間章:幼き団長の歩み
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繫華街が様々な種族がごった返し、活気で賑わう中、昼下がりの晴天の下、美しく整った石畳の上で軽快に走る一人の少年がいた。
しかし、何やら不機嫌な様子で――。
「あーちくしょう。また負けた。焔終姉に全然勝てないや」
とある機兵団が我が家としている湖上の基地の甲板上で焔終という人物と稽古していた。今日は十戦したが全敗した。
「あれぇ?全然歯応えないぞぉ」と降参する度に煽られ、悔しかったが返す言葉が無かった。
気分転換代わりにある事をする為に、基地を抜け出し、不貞腐れながら路地を走っていた。
「おい、そこのガキんちょ。そがいに急いどったら転ぶぞ」
屈強な体をした獣人が少年に忠告する。
「何だよ。おっちゃん。分かってるよそんなの」
「まあ、どうやちょっと一服せえへんか?」
少年はハアと息を吐き、がっかりした様子で打ち明ける。
「前々から思ってたけど、おっちゃんの作った料理まずいんだよな」
「うな⁉」
「何だろうな。あれならコーヒー飲みながらイカの塩辛食ってた方がなんぼマシだな」
身体を震わせて、ショックを露わにする獣人の男性。
「……うおぁ、嘘やろ…ありえへん……」
「悪いけど俺急いでるから、じゃあ」
少年は、顔を前へ向き直すと、颯爽と走り去る。
「ん?」
しばらくすると少年の目に見慣れた女の子いた。
「おい夜明。今、任務中なのか?」
「え、貴谷、君⁉」
艶のある紫色のロングヘヤーに、紅玉のような輝かしい深い赤色の瞳。彼女はこんな真昼でも漆黒の軍服という暑苦しい格好をしていた。
「だ、駄目ですよ貴谷、君。今は休憩中ですが、こんな所で私と話していたら捕まります!特に副隊長とか、あなたが私とよく話すから、目を付けているんですよ」
彼女はおどおどした様子で貴谷に注意を促す。
「そうか。じゃあ後で飯食おうぜ。最近出来た竜人経営の店があってさー。そこのギョーザが超美味いって評判なんだよ」
「もう!人の話きいてますか?あ、でもその店ぜひ!ご一緒させて下さい。そのギョンザ、どんな味か確かめたいです!」
フンと鼻を鳴らせて意気込む夜明。昔からギョンザ所謂ギョーザには目がないらしく、話によれば自作の際こだわり過ぎで香味料まで現地調達らしい。
少年は半笑いしながら。
「その…ギョンザ、てのは何とかならないのか?」
そう指摘された夜明は思わず口を押さえる。
「あー。またやっちゃいました。どうやら子供の頃の癖がまだ……失態です情けないです」
「ま、可愛いからいいか」
瞬く間に夜明の顔が真っ赤に染まった。耳まで熱くなり、口をパクパクさせながら。
「な、な何を言っているんですか⁉わ、わ私がか可愛いって、そんなわけ……もうっからかうのもいい加減にして下さい!」
「あはは、悪い悪い」
そうは言うものの、うん、弄りがいがあるなと思いながら朗らかに笑った。
「そんじゃあまた後でな。一時間したら戻るからそこら辺で待っとけよ」
「はい!ギョンザの約束必ずですよ…――あうっ」
また、言ってしまったと夜明は恥ずかしがる。
少年は慰めるように笑い、その場を後にする。
「……おっと肝心な事を忘れてた」
夜明と別れた後、ふと、大事な事を思い出すと走る足を止め、精霊が経営する食品店で食べ物を購入した。師匠でも、おっちゃんでも夜明でもない人物の為に。
「あいつきっと腹を空かせてるな。急ごう」
街を外れて、周りの山々と一際大きな山を登り、生い茂る木々を搔い潜り、獣道すらない所を通って勘と記憶を辿り、とある場所に辿り着いた。山の斜面にポツンとある、一人ぐらい通れる洞穴。その中を潜り、しばらく進むと開けた場所に出た。天井の高さは三メートル、六畳程の広さはある。そして、少年は笑みを浮かばせる。
「よう。飯持って来たぞ」
そこにいたのはLEDランプに照らされた深緑髪の少女だった。