第三話:穴暮らしの一家
◯
あの後焔終は無事に家路に着いた。濡れた服も難なく乾かし、愛しい家族達に晴れ晴れしくただいまーっ‼の挨拶。
ここまでは良かった。うん、ここまでは。
……そこから何が起こったのか三文芝居で説明しよう。
今日の猪鍋は?
…ごめん焔終姉、猪鍋は無え。
何だってええええええええええ!?
というわけで今焔終はしくしくと涙を流しながら、余った米と山菜を合わせて煮た雑炊をすすっていた。
「うわーん、わっちのバカあ。わっちのバカあああああああっ」
「焔終姉。悪かったって。あんなホラを吹いた俺がいけなかったんだ」
「そうだよっ。貴谷ちゃん!仕事がうまくいかないから、食料調達の方を任せたのにあんまりだよ!」
「だってそりゃあ。草むしりとか、猫探しとか、壁直しとか、俺のガラじゃねえよ...」
「だってじゃないよ!こっちは一日中山にこもってヨモギ集めしてるんだよ!うわわわあんっ!」
「ボス、またチャンスはある。…頑張ろう」
「………うん、泣きやむ。しっかし、どうしてこんなにも肉にありつけないの?ああ、どうしようわっちついてない……ぐすん」
焔終は瑞華に子供のようになだめられた。しかし、もう、二週間も口に入れていない肉のダメージは大きいようだった。
廃坑を住処としている一家は、少し遅めの夕食の時間に入っていた。
日はもうとっくに落ちている時間で雨はまだ降り続き、入り口から肌につく風が入り込む。
坑道にぶら下がった露骨な電球が四人を照らす。
貴谷お手製の木の長机を挟んで、焔終と瑞華、貴谷そしてアミティアがそれぞれペアとなって向かい合わせに座っていた。足の短い椅子も貴谷手作りである。
「んで、その子はどちらさん?帰った時のショックが大きすぎて、聞くタイミングがずれちゃった」
焔終の質問に貴谷が答えようとする。
「ああ、こいつは山の中で倒れていて名前は―――」
「いいや、貴谷ちゃん。わっちは今絶賛中、名前を聞くなら本人の口から聞きたい主義を今していてねー」
「まだ拗すねてんのか。子供かよ」
「何でだよ!すねてなんかないしっ。うわー嫌いだよ。そういうの嫌い………まあ、ちょっとだけあるけど…そういうのはともかく!ただ、気まずいじゃん」
焔終はそう言うと、アミティアの顔をじっと見つめる。目を見開いて興味深々のようだ。アミティアはそれに耐えかねた様子で名前を呟く。
「…アミティア」
「おほう!アミティアちゃんかー。いい名前!わっちは威東焔終だよ!」
大いに喜ぶ焔終。
「改めて…よろしく、アミティア」
瑞華も声が少しばかり弾んでいる気がする。久しぶりの来客に舞い上がっているのだろう。
「ふふん、見れば見るほどほれぼれしちゃうよ―」
ぐいっとアミティアの目の前まで顔を近づける焔終。驚いたアミティアは思わず身体を引いて、肩をすぼめる。
「おーい、そいつ困ってるぞー焔終姉。そろそろ離れろよ」
「いやいやースキンシップは大事だよ。仲良くなるには何よりも積極的行動!」
その時、焔終はアミティアの分の雑炊が自分達と比べ、減っていない事に気付く。
「ん?アミティアちゃん。雑炊に手を付けて無いねー。もしかして、口に合わなかった?」
焔終はアミティアの雑炊を手に取って言った。
「ボス、そんな事は、ない…今日はかなりの、自信作っ」
瑞華はグッと、力強く親指を立てて主張する。
「なら、まずくないね!さあさあ、アミティアちゃん食べて食べてー。瑞華ちゃんの料理はおいしいよ。栄養つけてケガなおさないと」
アミティアは焔終に差し出された雑炊を受け取る。しかし、どうも気が晴れない。
「わたしは…この状況が分からない。どうして、まだ会ったばっかりのわたしにそこまでするの…?」
無理もない。目覚めたら親切な人がいて、介抱してくれて、それなのに自分は助けてもらってばかりで何もしていない。
もし、器に入っているものが水のみだったら、暗い顔をした少女の顔が映っていただろう。
うーん、と考える素振りを見せる焔終。だが、答えは随分とあっさりと出た。
「別にいいじゃん。助けるのに大した理由は必要ないしね」
「……」
「あえて言うと助けたかった…からじゃないかな。わっちはそう思うけど」
「…そういうものなの?」
ニッコリと、うんうん頷きながら焔終は言う。
「そういうものなの」
「……」
「こういうのは助けた本人に聞くのが、一番手っ取り早いけどねー」
焔終と瑞華は、じー、と助けた本人を見る。
その本人。貴谷は、見られている事を気付くのにしばらく時間がかかった。
「…何だよ」
「貴谷、どうして…?私、理由…聞いてない」
「わっちもわっちもー!それ、すごく知りたいよ‼」
貴谷は不愛想な態度であしらう。
「理由ワケは…焔終姉が言った通りだよ」
「えーそれはつまんなーい。貴谷ちゃんちゃんと言ってよ―」
貴谷はその場から退避するかのように一気に雑炊を平たいらげると、椅子から立ちあがる。
「はあ…風呂に入る」
貴谷は早足で入り組んだ坑道の中へ行ってしまった。
「うわ、つれないねー」
「貴谷、ツンツン…してる」
ぶー、と不貞腐れる二人。そんな平和で柔らかい雰囲気が漂う中、アミティアは黙々と雑炊を啜る。
「あっそうだー」
焔終はポンッと手のひらを叩き、何か閃ひらめいたようだ。
「ボス、どうしたの?」
「ふふふ、いやーちょっとねー。うさばらしのついでにー…久しぶりにアレやっちゃおうかなーって」
ニヤーーーっと笑っていた。その顔は子供が悪戯する時の悪い顔だ。
瑞華は最初、焔終が何をしでかそうとするのか、疑問に思っていたがすぐに呆れた顔で聞き出す。
「…ボス、まさかアレを?」
「そのまさかだよ瑞華ちゃん!――あっ、ごちそうさま」
焔終は雑炊を熱がりながらも、一粒残さず完食し立ち上がる。
「さてと、小さい時の貴谷ちゃんは直ぐにダウンしちゃったけど…十七才になった貴谷ちゃんはどうかなー?。わっち、わくわくするよー」
止めようか止めまいか瑞華は判断しようとしたが、所詮は子供じみた遊び。止めなくても害はないだろう。彼女が加減というものを覚えていればだが…。
「ボス、遊びは程ほどに…」
「分かってるってー。何なら瑞華ちゃんも一緒にどうだい?」
焔終は瑞華に手招きをした。すると―――。
「――ッ…私は、まだ食べてるからいい。…そんな時間は、ない」
ゆったりと会話をしていた瑞華は急に器に顔を近付け、ガツガツと食事に専念し始めた。
「あら?」
焔終は予想とは違う反応を見せる瑞華に首を傾げた。どうしてだ?と考えて、成程!と答えを導き出した。
「……あーははん。瑞華ちゃんもそういう年頃かー」
瑞華の箸が止まる。頬を若干赤らめ、焔終を睨む。
「ボス、怒るよ」
「へへ、ゴメンゴメン」
「……………」
どうやら、図星だったらしい。瑞華はおかわりを机に置いた鍋からどっさりと盛り、口に運ぶ。
「それじゃあ、行ってきます!あーはっはっはっはっは――」
焔終は仰々しく風呂の方へ歩いて行った。大袈裟な笑い声が柔らかく坑道の中に響き渡る
――――……。
一時経つと焔終の笑い声が聞こえなくなった。
食卓の部屋で残っているのは、瑞華とアミティアだけ。
静寂の中、聞こえるのはスプーンと器がぶつかる音と外から若干の雨が地面を打つ音のみだった。
アミティアは焔終に名前を名乗ってから、ずっと黙って聞いていたが、取り敢えず賑やかな一味だと分かった。機人エクスマキナの自分に対し敵意はこれっぽっちも無い。むしろ、ずいずいと迫ってきて、どう対処したらいいか困るぐらいだ。
……念のために警戒していた自分が笑えてきた。そう思ったアミティアは思わず顔が綻んだ。
気が緩んだ途端…何だか急にお腹が―――。
「ぐううううううううううううううううううううううううっ~~~~~~~」
地鳴りのような腹の音。
とてつもない空腹感が彼女を襲う!
やってしまったと深緑髪の少女は思った。
(うわー。これ、すっごく恥ずかしいから最近は制御していたのに………お腹すいた…)
―――まさか、バレてるんじゃ……。
アミティアは顔を赤くしながらチラッと瑞華の方を見てみる。瑞華は何かを払拭するかのように、食べる事に集中していた。どうやら今さっき鳴った腹の音には気付いていないようだ。まじまじと瑞華を見るがこちらに気付こうともしない。
「お腹すいた」
不安は無くなった。そしてアミティアはおかわりしたくなった。
「鍋は目の前にあるけど、勝手に取ったら駄目だよね………いや、でも……」
アミティアは人と話したことがほとんどなかった。人と接するのが苦手だ。機人なら支障なく話せるのに…。
友達からは、『外見とかは私達と人間とはそんなに変わらないから普通に話せば大丈夫』と言ってくれたが…普通っていうのは何なんだ?教えてくれよ。と思考迷路をここでぶり返す。
ああ、気まずい…でも、お腹すいた。アミティアは葛藤する。しかし、いくら悩んでも食欲は消す事はできない。むしろ、どんどん強くなっている。しばらくして、決心する。
「…背に腹は代えられないか」
アミティアは心を落ち着かせ、息を飲む。
これは、必要な事なんだ。生きていく為には仕方のない事。何を躊躇う必要があるアミティア。人と話すのが苦手だからは単なるワガママだ。そう自分に言い聞かせた。
自身の空腹を鎮しずめるために少女は一声を放つ――。
「あのっ!」
部屋の大きさの割にはかなり大きい音量だった。
「っ!…どうしたの?急に、大声出して」
もう少しで皿を落としそうだった瑞華が尋ねる。
「あっ…えっと…」
―――しまったっ。
何を言えばいいのか頭から抜けてしまった。羞恥心を振り払って踏み出した一歩がアミティアにとってさらに気まずい状況になってしまった。
「……ん?」
瑞華は小首を傾げた。
「………う、うう――」
その時再びあの地鳴りがなる。
今度こそ完全に瑞華にバレてしまった。
アミティアは石のように固まる。
「……あー。成程、お腹…すいてるの」
瑞華はいつもと変わらない真顔でアミティアに言った。
「…え、は…はい。まあ」
「…恥ずかし…がらなくても、大丈夫。あと、敬語は、いらない。…皿、貸して」
そう言われるとアミティアはおずおずと皿を瑞華に渡す。瑞華は受け取ると机の真ん中に置かれた鍋に入っている雑炊をすくうと、はい、と言って渡した。
「ありがとう」
「まだ…あるから、どんどん、食べて」
出来上がってかなり時間が経ったが、未だ湯気が立ち上っている。米の匂いが鼻腔びくうを駆け抜け、口の中で唾液が溢れてきた。
「…卵、があったら…もっと…いい仕上がりに、なる」
それを聞いただけで心が踊らされた。純白の米と輝かしい艶を持つ卵が絡み合うシーンが頭の中に出てくる。
「いや、これでも十分に美味しいわ」
「…そう、よかった」
褒められて彼女の顔は嬉しそうだ。
◯
一方その頃―――貴谷は風呂で今日の疲れを癒いやしていた。
この鉱山は先程も言った通り、昔に廃棄された廃坑であり、今は貴谷達が住処として使っている。
多分、麓の繁華街を支えていたのだろう。そこそこ大きな鉱山である。しかし、殆どの坑道が浸水してしまっていて、人が住める区画はこの休憩所として使われていた入り口付近と少しの坑道区画である。
しかし、まさか風呂があるとは…来た当初、貴谷達は驚いた。銭湯の一部をそのまま切り取ってここに設置した感じだ。脱衣所があって、スライド式の扉を開ければ、4~5人は一緒に入れる湯船がある。
「あー生き返るー」
湯に深く浸かり、年に似合わないおっさんのような台詞せりふを漏らす。
「しっかし、よくよく考えたら風呂ってここじゃ贅沢もんだよなー。……そう考えるとモチベーションが上がるな」
湯は廃坑に浸水した水を汲み、薪や石炭で沸かしている。水はともかく、湯沸かしシステムはそのまんま利用させてもらっている。
「それにしても、なんか今日はいろいろあって、流石に体が応こたえる。いつもより湯が身体からだに染みるのはそのせいか…」
ちなみに、水は弱酸性である。肉体、ストレスによる疲労回復。胃の調子も良くなる、その他などなど…いい事尽づくしな風呂である。贅沢を言えば、通気性の改善だろうか。坑道という密閉空間にあるので、ホースのような通気口じゃ湿気が溜まりやすい。だが、それもそれでミストサウナのようで悪くないと三人は思っている。
「…肉、食いてーなー。明日、また捕まえに行くか」
貴谷は身体を癒す温かさに身を任せ、いつものように脈絡のない願望を吐露する。だが、ふと考えを改め、今日は、いつもの日常ではないと気付く。
「―――いや、無理か。明日は繫華街で人探しに一日を潰しそうだ、はあ…」
貴谷はため息を吐いた。湿気により生温かい。今日を以て、約二ヶ月の日常は幕を閉じる。
「あいつもあいつだ。あんなボロボロのドックタグ一枚を頼りに敵の根城に突っ込むとは、機人にしたら間抜けっていうか…冗談もいいところだな」
だが、実際目の前で起こった。
機人も馬鹿じゃない。むしろ、天才と言うべきか…戦闘に対する頭脳の処理能力は生まれた時から既に並みの人間以上だ。
そんな子が、その頭で導き出した必然の答えを蹴っ飛ばして、単身で乗り込んできた。
そこまで彼女を駆り立たせる探し人は、どんな人物なんだろう?
貴谷の頭で分かる事は、そいつは凄腕の兵士。しかも、あの大戦を生き抜いた相当の実力者。『ランク』持ちだろう。
そう考えて思わずニヤついてしまった。
ランク持ちというのは大戦時に世界政府である軍神議会が定めた昇格制度通称〈ソルジャーランキング〉の登録者の事である。起源はあの地獄の戦場を渡り歩いた兵士達を人々が賭け事の為にランク付けしたのが始まりである。後に軍神議会が本格的に制度として導入。ランクを得たものは、報酬が貰え、ランクが高ければ高い程、階段方式で高価なものになる。現在世界で約四十万人の登録者がいて、特に上位十二人の者達は『ナンバーズ』と呼ばれ、特権行使が与えられた。特権行使の内容は可能な限り自由。上位になるつれ、その上限つまり叶えられる内容の範囲が広がる。
表向きにはあの過酷な状況に人々に活力を与える為のものだった。しかし裏向きには国の勢力を表す象徴の道具というのが真実である。
大戦は終わったが、この昇格制度は大きな勢力を持つ国に対して利便性が高いので今でも機能している。
「まっ、そこそこ有名な人物だろうから根気よく探せば見つかるかな…」
しかし、何であんな事を言ったんだろうと、自分に問いかける。
初めて出会った相手にいくら何でもそこまで手を貸す義理はどこにも無い。
「俺はここまでお人好しな人物だったか…いや、そんなはずねえや。でも、なんでだろうな……」
頭に何かが引っかかっているような…そんな気がした。
そう、考え事するには向いていない場所で、長考に入ろうとしていた時だった――。
「それ、はっ!ほっとけないってやつだね!貴谷ちゃん!」
あれ、どこかで聞いた事のある声が聞こえる。幻聴かな?
「幻聴、じゃっなっあああーい!わっちはここにいるよ!」
そんな無邪気な子供のような声が耳に入り込むと同時に、貴谷は後ろから焔終に飛びつかれた。
「うわっ!焔終姉なんでここに!?」
「ふふん。ちょっとちょっかい出そうかと」
背中に生々しい圧がかかる。もしかして…。
「おい、焔終姉。何裸になってんだ。俺風呂入るって言ったよね!」
どこからどう見ても、焔終は素っ裸だった。
「いいじゃん!今日は久しぶりに貴谷ちゃんと一緒に入りたかった気分なんだよ」
「適当な事を言うんじゃねえ‼つか早く退のけよ!せっかくの風呂が楽しめねえじゃねえかよっ」
驚きを隠せない貴谷。焔終は貴谷の言う事お構いなしに――。
「どかなーい」
さらに密着する焔終。貴谷は焔終を振りほどこうとするが離れない。
「うりうりー」
さらに追撃するかのように、焔終は、華奢な体格に身に付けたその豊満な胸を、猫のように貴谷の背中に擦り付ける。
「うおっ、おおっお、お!?」
貴谷にはもう、何がなんだか分からなかった…。この状況を、どうやって切り抜ければいいのか。
そんな思考、湯で温まった身体ではまともに出来るわけがない。いや、そうでなくても…思春期真っ盛りな十七才の少年には……刺激が強すぎる。
「うりうりーッ!」
彼女は楽しくなってきたのだろうか。調子乗って動きが激しくなっていく。
「ほーら、どう?わっちとお風呂はいつぶりだろーねー」
「あ、ははふ、あ…」
血流が速くなっていくのが分かる。頭の中で何かが駆け巡る感覚が止まらない。何だこれ、なんだっこれ!?
本当に、分からなくなった。今何時で、ここはどこなのか?今自分は何をして、何をされているのか?
いろんな事がぐちゃぐちゃになって溶け込んで……あれ?…――もう、無理。
限界を迎えた貴谷の頭はついにフリーズした。そして―――。
ブバァァァァァァァっと鼻から二本の赤い噴水が上のぼる。
「あれ?」
思わず手を放してしまった焔終。我に返った時にはもう彼はいなかった。
かわりに、水面には湯とまだらに溶け込む赤。その中からブクブクと湧き出る小さな気泡。
もう、それで十分な意味を持っていた。
「……め、」
焔終は口をパクパクさせ、手を触手のように奇妙に動かす。
「メデエイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィック‼‼」
焔終の救いを求める声が、夜の坑道に鳴り響く。
「だ、か、ら…あれ程…程々、にって私…言った、よね」
「いや、ほんとゴメン。お願いだからそろそろ機嫌なおして下さい」
もうすっかり外が夜になった頃、食事部屋で焔終は、顔に恐い影を浮かべ半目で睨む瑞華に土下座をしていた。
あの後、悲鳴を聞いて何事かと駆けつけた瑞華とアミティアが、貴谷を風呂場から引っ張り出し、焔終はこうして瑞華に小一時間程前から説教を食らっている。
「前に、私の言ったこと…覚えてる?」
「あ…うんもちろんだよ」
本当は覚えていないが、ここは適当に誤魔化す。
「…念のために言っておくけど。ボスは…女の子、貴谷は…男の子。しかも貴谷は女の子にアレなことをちょっとされるだけで、すぐ鼻血出して気絶してしまう超女弱体質なのは…分かるよね」
「うんうん。瑞華ちゃんの言いたいことはよぉく分かってるよ」
「分かっている…なら、最初から、やらない!」
「………ふぁい」
――焔終は瑞華に怒られ、シュンと花のようにしおれる。
「おかげで、私達は風呂に入れるまで時間が掛かるし、湯沸かすの…大変」
瑞華はため息を吐いた。
「アミティアちゃんは?」
「アミティアは…貴谷を、看病してる。見事に…のぼせているから」
「そうなのかー」
「…話は、これで…おしまい。…次からは気を付けて」
「うん分かった!…おっとそろそろ時間だね」
焔終は立ち上がると外へ向かおうとする。
「もう、行くの?」
瑞華は少し心配そうな顔を浮かべた。
「うん、後のことはよろしく!」
「…汚さないように、ね」
「無茶言わないでよお」
いつもと同じく明るく振舞ふるまっているが、今は胸の内で焼け付く熱い何かが燃え滾たぎっているようだった。息を潜ひそめ、獲物を探す狩人かのようだ。
「ボス…くれぐれも、気を付けて」
焔終は振り向かず手を振った。
彼女の本当の仕事はこれからだった。