて、地味っ気な文学少女の感じだが小動物のような愛くるしさがある。。
「どうした黄泉。勤務時間はとうに終わっている筈だが?」
かなりの人見知りでこんな風に、慣れた人でも緊張を隠せず、言葉が詰まり詰まりになってしまう。別に彼女は八塩折を怖がっている訳ではない。
「あ、あのー。実は先程『軍神議会』から、や、八塩折様に招集がか掛かっています」
黄泉は、今にも泣きそうな顔で用件を述べた。
「相手は?」
八塩折に問われると黄泉は、電子端末を慣れた手つきで操作する。
「えっとー。ぎ、議長『古竜王』セニサ・ドラグニス様から、議員、ぜ全員に招集が」
どうやらいつものお喋りとは少し違うようだ。
何なのかは予想がついていた。
「……成程、あの人らしい。だが、時間を考えて欲しいものだ。すまないな。こんな時間に」
「い、いえ!これが私の仕事、でですから」
もう、とっくに深夜だった。今日は月が一段と輝いていた。
「しかし、何故直接伝えに来たのだ?メールで『我』のデスクに送ればよかろうに」
「い、いや…その、ぐ、偶然にこの前を、と通りかかったものなので…」
「そうか。黄泉ご苦労だった。今日の会議は『我』一人で十分だ。今日はもう寝ろ」
「で、ですが…」
黄泉の反応に八塩折はふっと笑う。
「睡眠が足りん。それは身体に悪い。黄泉、これからもっと忙しくなる。なのに『我』の秘書のお前が倒れてもらっては困る」
「………っはい!」
黄泉はそう言われて嬉しそうだった。
「よし、なら部屋に戻れ」
「わ、分かりました。それでは、しっしつ―――」
―――‼―――‼―――‼
突然と緊急警報アラームが鳴り響く。
「はわわっ‼」
慌てふためく黄泉。対して八塩折は至って冷静だった。
「何事だ」
そこで、通信が入り、机から映像が出てくる。
「大元帥様。こちら研究開発部局第五区画。予期せぬ事態が起こり試験体が逃走しました!」
白衣を着たインテリ系な男性が映っていた。男は焦る様子で説明する。
「人数は?」
「…一体です。ただ、どこにいるかは今も不明です」
「理解した。だが、もう一言足りん。励むのは結構だが、『我』に申請許可も無しに実験とは、どう言い訳をする」
「…申し訳ございません」
「追及は後だ。すぐに中央管制室に連絡しろ。それとお前たちの最高責任者に事態の報告をしておけ」
「了解しました!」
そこで、通信いったん切りパネル操作で再び通信モニターを開く。
「中央管制室。聞こえるか『我』だ」
「ふあぁ…。はーい、聞こえていますよー。また、逃げたんですって。全く温室育ちの研究者達はこれだから。相手は戦場を駆け巡る奴なのに…もうちょっと慎重にやって欲しいですね。せめて朝までは何もトラブルを起こさないでもらいたいです」
画面に映った少女は五十里忍。セミショートのヘアは、濃いめの茶色をベースに髪先がオレンジ色とグラデーションを掛けていた。服装はラフで、少し幼い感じがするシャツに学校の体操服のような短パンを穿いていた。
とてもじゃないが日本帝団の中枢を担っている者の一人には見えなかった。
「世話をかけるな」
「それはお互い様ですよ」
もう慣れっこと言わんばかりにアラームが鳴る中、忍はごく普通に会話をこなす。
「『八竜天将』はどうした?」
そう聞かれた忍はバツの悪い顔をした。一旦画面から目線を外し、申し訳なさそうに言う。
「…あまり期待しない方がいいですよ」
「構わん言ってくれ」
「…えっと、赤羽灼海、シルヴァ・ローザスト、琴音原智子、森世柚は《学園戦線都市テスタメント》で臨時入学していますね。濡衣涼子は日本帝団第一支部から第三支部へ3日に及ぶ視察の最中。天剛義貴は北の大陸に機人の討伐遠征へ。七宮健児は幻明鏡花と自身の故郷へ帰省しているみたいですね。つまりは、今直ぐに事態を最小限に抑える事ができる八竜天将はいないということです」
「そうか。神ヶ原には一人もいないのか」
主戦力がいない手薄の時に起きたか…と八塩折は考える。
「対象の能力は分かるか?」
「はい、研究開発部によりますと、分かっている事は、相手は空気を可燃物に変えて周囲を爆発させる力を持っているそうです。それと―ー」
その情報は八塩折にとって少々厄介なものだった。
「彼女は心核兵装持ちです」
成程、可能性は低いが、もしあれをここで使われたら街に被害が及ぶな…と八塩折は思慮する。
「理解した。早急に見つけ出せ」
「はい」
八塩折は通信を切った。
「黄泉」
「は、はい。な何でしょう」
「しばらくここにいろ。今部屋から出るのは危険だからな」
「わ、分かりました。…―――!八塩折様っ!」
黄泉は急に声を上げ、八塩折に呼び掛ける。
「急にどうした」
黄泉は木製の扉の方を睨み付けていた。
警戒している。
「そうか。そうだったな」
ルプトニウム視覚過敏症。10万人に一人の確立で発症する難病だが、同時に彼女の能力でもある。靄として視界の中に現れ、距離が近ければ壁と隔てていても反応してしまう。本人はそれがコンプレックスなのだが、使いようによっては限定的な透視能力としてかなりのアドバンテージがある。
そしてルプトニウムいう物質はある種族にしか存在しない。
八塩折は納得すると机の横にある刀掛け台に置かれた一本の得物を手に取った。
それは彼女の身の丈程のある大太刀。鞘は手触りのいい銀色。鍔の下の鞘の一部と柄が純黒のグリップとなっていて戦闘時の機能性を重視している。
「八塩折様、き来ます!」
その直後忍から通信から入る。
「逃走者の位置が分かりました!場所は――」
「分かっている」
その時だった―――――。
ズッッドオオオ――――ン‼
爆音を轟かせて、扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。粉塵舞うその中に一つの影が揺らめき、猛烈に加速して八塩折に突っ込んで来た。
その正体は機人。血痕が多くある手術着を着ていて医療用のチューブが何本も刺さり、何とも痛々しい。赤色の髪は傷み、青色の瞳はくすんで、その顔は苦痛と怒りに歪んでいた。
「やややややややししししっししししおおおおっりりりいりりぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
怒号の一声。
何を言ってるかは分からなかった。がその叫びに、八塩折に対する激しい憎悪と憤怒が塗りたくられていた事を黄泉は背筋をゾッとさせて理解させられた。
だが。
「ふん」
彼女は臆することは無かった。
八塩折は、激昂の機人の叫びに、揺らぐことのない気丈で厳格な態度と左手に携えていた大太刀からの一閃で応えた。
「がっッ!」
機人は迫りくる刃を、手から生み出された爆風の反動を使い、寸での所で避ける。
「ほう。攻守両方に使い分ける事ができるか」
「やややっししおおおりり。お前だけははははっ‼‼‼」
赤髪の機人は両手を前に構える。手と手の間にドロッとした炎が形成される。
「『融解砲爆』‼」
荒れ狂う炎の嵐が黄泉を含め、八塩折に襲う。
「……『永氷盾』」
八塩折は右手に持った太刀を振るう。部屋の気温が急激に下がり、八塩折と黄泉の前に分厚い氷が出現する。それが、機人の攻撃を防ぐ盾の役割を果たした。
八塩折は黄泉の安全の確認をすると周りを見渡す。部屋中に火の手が回っていた。
「…部屋が焦げる」
今度は刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。
「『冷斬涼』」
燃え広がっていたはずの炎が一瞬で消えた。
「やれやれ、せっかくの貴重な本が灰になってしまう…。それで、お前の頭は冷めたか?この戦いが無駄な事を理解しろ」
「殺す。テメェだけは絶対にっ殺してやる!」
「どうやら。ヒトの言語を喋れるぐらいには落ち着いたようだな」
「――――ッッ!!」
赤髪の機人は犬歯をむき出しにして右手を横にかざす。赤い均等な正方形がいくつも生まれ集まり、何かに形を成していく。
それは、身の丈以上の片刃の大剣だった。
だが、それはあまりにも巨大で無骨で、雑な作りだった。
言わば、鉄の塊。相手を斬るのではない、圧倒的な重量で叩き潰す為に生まれた剣。
「それが、貴様の心核兵装か。実に単純な形状だな」
「ベルセルクッ―――」
その大剣を振りかざす。八塩折は静かにそのくすんだ青い瞳を見据えていた。
「心核兵装は、言うなら自身の心を具現化した武器だ。だが、お前のそれは―――」
「オオオオダダアアァァァァァァー―――‼‼」
無造作に振り下ろされる鉄塊。憎き相手を粉々に砕こうとせんが為、機人は雄叫びを上げる。
「―――あまりにも、狂犬で、やさぐれていて、それで何も見えていない節穴で、行き場を失った鈍な心だ」
八塩折は冷気を浴びた刀身を軽く横に振った。
最初から決着は着いていた。
彼女に鈍と吐き捨てられた刃は届くことなく、機人の大剣があっさりと真っ二つになった。折られた先が地面に落ち、重々しい音を鳴らす。
斬ったのは、八塩折が放った永氷盾。先を尖らして前に突き出させたのである。
「この氷はただの氷ではない。が、今の硬度は普通の鋼よりはない」
「…なっ、あっ…あ」
「それ以下のお前の剣は…『我』に届くはずがなかろう」
成す術を無くし絶句する少女に八塩折は追い打ちをかける。
「『雪花牢』」
花を模した氷の牢獄にあっけなく閉じ込められる機人。
「『我』の返逆兵器は氷を生み出すだけではない」
八塩折は太刀を横に振るうとそれにつられるように、蝋燭のようなオレンジ色の光が空中に線を描く。
「『焼残火』」
牢獄の中に幾つもの光の玉が生まれ、その瞬間、爆発する。
そして何度も連続した爆発が起き、雪花牢が崩れる。
静まり返る大元帥の執務室。突然の襲撃者により随分と荒らされてしまった。爆発により生まれた水蒸気が肌を程よく濡らす。
八塩折は刀を鞘に収めた。
「………やり過ぎたか。手加減が足りんな『我』は」
「うッ………う」
呻き声が聞こえた。発しているのは先程の機人だ。
「生きていたか…ん?」
よく見ると四肢は酷く損傷しているが、致命傷になる部分は無傷に近かった。
「残りのエネルギーを寄せ集めて、『結界鎧甲《イモ―タルアーマー》』を局地的に発生させる。それで致命傷を避けたか。最後の最後に器用な芸当をする奴だ」
「八塩折様、ごご無事ですかっ!」
心配し駆け寄る黄泉。
「ああ大丈夫だ。むしろ、その台詞は『我』が言うものだと思うが?」
今にも泣きそうな顔で言われるとこっちが心配になってくる。と、八塩折は内心そう思う。
「すまないが黄泉、忍に事態は終息したと伝えてくれ。このアラームももう止めていいとも言ってくれ。あと医療部の陽明に救護の要請を頼む」
「まっ任せてください。ででも救護というのは…」
「決まっている。あいつだ」
八塩折は倒れている機人を指差す。
「わ、分かりました。早速作業に、と取り掛からせていただきます」
「頼んだ」
黄泉はせっせと電子端末を操作し連絡を取り合い始めようとする。
八塩折は赤髪の少女に歩み寄り、煽るように言う。
「信念が足りん…と思っていたが、いいだろう。そこまで足掻いてまで『我』を殺したいなら、その機会を与える。お前にはもってこいの場所だ。そこで、自分を磨け。――出直してこい」
大元帥は笑う。虚ろな青の瞳を見ながら、この少女に大きな期待を抱く。
「さて、行こうか。黄泉その作業が終わったら自分の部屋に戻れ」
「は、はい。八塩折様」
八塩折は頷くと見上げる程の高さがある本棚にある一冊の本を奥に押し込む。
ガゴッ、という音と共に本棚の一部が扉のように開く。
八塩折はその闇の中へと消えていった。
覚えてもらいたい。
その中にあるのは、国いや世界の裏側である事を。