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第四章 そして新たな戦い

 あの夜から一週間が過ぎた。

 ミレイユもシャイオンの手によって両親が生き返ったということもあり、一応落ち着いたと言うことで、ミレイユの呼びかけで5人はいつも通っているファミリーレストランに集合していた。

 先にミレイユとシャイオンが待っていた。ミレイユは窓側の席でパスタを、シャイオンは通路側の席でハンバーグ定食を美味しそうに食べている。

 「お待たせ、ミレイユ。そっちはもう大丈夫なのか?」

 「うん、何とかね。お父様もお母様も生き返ったし、ようやくいつも通りに戻ったわ。」

 「シャイオンも元気そうだな。」

 「ああ。しかし、このハンバーグは美味しいな。ミレイユが食べさせてくれたお湯を入れて3分待つ食べ物も美味しいが、やっぱりこの味が好きだ。」

 「って、ミレイユ!カップラーメンばっかり食べさせてるんじゃねぇよ!もっと栄養のあるやつをだな・・・。」

 「しょうが無いでしょ!あの事件以来、お手伝いさんが怖がってみんないなくなっちゃったし、私もお母様もお料理できないから!あ、でもたまにはコンビニ弁当を食べさせているわよ。」

 「同じだよ!」

 ユウキ達は窓側からユウキ、ローラ、レイナの順に席に付き、店員を呼ぶボタンを押す。

 「じゃあ、シャイオン、今度うちに遊びに来なよ!お兄ちゃんの絶品カレーライスをごちそうしてあげる!」

 「おお!美味しそうだな!是非ごちそうになろう!」

 店員がやってきてユウキ達三人の注文を取る。ユウキはとんかつ定食を、レイナとローラはパスタを注文した。

 「それにしてもあの事件直後はひやひやものだったぜ。」

 ユウキの言うのも無理はない。

 テレビでは突然のヘリコプターの墜落、ストリアン・カンパニー社の幹部、グレイアン・ストームの変死について連日のように報道されていた。

 しかし、この事件は一気に迷宮入りする。

 グレイアンの死因は、当初はヘリコプターからの墜落死と思われた。しかし、グレイアンには外傷があったことから他殺と判定された。

 もし物理的な刃物での傷ならば、その傷跡から凶器を探し出すことによって犯人を特定することができたかもしれない。しかし、実際には物理的なものではなく、シャイオンのダークソードによる魔法的な傷だ。魔法に関する技術が失われてしまった今のミルバポート政府の警察の力では凶器の解明は不可能であり、到底解明できない謎である。

 「毎日同じような内容のニュースだったからね。もしかしたらシャイオンが逮捕されるんじゃないかって私もひやひやしてたわよ。」

 ミレイユがフォークにパスタを巻き付けながら話す。

 「でも、俺たちのストリアン・カンパニー社襲撃の件は全くニュースにならなかったな。」

 「多分、ミルバポート政府の圧力があったからじゃないかな?ほら、私たちミルバポート国民って魔法技術の事全く知らない訳じゃない?それが国民に触れられちゃ困るとか。」

 「そうか。表向きには魔法文化はすでに失われているんだもんな。」

 店員がユウキ達が注文した料理を運んで来る。

 「それにしてもこれを見てくれよ。」

 そう言ってユウキは一冊の女性週刊誌を4人の前に差し出す。

 「ん?これがどうしたの?」

 その週刊誌の表紙を見ると、表紙の一番目立つ所に「二次元じゃない!本物の魔法使い現れる!」と書かれていた。

 ミレイユは週刊誌を手に取り、その見出しの特集ページを開く。

 そこにはローラの写真が大きく掲載されていた。その姿は1週間前の、黒い三角帽子の魔法使いの格好ではない。ミニスカート、露出の多い衣装に身を包んだローラの姿だ。まさにアニメやゲームに登場するような魔法使いそのものの格好のローラの姿が大きく掲載されていた。

 「ぷっ、な、なにこれ!?」

 ミレイユは思わず笑い吹き出しながらローラの写真を指さす。その指にシャイオンとレイナの視線も集中する。

 「む、コレはローラではないか。」

 「ローラお姉ちゃんすごい!」

 「まったく、このときはひどい目に遭ったぜ。聞いてくれよ。」

 

 

 

 日付は3日前に遡る。

 ローラはユウキと一緒にミルバポートの砂浜を歩いていた。

 そこはミルバポート国内で唯一国民に解放されている海水浴場だ。まだ夏真っ盛りの時期でその砂浜は海水浴客かなり混み合っていた。

 ここにローラがやってきのは観光ではない。もちろん海水浴が目的でもない。

 砕け散ったクリスタル・シャイオンのかけらを探して、この海水浴場へとやってきた。ユウキはその付き添いというわけだ。まだ現代のミルバポートに来て日の浅いローラを一人で歩かせるにはまだ危険が多い。

 ローラはキャミソールにミニスカート、少しヒールの入ったサンダルを履いて砂浜を歩く。ただ唯一違和感があると言えば、ローラは水晶玉を眺めながら歩いているという点だ。

 「うーん、このあたりに強い魔力の反応があるんだけど。」

 「もっとエリアを絞ることは出来ないのか?」

 「うーん、この水晶玉ではコレが限界ね。」

 「そんなに急がないとやばいものなのか?」

 「強い魔力を持っている石みたいなものだから。何が起こるか分からないし。」

 

 そう言ってしばらく砂浜を歩いていると遠くから大きな悲鳴が聞こえた。

 ユウキ達が悲鳴の方へ振り向くと、そこには体長4~5mぐらいの大きさはある巨大なイカがいた。ビキニ姿の女性がそのイカの足のうちの一本に巻き付けられ、身動きが取れない状態となっている。ほかの海水浴客はその場から必死の形相で逃げようとしている。

 「なんだアイツは!?こいつも魔獣の一種か?」

 「こんなやつ見たことないよ!でも助けなくちゃ!」

 ローラはカバンの中から何かを取り出し、それを空中に放り投げるとローラの体が光を放ち、一瞬にして着替えを完了した。

 この服はローラが1000年前の時代から着てきた黒い三角帽子の魔法使いの衣装をベースに作られていた。現在のファッションでも合うように、ユウキが知り合いのコスプレイヤーに頼んで黒い三角帽子の魔法使いの衣装をリメイクしてもらった。コスプレイヤーが仕立てた服だから当然、どこかのアニメやゲームに登場しそうな肌の露出の多い衣装に仕上がった。(ユウキが密かに次回の同人マーケットにその衣装を着させようと考えていたのは言うまでも無い。)その服をローラの魔法の力で手のひらサイズに小さくまとめられ、一瞬にして着替えられるように細工をしてあった。

 「まずはイカの触手に捕まっている女の子を助けないと!」

 「うん、分かっている!」

 逃げ出す他の観光客の間を縫うように巨大イカに近づくユウキ達。

 そして巨大イカと触手に囚われている女性の姿を確認すると、ローラはすぐに魔法を発動した。巨大イカの周りの空気が乱れ始める。そしてその空気の乱れは刃となって巨大イカの触手を切り刻み始めた。

 それによって触手から解放された女性は砂浜へ投げ出される。

 「俺は女の子を安全な場所へ運ぶ!ローラはあの化け物にとどめを!」

 「うん、分かった!」

 ユウキは女性の元へと砂浜を駆け出し、ローラは魔法の詠唱を開始する。

 そしてユウキが女性を担ぎその場を離れようとしてたとき、ローラの方を見て叫んだ。

 「危ない!ローラ!」

 「えっ!?」

 ローラが気がついた時にはすでに遅かった。

 巨大なイカの触手がローラを襲い長い触手に絡め囚われていた。

 「きゃぁぁぁっ!」

 砂浜に響くローラの悲鳴。

 そのローラを助けようとユウキは女性を安全な場所に下ろすと、近くにあったビーチパラソルを手に取り、巨大イカへと立ち向かう。

 (しかし、何処を狙えば良い?)

 ビーチパラソルでがむしゃらに攻撃しても有効打とはなりにくい。どこか弱点になり得る場所はないか?ユウキは冷静に巨大イカを観察する。

 その時、巨大イカの目が開いた所を見つける。

 「そこだ!」

 ユウキは迷い無く巨大イカへと突進し、巨大イカの目をビーチパラソルでありったけの力で一突きにした。

 やはり弱点だったのか、あまりもの痛さに巨大イカの足全てを激しくばたつかせる。それと同時にローラも巨大イカの触手から解放され、砂浜に投げ出される。

 「いまだ!ローラ!」

 「うん!」

 ローラは魔法の詠唱を再開する。そして魔法の詠唱が終わったと同時に巨大イカはそれよりも巨大な炎に包まれていた。

 その炎が燃え尽きた後には巨大イカの姿はなかった。その代わり一人の男性の姿がそこにあった。彼も海水浴客の一人だったのだろう。海パン姿で意識を失って倒れていた。

 ユウキとローラは彼の元へと近づく。

 男性の近くには他のものとは少し大きめな、ひときわ強く光る石が転がっていた。

 ローラはその石を拾い上げる。

 「これは・・・クリスタル・シャイオンのかけら!?」

 「どういうことなんだよ!?」

 「多分・・・クリスタル・シャイオンのかけらに残っていた魔力が暴走して、人間を魔物に変えたんじゃないかな。」

 「それじゃあ、他のクリスタル・シャイオンのかけらも早く回収しないと、同じような事が起こるって言うことか?」

 「それは・・・あり得ると思う。どういう形で現れるか分からないけど。」

 そのとき、周りから大きな歓声が聞こえた。

 「すごいぜ姉ちゃん!」

 「まじかよ、本物の魔法使いだ!」

 「二次元じゃない、現実の魔法使いだよ!」

 歓声と同時にたかれる多くのフラッシュ。写真も撮られているようだ。

 「と、とりあえずここから離れよう。」

 「人が邪魔で何処にも行けないよ!」

 すでに二人は一部始終を見ていた群衆に取り囲まれていた。

 「何処でもいい!ワープを使おう!」

 「了解!空間移動の魔法を使うね!」

 こうして二人は人混みの中から脱出することが出来た。

 しかし、この行為がさらに「本物の魔法使い登場!」という事件を強く印象づけることとなってしまった。その結果、女性週刊誌に特集ページが組まれるほどの出来事となってしまったのである。

 

 

 

 「それは・・・災難だったわね。」

 「あぁ全くだ。今朝なんてテレビのワイドショーにも取り上げられていたぞ。でもこれだけ済んで良かったぜ。目立った被害もなくクリスタル・シャイオンのかけらを回収することが出来たし。あれ?シャイオンは?」

 シャイオンの姿が見えない。レイナの姿も。

 「シャイオンならレイナと一緒にトイレへ行ったわよ。」とローラ。

 「そうだ、シャイオンがいない間に。」

 そう言ってミレイユはカバンから一つの拳銃を取り出しテーブルの上に置く。

 「って、おい!物騒なもの持ってるんじゃない!」

 「大丈夫。今はただのおもちゃだから。」

 「今は?」

 「実はこれストリアン・カンパニーで拾ったものなんだけど、クリスタル・シャイオンと連動させて使うことを前提として開発された拳銃みたいなのね。」

 「クリスタル・シャイオンって・・・あれだけの魔力と連動させたらどれだけの破壊力を持つんだ?」

 テーブルの上にあるコップに口を付けながら話すユウキ。

 「多分、山一つは消し飛ぶと思う。」

 ユウキは口に含んだ水を吹き出してしまった。

 「ちょっと、汚いでしょ!」

 ナプキンでユウキが吹き出したテーブルの上の水を拭くミレイユ。

 「ってかそんな危険なもの持ってくるんじゃねーよ!」

 「でもその小さなかけらだったら、普通の拳銃と同じように使えるんじゃないかしら。」

 「ユウキってばいつも丸腰だからそれくらい持っていても良いかも。」

 ローラにも突っ込まれるユウキ。

 確かにバークリーアーム邸襲撃の時も丸腰同然の状態でインプ達に立ち向かっていった。ストリアン・カンパニー社へ向かった時も、運良く黒スーツの男が持っていた拳銃ををそのまま使わせてもらっていた。

 「わかったよ。シャイオンには悪いけどクリスタル・シャイオンのかけら、一個俺が使わせてもらおう。」

 そう言ってユウキはテーブルの上の拳銃を受け取りポケットに入れた。

 そこにシャイオン、レイナがトイレから戻ってきた。

 「トイレぐらい一人で行ける!なぜ一緒に行かなければならんのだ!」

 「いいじゃん!連れション、連れション!」

 「とにかく恥ずかしいのだ!トイレぐらい一人で行かせてくれ!」

 ここはファミリーレストラン。食事をするところだ。そこでこのような会話。レイナには後できちんと説教しなければならない。ユウキはそう思った。

「あ、シャイオン、これ、ある人からシャイオンに渡してくれって頼まれて。」

 といってローラはシャイオンにもう一つのクリスタル・シャイオンのかけらを差し出した。

 「ん?ああ、済まないな。しかし誰からだろう?」

 

 

 

 日付は昨日に遡る。

 時刻は夕方の5時。この日も三日前と同じようにローラとユウキの二人でクリスタル・シャイオンの捜索を行っていた。発見に唯一頼りになるのはローラの持つ水晶玉のみである。この日も水晶玉に強力な魔力の反応を見つけたため、その魔力の発生源を探していたのである。

 特にこないだの海水浴場で起こった出来事のような、人に危害を加えるような事態になってはいけない。そう思い大急ぎで魔力の発生源の特定を急いだ。

 その場所は意外と簡単に見つかった。

 ミルバポートの住宅地の中に整地されたばかりの空き地があった。その空き地の中から強い魔力の反応があったのである。

 ユウキとローラはその空き地の前までやってきた。しかし、その空き地にはすでに先客がいた。見た目は中等部の気の弱そうな少年一人と、いわゆる不良と呼ばれる、学ランを着た高等部の男達がその少年を取り囲むように空き地の隅の方にいたのである。

 空き地の入り口まで着たところで彼らの話し声が聞こえる。彼らにはまだユウキ達の存在には気がついていない様だ。

 「なぁ、またちょっとお小遣いが必要になってよぉ、また少しで良いからお金貸してくれないかなぁ?」

 要するにカツアゲがそこで行われていた。

 「きょ、今日は強力な助っ人がいるんだ。今日は絶対にお金を渡さない!」

 「へぇ、また痛い目に遭いたいのかなぁ?本当はこんな事やりたくないのになぁ。」

 「助けて!ミリーニャ!」

 少年は手に持っている石、クリスタル・シャイオンのかけらを握り叫ぶ。クリスタル・シャイオンのかけらが強く光り出し、少年と不良達の間に黒い翼を持つ女性が現れた。ユウキ達はその姿を見たことがある。ストリアン・カンパニー社で戦った事のある強敵、ミリーニャだ。

 「貴様達の相手はこの私だ。我が主、フィレントには指一本触れさせない。すぐにここから立ち去れ!」

 フィレントというのはこの少年の名前らしい。

 「なんだ、このねーちゃん、以外と可愛いじゃねーか。俺たちと遊ばないか?」

 「か、可愛いなど・・・!」

 少し照れたように顔を赤くするミリーニャ。

 「ミリーニャ、落ち着いて、とにかく追っ払うだけで良いんだ。」

 「わ、分かった。と、とにかく、ここから立ち去るのだ!」

 「う、うるさい!邪魔するんじゃねぇ!邪魔するなら貴様も痛い目に遭わせてやる!」

 「どうせだからここで犯してやろうぜ。少年の目の前でなぁ!ははは!」

 「・・・汚らわしい。」

 そう言ってミリーニャは右手に三日月型の片刃剣を手に取る。そして、ミリーニャの目の前にいる不良に対してその剣を振り下ろす。

 「待て!止めるんだ、ミリーニャ!」

 フィレントとユウキは同時に叫んだ。不良といえ、ここで殺人を犯してしまっては取り返しの無い事になる。

 切りつけられた不良はその勢いで後ろに尻餅をつく形で倒れる。しかし、出血はしていないようだ。よく見ると不良の肉体には傷は無く、学ランだけが切り裂かれた形になっていた。

 「今のは手加減してやった。もし死ぬ覚悟があるのなら本気でかかってくるがよい。もしその覚悟が無いのならば、もうこのフィレントには近づかないことだ。」

 そう言ってミリーニャは黒い翼を広げ、不良達の目の前で翼を羽ばたかせて1メートルほど空中に浮遊する。

 「あ、悪魔だ!こいつは!」

 その姿をみた不良達は恐怖の余り空き地から全員逃げいていった。

 その一部始終を見ていたユウキとローラはミリーニャとフィレントの側に駆け寄る。

 「ん?貴様達は・・・どこかで見たような・・・。」

 ミリーニャもユウキ達の存在に気がついたようだ。ミリーニャは黒い翼を閉じ、地面に着地する。

 「たしかシャイオン様と一緒にいた者だな?」

 「おっ、覚えていてくれていたのか。そういえば自己紹介がまだだったかな。俺の名前はユウキ。こいつはローラだ。で、頼むからその剣をしまってくれないか?俺たちには戦う意志はない。」

 ローラはユウキの後ろに隠れるように立っている。つい先日、一度殺されかけた相手だ。怖がるのも無理は無い。

 「む、これは失礼した。」

 そう言ってミリーニャは右手の剣を鞘に収める。

 「そういえば、貴様に聞きたいことがある。シャイオン様はご無事か?」

 「ああ、シャイオンは元気に暮らしているぜ。」

 「そうか。それを聞いて安心した。」

 「それで提案なんだが、お前、シャイオンの所に戻る気は無いか?シャイオンにとってもお前にとってもそれが一番いいと思うんだが。」

 ユウキはそう言っているが、本音はクリスタル・シャイオンのかけらという危険な物をこの少年に持たせておくわけにはいかないと考えている。このような物はシャイオンに預けておくことが一番安全なのだ。

 「ふむ、しかし、今の主が何というか・・・。」

 「大事なのはミリーニャ自身の意思だと思うよ。ミリーニャ自身はどうしたいの?」

 ユウキの後ろに隠れたままのローラがミリーニャに話しかける。

 「私の意思・・・私は・・・。」

 「そっか、ミリーニャにも会いたい人がいるんだよね。」

 ミリーニャの後ろで隠れていた少年フィレントが話しだす。

 「正直、ミリーニャがいなくなると不安だよ。またあの不良達がやってくるかもしれないし。俺にはミリーニャの力が必要なんだ!」

 フィレントがそういった所でミリーニャはフィレントに易しく抱きつく。フィレントの頬にミリーニャの暖かい頬を近づける。ミリーニャの髪から花のような、どこか懐かしい香りがフィレントを包む。

 「・・・ミリーニャ?」

 突然のミリーニャの行動に顔を赤くするフィレント。

 

 ミリーニャは思い出していた。

 シャイオンが魔力を暴走させる前の平和だった時期、まだ弱虫だったシャイオンをこうやって抱きしめ勇気を与えていたこと。

 シャイオンが魔力を暴走させた後、シャイオンの使い魔として存在していた時も、何かある度にこのようにしてシャイオンを支えていた。そう、勇者達と戦うその直前にも。

 そして、ミリーニャは決断する。

 

 私はシャイオン様と元へ行きたい。

 

 しばらくフィレントを抱きしめた後、ゆっくりと顔を離しフィレントの目をじっと見つめ話しかける。

 「いまのは貴方に勇気を与えるおまじないだ。貴方には私がいなくても強い人になって欲しい。貴方ならできる。・・・必ず。」

 「・・・わかったよ、ミリーニャ。俺、あいつらに負けないくらい強くなる!」

 「ふふ、それでいい。」

 「でも一つだけ約束して欲しいんだ。またミリーニャに会いたい。また一緒に遊びたい!」

 「ああ、約束しよう。それまでに少しでも強くなっているのだぞ。」

 フィレントは力強く頷いた。

 そして、ミリーニャはユウキの方を向き話す。

 「では私はクリスタル・シャイオンのかけらに戻る。無事にシャイオン様に届けてくれ。」

 「ああ、任せてくれ。」

 「それと最後に聞きたいことがある。」

 「ん?何だ?」

 「実はクリスタル・シャイオンが砕け散ったおかげで私も本来の力を失っているのだ。このような私でもシャイオン様のお役に立てるだろうか?」

 「なんだ、そんな事か。大丈夫。シャイオンはそんな事に関係無くお前に会いたがっている。だから側にいるだけで良いんだよ。」

 「いざとなったら私たちが助けてあげるから!」

 力を失ったと知った途端にユウキの前に出て話しだすローラ。

 「そうか、それならば安心だ。それともう一つ・・・。」

 ミリーニャは一呼吸をおいて、顔を真っ赤にして訪ねた。

 「私は・・・その・・・可愛いのか?」

 突然の質問に笑い出すユウキとローラ。

 「わ、笑うな!」

 「ははは。・・・ああ、お前は十分可愛いぜ。」

 「そうか。ありがとう。」

 そう言い残してミリーニャは姿を消した。フィレントの持っているクリスタル・シャイオンのかけらが一瞬だけキラリと光る。

 「じゃあ、お兄ちゃんたち、ミリーニャを頼んだよ。」

 そう言ってフィレントはクリスタル・シャイオンのかけらを差し出した。

 「ああ、ミリーニャとの約束だからな。必ず元の持ち主に渡すよ。それと、お前も強くなれよ。」

 「うん!よし、早速特訓だ!」

 そう言ってフィレントは猛ダッシュで空き地を後にした。

 

 

 

 シャイオンはローラから受け取ったクリスタル・シャイオンのかけらを手に取り胸に当てる。クリスタル・シャイオンのかけらがゆっくりとシャイオンの体の中に吸い込まれていく。

 「む、これはミリーニャではないか!彼女はああ見えて家事も得意なのだ。1000年前にも余の身の回りの世話をやってもらっていた。かなり役に立つぞ。」

 これで、バークリーアーム家の生活はレベルは向上し、ミレイユやシャイオンも栄養のある食生活が遅れるということだ。

 

 

 

 「ところで、こないだ頼んでいた件はどうだった?」

 ユウキはとんかつを食べながらミレイユに訪ねる。

 例の件というのはストリアン・カンパニー社で行われていた魔力抽出実験の件である。グレイアンの話が本当ならば、この件にはミルバポート政府も絡んでいて、そして今も実験は行われている。ということは、どこか大陸の内側で今も魔法文化で生活を送っている人達が実験台として利用され命を奪われているということだ。

 

 ユウキ達の戦いは終わっていなかった。

 今もこの実験が行われている。それを知っていながら今まで通りの生活を送ることなどできるはずもない。何とか解決させなければ。

 今回5人が集まったのはこのためである。

 「うーん、私が調べた限りでは、ユウキが言っていたとおり、まだ実験は行われているようね。」

 ミレイユはミルバポート政府と結びつきの強いバークリーアーム学園の理事長の娘、ということもあってか、ミルバポート政府の情報を仕入れることができる。とは言っても当然限界はある。通常では政府の深い中枢にある機密文章のような情報にはアクセスできない。しかし、ミレイユはこう見えてハッキング能力があり、ある程度の機密情報にはアクセスできるスキルを持っていた。

 ちなみにミレイユの成績は下位から数えた方が早い。理事長の娘なのに、その能力を勉強に生かすことができれば良いのにと、ユウキは思う。

 「なんとか俺たちで止めることは出来ないかな?」

 ミルバポートの大陸内陸側が高い壁に阻まれ一般人は外に出ることは出来ない。ローラの空間移転魔法を使えばミルバポートの外側に出ることができる。しかし、

 「もしかして、ミルバポート政府を相手に戦うつもり?」

 「まさか。俺たちじゃ無謀すぎるだろ。どう考えたって。」

 ミルバポート政府を敵に回すことは一週間前にグレイアン達と戦うこととは全く異なる。軍隊を相手に戦わなければならないのだ。この人数で軍隊と戦うのは無謀以外の何ものでもない。戦わなくても済む解決方法を考えなければ。

 「うーん、どうすればいいんだ?」

 「うーん、情報を一から整理してみようよ。ミルバポート政府は何で魔法技術の研究をしているんだっけ。」

 「それは、1000年前に封印されたシャイオンに対抗できるだけの戦力を手に入れるためだろ?」

 「でも実際はシャイオンはすでに1000年の封印から覚め、復活していた。これはミルバポート政府も知らなかった事よね。」

 「ああ。でもそのシャイオンはほとんどの力を失った状態だった。ん?ということはこのことをミルバポート政府にリークすれば政府の魔法研究は中止になるんじゃ無いか?」

 ミルバポート政府は強大な魔力を相手にすることを想定して魔法研究を続けてきた。しかし、実際はそんなに力を持っていない少女だとすれば魔法研究を続ける理由は無くなるはずだ。

 「でも私のような人間が『シャイオンは復活していて、実はこんなか弱い女の子でした』と言ったところでミルバポート政府は信用してくれるかしら。」

 「・・・普通に考えれば無理だな。」

 「信頼に足る人物としたら・・・。」

 「・・・シャイオンに一番近い人物だな。シャイオンについて一番良く知っている人物・・・。」

 二人の視線はローラに集中する。

 「え?なに?」

 ローラはパスタをフォークに巻き付けながら二人の視線を感じてうろたえる。

 ちなみに、レイナとシャイオンは二人の会話には参加していない。昨日見たアニメ「魔法少女ミラクル☆エスティ」の話で盛り上がっているようだ。魔王と勇者が仲良く会話している光景。よくよく考えてみれば非常に奇妙な光景でもある。

 「そうね。1000年前からやってきたっていうローラなら今のところ説得力は一番じゃないかしら。でもどうやって『1000年前からやってきましたということを証明するか』ね。」

 「だったら、一番良い材料があるだろ。」

 そういってユウキは自ら持参した女性週刊誌を取り出す。

 「みんなが目立つ所でこの衣装を着て魔法を使って登場。そして『私は1000年前からやってきた魔法使いです』って宣言しちゃえば全部解決だろ。」

 ローラのあの姿はすでに全国レベルで有名になっている。巨大イカと戦った時の衣装を着て登場すれば誰もが「あのときの魔法使いだ!」と気づくだろう。

 「すっごーい!さすがクラスの成績上位の方!」

 「なんかそれ、褒め方間違ってないか?」

 「じゃあ、それを早速撮影して『WeTube』にアップロードしましょ!」

 「ついでに『ニンマリ動画』にもアップしようぜ。その方がたくさんの人の目に付くはずだ。」

 WeTubeとニンマリ動画とはネット上で有名な動画共有サイトだ。ユーザーが撮影した動画を自由に投稿し、他のユーザーが自由に視聴できるようになっている。ここで注目を浴びることができればテレビなどのメディアも放って置くわけがない。そうなれば自然にミルバポート政府の目にも止まるはずだ。

 「決まりね!さぁローラ、早速私の家で撮影しましょ!」

 「え?え?え?」

 ユウキとミレイユの会話について行けないローラ。

 「え?もう帰っちゃうの?」

 「もっとレイナと『ミラクル☆エスティ』の話をしたかったのだが・・・。」

 完全に会話の蚊帳の外のレイナとシャイオンだった。

 

 

 

 そしてミレイユの家、バークリーアーム邸で動画の撮影は行われた。

 

 

 

 ローラがコスチューム姿で空間移転の魔法を使い、カメラの前に出現する。そしてローラはカメラに向かって話しかける。

 「やっほー!みんな元気?私のこと覚えている?自己紹介が遅れちゃったね。私の名前はローラン。魔法戦士ローランよ。実は私、みんなに大切な話があるんだ。わたしは1000年前の時代からやってきたの。それはみんなに大事な事を伝えるため。みんなは1000年前に魔王シャイオンは勇者と大賢者に倒されたって、歴史の勉強で習ったと思うけど、実は魔王シャイオンは倒されていない。封印されて、まだ生きているんだ。そして、実はもう、魔王シャイオンは復活しているの。でも安心して。私、実際に魔王シャイオンに会ってきたんだ。そうしたら、シャイオンは1000年前のような強力な魔力は持たない、可愛らしい小さな女の子だったんだよ。だからみんなにお願いがあるんだ。もしみんなが街の中でシャイオンに会ったとしても、怖がらないで仲良くしてあげてほしいんだ。もし、いじめるような子がいたら私の魔法でお仕置きするんだから!約束だよ!それじゃあまたね。魔法戦士ローランでした。バイバイ!」

 そう言ってローラはカメラに向かって手を振った後、空間移転の魔法を使ってカメラの前から消えた。


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