プロローグ
血液が沸騰する。
脳の中、心臓の奥、手足の先、肉体のありとあらゆる場所に張り巡らされた血管の中、熱を吸った血液が、グツグツと煮え滾っている。
それは、私の皮膚を突き破り、教室内のすべての人間を熱してやろうと興奮している。
荒くなる呼吸を抑え、冷静になろうと、身体を冷やそうと努めるたび、さらに熱気は高まっていく。
焦るな、焦るな、焦るな。加速する脈を無視して消しゴムを握ると、私は一気に黒丸を消していく。
急いで、急いで、急いで。脈はさらに加速度を増し、目の前がひしゃげていく。
机の上に置かれた腕時計を見る。
(残り1分30秒――)
時間はもう残されていない。
指に溜まった熱を放つように、鉛筆を強く強く強く握る。指先が破裂しそうだ。
それでも私は一心不乱にマークシートを黒く黒く黒く塗り潰していく。
まるで、私が潰すより先に黒丸が現れたかのように、自分でも理解できない速さで鉛筆が動く。
今の私は、私であって、私ではない。
だから、これは当たり前のこと。
私の能力以上のことが出来たって、それは決して不思議じゃない。
目の深くからは大量の血液が押し寄せて眼球を圧迫する。頭が揺れる。視界も揺れる。
だけど止まらない。止めることなんて出来ない。
(残り1分――)
感覚が尖る。試験室に溜まった人間の臭いが鼻を衝く。エアコンから流れるぬるい空気が肌に喰らいつく。鉛筆を動かす自らの手が緩慢に見える。カリカリカリカリカリカリ、マークシートを塗り潰す音がやたら鮮明に聞こえる。今朝食べたサンドイッチが逆流して下を痺れさせていく。
同時に、思考が異常な速さで回り回り回り回っていく。手汗に濡れ、ぐっしょりと湿った問題用紙の上を、数字が躍る。私は、数字たちがこれ以上速く躍るのを阻止するため、彼らが逃げるのを防ぐために、誰にも気付かれないよう唇を噛み切って、沸騰した血液を彼らの上にぶち撒けた。
赤く濡れた数字たちは、観念したかのように動きを止める。そして、「わたしはここだ」と言いたげに、答えのみを浮かび上がらせる。
彼らを一つずつ、一つずつ、一つずつ、マークシートへ移動させる。
激しく、激しく、穏やかさを捨て、数字が痛いと悲鳴をあげると、私も唸りながら黒丸に変える。
早く早く早く早く、彼らを移す、移す、移す!!
存在しないはずの秒針が、時を刻む音が聞こえてくる。刻一刻と迫る。
鉛筆だけはひたすらに動かしながら、もう一度腕時計をちらと見る。
残り30秒。




